友からの援軍

 増えた悪魔を斬り倒す。

「くそっ!いらぬ土産をくれたものだ!」

 教皇自ら前線に立ち、武器を振るう。

 ステッラも上空の悪魔を墜とすも、まだ沢山の悪魔がヴァチカン内を蠢いていた。

「ぶほっっっっっ!!」

 俺の目の前で、騎士が悪魔に腹を引き裂かれて腸を喰われた。

「ああああああああ!!!」

 もう手遅れだと知りつつも、腸を喰っている悪魔共の首を落とす。

「全て俺が殺す!!全てだ!!」

 血によって切れ味が鈍った感があるエクスカリバーを向け、吼えた。

「ふ、アダム様の代わりに指揮を取るのはいいが、やれやれ、まだ元気な騎士がいるのか」

「新手か!!」

 声のする方向に刃を向ける俺。

「私はカリオストロ伯爵。アダム様のおかげで楽ができるかと思っていたんだが、やれやれだな」

「また転生した魔人か!!」

 カリオストロ伯爵とは、かのサン・ジェルマン伯爵と同じ組織、フリーメイソンに属している錬金術師の一人だ。

 しかし、後にフリーメイソンのエジプト起源説を唱え、自ら分派『エジプト・メイソンリー』を設立した。

 ロシア宮廷でのスキャンダルや、マリー・アントワネットを巻き込んだ有名な詐欺事件『首飾り事件』によって失脚。そしてローマで異端の嫌疑をかけられ逮捕され、宗教裁判にかけられて、終身刑を言い渡され、獄死した。

 しかし、その死後も生きて地上を漂泊しているという噂が根強く、ロシアにまで流布したという。

「詐欺師相手なら剣を休める事ができるな」

「詐欺師とは酷いな?一応錬金術には心得があるんだが」

 知った事か!!

 低く身構え、カリオストロの懐に飛び込む。

 しかし、戦闘の疲労から、動きが鈍ったのか、詐欺師如きに易々とそれを躱された。

「なんだ君は?随分と疲れているようだな?」

 カリオストロが笑いながら剣を抜く。

「ヴァチカン最強の首を貰えるとは、私は幸運だな」

 勝利を確信したような嫌らしい笑み。

「詐欺師に俺が殺せるか!!」

 深く息を吸い込み、力を溜めた。新たな気が身体中に行き渡る感覚。俺はまだやれると言う証だ。

「アーサー、一時退け!無数の悪魔を倒しての疲労じゃない、あのお方のプレッシャーを受けたダメージがまだ蓄積されているんだ!!」

 教皇が叫ぶ。

 確かに、アダムの重圧によるダメージは正直言って深刻だ。

 だが、外道に遅れを取る真似はできない。

 ヴァチカン最強の名にかけて!!

「アダム様、おこぼれ頂戴致します」

 そう言ったかと思ったら、カリオストロはいきなり接近してきた。

「ちぃ!」

 エクスカリバーを薙ぎるが、それを屈んで躱される。

 それを見た俺は、後ろに大きく飛んで間合いを確保した。

「成程成程!!万全ならば解らないが、今なら私の方が間違いなく上だな!!」

 いやらしく笑うカリオストロの顔が視界いっぱいに広がった。

 再び接近を許したのだ。

「舐めるな詐欺師!!」

 腰を回転させて刃を跳ね上げる。

「くおっ!?」

 カリオストロの胸のボタンが落ちる。

「おいおい…まだ動けるじゃないか…」

 若干青ざめて、俺から離れた。

「仕方ない。私が首を取りたかったが、我が身が一番可愛いのでな」

 腕をスッと上げる。それと、同時に、悪魔共が俺の前に躍り出た。

「上等だ!!」

 奥歯を噛み締め、エクスカリバーを振るう。さっき全部殺すと誓ったのだ。向かって来るのなら、出向く手間が省けたと言うものだ。

「そうだそうだ。精々死なない程度に疲れたまえよ。君なんかまだマシさ。北嶋と言ったか?彼には7万の悪魔と魔王をぶつけるらしいからな」

 7万!!

「聞きましたか教皇!!北嶋は7万の悪魔を相手にするようです!!」

「い、如何に親方と言えども絶望的だ………」

 教皇は諦めたように、地に膝を付く。

「だから早く片付けて、加勢に行かなければならない。尤も、北嶋なら加勢は必要ないだろうけども」

 反対に闘志が漲った。

 あの時の借りを返せるチャンスが巡って来たかのだから!!

「ははは!!友の心配よりも、先ずは自分の心配だろう!!」

 高笑いと共に襲ってくる悪魔共。それを笑いながら迎え撃つように、全身に気を行き渡らせる。


――ふむ、北嶋 勇が認めただけの事はあるね。この状況下、諦めずに、全て倒して加勢に向かおうと言うのだから


 耳じゃなく、脳に直接響くような声!!

「な、何っ!?まさか!!」

 思わず天を見上げた。

 同時に、風が巻き起こる。

 それは何かが羽ばたいた時に発生するような風。

 グリフォンよりも遥かに巨大で、聖なる気を纏った風!!

 悪魔共がその風を浴びて風化して消えていく!!

「な、何だ一体!?風!?いや炎!?」

「あ、あああ………貴方様はっ!!」

 カリオストロは、俺の背後に向かって恐れ、教皇は跪いた。

「あ、貴方は…北嶋の…!!」

――やぁ、久しぶりだねアーサー・クランク。北嶋の柱が一柱…死と再生を司る私が、仕えている者の命令により、敵を滅ぼしに来たよ

 それは北嶋の裏山に居たフェニックスを模した神!!

 死と再生の神が、ヴァチカンに降り立ったのだ!!

「フェニックス?神が遣わせたのか!?」

「間違い無い!!神が遣わせたヴァチカンの武器だ!!」

 戦意を失っていた騎士達に再び光が灯ったが…

「此方は北嶋の守護柱、死と再生の神!!断じて神がヴァチカンの為に遣わせたのでは無い!!」

 北嶋の善意で送り込まれた死と再生の神だ。唯一神に命じらた訳では無い!!

 だが、騎士達は聞いちゃあいない。

 神が遣わせたと、『北嶋の守護柱』を崇めるどころか、武器扱いをしている!!

