君よ知るや地底の星
門番を務める
高見君が小さく頷く。私は手汗を拭い、
高見君と冴子嬢に相談を行うと、
「君らは、どうするね」
高見君は眉をぐっと寄せ、冴子嬢は口を曲げる。生業を失う上に、冴子嬢に至っては将来の夢さえも失くす羽目になるのである。仕方の無い事と言うは簡単であるが、残酷極まりない。
私は話題を変える事とし、懐から一枚の硬貨を取り出した。例の拾い物である。
「調べて貰ったが、この金貨は、現在、主だったどこの国でも使われてはいない様だ、との事だったよ」
それは、と高見君が何やら言いかけ、冴子嬢が止める。
「これは
「そこまでご存じでしたか」
「仮説だよ。妄想と言っても良い」
だから、本当の所を聞かせてはくれないか、とせがんだ。冴子嬢は渋い顔ながら、ゆっくりと話を聞かせてくれた。それは、実に驚くべき物であった。
「
外、と聞いて私は
「そこは、こちらと変わらぬ、緑の草が生え、青い空に日が昇り、人の棲む土地なのだそうです。伝聞ですけれどね」
冴子嬢はそうして、一度口を
「大抵の探索者は、その土地を目指して迷宮に潜っています」
「君達もかね」
「おれ達は、少し諦めていました。冴子には道場の夢もありましたし。ただ、封鎖の話を聞いて、居ても立っても居られなくなった」
私は初め、その外の土地とは、単に
「おれは、
「
「封鎖の前に、下に行きます。昔の仲間に誘われているんです。同じ様な探索者を集めて、外まで行かないかと」
それは、随分と危険な賭けに思えたものだが、高見君の目は真っ直ぐに前を向いていた。
「冴子君もかい」
「ええ」
彼女は毅然と頷く。
「一緒に行くと、約束しました。道場が作れないのなら、どこに行ったって同じですものね」
私はこのふたりの関係性につき、これまで敢えて何も書かないようにしていた。彼らは高潔で、礼儀正しく、何もかもが邪推に過ぎぬと感じていたからである。だがこの時、私は、ああ、そうかと思った。思って、それきりである。ただ、少しばかりこそばゆく、嬉しくは感じた。
「それで、行くのか」
「ええ。間違えれば死にますし、成功しても、きっと帰るのは一苦労ですから、結果がお知らせ出来ないのが残念です」
ですから、どうか私達は達者でいると、そう思っていて下さい。冴子嬢はそう言って笑った。
それから、我々は門番を
私は外の世界、此処とは似て異なるであろう世界に、引き裂かれる程強く憧れた。然し、踏み切る迄には至らなかった。家内の、
何処までも旅をしなさい。私は内心でそう思った。己の受け入れられる場所を作るのだ。決して諦めぬよう。陳腐な言葉である。彼らはもうとっくに覚悟を決めているのであるから、贈る必要の無い言葉だ。私は、ただ心の中で祝福を送り続けた。
高見君の剣が、何度も人狼の硬き肉体に叩きつけられた。私は隙を見て
ホッとした顔で高見君が笑う。我々も
この扉の向こうに、六階層への階段があるのだと言う。この扉を開ける為に、私はこれ迄進んできた。無益な殺生を、時に楽しいとすら思いながらやって来た。何だか、済まない様な気がした。ここで開けずに逃げ帰って連載は
業を煮やしたか、高見君が私の手を持って扉に当てる。私は観念した。観念し、力を込めて扉を開いた。そうして、先の階段に飛び込む。
少しばかり下ると、暗い狭い、湿った道の中、突然冴子嬢は
それは、
とりどりの色彩は、星空の如く、我が視界を埋め尽くした。良く見ればそれは、壁に埋もれた鉱石であった。それが蛍の様に淡く輝いているのだ。
「この階段は、五階層を抜けた人への、御褒美と言われています」
「先生、突破おめでとう御座います」
ふたりが笑ったのが、空気でわかった。私は軽く涙ぐむ。鉱石の空が
「元気で」
私は今更、そんな事を口に出す。
「元気で居てくれ
はい、若者達は、我が頼れる護衛ふたりは、真っ
私はもう一度天井を見上げる。空の星ほど強い光ではない。
私はもう一度、何とも知れぬ神に祈った。今日限り別れる身の上のふたりに、ささやかなる幸いあれ、と。
さて、この美しい光景をもって、我が連載を終えるのが良かろうかと思う。読者諸氏、目を閉じ給え。そうして、
高見君と冴子嬢は、それから上野より姿を消した。
だが、どうか、この東京地下を、一作家が不恰好な構えで駆けて行った当記録が、誰かしらの心にボンヤリ燐光の如く残る様。私はそれを願って止まぬのだ。
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