新たなる柱

――強欲を全く相手にしないとは…聞きしに勝る人間だな、北嶋 勇………

 黒山羊を模した姿の色欲の魔王、アスモデウスが驚嘆を露わにした。

――感心している場合かよ…憤怒がわざわざ争いを避けたんだぜ?召集に応じ無かったのは、俺等が敗れて完全に滅する事を防ぐ為のようだしなぁ………

 豚を模した姿の暴食の魔王、ベルゼブブが、戦慄と畏怖を以て北嶋を見る。

――ああ~…面倒だぁ~…こんな面倒な相手とやり合う事になるのなら、契約を結ぶんじゃなかったぜぇ~………

 北嶋の力量を垣間見て、驢馬を模した姿の怠惰の魔王、ベルフェゴールがすっかりやる気を無くした。

 嫉妬はリリスに連れられ、楽な相手で羨ましい。とまで思っていた。

 そんな彼等の相手、人間、北嶋 勇は、リリスの契約した悪魔達を刀で斬って滅している最中。

 七万の兵は数の上では一割も減っていないが、押し切れるとは思えなかった。

 たかが人間にそれ程の脅威を覚えるとは、完全に誤算だった。

――数で押し切るのは悪くない

 孔雀を模した姿の傲慢の魔王、ルシファーが呟く。

――ああ~?数で決着が付けば楽だがなぁ~…だがなぁ、威嚇で数千の下級悪魔を退けた奴だぜ~?今も全然疲労している気配すらない

 怠惰のベルフェゴールが諦めたように首を振る。自分が敗れるとは微塵も思っていないが、やり合うのが面倒で仕方無いのだ。

 つまりベルフェゴールはやり合う覚悟を、序盤で決めた事になる。

――怠け者のお前にしては、決意が早いな

 素直に驚くルシファー。そして続けた。

――いくら規格外の化け物であろうと、三種の神器を苦もなく扱う事が出来ようと、所詮人間。限界はきっと来る。七万で足りなくば、我々の配下の悪魔全てを喚び出せばいい

――数頼みかよ。つまらねぇな、傲慢よ

 ベルゼブブがルシファーを睨み付ける。

 ベルゼブブは異教では神だった魔王。そこにはプライドもある。

 元々人間相手に数で押し切る事を良しとはしていなかった。

――我々の配下を差し向けるのはまだまだ先よ。所詮人間。最後まで保つと考える方がおかしいのだ!

 ルシファーは、北嶋はスタミナ切れで勝手に自滅するだろうと考えていた。

 そこはやはり、傲慢を司る魔王。人間の力を低く設定し、傲り、油断をしているのだ。

――ふん。いずれにせよ、今は『見』よな。傲慢の予測通りか覆すか…私は結構楽しんで観戦しているからな

 アスモデウスはその言葉通りに、北嶋に関心を示していた。

 下級とは言え、契約された悪魔を威嚇のみで退けた事。強欲を瞬殺した事。憤怒が交渉した事。そして、悪魔よりも悪魔らしい北嶋に関心を示していたのだ。

――悪魔堕ちもせず、自我を保ちながら斬り捨てていく様…私は結構好感が持てるのでね

――カッ!色欲らしいと言えばらしいなぁ!

 呆れて引っ込むベルゼブブ。

――ああ~…っ…俺の出番になったら起こしてくれ…起きているのも面倒だ…

 生欠伸をして横になるベルフェゴール。

――我々の力も必要ないだろう。面白い見世物を見るような気分で、取り敢えず俺は見ておく

 ルシファーとアスモデウスは北嶋を目で追う。

 アスモデウスは興味を持って。

 ルシファーはスタミナ切れで押し切られる様を想像し、楽しみながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 暗闇に落ちて行きながら、蛇は思った。

 楽しかった。と。

 転生を許された身ながら、蛇は生物としては何も残せずに、死ぬ事を運命付けられていた。

 元々の生まれから遠くかけ離れた環境下での転生。

 遥か昔の姿で許された転生。

 それは、元々この地に生息する蝮の突然変異としての転生だったからだ。

 突然変異の自分には生殖機能が無い。

 故に生物としての最大の目的である、種の繁栄には参加ができない。

 自分は一種、一世代で『絶滅』を運命付けられた種だったのだから。

 それでも転生したのは、自分を助けてくれた人間への慕う心。

 裏山に住む事を許され、従える神々への案内役も行い、家族として留守を守り、日々過ごして来た平和な日常。

 楽しかった。

 いつ寿命が来ても、悔いは無かった。

 だが、慕う人間が窮地に立たされている今、早々に死ぬ事だけが心残りでもあった。

 もっと彼を助けたかった。

 もっと彼と一緒に居たかった。

 もっと彼の家族として、あの輪の中に居たかった。

 其処まで考えてハッとした蛇。


 なんだ…自分は悔いだらけじゃないか………


 かなりの温情で転生を許された身。

 自分の代で終わる種でもいい、と言う条件での転生。

 故に死には納得はする。

 するが…

 まだ恩返しをしていない!!