「フェニックス!!早く悪魔を殺してくれ!!」

「グズグズするな!!ヴァチカンを脅かす敵を滅し去れ!!」

 言いたい放題だ。このままでは折角の希望が…

――やれやれ、私でこれだ。他の柱なら、逆に敵と見なされているかもね

 呆れ返る死と再生の神。帰る事はなさそうだ。

 安堵したが、よく考えればそうだ。此処に来たのは、北嶋に言い付かった、仕事の一環なのだから。

――アーサー・クランク。そしてネロ教皇。私は北嶋 勇に頼まれた。『せめて日本に来た奴等は守れ』とね

 逆に言うならば、それ以外は知らぬ。

「すまない。必ずや俺がヴァチカンの、いや、カトリックの古い教えを改善する」

――早くそうして欲しいね。他の柱なら偶像崇拝で邪教扱いだ。彼等も私と同じ柱。上も下もない、横一列の仲間なんだ。仲間を虐げられるのは、気分が良く無い

 上下無く横一列の仲間。北嶋の拘る所であり、魅力溢れる信念。

「私では無理でしたが、アーサーならば必ず…」

――約束したよ。ならば仕事をしようか

 多少不服な表情をしながらも、死と再生の神は炎を纏って羽ばたいた。

 神気を纏った炎が悪魔共を滅ぼす。

「く、ま、まさか異国の神が加勢に来るとは…」

 数歩下がり、今にも逃げ出そうとしている様だ。

「逃がすかあ!!」

 残りの力を振り絞ってカリオストロの懐に飛び込む。

「うわあ!!」

 カリオストロは愚かにも、腕で自分の身体を庇った。

「詐欺師は転生しても愚か者か」

 躊躇い無くエクスカリバーを振り斬る。

 奴の両腕が宙に舞い、落ちた。

「あああ!!俺の腕があ!!あああああああああああ!!!」

 半狂乱になり、地に落ちた腕を無くなった腕で掴もうとして空を切る。

「だから愚かだと言うんだ。腕だけで済んだつもりか?」

「な、何………っっっ………!!!後はあああああああ!!!!」

 頭から真っ二つに裂け、血柱が吹き上がった。

「例え疲労が蓄積されても、詐欺師如きを討ち損じる事は無い」

 カリオストロの骸に目をくれる事も無く、俺は再び悪魔退治へと向かう。


「はぁ、はぁ、はぁ……な、何とか危機は脱したか……」

 ヴァチカンに居る悪魔の全ては倒れた。

 此方も膨大な戦死者を出した。

 死と再生の神が来なければ、もしかしたらヴァチカンは滅んでいたかもしれない。

――悪魔の骸は聖都に相応しく無いだろう

 一つ羽ばたき、炎を起こすと、全ての悪魔の骸は灼き尽くされて、粉塵となった。

「ここまでして貰えるとは、本当に有り難い」

 教皇は死と再生の神に深々と頭を下げた。

――礼なら要らないよ。私は申し付けられた事をしたまで。結果、日本に来なかった騎士は命を落とした

 護る者と護らぬ者をはっきり選別した死と再生の神。

 その様子を見て、殆どの騎士は恐れた。

 死と再生の神は言い放つ。

――君達の信じる道を行くがいい。私は私の信じた者に仕えるまで。私は君達の都合で戦う事は断じて無い。君達の信じる神の為に戦う事も断じて無い

 生き残った騎士達に言い聞かせる教皇。

「我々が邪教と罵っている偶像を、心から信じている者もいる。この『神』はアーサーの友人で、私の上司である者から頼まれたのだ。ヴァチカンを護る為では無い。我々友人を護る為に」

 騎士達も、己は多少なりとも傲慢だったと言う事に、少しは気付いてくれる事を祈ろう。

「そ、そうだ!!北嶋が危ない!!」

 俺は死と再生の神に慌てながら説明をした。北嶋が7万を超える悪魔と、魔王相手に戦う事を。

――知っている

 死と再生の神は、険しい表情となり、続けた。

――北嶋 勇は全てを知っている。それでも尚、私を此処に向かわせた。私だけじゃない、他の柱もだ

「そうか。ならば少しばかり礼をしようか」

 ピィイ!!と口笛を吹くと、俺の前に黄金のグリフォン、ステッラが舞い降りる。

――そんな身体でどこに行くと言うんだい?

「北嶋の所に」

 ステッラに乗り、指示を出す。北嶋の家に急げ。と。

「行くのかアーサー。やはりか。止めはせん。だが、親方の足手纏いになる事は許さんぞ」

――ネロに代わり、俺の主人となった貴様の命令は、全て聞こう。この命に代えても

――待ちたまえ!!北嶋 勇はそれを望まない!!

 俺とステッラの前に立ちふさがり、飛び立つのを止める。俺まで守れとでも言ったのかあいつは?

「なに、ロンギヌスを壊すな、と言いに行くついでさ」

――君はあの死地にわざわざ足を運ぶと言うのだよ!!頼まれた私の顔も立ててくれないか!!

 死地と聞いてフッと笑みが零れる。

「死地と思っていないのは貴方もだろう?北嶋は絶対に負けない。俺はあのいけ好かない人類の祖が、地べたに這いつくばる様を見に行くだけさ」

 そう言ってステッラに鞭を入れる。同時に、ステッラは天高く飛び立った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――行ってしまったか………

 死と再生の神が天を仰いで、小さくなって行くアーサーとステッラを見ながら呟いた。

「友の窮地に駆け付けるのは人間として当然の事。親方が貴方様をヴァチカンに送ったようにです」

――ふむ、違いない

 頷く死と再生の神。

 魔王と7万の兵隊相手に挑むとは正気の沙汰とは思えんが、何故か親方が負けるとは思えない。

 しかし負けないにしても苦戦は必至だろう。

 アーサーが駆け付けても好転するとは思えない戦力差だが、何故か私は安心して送り出した。

「レオノアも無事ならいいんだが…」

 何故かアーサーの心配はしていない私は、親方に伝言を送ったレオノアを思い出す。

――怪我を負い、グリフォンで飛んでいた騎士なら、水谷に『運んだ』よ。家や裏山は北嶋 勇の邪魔になりそうだったからね

 ギョッとして死と再生の神を見る。そして安心したのか、破顔したのが自分でも解った。

「レオノアは無事でしたか!!いや、貴方様が助けてくれたのですね!!」

――残念ながら、グリフォンは既に死んでいた。あのまま飛び続けていれば、いずれ落下するだろう。偶然会えて良かったよ。彼は護るべき対象だったからね

 親方の柱は、親方の言葉に忠実だ。

 親方は最低、裏山を施工した騎士だけでも助けようと考えたのだ。

 それは親方にとっての仲間と言う事であり、ヴァチカンは関係ない事なのだろう。

 やはり親方は聖人ではない。ただの人間なのだ。

 いや、実に人間らしい人間と言うべき存在なのだ、と、改めて思った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 天昇が天を駆ける。

 俺は悪魔の群れに突っ込み、霊力を込めた拳をぶつける。

 破裂したように崩れる悪魔。脅威はそれ程感じないが…

「力自体は大した事は無いが、数が数だ!気を引き締めろ天昇!」

――いらぬ世話じゃのう洵…雑魚共が何匹集まろうと、儂の敵になると思っちょるんか!!

 天昇が上空の悪魔を、俺が地上の悪魔を滅ぼし進む。神獣には余計な心配だったか。

「誘いの手!!」

 生乃の術が発動されると、冥穴に引き摺り込まれ、一気に数が減る悪魔共。多勢にあの術は心強い。

「助かる生乃!!」

「雑魚は私に任せて、転生したリリスの手下を倒して!!」

 お言葉に甘えよう。取り敢えず隊長格を倒したら、何とかなるかもしれない。

 ラスプーチンとやらに狙いを定めて足を向ける。

 瞬間、俺の前に悪魔が湧いて出る。

「一応は隊長を守ろうとするのか!!」

 手刀を作り、迎え撃とうとしたが、悪魔共が爆発してぶっ倒れた。

「行け!!印南君!!」

 石橋先生の札で爆発したのか。

 俺は力強く頷き、駆け出した。

 ラスプーチンとやらまで後数歩、と言う所で、なかなかのプレッシャーを右に感じた。

「はあっ!!」

 瞬間的に右脚で薙ぎった。

「うっく!!」

 剣を振り翳していた最中のもう一人の転生者、ジル・ド・レとやらの腹にヒットし、奴は軽くふっ飛ぶ。

「転生した有名人とやらは二人。取り敢えず貴様でも構わないか」

「ふっく!この青髭ジル・ド・レに浅くとも蹴りを入れるとは!久々に殺し甲斐がある奴だ!」

 構え直すジル・ド・レ。同時に、俺と奴の間に割って入る女。

「アンタは…宝条 可憐さんだったか」

「敵は剣士。ならば私の相手ですね。印南刑事はもう一人をお願いします」

 そう言って、自らの身長と大差ない程の大剣を抜く宝条さん。

「凄い神気だな………」

「これは十拳剣。古神道の印南刑事ならば解るでしょう。さぁ、斬り合いの邪魔は野暮ってもんですよ」

 やはり此方を見る事も無く、目の前のジル・ド・レを見据えながら行くように促した。

「十拳剣!?君はそれを扱えるのか!!」

「お話は後でお願いします。青髭が私を待っていますので」

 そう言いながら、ゆっくりとジル・ド・レに向かって歩く宝条さん。俺も頷き、もう一人の転生者に向かう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 殺気を剥き出しにし、ゆっくりと私に向かって歩く青髭ジル・ド・レ。

