寿司と毛皮
放り出されたと言うのはひとつの比喩で、両脇には馴染みの傭兵高見君に冴子嬢が私を守護してくれてはいるのであるが、しかしあの編輯の口の上手さ舌の回り様には呆れるばかりである。編輯たる職務を志すにあたっては、舌を二枚三枚と重ねる修練が必要であるのかも知れぬ。私はこの不器用な舌一枚で結構。
さて、あなたが少なくとも東京市民であるのなら、よもやこの
東京市地下ニ大迷宮出現セリと報道が行われたのは、あの大震災の
ともあれ、
探索者が
この度の遠征は、初心の一階層は
二階層の
祈りの部屋の前を通り過ぎ、やや歩けば階段である。踏破者の足跡にて階段中央部は綺麗に磨かれていた。こう見ると、矢張り人工の趣の強い場である。
一体何者がこの
等と独り合点していたところ、階段を滑りかけては後ろを行く冴子嬢に腕を取られた。気まずいところを見せてしまったと思う。さて、降りきってしまえば二階層である。見た目は一階層とそれ程変わらぬ。だが、生態系や構造がまるで異なるのだと聞いた。
階段の近辺を歩き、手頃な獲物を待ちましょう、とそういう事になった。さて、ここで高見君の如き幅広い洋剣を手に戦えれば格好もつくのであるが、私が先に渡されていたのは小ぶりな
来ます。高見君が小声で呟いた。軽く、犬か何かのような乾いた足音が聞こえて来る。やがてひょこりと物陰から現れたのは、
仕方がないとて高見君である。彼は手間取る私の横から進み出ると、鼠の脚を斬り捌いた。
その代わりに、あの手応えは一生こびり付いて離れぬのだろうと思った。尋常小学校の頃、友人のT君を誤って強かに
やりましたね、と傭兵ふたりはホッとした顔で私を褒めた。彼らにしてみればこの様な雑魚にこれ程の時間をかける事など馬鹿らしいの一言ではあろうが、私は興奮し、探索者としての
高見君は慣れた手つきで
それから私は数匹の
帰りは楽な物だった。私は一階層でも
半ばへとへとになって帰宅すると、家内がお疲れ様です、と手拭いを持って玄関に迎えに来た。
今日は殺生をしたよ。と言うと、あら、
「鼠や蝙蝠だよ」
「まあ、小さくて大変そう」
「それがうんと大きいのさ。この位はある(私は両手を広げた)」
「そんな鼠が出たら困りますねえ」
どうも家内は、夫が九死に一生を得たと言うのに惚け顔である。
「それより、臨時の金が入った。寿司でも食いに行こう」
私はあの鼠の毛皮だのを換金した金を示した。家内は原稿料と勘違いしたようで、もうそんなに貰えるのなら有難いお仕事です事、等と言う。訂正も面倒で、そのままにした。
途中、蚊が飛んではしきりに刺そうとするので、パチンと叩いて殺して仕舞った。この殺害と、あの迷宮での殺害は等価であるか否か。寿司の材料である魚と鼠の死は等価であるか否か。どこか
キップパイロールを塗られた手傷は直ぐに消えた。鼠の毛皮代も、寿司と家内の
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