 あの場所に戻らなければならない!!

 彼を、北嶋 勇を助ける為に!!

 暗闇に落ちて行く身をくねらせて、光に向かって昇ろうとする蛇。


――戻りたいのか?


 はっきりと声が聞こえた。

 聞き覚えの無い声。

 裏山の柱や、魔王よりも遥か高みに居るような響き。

 だが、一切迷い無く、蛇は頷いた。


――二度と蛇、いや、生物として戻る事ができなくなるが、それでも今戻りたいのか?


 戻れるのなら何でも構わなかった。

 蛇としてじゃなくとも、生物としてじゃなくとも。


――ならば戻るがいい。お前の恩人を助ける為に。恐れられた力を再び手に入れて。血に塗られた黒い身体はもう無いが、新たに身体をくれてやろう、黄金の身体を。そして護れ、人間を。いや、人間が護りたい物全てを。今からお前は――


北嶋を守護する柱…

命の守りを司る蛇神だ―――……


 その遥かな高みからの声に迷う事なく頷く蛇。

 と同時に、自身の身体が黄金色に輝いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 むーん…ちょっと疲れてきたかも。

 休みなく刀を振っているんだから、疲労も溜まるわそりゃ。

 思いながらも草薙を振るう事を止められない。

 かなりぶっ倒した筈だが、後から後から湧いて出てくるような感覚。

 七万の兵隊はやっぱり洒落にならんなぁ。

「おらあ!!どんどん来やがれ!!滅してやるぁあ!!」

 とか言いつつ、少し休まないか?と提案したくなる。

 つか、ポカリ買って来てくれ、とパシリに使いたくなるわ。

 鏡で状況を見てみる。

 まだ一割も減っていないっつー現実を知り、うわぁ…とか思ったり。

 せめて四柱クラスの味方が一人でも居れば、負担激減するんだがなぁ…

 ボヤく俺だが、自業自得故仕方無し。つか、殲滅しなきゃ気が済まんし。

 賢者の石で疲労を抜きながら、騙し騙し草薙を振る。

「ちくしょう。ちょっとだけ多いぞコンニャロウ!!ダリィわ!!」

 ついつい本音を挙げたその時!

 悪魔王が現れた時と同じように、激しい地鳴りが俺の亜空間で発生した。

「お?なんだなんだ?また新手か?まあいいや、どんどん来い。ぶっ殺してやるから」

 うんざりしながらも開き直る。

 しかし、悪魔達は何故か動揺している。

――神気だと!!それも私達と拮抗した力だ!!

 黒山羊の魔王が山羊目を見開いて驚く。

「何?おい山羊目。お前等の仲間じゃないのか?」

 遠く遠く離れている山羊目に話し掛ける俺。

――万界の鏡には、距離は関係無いのか!?尤も、貴様は普通に話している程度にしか感じぬだろうが……

「感心してないで教えろ山羊目。お前等の仲間じゃないのかって聞いてんだよ」

 俺にとっちゃ神気も魔力も変わらない、よく解らん物なのだ。聞くのが一番手っ取り早い。

――神気を放出しているのならば私達の仲間に非ず。寧ろ貴様の仲間だろう。龍の海神か、死と再生か、地の王か、最硬かは解らぬがな

 何?あいつ等俺の言い付けを破ったのか?

 いや、そんな筈は無い。

「何かの間違いじゃねーか?って、おおおおおおおお?」

 大きく地面が揺れ、地が裂ける。

 その裂けた地中から、金色の大蛇がびゅーん!と、飛び出してきた。

「おおおお!?金色の蛇いいい??」

 本当に俺の目の前から飛び出して来た蛇。よく見ると…キングコブラ?

 蛇は俺を見た瞬間、顔を緩ませ、目を細めた。笑っているようだ。

――勇さん。些か疲れたで御座いましょう。後は自分が退けます故、勇さんは暫し休まれて下さい

 恭しく頭を下げる蛇。

「勇さん?つか、誰だお前?」

――自分は太古からの苦しみを勇さんに助けられ、裏山に住む事を許された蛇で御座います。先程強欲の魔王によって命を奪われましたが、こうして勇さんの元へと帰って来られました

 滅茶苦茶驚いた!!!