「そんな大きな剣を扱えるのか?そんな小さな身体で?」

「私の心配よりも、ご自身の心配をしたら如何?」

 小手調べに軽く中段から真横に振ると、刃と刃がぶつかり、火花が散った。

「………重いな…!!」

「これで理解できたでしょう」

 剣は力で振るうのでは無い。魂で振るうのだ。軽い体重なんかハンデにならない。

「かなりの業物の剣なのは理解した。そして貴様がかなりの力量なのも理解した」

 殺気が強まるジル・ド・レ。ある意味本気になったと言う事だ。

「直ぐに天国の聖女の元へ送ってあげるわ。いえ、あなたは地獄行きだから会えないか」

「対して貴様は天国に行けると言うのだな。ならばジャンヌに会ったら伝えてくれ。貴女を殺したカトリックを、俺が潰してやる、とな!!」

 打ち出す青髭。受け流す私。

 成程、沢山の子供を犯して殺したとは言え、流石は聖女を護って来ただけはある。剣士としての力量は、かなりのものだ。

「衝撃を流すのみの剣では無いだろう!!貴様の斬撃を見せてみろ!!」

「ええ、いいわ」

 一歩下がり、間合いを作り、十拳剣を半身で構えながら上段に持って行く。

「まさか一撃狙いか?」

「あなたは強い。認めるわ。だけど、あなたよりも遥か高みに居る人を私は知っているのよ」

 北嶋さんに出会う前なら、青髭の力量に素直に驚嘆したに違いない。

 尤も、私自身が此処まで鍛錬していたかどうか。

 私は殺気を隠さず、むしろ全面に押し出す青髭と対象に、無心に近付いて行く。

「面白い。受けて立とう。俺が激流で飲み込むか、貴様が静寂の一閃で終わらせるか!!」

 深呼吸する様が窺える。

 全ての力を剣に込めた剛の剣で、私を押し切るつもりだ。

 いずれにしても、私は後の先でのカウンター狙い。

 その一振りが外れたら、私は終わり。

 徐々に間合いを詰める青髭。

 十拳剣の間合いになるまで、静寂を保つ。

 勝負は、一瞬で決まるだろう。

 十拳剣の間合いまで残り半歩。

「俺の剣は残り一歩と言った所だ。貴様の間合いまで半歩か?つまり、俺が一歩踏み込む前に貴様の剣は俺を捉える事になる」

 後の先の矛盾となるが、正確だ。

 だけど私は後の先に拘る。それは私が非力だから。

 力で凌駕できない私は、相手の力を利用する。

「だが、俺の踏み込みのスピードについて来れるか!!」

 殺気がより一層高まり、覚悟を以て踏み込む青髭。

 刹那、私は半歩下がる。

「何ぃ!?」

 青髭は剣を振り上げている最中。

 更に完全な私の間合い。

 十拳剣を振り下げると、途中重くなる手応えを感じた。

「ごはあっっっ!!」

 青髭の左肩から右脇腹にかけて、十拳剣が走ったのだ。

 青髭の上半身が地に落ちる。

 十拳剣の間合いと後の先と言う二つの課題をクリアした結果だ。

 青髭の骸に早速群がる悪魔達。

 死体を喰らうつもりだ。

 その悪魔達の身体を斬り裂く。

 死者の尊厳を守る為では無い。

 刃を交えた敵の骸を喰わせたく無かった訳でも無い。

 私の仕事は、この場に居る敵を倒す事。ただ、それを実行しただけ。北嶋さんの敵を倒しただけだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 宝条さんにジル・ド・レを任せた俺は、もう一人の有名人に向かって蹴りを放ちながら飛び込んだ。当たり前だが、易々躱される。

「いくら何でも、そんな大技が通用する訳は無いだろう?」

 呆れて溜め息をつかれる。

「今の飛び蹴りは、貴様に接近する為に、敢えて放っただけだ」

 大技は反撃される恐れがあるが、飛び蹴り最中に身体を捻り、二の蹴りを放つ事は可能。

 尤も、ラスプーチンは反撃するつもりは無かったようだが。

「少し話をしたい。貴様は日本古来の宗教の者。アダム種じゃない可能性がある」

「アダム種?何の事か解らないが、それがどうした?」

 本当に殺気の無いラスプーチンを前に、多少動揺しながらも話に応じる姿勢を作る。

 ラスプーチンは立った儘続ける。術を仕掛ける訳でも無く、本当に話をしたいようだ。

「此度の戦、お嬢様が望まれた訳では無い。私はお嬢様の配下。お嬢様が望まれない戦をする必要は無い。無いのだが、私達人間はアダム様には決して逆らえない魂の縛りがあるのだ」

 良く解らないが、敵の親玉はアダムだと言う事を、この時に初めて知った。

「だが、貴様は戦いにやって来た。悪魔1000匹を引き連れてな」

 望まない戦と言うが、自分がやりたく無い戦でも、やらねばならない時はある。

「そうだ。私達は抗えぬ父の命令で戦わなければならない。無論、勝利は絶対条件だ。だが、万が一にでも貴様が私達に勝利出来たなら、もしも貴様がアダム種では無いのならば、貴様がアダム様を殺してくれ」

「何だそれは?言っている意味が良く解らないがな。しかし言われるまでも無い。警視庁に来た悪魔共も貴様も、勿論貴様等の親玉も、敵は全部倒す」

 左腕を前に置き、右腕を脇に付けて胸元に置く。戦闘再開の意思を示したのだ。

 意味の解らない問答に付き合っている暇は無い。

「悪いが瞬殺させて貰うぜ。貴様の他にも、まだまだ敵が居るんだからな」

「とは言え、今の世の中、アダム種の影響を受けていない人間はおらんか…戯れ言だ。行くぞ!!」

 今度は殺気を孕んで俺に向かって一歩踏み込んできた。

 ロシアの怪僧、グリゴリー・ラスプーチンとの戦いが始まった事になる。

 俺は高速で懐に飛び込んだ。

「むっ!?」

 面食らっているラスプーチン。左拳をショートフック気味に振る。それが右肩にヒット。

「くっっ!!」

 ガードした筈のラスプーチンの顔が、苦痛に歪んだ。

「丹田呼吸法により、俺の拳、いや、全身は凶器になった。軽い当て身と思い、油断するなよ」

 言いながら身体を回転させて、右裏拳を放つ。

「うっ!!」

 ラスプーチンの鼻に裏拳が掠り、一滴の鼻血が流れた。

「掠っただけで!?」

「驚いている暇は無い!!」

 裏拳の反動を利用し、身体を反転させて宙に浮き、右踵をラスプーチンの頬にブチ当てた。

「ごはあ!!」

 頬が砕ける感覚を踵に覚える。

 ラスプーチンは大量の血を吐き出して地面にぶっ倒れた。

「終わりだラスプーチン!!」

 とどめと左脚を延髄にブチ込んだが、それが空を切った。

 蹴りが外れた?いや、躱された!!

 ラスプーチンは転がりながら、とどめの蹴りを避けたのだ。

「くっっ!!まさかここまでとは!!」

 口から流れる血を拭い、 ラスプーチンが立ち上がった。

「何?確かに頬が砕けた筈だ!!」

 ラスプーチンの顔は、特に異常な箇所は見られない。

 脚が骨を砕いた感触を覚えているから、頬骨は確かに骨折している筈なのに?

「私は戦闘職が多いお嬢様の配下にしては珍しく、治癒専門だからな。自分の傷を治す事も大した事じゃない」

 そう言えば、ラスプーチンは猛毒を盛っても、銃で撃たれても死ななかった、と聞いた覚えがある。

 不死身に近い身体なのか…?

 ラスプーチンが手の指をパキパキと鳴らしながら近寄って来る。さっきよりも激しいプレッシャーを纏って。俺を見くびっていたのを修正したと言う事だろうか?

「心霊手術と言う物を知っているか?私はそれも行える。つまり、臓器を抜くのも容易だと言う事だ」

「成程、大したものだ。だがな、それは俺を捉える事ができたら行える術だな!!」

 構わずに飛び込んだ。

 ラスプーチンが手刀を突き刺すように振り被る。

「遅いぜ!!」

 俺の右ハイがラスプーチンの右顔にカウンター気味に入った。

「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 今度は首を折った筈。

 だが、ラスプーチンは男の左脚を掴んだ。

「私は痛みに耐えれば良い!!その代償が貴様の命ならば!!」

 奴の指が俺の左脚に『入って』来る!!

