第4話 教会っぽい所の天使っぽい人

 顔を上げると、そこに天使が立っていた。


 もちろん天使というのは比喩で、実際は人間だ。いやむしろ彼女の存在こそが天使の比喩なのかもしれない。訳の分からない事を考えるくらい美しく、優しげな眼差しを持った人だった。


 厳密には違うが、修道服のような物を着ていて、胸には十字架のアレンジバージョンみたいなアクセサリーを下げている。元も子もない言い方をすれば、異世界だからキリスト教が無いけど、なんかシスターみたいな雰囲気を出したいという感じのデザインだ。


「あ、あの、今日泊まる所が無くて……」

「まあ、それはお困りでしょう。良ければ私の所へ来ませんか?」


 うぉほっ。清楚に見えて意外と大胆な、ギャップで楽しませてくれるパターンのやつ!?


 二つ返事で頷いた俺は、名倉を連れ、ほいほい彼女についていった。道中で自己紹介を済ます。


 彼女の名前はマリナ。金髪碧眼で鼻は高く、身体のラインが分かり辛い服を着ているにも関わらず、出ている所が出ている。完璧なヒロイン。やはり異世界転生はこうでなくちゃならない。名倉と2人きりの状態からようやく解放された俺は、30分後、絶望の沼に沈む事になる。


 連れていかれたのは教会だった。やはり見た目のイメージ通り、マリナさんはここで聖職者として神に仕えているらしい。そして教会の中には、俺のように行き場も金もないむさ苦しいおっさん達がすし詰め状態だった。


 長椅子を二段ベット代わりに寝ている奴、燭台でタバコに火を点ける奴、宣言台でカードゲームして賭けている奴。クズの巣窟だ。


「身寄りのない人達をここでお世話しているんです。あまりおもてなしは出来ませんが、ここなら自由に出入りして頂いて結構です。夜には質素ですが食事もお配りします」


 やはりマリナさんは天使だ。それは間違いない。むしろ速攻で邪な想像を描いた俺が最低だ。寝られる所があるだけありがたいじゃないか。そう言い聞かせ、落ちた肩を持ち直す。


「それにしても、どうしてこの街はこんなに荒れているんですか?」


 何気なく聞いてみた俺の質問に、マリナさんが一瞬顔を強張らせた。しかしすぐにまた慈悲深い笑顔に戻ると、「不安定な時代ですから……」とだけ言った。


「それより、この街へはどのようなご用事でいらしたのですか?」


 マリナさんの質問。衛兵の時と同じように、嘘をついて誤魔化そうか、それとも本当の事を言おうか迷った。なので、半分ずつにした。


「この界隈に、民を苦しめる悪が存在していると聞いて来ました。僕は少し変わった召喚術を使えまして、お役に立てればと思って調査しています」


 別の世界で死んで転生してきた事と、変わった召喚術というのが名倉であるという事だけは伏せたが、目的に嘘はない。


「そうなのですか。ご立派ですわ。でも、この街に悪なんて……」


 その表情に陰りが見えた。聖人君子にも隠し事の1つや2つある。聞き正して良い物か悩んでいると、またマリナさんの方から話題を変えてきた。


「ところで、その変わった召喚術というのはどういう物なのですか?」


 まあ聞かれるよなぁ。答えたくないんだが、仕方ない。


「名倉マンサーといって、名倉を召喚して使役する術です」

「名倉?」

「こいつです」


 会話中、隣でずっと無言で立っていた名倉を紹介する。


「え? この方はあなたが召喚された物なのですか? てっきりチャムタイ族の奴隷の方なのかと思っていました」


 また出たなチャムタイ族。どれだけ名倉の特徴と一致しているのか気になってきたぞ。


「もし良かったら、何かお仕事の手伝いとかしますよ。僕と名倉で」

「それは頼もしいですわ。でも今日はゆっくりして下さい。長旅で疲れましたでしょう?」


 癒しがここにある。踏んだり蹴ったり名倉ったりな異世界転生だが、ようやく甲斐が出てきたと感じつつ、名倉マンサーとしての最初の夜は更けていった。

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