第2話 初めての召喚

 森の中で目が覚めた。起き上がると、まず服が自分の物ではない事に気づく。麻のような生地のシャツとズボンに、腰までのマント。それから傍には木で出来た杖。他には何も無い。


 俺は頭を抱えながら、神の言っていた事を思い出す。名倉マンサーは召喚士の類だと言っていたから、この格好はおそらくそれに合わせてだろう。という事は既に、俺は名倉マンサーになっている訳だ。


 立ち上がり、背中と頭についた土を軽く払うと、周囲を見渡す。幹の太い木が沢山生えていて、今は昼のようだが陽の光が葉っぱで遮られて若干暗い。声を出してみる。


「誰かー。誰かいませんかー?」


 もちろん返事は返ってこない。「神様ー!」と空に向かって呼んでみても、なしのつぶてだ。


 途端に不安になってきた。この森がどこまで続いているのか。野生の動物やらモンスターが出てくるんじゃないか。山賊とか出てくるんじゃないか。不安はいくらでもある。


 とにかく、こんな所に1人でいるのはまずい。かくなる上は、


「名倉、召喚!」


 杖を天にかざして叫んでみたが、何も起きない。


 ポーズを変えたり口上を変えたり色々してみたが、名倉が現れる気配は一向にない。あの神、適当な事言ったんじゃないだろうな。名倉マンサーなんてそもそも存在しないんじゃないか、むしろそうだろ。そんなの無い方が自然だわ。体育座りになって、そんな事を考える。


 そもそも名倉ってどんな見た目してたっけか。ネプチューンだとホリケンの方が俺は好きだし、そもそも3人組の芸人なら東京03の方が面白いと思う。しゃべくりとか色々出てた気もするが、あんまり見ない。そもそも思い入れがないのだ。名倉に対して。


 顔を伏せて、一所懸命に名倉を思い出してみる。色黒のタイ人風で、関西弁のツッコミで、たまに女装とかしてて……。


 その時、


「名倉やないかい!」


 声がした。聞き覚えのあるその声に、俺は身体をビクつかせて顔をあげる。


 そこに名倉が立っていた


「名倉……さん。ですよね?」


 恐る恐る聞いてみたが、名倉は何も言わず、俺の方を見ている。


「あの、僕この世界に転生して、名倉マンサーとして……あ、いやあの名倉マンサーっていうのは、名倉さんを召喚して使役する職業らしくて、よく分かんないんですけど……」


 しどろもどろになりながらも、何とか状況を説明しようと頑張るが、名倉は黙ったままじっと俺の事を見つめている。格好はテレビで着てるようなスーツなのに、無表情だからこわい。ていうか黙ったままの名倉ってなんか分かんないけど怖いぞ。


 とはいえ、名倉も急にこんな森の中に召喚されて戸惑っているのだろう。俺の方が気を使う必要がある。


「あの、名倉さん。僕の話分かりました?」


 答えない名倉。喋れないのか? いやでもさっき、「名倉やないかい!」って勢いよく言っていたし、言葉を待ってみる。


 沈黙を守る名倉。


 ……いや怖っ。名倉ってこんな怖かったっけ? どこかも分からない森の中で、黙ったままの名倉と2人きり。これが恐怖でなくて何なんだ。これもう異世界ファンタジーじゃなくてホラーだぞ。


 このままじゃ駄目だ。まず他の人のいる所まで行こう。


「あの、街を探したいんでついてきてもらえます?」

 と尋ねる。まあ返事は無いだろうと思ったが違った。


「かまへんかまへん」


 うおっ、名倉が喋った! あ、いや名倉は普通喋るもので間違い無いが、急だったのでびっくりした。


 そういえば、と、神の言っていた事を思い出す。名倉マンサーは名倉を召喚し、「使役」する職業。もしかして、


「名倉さん、喉乾いてるので水場を見つけたら教えて下さいね」

「かまへんかまへん」


 そういう事か。名倉は基本喋らないが、何かを依頼すると、「かまへんかまへん」と言って引き受けてくれる訳だ。という事は最初の「名倉やないかい!」は何だ? 挨拶か?


 鬱蒼と生い茂る森の中を名倉と2人で無言で歩く。


 体調が悪い時に見る悪夢みたいにシュールな光景だが、慣れないといけないのだろう。何せ俺は名倉マンサー。この世界を救うのが使命なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る