映画時代と十月日記
十月十二日
浅草にて映画『大迷宮』を観賞す。
これが実にまずい。俳優の演技ではない、女優なぞはなかなかの綺麗所なのだが、話と何より画面がまずい。どこぞの小さな洞穴でもって
家内なぞはそれでも、仲見世通りをぶらつきながら、「あの
「あんな強力な
「あなた、本物を見た事があるの」
「だから、二階三階には居ないと言ったろうよ。良いか、
そこまで言って、実際どの辺りに、どの様に棲息している物であるのか、私も特に知らぬと言う事に気がついた。
「……まあ、その、もっとずっと下の方だ。私もついぞお目にかからん」
家内は生真面目に、そうでしたか、と
「
「それは、あなたは本物をご存知でしょうけど、私は見た事がありませんもの」
お前も来てみるか、と言いそうになり、止める。流石に危険な事であるし、あれは最近では、私ひとりのちょっとした楽しみでもある。何より、絣の着物の上に
「何ですか。ちょっと探索にお詳しいからって気取ってらっしゃる」
お陰で家内の機嫌を少々損ねて仕舞った。仕方ないので、然し音楽は悪くなかっただの、俳優は男前だっただの、どうにか良かったところを探し連ねて媚び
「
機嫌が直ると、まあ多少はいじらしいことも言う。私は、だが、その言葉に少々苦笑いした。
撮影は、行われているのである。勿論今の『大迷宮』の物ではない。新しい、もっと大きな会社の映画だ。
お陰で私は四階層を
ならば今回は連載も休止で良いではないかねと言うと、
そこで今、私は、かの今ひとつであった映画の話なぞして、茶を濁している。残りを
十月十七日
新聞にて映画『
「あなた、中では転んだりはしませんの」
「それは、少しは転ぶし怪我もするともさ。だが、
「女優さんは足を挫いたそうじゃありませんか」
「どうせ細い靴で歩いたんだろう。
「それなら、
世の妻と言う物は、これ程心配性なのであろうか。と言うよりは、心配の方向がずれているとは思わぬのだろうか。そもそも、夫が危険なる
十月二十一日
西郷さんの像から程近く、封鎖の終わった
「映画は残念だったが、中に行けるのは嬉しいね」
「中々良いお仕事ではあったのですけどね」
二人も、撮影の護衛をしていたと言う話は先に聞いていた。楽しかったかいと聞くと、笑顔で
「女優さんをあんな近くで見たの、初めてです。素敵だったわ」
冴子嬢はやや興奮の様子であった。高見君は撮影の機材の方に興味津々で、ふたりの若者らしいところを垣間見た心持ちがした。
では、中に行くかと足を運ぶと、高見君が目を瞬かせる。
「先生、どうしたんです、その靴は」
私は少し面映くなり、頭を掻く。今履いている靴は、家内の寄贈物であり、頑丈で丈の長い、古びた
問題は、傷のついた
経緯を話すと、冴子嬢は即座に家内の肩を持ち、高見君すらも防御は大事です、と頷く。私の恥の行き所は
もし当連載が映画化の栄誉に浴した際には、俳優には全て
真の情愛は、相手の心身の無事を祈る、その心にこそ宿るものではないか。
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