 今の俺の目玉は、西川きよし師匠を凌駕しているに違いない!!

「お前!せっかく本当にやり直せるチャンスをパーにしたのかよ!あのまま死んでいれば、いずれちゃんとした蛇に戻れたかも知れないのに!」

 早過ぎる転生をした蛇の身体には、生殖機能が無かった。

 代償みたいなもんだが、死ねば再び転生の機会が必ず訪れていた筈。

 それを捨てて神となったとは!!

 蛇はそのデカい頭を俺に近付け、擦り寄る。

――勇さんの傍で仕える事が自分の望み。自分は以前も神でした。人を呪う神です。人なら誰でも構わず呪い殺す神…今は勇さんの、北嶋を守護するだけにのみ存在する神。北嶋の繁栄と厄祓いのみに力を注ぐ存在…自分は繁栄と厄除けを司る神、黄金のナーガとなったのです。とは言え、勇さん、いや、『家族』にのみに限定した加護しか与えませんが

 家族…

 俺が蛇を家族だと思っていたのと全く同じように、蛇も俺を家族だと思っていたのか。

 目頭が熱くなる。

――さあ、勇さん。御命令を。奴等を殲滅しろと言って下さい

 俺の命令を待っているのか。

 よし解った!!

「よっしゃ!ちゃっちゃとブチ殺してお前の神体買いに行くぞ!」

――承知致しました

 鎌首を持ち上げて、金色に輝く瞳を光らせる蛇。

 身体から、小さな金色の蛇をワラワラと出した。

「神崎の身体から出た飛び火のような…」

――それは間違いありません。北嶋に敵対する愚かな連中への、自分の怒りの飛び火です

 その飛び火の金色蛇は、数多く居る悪魔達に向かって襲いかかった。

「おおーっ!雑魚悪魔なら瞬殺か!」

 蛇の飛び火に咬み付かれた悪魔は、バタバタぶっ倒れてくたばってしまった。

――超即効性の毒を持っていますから

 婆さん家で誰も咬まれなくてマジ良かった、と安堵する。

 飛び火は咬むだけじゃなく、巻き付いて圧迫死させたり、毒そのものを吐き出しして雑魚悪魔を次々と蹴散らしていく。

「マジでポカリ買いに行けるかも…」

――どうぞごゆるりと買い物して来て下さい。その間にも殺していきます故

 全く不安を感じさせない心強さ。

 本気でポカリ買いに行こうと思った矢先、山羊目の目が怪しく光る。

――させるか!!

 シャッと息吹く蛇。バクンと鈍い音のみが場に響いた。

「おおお…お前マジか…」

 本心で感心した。対して山羊目は目玉をバカデカく開き、身体を震えさせる。

――私の意思を『飲み込んだ』だと!?

 俺も吃驚したが、山羊目は地獄から自分の配下の悪魔達を此処に喚び出そうとしたのだ。

 その山羊目の意思を、蛇は文字通り飲み込んだ。

 息吹きを発した瞬間、蛇の身体から透明な頭が出てきて、バクンと丸飲みにしたのだ。

――勇さんの不利益になるような事はやめて貰おうか。視ただろう?自分は『厄』を飲み込み、無にする事ができる

 厄祓いってそんな感じなの?と、突っ込みを入れたくなるが、俺も似たような事を行っているので、良しとした。

――黄金のナーガ…!!なかなかやる!!

 山羊目が笑いながら一歩前に踏み出したその時、山羊目の前に、黒い空間が立ち上り、中から女が出て来た。

「銀髪?」

――リリス!!

 銀髪は周囲を見渡し、遥か遠くに居る俺達を発見し、驚く。

「なんだアレは?良人の傍に居る黄金の大蛇は?アスモデウス、説明してくれないか?」

 山羊目に説明を求める銀髪。応えて状況を説明する山羊目。

「瞬殺された魔王とはマモンの事だったか…そして殺された蛇が神となって復活とは…流石は良人、私の想像などを遥かに超える」

 銀髪は嬉しそうに微笑む。

 そして指をパチンと鳴らし、椅子とテーブルを出現させ、それに腰掛けた。

「良人、不本意なれど、既に起こってしまった戦争。私は捕らわれて抗えぬし、貴方も引き下がれはしないでしょう。どちらかが完全に滅ぶまでやらねばならぬ戦争。私の首は此処にあります。見事無事に辿り着き、私の首を刎ねれば良人の勝利」

