金貨裏表
相変わらず五階層の攻略は一進一退、少し進んでは戻りを繰り返している。高見君と冴子嬢は一度攻略済みと言う事で安心していたのだが、一旦上手くいったとて、私を守りながらの進行は難しい物であるようだ。
「それもありますが、以前は四人で潜っていましたからね」
高見君は静かな一画で、汗を拭き拭きそう語る。どうも彼らには他の仲間が居たものらしい。中途で、純粋探索者として先に進む事を選んだふたりと、護衛として上層を主に行き来する事と決めた彼らとに分かれたのだそうだ。
「奴らとは今でも時々酒場で会います。無事で居るようで何よりです」
「彼らは、何を目的で下に潜るのかね」
私は少々根源的な質問をしてみた。ふたりはどこか困った様な顔を見合わせ、財宝の為だとか、探究心だとか、達成感だとか、様々な事を言ったが、これは実際に奥深くまで進んだ者でなければ実感出来ぬ感覚であるのかも知れぬ、と感じる。
「では先生は、何の為に
「それは、君」
反対に私にも根源的な問いが飛び、ふと考える。原稿料の為、そうである。新たな文を生み出す為。そうである。個人の好奇心、そうであろう。意地。そうかも知れぬ。スポオツ感覚。それもある。
「それはだね、新しい場所がふと目の前に開ける、あの感じかも知れんね。あれが何とも心地良い」
切れ切れに言葉にすると、どうもあやふやである。だが、ふたりは成る程、と頷いてくれた。
「先生は事によると、純粋探索者向きの方かも知れませんね」
「どうも、その
私は肩を竦める。我々は暖かな笑いで
「そうです、その感覚ですとも」
彼はひとくさり、自分が当連載に求める物、未知を拓く光について熱を入れて語ってくれた。それを全て記すのは何とも自己愛が過ぎ、
尚、うっかりと当連載ではどうにも諸悪の根源、冷血漢、仕事の鬼、妖怪変化の類として書いてはいるが、この編輯、実際のところは仕事熱心で感心な男である事は記しておく。おまけに男前で帝大出、洋行の経験もあり、頗る愛妻家で家には三十三人の子供と六匹の猫、五十六羽の
「読者の求めている物もそれです。皆知りたいのですよ。近くて遠い世界ですからね」
「まあ、こんな切欠でも無ければ私も潜る事なぞ無かったと思うがね」
そうして、またあり得ぬ経験をし、通常では考えぬような事を考える様になった物だ、と思う。良い事、悪い事、半々であろう。私はふうふうと熱い茶を吹いた。社で出される茶は中々美味い。
「なあ、君、こんな物を見た事はあるかね」
私は懐から一枚の金貨を取り出し、卓上に置く。かちりと硬い音がした。編輯はそれを手に取り、目を眇めて見つめる。
王冠を被った横顔を浮き彫りにした貨幣である。表か裏かどちらかは知らぬが、反対の面には見た事も無い文字が記されている。奇貨、と言う言葉を字面通りの意味合いで使うのは初めての事である。
「はて、欧風の貨幣ではありますが、これは、何語かな」
「
私は身を乗り出した。
私には、あの迷宮に就いて幾つか疑問点があった。我々とは明らかに違う人種の
「私はね、ひとつの仮説を立てている」
「仮説ですか」
「あの
編輯は、まさか、と笑い飛ばす事はしなかった。
「ああ、ただ、惜しい。時間が足りない」
編輯は頭を抱え、何度も首を振った。
「足りないとは」
「〓〓(検閲済)の調査が入っています。何れ迷宮は差し押さえられ、出入りが叶わなくなるそうなのですよ」
青天の
「後何回だね。連載は、何回出来る。否、この際だ、載せられなくても構わん。何回潜れる」
「一回か、二回か。わかりません」
それで、どの程度先に進める物だろうか。私は途方に暮れた。見てみたかったのだ。私の進む先に、果たして何があるのかを。
「先生、どうかしましたか」
冴子嬢に声を掛けられる。私はハッとする。ここは
彼らは知っているのだろうか、迷宮の将来を。そうして、
私はゆるゆると頭を振り、考えを追い払う。あと、数える程の機会。
奥に進まねばならぬ。私は、裏も表もわからぬ金貨を握り締めた。
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