高見君と言う人

 高見君と言う人は、実に実直な人間である。




 高見君は剣士ソードマンである。一振りの長剣ロングソードを相棒とし、何より大事に扱っている。初めて護衛として私が引き合わされた時は、警戒心からか中々口を利いて貰えず、挙句私は勝手に剣を触ろうとして酷く叱られた。今では、飛んだ事をした物だと反省しきりである。


 左様、初めから気さくであった冴子嬢とは異なり、彼が私に気を許す様になるまでにはる程度の時間を要した。要ははにかみ屋なのであるが、当初はそれがわからず、最近の若い探索者はこの様な物かと神経を尖らせる日々であった。


 話は少々さかのぼり、二階層を私達が彷徨さまよっていた頃に戻る。


 当連載ではこの辺りの話はサッサと済ませて仕舞った、と言うのは、私が戦闘に慣れる為に要した時間はかなりの物で、それらを詳細に記したところで読者諸氏には無用の長物、退屈の極みであると判断したからである。とは言え、中には幾つもの小さな劇的事件ドラマが起こっていた事は言うまでも無し。これはそのひとつの出来事である。




 どこかぎこちなき空気のまま、我々は迷宮ダンジョン内をぐるぐると回遊していた。高見君だけの所為せいではない、私もまだ迷宮ダンジョンに慣れず、無知で、何かあるとぐに驚き興奮したり、或いは暗い空気に陰々滅々としたりと落ち着かず、中々にふたりには迷惑を掛けたと感じている。己を省みる事の肝要さを、私は知っている。


 そこで、私は軽口を叩いた。しかしこの迷宮はなかなかにしわいじゃないか。財宝のひとつも寄越さない、等と言った気がする。高見君は至極真面目な顔で曰く、この階にはありませんよ。


「無いとはどういう了見だい」

「目ぼしい物は、もう大分前に皆見つけ尽くして仕舞いました。今何かがあるとすれば、十階か……せめて七階よりも下でないと」


 成る程、上層は既に探索者たちにより出し殻と化していると言う事らしい。私はだが、妙に悔しくなり食い下がった。


しかし、わからないじゃないか。彼方此方あちらこちらを探してみれば、或いは……」

「二階層迄の地図はほとんど共有されて出回っていますから。無いでしょう」

「賭けるかね」


 高見君は不審げに、眉を軽く動かした。私はどう言う訳か妙に陽気であった。


「ぐるりとこの辺りを巡って、隠れた財宝が無ければ私から五十銭。もし何か見つかれば君から五十銭だ」

「構いませんが」


 高見君、苦笑である。冴子嬢は仕方がない事、と言う顔で我々を遠巻きにしていた。


さて、しばし歩いてみると、これが本当に何も無い。袋小路をえて歩いてみても、時折何かがあったのであろうと思われる跡が残っているのみだ。これは早々に風向きが怪しくなって来たぞ、と思った時の事である。


 私は行き止まりと見えた壁に、何やら一筋、亀裂の様な物を見つけた。慌ててふたりを呼ぶ。高見君は壁をコツコツと拳で軽く叩き、徐々に真剣な顔つきと化した。


「隠された扉かも知れません。注意して開けてみます」


 高見君はゆっくりと肩で壁に見える箇所を押していく。中々重い様で、そう上手くは行かぬが、暫くすると、ず、と重たく何かを引き摺る音が微かに聞こえた。


 私は慌てて加勢に加わる。危ないですから、先生は蝶番ちょうつがい側に、と指示を飛ばされる。男ふたりの体重に、重厚なる石のドアーはまさに少しずつ開きつつあった。冴子嬢が敵襲や罠に備え、杖を構える。


 次の瞬間、突然扉は大きく開き、我々はその向こうの小部屋に転がり込みかけた。たたらを踏んで危うく踏み止まる。高見君が用心深く首を巡らす。怪物モンスターは居ないようです。告げた瞬間に彼は目を見開いた。


 嗚呼、何たる事であろうか。そこにはごく小さな、古びた、しかしっかりと口を閉じた、ひとつの宝箱が安置してあったのである。


 信じられぬ、と言った顔で高見君はそっと手を伸ばし、ハッと気づいた顔で背嚢ザックより分厚い革手袋を取り出してめた。


「何か罠があると困りますから。私も中を透視する訳には行きませんし」


 冴子嬢が説明をしてくれる。本来であれば盗賊組合シーフギルドの人間等が得意な範疇の作業なのであるが、一時金銭授受の事故トラブルが発生した為、ふたりはあまり組合ギルドを信用していないのだそうである。


