灰の跡

 毒蛙ポイズンフロッグは、しっかり皮を剥ぎ、耳腺じせんを除去して火を中まで通せば美味です。高見君がそう言って、焚き火で串焼きを作ってくれた。探索者の知恵として、前に訪れた者の火の跡と思しき焦げ跡は、周囲に危険の少ない場所である、と言う物がある。よって我々も、そこで火を起こし、しばらく休憩を取る事とした。


 蛙を食べた事は寡聞かぶんにして無かったが、淡白な鶏肉の様な味で、塩と七味をかけて頬張ると中々美味である。これならその辺りで見つかる蝦蟇がまがえる等も食えるのではないか、とつい食い意地を張ってしまう。


「舌が痺れたら危ないですから、ぐに言って下さい」

「もう少し安全な物を食べたい所ですけどね。食糧が少ない時は、こうして自給自足します」


 ふたりは慣れた物で、もぐもぐと躊躇ためらわずに口に運ぶ。流石さすがに何階も下がり、彷徨さまよっていると腹は減る。携帯の干し肉等は所持しているが、出来るだけ節約はしたい所である。


「まあ、ここはまだ良い方ですよ。四階で空腹になった時は酷かったです。高見が……」


 冴子嬢は嫌な顔をする。まさか、屍人ゾンビの腐肉でも食べたのかとこちらも口を曲げる。


「……不死者アンデッドは流石に食べられないからと、そこらに彷徨いている甲虫を食べました」

「虫はいけるだろう」

「いけません。駄目。絶対に嫌」


 軽い言い合いを始めるが、まあ、挨拶代わりの様なものか。私は蛙の三串目を平らげる。今の所毒の影響は無いようだ。我を苦しめし毒蛙ポイズンフロッグよ、せめて私の血肉となり給え。




 さて、その日、そう言った簡易休憩所のひとつに向かった時、高見君はおや、と足を止めた。何かあったか、と見渡してみるも、周囲は綺麗な物である。ただ、地面に焦げ跡のみが黒い。


 何かあったかね、と聞くも、いえ、気の所為せいだと思うのですが、と躊躇い顔だ。しかし、暫く沈思した後、彼は顔を上げた。


「何か変です。普通、火の跡はもっと汚くなっているはずが、随分と片付いている」


 尋常の探索者はもっと行儀が悪い、と言う事らしい。確かに、言われてみればどこも木切れやら灰やらで散らかっていた様にも思える。塵屑ごみくずは、丁寧に部屋の隅に纏めてあった。


偶々たまたま、礼儀正しい人が居たのではないかい」

「まあ、それなら良いのですが」


 ちら、とふたりの目が見交わされた。彼らはもう付き合いが長いそうであるから、こう言う時には少々の疎外感を覚える。致し方なし。


 その日は、それからも妙な事が続いた。斃された人狼ワーウルフの死骸が幾つか見つかったのだが、どれも道の端に丁寧に避けられていた。そうして、血液のこびりついた傷はごく小さな物のみが残されている。


「銃創です」


 恐らく、と冴子嬢が付け加える。


「この狭い場所で、弾の跳ね返りも起こさずに人狼ワーウルフを仕留めるのだから、かなりの手練れでしょうね」


 高見君の声に緊張が走った。私は、少しばかり事態を把握し出した。つまり、何か異質な事が起こっているらしいと、それだけだ。


 そうして、その日はそれで終わって仕舞った。我々はまた人狼ワーウルフに苦戦、撤退せざるを得なくなったからである。少しずつ道を進んではいるのだが、中々に歯痒い。


 たおし損ねた敵から全速で逃げる途中、どこか遠くで火薬の弾ける音が聞こえた。銃声であろう。何か、我々とは違う種類の人間が、この迷宮にやって来ている。それは確かで、胸の内側がざわつく思いがした。私は駆けた。保護長靴プロテクトブーツの足音を鳴らして駆けた。自分も新入りである事を、半分忘れて、ただ駆けた。




 次の探訪時、私達はまた簡易休憩所で蛙の肉を焼いていた。塩と柚子胡椒の取り合わせも中々に美味である。辺りは相応に小汚く、灰とそこに残された足跡が目立つ。


「あれから、この階ではおかしな事は起こってはいない様です」


 次は醤油だれでも作って来ましょうか、等と言いながら、高見君は私に報告をしてくれる。


「変わった死体や不死者アンデッドもありませんでしたから、下の階に降りていったのでしょうね。そうして、また上に戻った」

「彼らは何だい」


 ふたりは押し黙る。銃を装備した、規律正しい、熟練の探索者。私は少々考えを巡らせ、何も言わぬ事とした。ただ、ある種の予感のみは残った。




 私は冷めた蛙の串焼きを家内と編輯へんしゅうに持ち帰ったのだが、家内は嫌ですよそんな物は、と固辞して口に入れようとしなかった。反対に編輯は、成る程これが迷宮ダンジョンの味ですか、と遠慮もせず頬張る。中々に豪胆な男である。これならば、本人が迷宮ダンジョン探索を行えば良かろうとも思う。


「中々美味いが、冷めているのが残念だ。出来立てを食べてみたい物です」

「君も来給えよ。一緒に人狼ワーウルフから逃げよう」

「それが、喘息でして。医者から迷宮ダンジョンだけは止せと言われている」

「どんな医者だね、それは」


 ふと思う。あの休憩所で、謎の探索者達は蛙を食べたろうか。食べたのならば、どう思ったろうか。


 もし、味気ない、七味があれば、等と考えていたのであれば、良いと思う。私は七味を手ずから分けるにやぶさかでない。その様な人情があれば良いと思う。それは、私のどこか甘えた期待であろうか。


「ううむ、これは麦酒ビイルが欲しくなりますな」


 編輯の感想に私は、あの狭い休憩所で、ワイワイガヤガヤと探索者達が集まり、豪気に乾杯を行う、そんな夢想を浮かべた。

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