「うおっ!?」

 掴まれた儘、飛び跳ねる。そしてただ逃げただけじゃない、右膝もついでに叩き込んだ。

 それが奴の顔面を捉えた。

「ぷっくく!!」

 指が離れると同時に着地する。

「殺さなきゃ勝てないようだな!!覚えたての技で悪いが!!」

 脚を揃え、踵を捻り、膝を捻り、腰を捻り、肩を捻り、右掌に力を伝達させる。

 右掌が奴の胸に触れた刹那、全ての力を解放するべく、最後に気と螺旋の力を右掌にて解き放った。

「ぶっっっ!!」

 背中から内臓が飛び出し、ビシャビシャと返り血が俺に降り注いだ。

「日本古武道、骨法奥義、『通し』だ。尤も、独学故に本物の通しかどうかは解らないがな」

 流石の怪僧も内臓を破壊されれば死ぬだろう。

「アダムとか言う奴は俺が倒す。いや、そいつの狙いが北嶋ならば、俺の出る幕は無いがな」

 本当に動かないのを確認し、俺は残りの悪魔を殲滅する為に、群れの中に突っ込んで行く。

 振り返ると、唖然とした。

「増えただと!?」

 明らかに来た数以上も悪魔が蠢いていた!!

――増援じゃ!!下級悪魔とはいえ、数が数じゃ!!どうする洵!?

 やはり滅しながら天昇が問うてくる。

「どうするもこうするも…全部倒すしかない!!」

 俺の代わりに生乃が答えた。

 そのとおり。例え何百湧こうが、答えは決まっている!!

「しかし増援は1000か…数はやはり骨だな…」

 石橋先生のぼやきに絶句した。1000!?倍かよ!!

 だがまあやる事に変わりは無い。

 構えて目の前の悪魔に標準を合わせると―

 悪魔共が俺達の目の前で真っ二つになり、ぶっ倒れた!!

「な、なんで!?はっ!!」

 俺は知っている。この神気を、悪魔を真っ二つにした、あの邪矛を!!

「貴方は!!」

――久しぶりよな印南…某の主の命により、助太刀に参った!!

 それは北嶋の四柱が一柱、最硬の武神!!

 最硬の神は微かに笑いながら俺を見る。

「北嶋が!?し、しかし北嶋は七万の悪魔と魔王を相手にしているらしいじゃないか!!」

 感謝より先に疑問が立った。こんな所に来て平気 なのか、と。

――勇殿が望まれば、某は従うまで………

 口惜しい、と言った感じで俺から目を逸らせた。

「そうか…ならば新手を速攻でぶっ潰して、俺が北嶋の助太刀に向かおう。貴方は現れた雑魚を頼む」

――承知…ならばお主はあの者を倒せ。そして某に見せよ。勇殿に助太刀できる器か否かを某に示せ

 最硬の神の視線の先に目を向ける。

 そこには、ラスプーチンやジル・ド・レに似た雰囲気の男が、俺と最硬の神を見据えながら立っていた。

「いずれにしても、俺の仕事だ。任せて貰おうか」

 俺はそいつから視線を外さずに、ゆっくりと歩を進めた。

 その男は手入れもしていないようなボサボサの髪を鬱陶しそうに掻き分け、手に持っているナイフをフラフラと振りながら俺をじっと見ている。

 しかし、異様だ。

 敵を見る目じゃない、何か…物体を見るような…そんな感じの視線…

「新手の転生者だな?」

 構えながら間合いを詰める。ラスプーチンと違って危険な香りがする。奴は一応話が出来る奴だが、こいつは……

「…いい身体だなぁ…解体し甲斐がありそうだ…」

 ニヤリと笑いながら、ナイフを舐めるその仕種にゾクッと背筋が寒くなる。

「一応名を聞こうか」

 ブラブラと無防備で近付いて来る男…その目は間違い無く、俺を人間として見ていない。

「色んな名があるなぁ…本当の名前は忘れたよ…ジャック・ザ・リッパー…うん、一番しっくり来る名前だ」

「ジャック・ザ・リッパー?切り裂きジャックか!」

 一世紀程前の、イギリスの犯罪史にその名を残す猟奇殺人事件の犯人者。それがジャック・ザ・リッパー!!

 1888年の二か月間に、イーストエンドのホワイトチャペル・ロード周辺で5人の売春婦を殺害した人物の通称だ。

 もしくは5人以上かもしれないが、見つかった手紙やメッセージの筆跡が全て一致していない事などの不確定要素が多々あり、迷宮入りした殺人事件の犯人だ。

 その切り口の鮮やかさから、犯人は医者であるとか、解体技術の高さから、精肉業者であるとか、メッセージの芸術性から画家説もあった。

「随分と早く転生できたものだな」

「ん~…それだよ。転生とは生まれ変わりの事だろう?だが俺は、生まれ変わった覚えが無いんだ。ずっと生きていた…そんな感覚なんだなぁ…」

 生まれ変わりじゃない?ずっと生きて来た?

「ひょっとして…憑依か?」

 ジャック・ザ・リッパーは悪霊か何かで、当時の容疑者全てに取り憑き、殺人を犯した?

 一人殺したら満足し、宿主から離れて、欲求が湧いたら再び誰かに取り憑く。

 もしも、憑依された者そのままの筆跡ならば、成程全ての手紙やメッセージの筆跡が合わない事は納得だ。

 そして取り憑かれた人間は、憑依されている間の記憶が無いのならば、自首する事も無い訳か…

「つまり今の貴様も誰かに取り憑いた存在なのか?」

 敵が悪霊ならば、憑かれた人間には罪が無い。無いのならば敵では無いし、倒す訳にもいかない。

「んん~…解らないなぁ~…まぁいいや、取り敢えず斬らせろぉ!!!」

 目を見開いて飛び込んで来るジャック・ザ・リッパー!!俺は身を翻してそれを躱す。

「おい、何で避けるんだよおおお……斬らせろよぉおお~……」

 ニタニタと笑いながらナイフをフラフラさせるジャック・ザ・リッパー。

「憑依なら抜くしか無い、か…」

 脱力し、祝詞を唱える状態を作る。

「駄目です洵さん。推測通りなら除霊はできない。と言うか時間が掛かり過ぎる。何故ならば、ジャック・ザ・リッパーは死んでいると言った感情が無いから」

 生乃が俺を制する。成程、死を自覚させる事から始めなければならないのか。それは確かに時間が掛かり過ぎる。

「ならば神降ろしで無理やりひっ剥がすまでだ」

 ならば強引に抜けばいい。

「それも駄目。神降ろしを敵に『視』られたら何らかの対策を取られてしまう可能性がある。洵さんは北嶋さんの助太刀に行くんでしょう?敵に手の内を晒すのは得策じゃない」

 生乃の言っている事も理解できる。だが…

「最硬の神は俺に新手を倒して北嶋の助けになるのか示せ、と言ったんだ。悪霊如きに手を拱いている訳にはいかない」

 これは最硬の神の俺への試験。

 北嶋の元へと行かせられるに値するのか、見極める為なのだ。ならば俺はそれに応えなければならない。

「取り敢えずナイフを離して貰おうか!!」

 ナイフを握る右手に上段蹴りを入れる。

「離すかよおおお!!」

 脚が入った儘の状態で、ナイフを突き刺そうと、力任せに腕を振りきるとは!!

「ち!!」

 そのまま後ろに飛び、ナイフを避ける俺。

「当たり前だがジャック・ザ・リッパーにはダメージは無いか」

 あるのは憑依された男の方か。やり過ぎると、怪我、いや、それ以上を負わせてしまう。

「直接霊体にダメージを与えるには…」

 俺はジャック・ザ・リッパーを奧深くまで『視た』。

「む!?」

 視た事を伝える前に生乃に指示を出す。

「生乃、奴の動きを止めろ!!」

「え?は、はいっ!!」

 新手の悪魔を引き摺りこんでいた生乃は、瞬間的にジャック・ザ・リッパーを誘いの手で取り押さえた。

「くっ!身体が動かん?」

「押さえたけど…じ、洵さん?」

 生乃の問いに反応せずに、俺は気を溜める為に、精神を集中させていた。

 俺の全ての気を、利き脚に溜めて、ジャック・ザ・リッパーに向かって駆け出し、高く跳ねた。

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 ジャックの頭の上の空間に気を纏った蹴りを放った!!


 パァンンン!!


