第8話 やばいタイプの夢

 本格的な名倉マンサーとしての仕事は明日から、という事で話は纏まり、俺はウェダの屋敷を後にした。15人の名倉は、「ウェダの命令を聞くように」という命令をして置いてきた。どうやら指揮権の譲渡は問題ないようだ。


 ウェダとの商談を終えた夕方、俺が向かったのは昨日お世話になったマリナさんのいる教会だった。


 マリナさんは俺の姿を認めると笑顔で手を振ってくれた。心臓がぐっとなってびりっときてぐあああという感じだ。人目につかないように袋を取り出して、マリナさんに渡す。


「こんな大金どうされたのですか?」


 俺がウェダとの交渉で手に入れたのは、マリナさんの教会への寄付金だった。一宿一飯の恩義。返せるチャンスは生かしておくべきだ。


「ウェダの所で仕事を紹介されて、先払いでいくらかもらってきたんです。マリナさんの方がお金を活かせると思って持ってきました」


 そう言うと、マリナさんの表情は曇った。俺は自分と、ついでにウェダも擁護する。


「マリナさんに言われていたから、警戒して接したんですけど、そんなに悪い人には見えませんでしたよ。この街の事を考えていると言っていましたし。現にこうして、教会への寄付金も用意してくれた」


 マリナさんは金の入った袋を俺に返した。怒っているのか、と思って表情を伺ったが、むしろ悲しんでいるようだった。


「……あなたが誰を信じようが自由ですが、もし良ければ住民の声に耳を傾けて下さい」


 そう言うと、マリナさんは俺の前から去って行った。


 異世界には、異世界の住民がいて、異世界の住民には、それぞれの正義がある。


 蔓延る悪を倒すのが俺の目的だと神は言ったが、まずは悪を定義しなければならないという事か。


「……思ったより単純にはいかないみたいだな」


 翌日から、俺の名倉マンサーとしての本格的な仕事が始まった。

 と言っても、やる事は単純だ。ひたすら名倉の事を想像し、名倉を召喚する。


 そしてある程度の人数が揃ったら、まとめて「ウェダの指示を聞くように」と命令する。「かまへんかまへん」と答える名倉達を北の街に向けて送り出す。


 名倉の護送はウェダ本人が行う。何人かの護衛を連れて、洞窟を通り抜けるルートで。洞窟を大人数で進むのは危険じゃないのか? と思ったが、周囲の地図を見せてもらうと確かに、山を回り込むルートだと2、3日かかる所が、洞窟を通り抜ければ1日で済むようだ。中には魔物も何もいないそうなので、怖いのは追い剥ぎくらいだが、これだけの人数の名倉を連れているのを見れば襲ってくるような馬鹿はいないと言う。


 まあ、地理に詳しい訳でも、戦闘能力が高い訳でも、交渉力がある訳でもない俺がついていっても確かに足手纏いになりそうだ。言われた通り、名倉を召喚し続けるのがベストなのだろう。


 そして異世界に来てから1週間が過ぎた。

 毎日毎日名倉を召喚している。名倉マンサーとしてのあるべき姿なのかもしれないが、これだけは言わせてくれ。頭がおかしくなりそうだ。


 兆候が出たのは3日目からだった。夜、ウェダの屋敷で客人用のふかふかベッドで眠れるのは非常にありがたい事だが、妙な夢を見るようになった。


 そこは現代。キャスターのついた大型カメラが何台もあるスタジオ。照明、セット、そして見覚えのある芸能人。

 俺はスーツを着て、そこで何かを喋っている。俺が俺である事は間違いないが、芸人として客の前に立っている事も認識している。何か面白い事を言わなければ。もらっている金以上の仕事をしなければ。そんなプレッシャーの中で目が醒める。


 そしてまだ自分が異世界に滞在している事を確認し、ホッとした束の間、嫌な予感が頭を過る。


 俺は名倉になりつつあるのではないか?


 昼間は名倉の事ばかりを考え、名倉を召喚し、名倉に命令し、名倉を送り出す。


 そんな事をしている内に自分が名倉になっている。そんなヒッチコックの映画を見た事がある気がする。まあ映画に名倉は出てこなかったが、要は想像力が現実を侵食するという話だ。


 これが名倉マンサーとしてのリスクなのだろうか。それともただの杞憂と軽いノイローゼで、その内に慣れる物なのだろうか。名倉の事でこんなに深い悩みを抱く事になるなんて考えてもみなかった。そりゃそうだ。


 心配をよそに、ビジネスは順調だった。1日かけて召喚した名倉を朝引き連れて出て行くウェダは、夜には帰ってきて一緒に夕飯を食べる。北の街でも名倉の評判は良く、言われた事をきっちりと守ってよく働くそうだ。チャムタイ族は元から寡黙で働き者な民族らしく、誰も名倉が召喚された異世界人だとは気づいていないらしい。顔が同じなのも、チャムタイ族はみんな似たような見た目をしているなあという事で納得されているそうだ。


 金も溜まってきたので、街を再興する目処も立ってきたと嬉しそうに語るウェダ。最近見る悪夢の事は言い出せずに、俺は豪華な料理を黙々と口に運んだ。


 そして2週間、3週間、と時間が経つ。

 見る夢は段々と克明になっていく。貧乏な人の生活を取材しに行ったり、クイズの答えを5人で1文字ずつ書いて合わせたり、プールでロケして水着の女の子を巴投げしたり、ネプチューンの番組なのは明白だった。


 名倉を覗き込む時、名倉もまたこちらを覗き込んでいる。まさに恐怖だった。


 一方で、1日で出せる名倉の最大召喚数は30人を超えた。コツと言う程ではないが、何かを掴んだ気がする。名倉マンサーとしてのレベルが上がる事が、果たして良い事なのか悪い事なのかも分からないが、少なくともウェダは喜んでいたしボーナスも出た。


 ある日、夢の悩みについて、俺はマリナさんに打ち明ける事にした。


「変な夢を見るんです」

「と言いますと?」


 それを説明するには、俺が異世界人である事と、異世界におけるをしなければならない。信じてもらえないかと思ったが、真剣に話すとマリナさんは信じてくれた。優しい。


「……なるほど、それで名倉さんはそのネプチューンというお笑いトリオのメンバーなんですね」

「ええ、そうです。その名倉を何故か僕は30人も召喚出来る」

「名倉マンサー……」

「ええ。そして名倉マンサーの使命は悪を倒す事。しかしそれには悪を定義する必要がある」


 マリナさんは少し考え、決意したようにゆっくりと話し出した。


「ウェダは何かを隠しています」


 マリナさんによれば、そもそもこの街の農業が破綻したのは、ウェダによる無計画な開墾と農家に対して課した過剰なノルマが原因なのだそうだ。畑を休ませずに農作物を植えまくり、豊かだった土地を枯れさせた。北の街への出稼ぎ斡旋はその失点を補う為の間に合わせ策なのだという。


 俺にはいよいよ何が正義で悪なのか分からなくなってきた。もしマリナさんの言っている事が正しくて、ウェダが原因なのだとしても、それが街をより良くする動機から行ったのだといたら、果たして彼を責められるのだろうか。そして失点を取り返すべく行動する事も、その行動は悪に含まれるのだろうか。


 終わりのない自問自答に溺れながら、俺は名倉を召喚し続ける。

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