なぜ異世界転生しても問題なく言葉が通じるのだろう?
こういう質問には、煩雑な前提は、ジャンルが先鋭化した現状においてはいわば“ショートカット”されているのだ、と答えることになるだろう。
そこにきて本作は、異世界転生したら相手の言葉がわからなかったので、頻度分析から初めて相手の言語分析を始めるという、驚きといえば驚きの、そして必然的といえば必然的な営みを始めるのである。
どうも著者は、この作品のために独自言語を設定したようで、魔法の名前や固有名詞の秩序くらいであればファンタジー小説の作者たるもの周到にするものだが、文法構造まで考えるとなると一般読者からしたら狂気の沙汰である。
そして、この手法に挑戦するものにとっては、そういった部分を考えることこそが主題であろう。
こういった営みは、実際に独自言語(アーヴ語)を運用した『星界の紋章』以来である気がするが、そちらの作品よりも圧倒的に言語学的分析が主題となっており、だんだんと記号に過ぎない文章が理解されていくのが私たち読者にも経験されるにおいては、たいへん稀有な読書体験である。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)
異世界に放り込まれた主人公がまずやるべき事は…言語解析?
読み進めていくうちに、読み手である自分自身、主人公と一緒に本当の異世界に放り込まれてしまったかのように、聞いたことも無い言語の意味不明な言葉の羅列を前に、その意味をなんとか解析しようと躍起になっている事に気付く。
多少の日本語や表現の粗など、さほど気にならないぐらいその世界に没入してしまう。
異世界言語習得というと、王領寺静(藤本ひとみが少年小説(今で言うライトノベル)執筆時に使う別名)の『異次元騎士カズマ』を思い出すが、あちらでは言語習得のくだりは時間の経過であっさりと表現されていた。
この作品では、その言語習得のくだりそのものが立派にエンターテインメントとして成立している点が素晴らしい!
異世界転生モノの面白さと、言語学の面白さが見事にミックスしている。
異世界転生として大切な、「美少女との出会い」がある一方、言語好きにはたまらない、「言語学的な解説」も含まれているのがスゴイと感じた。
ファンタジー系好きの中には世界観が好きという方もいると思うので、言語の理解を通じて、この作品の世界を、主人公とともに実感していくという楽しみ方もできると思った。
あまり言語学に詳しくない方でも日本語部分を読めば話を追っていくことは出来ると思うので、より深く知るために言語学部分を再度読み直すという楽しみ方もできるかもしれない。
とにかく、いろいろな楽しみ方があると感じた。
こういったジャンルを知らない方にも、是非お勧めしたい!
海外の本を翻訳したものを読んで意味が違和感を感じた事はないだろうか。
それは当然で言語の背景にある基本概念が違うからだ。それでもこのインターネット時代は割とマシになってきた方だと思う。
だがそれが全く断絶した世界ならばどうだろう? というものを真正面から取り組んでいるのがこれだ。そこかしこにファンタジー的な(いわゆる『魔法的な』)要素を含んでいるものの、本質は「もし、こうなら、どうだろう」と言うSFに近い。(余談だがSFとファンタジーの間は本当は無い気がしてならないが)
主人公が主人公としてのメタ意識を持ちつつも、私達の『目』として是非とも頑張って欲しいところである。もっとも物語の構造状に於いて彼が言葉(そしてこの世界の情勢を)理解したら、何かが起こるのだろうけれども。物語としてはそちらが楽しみなところである。
全ての人間の言語を統一されてはいないし、バベルの塔はできなかったのだ。
残った煉瓦で出来た言葉の壁を越えようとする人間を、小説として表現しようとした作者に敬意を表したい。