「「ぎゃああああああああああああ!!!」」

 絶叫が響いてジャックに憑かれた男が倒れた。

「生乃、もういいぞ」

 促されて、誘いの手を引っ込める生乃。

「気を纏った蹴りでジャックの悪霊を倒した…のね?」

「倒したのは向こう側に居た奴だ。断末魔が二つ聞こえなかったか?」

 言われてみると、と首を傾げる生乃。

 俺は最硬の神を見る。

「どうだ。これなら納得か?」

――まあまあと言った所だな。新手の悪魔はもう直ぐで全滅できる。暫し待たれよ

 ふと辺りを見ると、最硬の神の矛により、殆どの悪魔は真っ二つになり、骸がゴロゴロ転がっていた。

 流石は神。あの程度の数など問題にしないか。

「ではもう一踏ん張りするか」

 残りの悪魔に目を向け、それに駆け出す。

 最硬の神の力は流石と言う所か、新手を9割は殺していて、残りは本当に僅かしか居なかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ぎゃああああああああああああぁああああ!!」

「ん?一体何事だい?」

 ヴァチカンから帰って寛ぐ間も無く、奧の部屋から絶叫が聞こえた。仕方無しに行ってみる。

「どうしたんだい」

 扉を開けて直ぐ理解した。

 妻が集めていた転生者の一人、フランソワ・マカンダル…だったかな?が、額から血を流して絶命していた。

「呪詛返しか。まあ、前線に出ない臆病者には相応しい死に方かもね」

 確かブードゥ教の神格とまで崇められていたフランソワ・マカンダルの転生者。いい素材が手に入った、と喜んでいたらしい。

「見つけた悪霊を操って、誰かに憑かせて遠隔操作が戦闘方法の一つだったかな?あまり興味が無いからよく覚えていないけどね。誰か、この死体を片付けておいてくれないか」

 死んだ人間は駒にもならない。

 それよりもシャワーを浴びたい。

 僕は扉を開けっ放しにして、バスルームに急いだ。

 妻が良い家に転生してくれて、有り難い。ゴミを片付けてくれる使用人までいるのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 警視庁に現れた全ての敵は殲滅した。これも最硬の神を送ってくれた北嶋のおかげだ。

「有難う。助かったよ。今度は俺が助ける番だな」

 俺は天昇を呼び、飛び乗る。

――くれぐれも足手纏いにはならぬようにしてくれ

「了解した。行くぞ天昇!!」

――おお!!しっかり掴まって…お、おお?

 飛び立つ天昇の背中に生乃が飛び乗ってくる。

「命を二の次にしなきゃいけない戦いになる。それでも来るか?」

「勿論、行きます。北嶋さんへの恩返し、それに大事な人が危険な戦に出向くのを、黙って待っている程理解がある女じゃないですから」

 笑う生乃。その瞳には迷いは無い。

「生きて帰るぞ!!行け、天昇!!」

――おお!!おおおおおお??

 再び飛び立とうとした天昇に、今度は宝条さんが乗ってきた。

「定員オーバーじゃないですよね?」

「馬鹿な!!石橋さん、止めてくれ!!」

 石橋さんは黙って俺達に近付き、険しい瞳を向けながら、宝条さんに封筒を手渡した。

「北嶋君に2万円を返してくれ。私は君の依頼に応える事はできそうも無い、とね」

「それは北嶋の元に行く事を認める、と言う事ですか!!」

 声を荒げ、叫んだ。

「可憐はまだ半人前ですが、きっと役に立つ。是非連れて行ってください」

 深々と頭を下げる石橋さん。

「解りましたお父さん。2万円はお返ししておきます。行きましょう印南刑事、桐生さん」

「どうなっても知らないぞ!!もう行け天昇!!」

――いずれにせよ、もう儂には乗れんわい。しっかり掴まっておれや!!

 天昇は空高く羽ばたく。

 誰一人として死にに行く覚悟は決めていなかった。

 北嶋の敵を倒して、絶対に生きて帰る決意しか、俺達には無かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――やれやれ、勇殿に叱られるかもしれんな

 最硬の神と呼ばれた北嶋君の守護柱は溜め息を付くも、微かに笑っている。

「後で私が北嶋君に言っておきます故、ご心配ならさずに」

 笑いながら答える。

――お主も誰も死なぬ、と思っておるか

「貴方様もそうでしょう。だから行かせた」

 敵がどんなに巨大でも、どれほどの数がいようとも、北嶋君が負ける事は全く想像できない。

 可憐達は、そんな北嶋君に少しだけ手伝いに行くだけだ。だから私も安心して送り出した。

 空を見上げる。

 既に彼等の姿は見えない。

 それでも私と最硬の神は、姿が見えなくなった空をずっと眺めていた……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ロゥが駆け抜ける先に血柱が上がる。

 ジジィの金剛の錫杖が、ソフィアの魔法の道具が次々と悪魔達をぶっ潰す。

 千堂も水谷の技を駆使して滅していく。

「テメェ等!!羅刹の餌ぁ!残しとけよぉ!!」

 腕を広げ、仁王立ちする俺に向かって襲い掛かる悪魔達。

 ある悪魔は黒山羊を模し、ある悪魔はフクロウを模し、ある悪魔は羊を模していた。だが全て弱っちい悪魔、下級悪魔ってヤツだ。

「羅刹!!遠慮すんな!!全て喰え!!」

 背中から相棒が歓喜しながら現れる。

 その剛力で一薙すると、殆どの悪魔は肉片となり、それを旨そうに喰らう羅刹。

「羅刹は言わば日本の悪魔!!それもテメェ等より格が上だ!!精々羅刹を喜ばせてくれよ!!ハァッハッハッ!!」

 羅刹がぶっ潰した悪魔達の返り血を浴び、笑う俺。

 殺戮こそ鬼の性。

 羅刹は本能で喜んでいた。

 いくら殺しても咎め無しのこの状況を。

 その時、敵の松山がいつの間にか俺に接近していた。

「なんだテメェ?今羅刹はご機嫌なんだよ。人間なんかに構ってらんねぇんだ。ジジィかソフィアに相手して貰え」

 手で追い払う仕種をする。

「まさか貴様が飼っている鬼がそれ程とは思わなかったぜ。強さだけなら鬼王、王牙に引けを取らんかもな」

 そう言って刀を抜く松山。

「やめとけ。人間で今の羅刹とマトモにやり合えるのは北嶋くらいだぜ」

 全ての悪魔の殺戮を許された羅刹は、今まで抑制されていた力を解き放ち、俺でも制御するのがキツいくらいの状態だ。

 松山、つうか、人間如きが相手になる筈がねえ。

「鬼退治は武士の仕事。そして俺は松山 主水だ」

「ハッ!仕方無ぇな。どのみち、この場でテメェより強ぇ野郎は居ねぇんだ。羅刹、標的変更だ!!」

 血みどろになり、松山に目を向ける羅刹。

「松山 主水…参る!!」

「俺が一番強ぇ霊能者、葛西 亨だ!!行くぜ松山あ!!」

 俺が吼えたと同時に、羅刹の剛腕が松山に襲い掛かった。

 しかし、伸ばした腕の先に松山の姿は無い。

「なに!?」


 ザワッ


 後ろから殺気を感じ、振り返る。

「よく見抜いた」

 松山は既に刀を中段に構え、突きの体制に入っていた。

「おらああああ!!」

 瞬時に羅刹を松山の前に回し、松山の突きを羅刹の爪で防ぐ。

「ち!!」

「小賢しい真似しやがって!!」

 そのまま羅刹に捕獲を命ずる。

 羅刹は松山に覆い被さるように前に出た。

「確かに恐るべし剛力だ。だが遅い」

 松山の気配が消える。

「ちっ、また後ろかよ!!」

 振り返る俺。

「違う。下だ」

 ギョッとして目だけを後ろの下に向ける。

 松山は屈んで下段に構えていた。

「羅刹と俺の間に移動しやがったのか!!」

「ご名答だ」

 そのままバネを生かして跳ねる松山。刃が俺の首筋目掛けて飛んで来る。

 それを後ろに少し下がり躱す。

 瞬間!再び松山の姿が消えた!!

