亡者に寄せて 弐
さて、四階層に到達した我々は、
嗚呼、何たる事か、目の前に続く通路には死臭
がりがりと扉を掻く嫌な音がする。
きびきびと案を練る冴子嬢、口数は少なくとも的確な一言を放つ高見君、流石の慣れた戦地と見え、手製の詳細な地図を取り出す英山坊殿の声を半ば聞きつつ、私は心を彷徨わせていた。
この階層の
私は、幸運だ。経費にて雇った、強力なる護衛が居る。彼らは
だが、ひとつ間違えれば、私はあの亡者達の側に属するかも知れぬ者だ。私は、弱い。何の因果かこの様な地下に叩き込まれ、彼らと肩を並べ生き残って居るが……。
「先生、大丈夫でしょうか。
不意に肩を叩いたのは高見君であった。私は無益な空想より目を覚ます。半分とは言え耳は傾けていた。作戦は把握している。私は首を縦に振った。問題無い、と言う意味合いである。
「私がまず魔法で攻撃します。一網打尽に出来ればそれで良し。倒せぬ者、漏れた者を英山坊さん、高見君に一体ずつ潰して貰います。それでも未だ動く様であれば、先生、お願いします」
冴子嬢が念の為とてもう一度説明をしてくれた。つまり私は介錯の介錯と言う事になる。
「英山坊さんには、出来れば後始末もお願いしたいのですが」
「構わぬよ、それが目的であるからして」
「そうして、もし押し負けそうになればその前に退却してこの部屋に戻ります。回復をしながら様子を見て進みましょう」
祈りの部屋には
さて、再び我らは敵の大海のさなかに飛び込んでいった。途端に、冴子嬢の
「
手元の
私も負けては居なかった。
白く半透明なる
辺りを見渡すと、死屍累々とはこの事で、
この迷宮で命を落とした者たち。ひとつの疑問が私の脳裏に浮かんだ。
「英山坊殿。彼らは、少しばかり数が多過ぎはしませんか」
屈強なる修験者は、ちらりと私を見た。私はひとりの死者を見つめる。
「下の階の死者も、この階にやって来る様でな」
「この死者は……」
私が示そうとすると、彼は首を横に振った。
「わからぬ。何かが起こっているのかは確かであるが、拙僧にはわかりませんでな。拙僧の使命はこの階層の亡者を葬る事であると心得ておるのですよ」
彼は
私の腕には
「あの人は、亡者の懐から優先的に物資を漁っていましたよ」と。
何でも
「用心棒代は要らないとは、そう言う事です。こちらも見て見ぬ振りをするのが礼儀です」
私は開いた口が塞がらず、そうしてしばらくすると、より一層愉快で爽やかな気分となった。聖人でも何でもない、人並みの欲を持ったあの御坊が、大変、親しく思えて来たのだった。
それから二日三日すると東京の盆の日で、私は家内を伴い、家の墓参りへと出掛けた。先程まで死体と相対していたと言うのに、今度は鎮魂に行くとは、何とも妙な気分である。それを見通したかの様に、
「どんな感じでしょうか。死んだ方が蘇って来ると言うのは——」
「何、
私は心からそう言った。家内は少々不思議な顔をしていた。蝉の声が
「お盆には魂が戻って来ると言いますけれど」
「それとは話が違うよ。御先祖様は戻って来ても我々を襲って来たりしないだろう」
「それはそうね」
家内は昨年、親類を幾人か亡くしている。何か考えるところがあるのであろう。
「もし知り合いがそんな
家内が笑って、あすこですね、と墓石を指差した。規則正しく墓石の林立する墓地はまるで
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