 高見君は方々を確認し、やがて針金を用いて鍵を開ける作業に入った。私は緊張半分、どうだ、私の言った通りであろう、と言う得意顔半分でそれを見守る。五十銭あれば、まあ中々良い飯代にはなろう。カチリ、小さな音を響かせ鍵は開いた。高見君は蓋をゆっくりと開け……。


 中には小さな紙の切れ端があった。


『御苦労様。コノ中身ハ先二受ケ取リマシタ。コレニガッカリセズ、ガンバッテ探索ヲ続ケテ下サイネ。サル先輩一団パーティーヨリ』


 何たる事であるか、それは先に到達した者の悪戯であったのだ。高見君が肩を震わす。私は落胆しながらも、彼が怒りに震えているのではないかと恐れた。然し、それは杞憂であった。


 高見君は腹を抱えて笑っていたのだ。


「先生、これは傑作です。さて、どうしましょうね。財宝らしき物はあった。然し、中身はスッカリ空の様だ。賭けは、どうします」


 私も、釣られて笑って仕舞った。ゲラゲラと身体を揺らしながら答えた物だ。


「これはもうどう仕様も無いね。賭けは無効だよ。然し酷い事をする者も居たものだ」


 高見君から紙を受け取った冴子嬢はさらにくつくつと震え出した。見ると、裏側には幾つもの、我々と同じ様に悪戯に引っ掛かった者達の呪詛じゅその声が記されていたからだ。先生、よろしければ何か一筆、と乞われたので、鉛筆を取り出し、この大悪党めが、と書き込んでやった。ふたりは大いに笑った。我々はその場を綺麗に整えると立ち去った。箱に鍵を掛けなかった事と、扉を微かに開けておいたところに、私は高見君の優しさを見た。


 それ以来、私と高見君はやや打ち解ける事が出来る様になった。




 その後、彼は少しずつ己の過去の事を語ってくれた。詳しくは書かぬが、まだ貧しかった少年の頃、犯罪事件に巻き込まれ、故郷を後にせざるを得なくなったのだとか言う話であった。


 探索者は、皆何処か追われる者の顔をしている。迷宮ダンジョンは、淋しき者達の、最後に行き着く場所であるのかも知れぬ。とは言え、彼らは断じて違法の徒ではない。


「後悔をしてはいませんが、ひとつ、学校に確り通えなかったので、文字が苦手です」


 高見君はそんな事を言っていた。


「先生のお話は漢字が多いでしょう。おれはどうも途中で詰まって仕舞う。冴子は得意なのでたまに読んで聞かせてくれますが」


 それは済まぬ事をした、と思う。然し、漢字の多さ文のくどさはこれはもう、性分である。突然サイタ、サイタ、サクラガサイタ、等と書いては読者諸氏も馬鹿にされたと気を悪くしよう。


「空いた時間に、少しずつ勉強をしています。いつか、自分ひとりで先生の文章を読んでみたい」


 高見君の目は、純真なる少年の如しであった。実際、若者である。多くの青年が、しんと晴れた青空の下に新天地を求めるのと同じに、彼は暗き地下に活路を見出した、それだけの違いである。


 私は若者が好きである。嫉妬混じりに好きである。何処までも旅をすると良い。そう思うばかりだ。


 よって、多くの賢き読者諸氏そして小煩こうるさ編輯へんしゅうの事は放っておき、私は唯ひとりの真面目なる仲間のためにこの文を書こう。


 高見君、いつも、ほんとうに、ありがとう。心から、ありがとう。これからも、どうぞ、よろしくおねがいします。きみの、ゆくさきに、さいわいの、あらんことを。


 冴子嬢がこの文を発見し、くつくつと肩を震わせ笑い出す様が目に浮かぶようである。高見君は照れたような顔をするだろうか。




 高見君と言う人は、実に実直な人間である。我が迷宮ダンジョン探索の仲間にこの様な人が居る事を、私は心より頼もしく思っている。

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