「また瞬間移動か!!ウゼェ真似しやがって!!」

 俺は一旦羅刹を背中に引っ込めた。

「諦めたのか?それとも、意図があるのか?」

 声は後ろから。

「やっぱりテメェは後ろから斬り付ける事を選択したかよ!!」

 松山の刀が俺に触れる刹那、背中から腕を出した羅刹。

「それが狙いか」

「そうでもねぇさ」

 羅刹の手に松山の手応えは無い。つまり瞬間移動して逃げたって事だ。

「今のは危なかったな」

 振り下ろしの体制で俺の目の前に現れた松山。当然迷う事無く刀を振り下ろすも、刀が地面に触れる。

「何!?」

「斬り付けるには、どうしても刀の間合いに来なきゃならねぇからな!!」

 俺は羅刹に代わり、別の鬼神を喚んだのだ。超スピードでの移動が得意な『駿風』。

「力や凶暴性は羅刹より劣るが、スピード重視だから仕方無ぇしな!!」

 振り下ろした儘の体制の松山に超スピードで向かう駿風。

「いくらスピード重視っつっても、人間一人ぐらい、楽勝でぶっ殺せるぜ!!」

 駿風を纏った俺の蹴り。

「ごはあ!!」

 肋骨は勿論、内臓も間違い無く破壊した手応え。

 松山は大量の血を吐き出して、その場にぶっ倒れた。

「勝負あったな」

 駿風を引っ込ませ、刀を脚で踏みつける。

「か………ごっっ!!」

 血を吐き出しながら俺を見る松山。訴えたい事があるっつう事か?

「そういや約束していたな。聞いてやる。言いたい事を言え。つっても言葉なんか喋れねぇか…」

 少し困って頭を掻く。

「あ………アダム………殺して……………」

 言葉なんか言えねぇ状況。

 漸く捻り出した言葉。いや、願い。

「アダムってのは北嶋を狙っている命知らずの馬鹿野郎だな。俺に頼まなくても、北嶋がぶっ倒すだろう。テメェは何も心配する事はねえ」

 いずれにせよ、敵には全く容赦無ぇ北嶋の事だ。アダムって野郎の運命は決まっている。

 松山は力無く笑う。

 その目は気のせいか、安心しているように見えた。

「介錯はいるか?」

 松山は最後の力を振り絞って頷く。

 頷く事すらキツい状態な筈。

 俺は羅刹を出す。

「潰せ羅刹。跡形も無く。骸を晒す事をするな」

 羅刹はその剛力で、自身の手を地面へと叩きつけた。


 ビチャッ


 羅刹を引っ込めると、松山の骸は無い。羅刹の手形が地面に浮かんでいるのみ。

 松山の骸は地面深くに埋まったのだ。

 これで骸は誰の目にも触れる事は無い。

「さて、残りの雑魚をぶち殺して北嶋の所へ向かうか」

 俺は羅刹にビビっているのか、動かない悪魔達に向かって羅刹を解き放した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「な、なんて強さだクミアイチョー!!あの松山を問題にしないなんて!!」

 我々の敵、銀髪銀眼の魔女リリスが集めていた過去に存在した魔人、聖人の中でも、特に戦闘に特化した男、松山 主水を圧倒的に倒した!!

 俺は傷の痛みを忘れて脅威で震えた。

「どうしてそんなに驚くんですか?」

 微笑しながら、俺の腕の包帯を取り替えながら聞く美しい人。水谷代表代行の有馬さん。

 興奮を隠す事無く、その問いに俺は答えた。

「松山はファウストに並ぶ強者なんだ!!ヴァチカンの上位騎士でも、奴に届く者はそんなに居ないんだよ!!」

 俺も一度刃を交えた事はある。故に松山の技量も理解している。

 アーサーじゃなきゃ勝てない。

 その時の俺の素直な感想だった。

 有馬さんんは頷きながらも、特に驚いた様子も無く。

「葛西さんは分身とは言え、古の蛇神、ナーガを倒した人ですから。いくら強くても、人間にならそう遅れを取る事はありませんよ」

「ナーガ…確か、教皇他数名の霊能者が封印するのがやっとの蛇神だったと聞いた覚えがあるが…」

 有馬さんは頷き、続けた。

「本体は北嶋さんが救いましたけどね。ヴァチカンのアーサー・クランクさんも葛西さんレベルの力がある筈。北嶋さんが認めた数少ない人達ですから」

 確かにアーサーも転生者などを敵じゃないだろうが…

 北嶋に認められると言う事は、そこまで高いレベルを要求されるのか…!!

「成程…俺などまだまだな訳だ…」

 あの時はクミアイチョーがそんな高みに居るとは思わなかった。

 俺は懐かしむように、携帯電話を取り出し、保存していた画像を見た。

「あら?それは?」

「日本に来た時の記念画像さ。北嶋が言うには、日本一美しいらしい。だが、この風習は世界に無いだろうから、日本一なら世界一美しいと言う事になるのかな?」

 俺は誇らし気に画像を見せる。

 有馬さんはどれどれ、と、その美しい顔を俺に近付けてそれを覗き見た。

「……あ、あー………尚美に聞いた記憶があります…本当だったんだ……へぇ~………葛西さんも苦労しているのね………」

 有馬さんは物凄く微妙な表情を浮かべて、画像を凝視した。

 画像はクミアイチョーが奥さんに『美しい土下座』をしている状況だ。

 北嶋が写真を撮ったのを見た俺やヴァチカンの騎士達は、羨ましくなり、北嶋に便乗して、携帯やデジタルカメラを使って撮影したのだ。

「ね、ねぇレオノアさん。葛西さんを多少なりとも尊敬…ううん、友達とか仲間だと思っているのなら、その画像は削除するか、自分だけ見るようにした方が、葛西さんも傷付かないと思うの」

「え?何故だい?」

 解らず訊ねるが、有馬さんは苦笑いして、その質問を躱した。

「そ、それよりも、松山とファウストって敵が転生者では一番強いんですか?」

「え?そうだな…単純な戦闘力なら松山が一番だと思う。ファウストは術を駆使して戦うタイプだが、やはり強い。そしてもう一人…」

 表には出て来た記憶が無いが、リリスの転生者の中では頭1つは確実に抜けているであろう奴が居る。

 伝承通りなら、松山、ファウストと互角かそれ以上………

 俺は頭を振って否定する。

「もう一人は存在するかしないか解らない奴だ。松山が敗れた今、転生者で注意すべきはファウストくらいなものだろう。そのファウストは北嶋の元に居る筈」

 あからさまに安堵した有馬さん。

「じゃあ今、新手と一緒に現れた転生者は、やっぱり葛西さんの敵にはならない訳ですね」

 新手が来たのか!!

 痛む身体に鞭を打ち、立ち上がり外を見る。

「また悪魔が増えたのか…くそっ!!………ん?」

 新手の悪魔の前に立ち、クミアイチョーに歩んでいく男…

「見ない顔だ…ヴァチカンの霊視にも、あんな奴は居ない筈…」

「凄まじい力を感じるのは気のせいかしら…松山 主水とは異質の力を感じる…よく解らないけど、魔人、聖人じゃなく、それ以上の存在みたいな」

 俺も有馬さんも、一抹の不安を感じて外をずっと見ていた。

 松山やファウスト以上の転生者は居ない筈…だが…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 殲滅した筈の悪魔達が地獄から蘇ったように湧き出てくる。

「新手!?漸く全部倒したと言うのに………」

 膝を付き、ロゥにもたれかかるソフィア。

「ワシゃもうクタクタじゃわ………」

 呆れ返りながらも金剛に錫杖を構えさせるジジィ。

「いよいよ尻尾を巻いて逃げる時かしらね………」

 肩で息をしながらも、自らを奮い立たせる様に、真っ直ぐ前を向く千堂。

「ハッ!!上等だぜ!!まだ腹いっぱいになってねぇだろ羅刹!!」

 羅刹はまだ殺し足りないと言わんばかりに、俺より前に出ようとする。

「おいソフィア、ジジィ、千堂、引っ込んでいていいぜ。羅刹はやる気満々だしなぁ」

「羅刹はそうかもしれんが、お前がギリギリじゃガキが」

 確かに、羅刹を繋ぎ止められる精神力がギリギリだ。

 だけどやらなきゃならねぇ。あの馬鹿はたった一人で7万の悪魔とやり合っているらしいからな。

「舐めんじゃねぇぜジジィ。俺も羅刹もまだまだ余裕だぜ」

 羅刹が吼え、悪魔達に向かって行こうとしたその時!! 白髪の老人が悪魔達を掻き分けて、俺と羅刹の前に出てきた!!

