高見君と言う人
高見君と言う人は、実に実直な人間である。
高見君は
左様、初めから気さくであった冴子嬢とは異なり、彼が私に気を許す様になる
話は少々
当連載ではこの辺りの話はサッサと済ませて仕舞った、と言うのは、私が戦闘に慣れる為に要した時間はかなりの物で、それらを詳細に記したところで読者諸氏には無用の長物、退屈の極みであると判断したからである。とは言え、中には幾つもの小さな
どこかぎこちなき空気のまま、我々は
そこで、私は軽口を叩いた。しかしこの迷宮はなかなかに
「無いとはどういう了見だい」
「目ぼしい物は、もう大分前に皆見つけ尽くして仕舞いました。今何かがあるとすれば、十階か……せめて七階よりも下でないと」
成る程、上層は既に探索者たちにより出し殻と化していると言う事らしい。私はだが、妙に悔しくなり食い下がった。
「
「二階層迄の地図は
「賭けるかね」
高見君は不審げに、眉を軽く動かした。私はどう言う訳か妙に陽気であった。
「ぐるりとこの辺りを巡って、隠れた財宝が無ければ私から五十銭。もし何か見つかれば君から五十銭だ」
「構いませんが」
高見君、苦笑である。冴子嬢は仕方がない事、と言う顔で我々を遠巻きにしていた。
さて、
私は行き止まりと見えた壁に、何やら一筋、亀裂の様な物を見つけた。慌ててふたりを呼ぶ。高見君は壁をコツコツと拳で軽く叩き、徐々に真剣な顔つきと化した。
「隠された扉かも知れません。注意して開けてみます」
高見君はゆっくりと肩で壁に見える箇所を押していく。中々重い様で、そう上手くは行かぬが、暫くすると、ず、と重たく何かを引き摺る音が微かに聞こえた。
私は慌てて加勢に加わる。危ないですから、先生は
次の瞬間、突然扉は大きく開き、我々はその向こうの小部屋に転がり込みかけた。たたらを踏んで危うく踏み止まる。高見君が用心深く首を巡らす。
嗚呼、何たる事であろうか。そこにはごく小さな、古びた、
信じられぬ、と言った顔で高見君はそっと手を伸ばし、ハッと気づいた顔で
「何か罠があると困りますから。私も中を透視する訳には行きませんし」
冴子嬢が説明をしてくれる。本来であれば
高見君は方々を確認し、やがて針金を用いて鍵を開ける作業に入った。私は緊張半分、どうだ、私の言った通りであろう、と言う得意顔半分でそれを見守る。五十銭あれば、まあ中々良い飯代にはなろう。カチリ、小さな音を響かせ鍵は開いた。高見君は蓋をゆっくりと開け……。
中には小さな紙の切れ端があった。
『御苦労様。コノ中身ハ先二受ケ取リマシタ。コレニガッカリセズ、ガンバッテ探索ヲ続ケテ下サイネ。サル先輩
何たる事であるか、それは先に到達した者の悪戯であったのだ。高見君が肩を震わす。私は落胆しながらも、彼が怒りに震えているのではないかと恐れた。然し、それは杞憂であった。
高見君は腹を抱えて笑っていたのだ。
「先生、これは傑作です。さて、どうしましょうね。財宝らしき物はあった。然し、中身はスッカリ空の様だ。賭けは、どうします」
私も、釣られて笑って仕舞った。ゲラゲラと身体を揺らしながら答えた物だ。
「これはもうどう仕様も無いね。賭けは無効だよ。然し酷い事をする者も居たものだ」
高見君から紙を受け取った冴子嬢はさらにくつくつと震え出した。見ると、裏側には幾つもの、我々と同じ様に悪戯に引っ掛かった者達の
それ以来、私と高見君はやや打ち解ける事が出来る様になった。
その後、彼は少しずつ己の過去の事を語ってくれた。詳しくは書かぬが、まだ貧しかった少年の頃、犯罪事件に巻き込まれ、故郷を後にせざるを得なくなったのだとか言う話であった。
探索者は、皆何処か追われる者の顔をしている。
「後悔をしてはいませんが、ひとつ、学校に確り通えなかったので、文字が苦手です」
高見君はそんな事を言っていた。
「先生のお話は漢字が多いでしょう。おれはどうも途中で詰まって仕舞う。冴子は得意なので
それは済まぬ事をした、と思う。然し、漢字の多さ文のくどさはこれはもう、性分である。突然サイタ、サイタ、サクラガサイタ、等と書いては読者諸氏も馬鹿にされたと気を悪くしよう。
「空いた時間に、少しずつ勉強をしています。いつか、自分ひとりで先生の文章を読んでみたい」
高見君の目は、純真なる少年の如しであった。実際、若者である。多くの青年が、しんと晴れた青空の下に新天地を求めるのと同じに、彼は暗き地下に活路を見出した、それだけの違いである。
私は若者が好きである。嫉妬混じりに好きである。何処までも旅をすると良い。そう思うばかりだ。
よって、多くの賢き読者諸氏そして
高見君、いつも、ほんとうに、ありがとう。心から、ありがとう。これからも、どうぞ、よろしくおねがいします。きみの、ゆくさきに、さいわいの、あらんことを。
冴子嬢がこの文を発見し、くつくつと肩を震わせ笑い出す様が目に浮かぶようである。高見君は照れたような顔をするだろうか。
高見君と言う人は、実に実直な人間である。我が
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