「捕らわれた?抗えない?ハゲになんかされたのかお前?まぁいいや。じゃあ其処に辿り着く前に俺を殺せたら、お前の勝ちだな」

 元より殲滅決定している事だし、蛇も仲間になって負担激減した事だし。

「聞いたな蛇。取り敢えず雑魚悪魔を皆殺しだ!」

――承知致しました勇さん

 蛇が身をくねらせ、雑魚をぶち殺し、俺は草薙を振り回してぶった斬る。

 負担激減は精神的にも現れている故、鼻歌を歌いながら斬り捨てて行く俺。

――流石です勇さん。全然余力がおありですね

「結構疲れていたんだが、気分的に楽になったからなぁ。なんか復活しちゃったよ。蛇、お前右に行け。俺は真っ直ぐ進むから」

――御意

 二手に別れて蹴散らして行く俺達。

 まだまだ敵の数はかなり多いが、気のせいか押しているように感じた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 良人と黄金のナーガの力によって、次々と倒されて行く私の契約悪魔達。

「だから言ったんだ。悪戯に数を減らす事になるだけだと」

 舌打ちをしながら自分で紅茶を煎れて、一気に流し込む。

――確かに、お前の言う通り。黄金のナーガ出現以前から、北嶋 勇はあの戦力差を物ともしなかった。疲れてはいただろうが

 アスモデウスも素直に驚嘆している、良人の力量。

――だが、人類の祖には決して勝てぬ。北嶋 勇が人間である限り

「それでも私には、良人があの男に平伏している姿は想像出来ないよ」

 理由は全く解らないし、根拠など無いが、良人はあの男の威光すら通じないような、そんな気がする。

――仮に威光が通じなくとも、あの男にはキャリアがある。転生する度、身に付けた武術や魔術がな

 そうだ。威光が無くとも、松山やファウストは勝ちを拾えるのは難しい、と、確かに言っていた。

 幾度の転生の度に行った鍛錬。

 その技術と知識を今まで持ち越してキャリアとし、更に人間には抗えぬ威光を持っているアダム。

――尤も、私達魔王が居る故、アダムには決して届かぬ。リリス。貴様には気の毒だが、貴様の想い人は此処で果て、貴様は望まぬ男を伴侶とする事になるだろう。威光に縛られ、抗えぬ儘私達を戦争に駆り出した貴様の罪でもあるのだからな

 頷いた。

 あの男の命令の儘、魔王と契約悪魔全てを戦争に使った罪。

 良人を射止める為の、神崎を仕留める為の戦力を、あの男の為に使った私の弱さ。

 あの男の伴侶になるのは、私の罪滅ぼし。

 だが、私はもう一つの罪滅ぼしを選ぶ。

 同じ男を愛した女に殺される事。

 それは私をあの男から解放して貰うと言う願いでもあるのだ。

「少し図々しい頼みだったかな…」

 目を伏せ、再び紅茶を煎れようとポットに手を伸ばしたその時、良人の真横の空間がいきなり歪んだ。

「む?何だ?四柱の加護か?」

 それにしては神気は感じないが…

――違うな…どちらかと言えば、私達に近い………!!

 その歪んだ空間を凝視する私とアスモデウス。

 それは放り出されるように、歪んだ空間から何かが飛び出して来た。

――クワーッ!!

「九尾狐!?神崎と共に居た筈だが!?」

 飛び出して来た九尾狐は、地面に受け身を取らずに転がる。

――いきなり転送された。そんな感じだが…

 アスモデウスの目が細くなる。力量を推し量っているのだろう。

 九尾狐はむっくりと起き上がると、毛を逆立てて飛び上がった。

――なぁ!?なんだこの悪魔の数はぁ!?

 しかし瞬時に尾を薙いで、近くに居る悪魔の首を飛ばした。

――驚いているな…やはりいきなり転送されたのだな。しかし、そんな状況でも、敵を瞬時に殺せるとは…あの妖狐もなかなかやる………!!

「それはそうだろう。四柱と遜色の無い強さ。故に良人にも頼りにされる」

 それにしても、九尾狐が此処に飛ばされたとなると、神崎は一体どうなったのだろうか。

 ファウストに殺された?

 首を振ってそれを否定する。

 私が唯一ライバルと認めた人間だ。ファウストに遅れを取るとは思えなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「おうタマ。俺の実家は片付いたのか?」

――勇!?貴様が居ると言う事は、此処は家か!?

