上野冒険横丁案内
読者諸氏に理解して頂きたい事は、
物事は全てが語られる通りに順調であると思って貰われては、困る。それは、諸君らの人生に
先に記して置くが、今回の本稿においては、階層を先に進むと言う事は起こらぬ。下準備、
私と高見君、冴子嬢、そして編輯はこの上野の一地域、何とも怪しき店屋の数々の集まり、連なる横丁に参上した。何故編輯までもが付いて来て居るのかと言うと、
この編輯、始めばかりは物珍しさと心細さの混淆と言った顔で辺りを見回していた物の、段々と空気に馴染んだか、店屋街に着く頃には何だか一端の
「先生の
高見君は幾つかある看板の内、ひとつを目掛けスイスイと進んで行く。やがて我々は、ぷんと革の臭いの
「革防具の専門店です。ここで
「もう少し強そうな物にはして貰えないのかい」
少々残念に思う。硬かろうが、結局は革である。
「金属は重いですから、先生は出来るだけ素早く逃げられる様にした方が良いでしょう。その内逃げるばかりではいけなくなれば、それはその時考えます」
ハッとした。何だかズルズルと惰性で、進める深奥まで進んでいこうでは無いかと言う話になってしまっている。これは編輯の謀略であるか。それとも私の惰弱が招いた事態であるかも知れぬ。編輯は澄ました顔で、では領収書をお願いします等と言っている。
誰がと言うよりはあの恐ろしい世間と言う物が、私を、寄ってたかって薄暗い闇の只中に叩き込もうとしているかのような、昏い錯覚を覚えた。私は何が何だかわからぬまま、堅固なる
鎧は確かに硬く、
「これは良いね。腕力まで上がった様だ」
「いえ、特にそう言った追加の効能は有りません」
無いのだそうだ。
それから、冴子嬢の細々とした道具の買い物に少々付き合う。何でも次の階層辺りからはこう言った準備が肝要となるのだと言う。様々な草を見せられて、これが身体の麻痺に効きますだの、毒を得たら直ぐにこの葉を噛みますだの教えられたが、草は草である。どれも緑色をしている事位しか判別が付かぬ。挙句、まあ、その時に私が言いますから、と呆れた顔をされた。
私は生来の野菜嫌いである。出来る限り、あの匂う草を食らう羽目にはなりたくない。
「酒場に何があるね」
「酒があります」
それはそうであろう。何、打ち合わせの名目で経費で落としますとも。これも経費、あれも経費、と飲む前から妙な勢いになっている。私は
高見君が、『羽ばたく
酒場とはその様な斡旋業者に似た機能を持った場でもあるのかとまた感心した。編輯よ、酒場には酒がありますなどと禅問答をしている場合ではない。
「私も依頼を受ける事が出来るかねえ」
「出来ますけれど、上の階層の礼金は雀の涙ですよ。大方を酒場が持って行きますから」
斡旋業者は中々の遣り手である様だ。何処もかしこも、経済と言う物は変わらぬのかも知れぬ。仕方なし、仕方なしと頷いた。家内に何か土産でも買うのは自腹にする事にしよう。
さて、そうこうしているうちに、可愛らしい女給が
「先生の連載が末長く続く事を祈って」
等と編輯は言う。それは一進一退がいつ
時に、探索者の酒場は、出会いと別れの場であると言う。こうして出会った我々の縁は、どうやらもう少々続く様であった。
読者諸氏、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます