第5話 不穏
朝、目が覚めると浮浪者風の男にズボンのポケットを弄られていた。
「うおっ!」
声を出して起き上がると、浮浪者風の男は窪んだ瞳で俺をじっと見て、こう言った。
「一銭もねえのか。クズめ」
は?
呆気に取られていると、男は悪びれる様子も全くなく、うろうろと教会から出て行った。
神聖なる教会で盗みを働こうとする奴にクズって言われる俺って一体何だ。途方もない虚無感と同時に、名倉マンサーなんて変な職業じゃなければ宿にも泊まれたんじゃないかという怒りが湧いてきた。
ていうか、あれ?
「名倉?」
名倉がいない。昨日召喚し、1枚のボロボロの毛布を半分ずつ分けて眠った名倉がどこにもいないのだ。
辺りを見回し、外にも出てみたが、どこにも名倉の気配がない。
「名倉ー! どこだー!」
大声で呼んでみたが答えは帰ってこない。寝る前に、「なんかあったら起こして」と命令して、「かまへんかまへん」と答えていたから、勝手にどこかに行くなんて事はないと思うんだが、ひょっとして殺されたか? 俺の責任か?
一旦落ち着こう。名倉マンサーは名倉を召喚し、使役する。名倉は俺の命令には絶対服従だし、昨日の様子だと命令に無い事を勝手にするようにも思えなかった。という事は……。
昨日と同じように、目を瞑ってもう1度頭に名倉を思い浮かべる。1度見ただけあって、今回は割とすんなりとイメージ出来た。
「名倉やないかい!」
目を開ける。おお、名倉だ。名倉が再び召喚された。「どこ行ってたんだ?」と聞いたが、答えない。きょとんとした名倉が俺を見ている。
まあでも良かった。いなくなっても再召喚が出来るというのがこれで分かった。名倉がいなくなった名倉マンサーなんて本格的に役立たずになる所だった。
安心感からか、思わず俺は名倉に抱きつく。これからもよろしく頼むぞ、どこにも行くなよ、という願いを込めて、今そこに確かにある名倉という存在。その時、ふと思う。
ん? 再召喚が可能という事はもしかして……。
「どうされました?」
路上で名倉と抱き合っていた所で声をかけられたので、突き飛ばすように離れる。その優しくも儚い声の主は当然マリナさんだ。
「あ、いやこれは別に深い意味はないんですよ。名倉の調子を測っていたんです」
名倉の調子って何だ。自分の口から出た言葉の奇怪さにも狼狽えつつ、懸命に誤魔化す。
「そうなのですか。あ、そうだ。昨日言い忘れたのですが、教会では朝食と昼食は提供出来ないのです。心苦しいのですが、財政も苦しく……」
夕食をタダでもらえただけでもありがたいのに、申し訳なさそうにするマリナさんの態度に聖母を感じる。出来る事なら、お役に立ちたい。
そう考えた時、ふと昨日の陰りある表情が頭をよぎった。
「マリナさん。何かお困りの事とか無いですか? 例えばこの街の荒れ具合に関係する事で」
やんわりとそう尋ねると、マリナさんは一瞬ハッとした表情になり、周囲の様子を伺った。そしてこちらに注目する者が誰もいないのを確認すると、ごくごく小さな囁き声で、俺にこう告げた。
「教会にいる方の中にも支持者がいるので公には言えませんでしたが、この街は今苦しめられています」
「苦しめられている? 一体誰に?」
マリナさんはもう1度周囲を確認すると、更に声を落として俺の耳に顔を近づけた。甘い息がこそばゆい。
「この街の領主であるウェダ様です」
昨日の兵士が言ってた領主の名前だ。マリナさんの口調には真剣味があった。
「そいつが一体何を?」
問いかけると、マリナさんは口をつぐんで俺から離れた。
「申し訳ないのですが、これ以上は、私の口からは……」
離れて行った。
横でずっと佇んでいた名倉を見たが、相変わらずぼんやりと、どこを見ているかも分からない虚ろな表情のままだった。
領主のウェダ。そいつが神の言っていた蔓延る悪という奴なのか。
それは分からないが、一宿一飯の恩義もある。出来る事ならマリナさんを助けてあげたい。
とはいえ名倉マンサーの俺に一体何が出来るというのだろう。
その時、通りの向こうから大きな声がした。
「いたぞ!あいつだ、間違いない!」
見ると、昨日門の所で会った衛兵が、仲間を連れてこちらを見ている。誰かを探しているのだろうか。
「チャムタイ族の奴隷も一緒だ。捕まえろ!」
ま俺は周囲を見回す。名倉以外にチャムタイ族がいるのか?
「お前、そこから動くなよ!」
全速力でこちらに向かってくる兵士たち。嫌な予感。
案の定、兵士たちは俺の目の前で止まり、槍で牽制された。まじかよ、さっきのマリナさんとの話をまさか聞かれていたのか。そんな不安がよぎり、だらだらと汗が噴出する俺と、危機的状況もどこ吹く風な名倉。
「領主のウェダ様がお呼びだ。ついて来い!」
早速まずい事になってきた。
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