「まぁ待ちなさい。見た所、ギリギリの様子。少し話をしてリラックスしないか?君にも回復のチャンスがあると思うけどね」

「なんだテメェは?松山の代わりか?」

 転生者が悪魔達を率いているのは容易に想像ができる。

 松山が倒れた今、新手の悪魔達を率いているのはこのジジィだろう。

「そんなに喧嘩腰になる必要は無いよ。さぁ、少し話をしよう」

 どっかとその場に座るジジィ。

 だが俺は誘いに乗らずに立った儘、ジジィを見据える。

「話がしたいのなら名乗りやがれよジジィ。名も知らねぇ奴と話す事なんかねぇぜ」

 ジジィは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「これは失礼。私はニコラス・フラメル。錬金術師だ。一応お嬢様の教育係をやらせて貰っている、しがない老人だよ」

「ニコラス・フラメルだと!?」

 驚愕した。

 歴史上、錬金術師を名乗っている輩は沢山いやがるが、本物はそう居やしない。

 ニコラス・フラメルはその数少ない本物の一人と言われている。

 賢者の石の秘密を知っている数少ない本物の聖人だと。

 13世紀のフランス国王が、その錬金術を頼りに財政難を乗り越えようとして使いを出した、とまで言われている錬金術師。それがニコラス・フラメルだ!!

「その大物が俺と話がしたいだと!?」

 身構える俺に対して、困ったように頭を掻いたフラメル。

「大物?いや、私はそんなに大層な者じゃないが…」

 そして続けた。

「金を創るのは過程でしかない。神の領域を知る為の」

「ああ知っているぜ。テメェは三度の金変換を最後に、錬金術から手を引いたんだよな。テメェは金には興味無かった。神の領域を知る為に錬金術に手を染めた。確かそうだよな?」

「結構詳しいじゃないか?概ねその通りだよ。だが、今話したいのは、そんな事じゃない。君達の敵、人類の祖、アダム様の事だ」

 一転、真剣な表情に変わる。それは覚悟を決めた男の悲痛な表情に見えた。

「…なんだ話ってのはよ?」

 俺もどっかと地べたに座る。敵意は敢えて隠さなかったが、戦闘の意志は無い事を示した。

 ニコラス・フラメルは機嫌良く笑いながら頷いた。

「私が仕えているのはお嬢様。決してアダム様では無い。無いが、私は、いや、ほぼ全ての人間はアダム様には逆らえない。故に話が終わったら、やはり君達と殺し合わなければならない」

「ハッ!!殺し合いの前に話し合いかよ?テメェも死んだらアダムをぶっ殺してくれって頼み事か?」

 笑い飛ばす俺だが、フラメルはまばたきもせず、俺を見ていた。

「おいおい……マジかよ……」

 ニコラス・フラメルは構わずに淡々と語る。

「現代において、アダム様が人類の祖であると言う事はほとんどの人間が知っている。これはアダム種の教えが長い年月を掛けて世界に広まった結果なのだが、それにより、アダム様の『魂の上下関係』が成された。アダム種で無い、クリスチャンでも無かった松山君もアダム様には逆らえなかった。立証済み、と言う訳だ」

「テメェの話が事実なら、文明に汚染されてねぇ秘境、未開に住んでいる人間じゃないとアダムには逆らえないって事になるぜ?」

 今の世の中、人種、宗教に関係無く、アダムが最初の人間っつー事は、聞いた事くらいはあるだろう。

 それこそ、まだ発見されていない秘境の部族以外はアダムと構える事ができない。

 聖書なんざ読んだ事が無ぇ俺ですら、アダムが最初の人間っつー事くらい、誰かに聞いたか、何かで読んだか知っているくらいだ。

 しかも宗教関係無く、となると、アダムの『呪い』は相当深いって事になる。

 つまりは俺に殺せと願っても無駄だ。

 それでも、ニコラス・フラメルは俺に何かを伝えたいのか、未だに目を瞑った儘、敵意を出していない。

「…アダム様の威光には人間は逆らえない。永い年月を掛け、我々人類に植え付けられた呪いにも似た呪縛を解き放つ事はできない。最初の妻たるお嬢様も逆らう事は叶わなかった。だが、悪魔達はお嬢様と契約した者達だ。アダム様には関係ない」

 何となく言いたい事が読めた。

 ニコラス・フラメルの代わりに続ける。

「要するに、『人間は』逆らえないのだから人間以外に殺すように頼むって事か?」

 悪魔達はリリスと契約したからアダムには関係ない。だが、リリスもアダムに逆らう事ができない。故にリリスの契約悪魔達はアダムの意の儘に使う事が可能。

 悪魔達はアダムを襲えない。

 ならば、日本の悪魔と言える鬼に代わりに殺すように頼む、と。

 頷くニコラス・フラメル。

「だが、何度も言う通り、人間はアダム様には逆らえない。つまり鬼を従える君もアダム様には無力。しかし、君の制御を外れた鬼ならばどうか?」

「物騒な話だな。羅刹を制御から外す、って事は、俺も羅刹に殺られるって事にもなるぜ」

 ニコラス・フラメルの眼光が鋭く変わる。

「君が支払う代償は大きい物になる。報酬は私の命。君が首を縦に振ってくれるなら、今この場で支払おう」

 それはつまり、羅刹を解放して戦闘の場に居る者達をアダムもろとも殺せ。との依頼。

 つまり俺にも死ねと。

 アダムは相討ちでしか仕留められない、と言っているのか。

 捕らわれる前に解き放てば勝機がある『かも』しれないと言っているのか。

「報酬がテメェの命?割に合わねえぜ。テメェは先が短いジジィ。俺はまだまだ先がある。よってテメェの『依頼』は却下だ」

 俺は立ち上がり、首をコキコキと鳴らす。

「やはり調子の良い願い事だったか…」

 対して、項垂れて地べたに座った儘のニコラス・フラメル。

「神の領域を覗いて来た野郎の選択だとは思えねぇな。いや、カトリックは自己犠牲を美徳とする所があったか。ああ、そりゃカトリックに限らずだったな。テメェの言う通りなら俺はアダムに勝てねぇ。それはそれで別に構わねえさ」

 指をクイッと持ち上げ、立つように促す俺。それに呼応し、漸く腰を上げる。

「アダムと対峙するのは北嶋だ。俺じゃねぇ。そして北嶋はアダムの威光に捕らわれる事は無ぇ。更に言うなら、テメェの大事なお嬢様は神崎に倒される。テメェが何を願おうが、所詮敵同士。どう転んでも、俺とテメェは殺し合う事になるのさ」

「君がお嬢様の想い人をどれだけ高く評価しようが、所詮人間…そしてお嬢様を守るのが私の務め。本当はやりたくない事だけは解ってくれ」

 ニコラス・フラメルは殺し合う事に覚悟を代えたのだろう。

 今まで大人しくしていた悪魔達が、俺達に敵意を剥き出しにして襲い掛かって来た。

「俺達は絶対に勝つ。例え幾度も新手が現れても、全て蹴散らすさ」

 残りの気力を振り絞り、羅刹を出す俺。

「君は頑張れそうかもしれないが、周りは少しばかり違うようだよ」

 言われて周りを見回す。

 ロゥは駆け、ソフィアは道具を使い、ジジィは金剛を出している。

 何とか踏ん張れそうな感じだ。

 一人を除いては!!

「千堂っ!!」

 千堂だけが力無く立ち、身体をフラフラと揺すっていた。

「退け、千堂!!テメェは限界だ!!」

「はは…そうしたいのは山々何ですが、逃げる事も出来そうに無い程疲れていましてね…」

 弱気な言葉とは裏腹に、目だけは闘志を切らせていない。

 いないが、身体が付いて行ってない。

「誰も殺さねぇ!!それが北嶋の願いだ!!」

「いいのかい?私から目を離しても?」

 千堂に駆け寄ろうとする俺に、完全に敵となる覚悟を決めたニコラス・フラメルが立ち塞がる。

「ち!!嘘でもいいから話に乗っかりゃ良かったぜ!!」

 そうすりゃ楽に事が進んだのに!!

「葛西さん、勇さんに謝っておいて下さい。私はここでリタイアです」

 焦って千堂に目を向けると、既に手に掛かる寸前だった!!

「畜生!!ふざけんなよ千堂おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 北嶋に何て言やいいんだ!!味方を死なせてしまうなんて!!

 絶叫する俺!!

 諦めた千堂!!