 いきなり現れた妾に、何の疑問も持たずに、悪魔を斬り捨てている勇。七万の敵と戦っていると言うのは本当だったのか…!!

――貴様はなんでそんなにマイペースなのだ!!と言うか、あの黄金の大蛇は何だ!?

 場を見ると、一匹の巨大な大蛇が悪魔を蹴散らしている様も見える。

「ありゃお前、家の蛇だ。裏山のキングコブラだよ」

――ナーガ!?何故ナーガが神となっておる!?

 仰天する妾に適当な説明をする勇。

――殺された…だと?そして神となり戻って来ただと!?

 水谷の家に封印されていたナーガの力は知っている。

 その力が妾達の味方なのは心強いが、殺した事は許されるものでは無い!!

――全部殺す!!妾も加勢するぞ勇!!

「つか神崎は?終わったんだろ?一緒に来なかったのかよ?」

 殺気立つ妾だが、ハッと気が付き、項垂れた。

――尚美は…悪魔王が話があると言って…共にどこかに行ったらしい…

「ああ、対価の交渉か。まぁ問題無いだろ。下手打つと俺に斬られるからな」

――しかし、どこに連れ去られたか解らぬのだぞ!!貴様尚美が心配では無いのか!!

 流石にムカッとした妾は、勇に向かって吠えた。

「俺は誰の心配もしていないぞ?不安を感じる奴を頼りにしていないからな」

 勇はキョトンとし、しかし力強く言い放った。

――だがな!!うーっ!!なああああああ!!もう良いわ!!

 何か馬鹿馬鹿しくなり、話を切った。

 心配するような者を頼りにしない。そこには絶対の信頼がある。

 例え不慮の事態が訪れようと、信頼は不安を凌駕する、と言う事か…

「お前蛇と反対側な。殲滅すっから、遠慮すんな」

――解っておるわ!!だがその前に…

 妾は走ってナーガに近付いた。

 ナーガの身体から大量の小型のナーガが湧き出て悪魔達を倒している中を避け、ナーガの横に着いた。

――裏山の主が立派になったものよ

 フン、と鼻を鳴らして話し掛ける妾。

――タマ?加勢に来たのか!!

 妾は『はぁ?』と言った感じで口を半開きにして顔を覗き込んだ。

――『タマ』だと?貴様、妾を呼び捨てにできる程偉くなったのか?貴様がまだ小さき蛇だった頃、獲物が穫れずに泣いていた時に、妾が鼠を狩って与えた事、忘れておるまいな!?

 ナーガは動くのをやめて口をあんぐり開けながら、妾をボケーっと見ていた。

――それだけじゃない、貴様に狩りを教えたのも妾!!貴様が鳥に喰われそうになった時助けたのも妾!!そんな妾に世話になりっぱなしの貴様が、妾を呼び捨てにできると言うのか?

 転生したての小さき蛇だったナーガの世話をしたのは妾。

 妾はナーガの育ての親と言った所なのだ!!

――そ、それは本当に感謝しております…タマ…いや、貴女は自分の恩師でもある…

 呼び捨てから貴女に変わったのだが、妾の気は済まぬ。

――そうだ!!妾は貴様の上なのだ!!これからは妾を姉と呼ぶが良い!!

 ムッフーと鼻から息を吐き出してふんぞり返った。

――は、はぁ…わ、解りました姉様…

 …何故か解らぬがジ~ンと胸が熱くなる!!

 姉様!!何と甘美な響きよ!!

――解れば良いのだ。妾達は家族。尤も、長たる勇があの調子故、妾達がしっかりせねばならぬ

 瞳をキラキラ輝かせ、ナーガの頭にポンと手を置く。

――家族…そうですね姉様!自分達が北嶋を護らねばならぬ故、共に手を取り合い、邁進していきましょう!

 手が無い蛇と手を取り合うとは滑稽な話だが、妾は力強く頷いた。

――うむ。妾は反対側を倒して行く故、貴様はこのまま頼むぞ!!勇の道を切り開くのだ!!

――了解致しました姉様!!

 そう言って別れる妾とナーガ。今までの戦いの中、これほど頼もしく感じた味方は無かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 タマと蛇が敵を次々とぶっ倒し、敵の数も二割減となりそうな頃、再び地鳴りが聞こえた。

「今度はなんだよ!!」

 流石にイラついた。また増援かよと。何匹増えようが、全部ぶっ殺す事には違いないけど、イラついた

――勇さん、魔力です!四柱と同等の魔力が出現しようとしております!