 その瞬間、千堂を中心にドーナツ型の穴が開き、悪魔達はその穴に落ちて行った!!

「な、何だと?あれは冥穴か?」

 ニコラス・フラメルが驚きながら、その様を見る。

 千堂の後ろにいきなり現れた白い神気。

 そいつが冥穴を作り、悪魔達を堕としたのだ!!

「あ、貴方様は…勇さんの…」

 白い神気は微かに笑う。

――今までよくぞ耐えた!!この先は北嶋の柱が一柱、地の王に任せるがいい!!

 それは北嶋の守護神、白き虎の冥府の王、地の王!!

「な、何!?本丸を放っておいて、水谷に現れただと!?」

 ニコラス・フラメルの驚き同調する俺。

 北嶋は7万の悪魔を相手にしている筈。

 そんな状況で、俺達を助けに現れたと言うのか!!

「おい地の王!!テメェこんな所に居ていいのかよ!!」

 慌てた。そんな俺に鋭い瞳を向ける地の王。

――貴様が不甲斐無いから俺が向かわされたのだろうが!!こんな輩に何を苦戦している!!貴様は北嶋が認めた数少ない人間だろう!!

 千堂を後ろに回し、俺を責める。

「苦戦なんかしてねぇだろうが…舐めんじゃねぇぜ…」

 地の王に背を向けてニコラス・フラメルを睨む俺。

「瞬殺して北嶋の手伝いに向かってやるぜ。それで文句無ぇだろ地の王よ」

――それくらい当然だ!!貴様は北嶋から金を受け取り、依頼を請けたんだからな!!

「やっぱりあの200円は依頼料かよ………」

 薄々は解っていた。

 いたが、確定した今、俺のテンションはズドドンと下がる。

――200円?…えーっと…あー…雑魚悪魔は全て俺に任せて、貴様はそいつを確実に倒せ?な?

 俺を哀れんでか、口調が優しくなり、気を遣う感じになる地の王。

 目頭がやけに熱くなるが、俺は頬をパンパン叩きながらニコラス・フラメルに向かって歩いて行く。

「聞いての通りだニコラス・フラメル。テメェを瞬殺して北嶋の元へ行かせて貰うぜ」

「…大丈夫なのかい?何か涙目になっているが………」

 敵にまで同情されている感があるが、それが逆に俺に火を点ける。

「うるせぇ!!テメェの望みも叶えてやるっつってんだ!!テメェから金貰いたいくらいだぜ!!羅刹!!!」

 羅刹がその剛腕をニコラス・フラメルに振るう。

 羽織っているマントを翻すと、羅刹の剛腕にマントのみ絡み付き、ニコラス・フラメルの姿が消えた。

「逃げやがったか!?」

「私の願いを叶える、と。アダム様を殺し、お嬢様を守る事が君に可能だと?」

「後ろか!!」

 振り向くと同時に羅刹の腕がニコラス・フラメルに伸びる。

 奴の身身体を握る羅刹!!

「テメェ…易々と……」

 こいつ、わざと捕らわれやがった!!

 驚愕している俺を余所に、ギリギリと締め付けられ、苦悶の表情を浮かべながらも尚問い掛ける。

「どうなんだ?約束できるのか?アダム様を殺し、お嬢様を守る事を約束できるのか!!」

 この決意…本物だ。

 駆け引きなど一切無い、純粋な望み。

 暫く考えた俺は、漸く問いに答えた。

「アダムをぶっ倒すのは北嶋の仕事。リリスと対峙するのは神崎の意地。アダムは確実にくたばる。だがリリスもくたばる。しかし!!」

 汗を掻きながらも耳を傾けるニコラス・フラメル。

「神崎はリリスをただ殺す事は絶対に無い!!あいつはリリスを救うだろう。真の意味でな」

「それは…どう言う意味なんだい……?」

「それは解らねぇ。解らねぇが、リリスは救われる。同じ男に惚れた奴を、神崎がその儘放置する訳が無ぇって事は知っている」

 羅刹の手の中でニコラス・フラメルが笑った。

「随分と曖昧だな。それも君が信じているから故の発言か。約束したよ。葛西君」

 握っていた羅刹の手が、徐々にニコラス・フラメルから離れた。

 何かの術か?それにしても、俺の制御下に居る羅刹が力を緩めるとは…!!

「キリスト教は自殺は重罪。だが、君への依頼料だ。私は地獄へ自ら向かおう」

 羅刹の手が完全に離れた刹那、ニコラス・フラメルの首が回転し、ゴキンと鈍い音がし、カクンと垂れ下がった。

「馬鹿かテメェ!!勝手に死にやがって!!」

 羅刹に命じて包み込むようにニコラス・フラメルを受け取めた。

 首は完全に後ろを向いていて絶命していたが、そのツラは目蓋を閉じ、安心して逝った表情を作っていた…

――敵ながら見事!!

 悪魔達をぶっ殺しながら、その様子を見ていた地の王。

「自殺なら俺が勝った訳じゃねえ。ねえが、何だか燃えて来たぜ……!!」

 亡骸を地の王の後ろに回っている千堂に預け、悪魔達に向かって羅刹を躍り出す。

「北嶋と神崎に伝えなきゃならねぇんだ!!早く死にやがれ!!」

 返り血を浴び捲りながらも悪魔達を殺して行く俺。どっちが悪魔か解りゃしねぇな、と思いながらも、どんどん殺していった。


――ふん。終わったか

 地の王の助けを借りて、思いの他早く殲滅できたが、まだ俺には仕事がある。

 ロゥを呼び、その背に乗る。

「地の王よぉ、ここは任せたぜ。ジジィ、千堂、テメェ等は留守番だ。ニコラス・フラメルの亡骸を丁重に頼むぜ」

 ソフィアの手を引き、ロゥに乗せながら言った。

「すいません葛西さん…」

「おいガキ、2万を北嶋のガキに返しておいてくれ。ワシにはこの辺りが限界じゃわい」

 封筒を引ったくり、ソフィアに預ける。

「キョウ、グズグズしている暇は無いわ」

「解っているさ。行け、ロゥ!!」

――このフェンリル狼をタクシー代わりに使いおって…しっかり掴まってろキョウ、ソフィア!!

 ロゥは文句を言いながらも、水谷より厳しい死地を目指して駆けて。

 厳しい死地。確かにそうだが、誰一人として不安を感じていなかった。

 証拠に、残ったジジィと千堂は、笑いながら手を振って俺達を見送っていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「地の王、ありがとうございました」

 葛西さん達の姿が完全に消えたのを確信し、私は助けてくれた地の王にお礼を言った。

――ふん。北嶋に言われた事をやったまでよ

 機嫌悪く、視線を外しながら、ぶっきらぼうに答えた。

「しかし、貴方様を向かわせたって事は、他の柱も、他の地に、ですかな?」

――あの馬鹿者はたった一人で充分だと俺達に言った。奴が言ったのだから事実だろうがな

 途端につまらない顔に変わる。

「勇さんの傍で手伝いたかったんですね」

 解る。痛い程。

 私もかつてはそうだった。いや、今もそうかもしれないが。

 葛西さんに命を『渡した』ニコラス・フラメルの亡骸に目を向ける。

「貴方様の御力で、この方の魂を救ってくれませんか?」

――言われるまでも無い。宗教違いだが、閻魔羅紗に話は通しておる。敵ながらも見事だった故に

 それでも地獄で罪は償わないといけない。

 キリスト教では自殺は重罪。

 それはアダムの魂の呪縛に似ている、永きに渡るキリスト教の教えと言う『呪縛』だが、自殺はいけない事だ。この場合の呪縛は必要だとも言える。

「いずれにせよ自殺は罪ですからね」

――貴様のように力量を越えて戦いに出る事も、ある意味自殺だがな、千堂 結奈

 言われて小さくなる。

「で、でも葛西さん達なら大丈夫ですよ。自殺になる事は無い」

――当たり前だ。そうなら行かせた俺が重罪になるわ

 地の王は面白くなさそうに座り込んだ。

――新手が現れたら俺が殺す故、貴様等は屋敷で休んでいるがいい

 私と松尾先生はお言葉に甘えて、亡骸を弔った後に屋敷に引っ込んで行った。

 松尾先生も心配する事無く、屋敷で疲労を回復するべく、直ぐにぐっすりと寝入った。

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