――魔力もそうだが、もう一つ気配を感じるぞ勇!知っている気配だ!

 タマと蛇が動きを止めて、新たに緊張しだした。

「魔力?つまり奴等の味方か?だが、心無しか、ビビっているようだぞ?」

 雑魚悪魔達はビビっているみたいに、その動きを止めて挙動不審の如く、天を仰いで首を振ったり、地に伏して跪いたりしている。

――解らないのだろう!敵か味方か、何者なのか不安になっているのだ!

 ふーん。悪魔も意外と繊細なんだな、とか感心する。

 その時、山羊目の他の魔王達もザワザワとし出す。

 さっきまで興味無さそうに引っ込んでいた連中だが、魔力っての?それの出現で若干パニくっているようだ。

「やい銀髪。お前等の仲間なんじゃないのかよ?」

 鏡を通して聞く俺。銀髪は心なしか、微かに笑っているように見えた。

「ふふふ…来る…私の最大最後の敵が、私の首を取りに、魔王と共にやって来る………!!」

 心なしかと言うか、まんま笑っていた。興奮してカタカタ震えながら笑っていた。

 アブナイんですか?

 めっさ怖いんだけど!!

 ……って

「神崎が魔王と?つまり対価に応じたのか…」

 些かガッカリする。神崎なら対価に応じる事は無い、と思っていたからだ。

「アスモデウスから聞きましたよ良人…そこのナーガの前身、裏山の蛇を殺されて怒り狂った貴方と、憤怒の魔王との間に交わした契約の事を…」

 俺は頭をバリバリ掻きながら答える。

「蛇の命と針鼠の命との天秤が、神崎への魔王の加護ってヤツだろ。殺された家族の対価が自分への加護…そんな事認める訳が無い筈なんたなぁ…」

 神崎なら、自分を守る加護はいらんと突っ張ねる筈。

 結果俺に悪魔王はぶっ殺される。

 別にやり合いたい訳じゃないが、そんな自己都合の対価を受けるとは思わなかったのだ。

「そうは言っても、神崎も人間。自分の命を守る事は最優先でしょう。皆、良人のように強い訳じゃない」

「抗えないお前みたいにか?神崎を舐めるなよ。対価として受け取っていないかもしれないだろ」

 何らかの事情で魔王を連れて来ただけかもしれない。

 うん、多分そうだな。

「嫌味にもキレがありませんよ良人。貴方は兎も角、あの男を前にした神崎をもう少しで見る事になるでしょう。抗えぬと言った意味が解る筈」

 別に嫌味を言ったつもりは無いんだが、嫌味に聞こえるのか。こりゃ少し反省せねばなるまい。

「まぁ兎に角、神崎が出て来るのを少し待つ事にしよう」

 鳴り止まない地鳴り。大きくなっていく揺れ。

 地面に亀裂が走る!!!

「来る!!」

 言ったと当時に、真っ黒い蛇が立ち昇って来た!!

「神崎!?」

「北嶋さん!!」

 神崎は真っ黒い蛇の頭に掴まりながら、俺を発見してにこやかに手を振った。

「憤怒の魔王!!いや、違う!?微妙に姿が異なっている!!」

 銀髪の言う通り、確かに悪魔王に近い姿をしてはいるが、現れた蛇には腕が無い。

 代わりに青い炎を火の玉のように身体に纏わりつかせている。

 コウモリを模したような翼は悪魔王と同じだが、鶏冠のような真っ赤な鬣も、現れた黒い蛇の特徴だ。

 その時、山羊目の隣に居た孔雀がめっさ驚いて叫んだ。

――憤怒だと!?まだ持っていたのか!!!

 同時にめっさ好戦的な目になる孔雀。

――どうした傲慢。何をそんなに警戒している?

 山羊目が不思議そうに問う。

――あれこそ正真正銘の憤怒を司る魔王!!思い出せ色欲!!永い、永い時の間で記憶が薄れているだろうが、我々が七王として初顔合わせした時の事を!!

――そういや…憤怒は今の憤怒みたいに巨大じゃなかったような…そう、あれくらいの大きさで………

 豚が記憶を遡って考えている。

 憤怒を司る魔王、つまり悪魔王サタンと、あの黒い蛇は別物なのは確実だが、元々憤怒の魔王はあいつなのか?

 孔雀は首を振って苛立った。

――おのれ憤怒!!いや悪魔王!!貴様は我々の敗北を確信しているのか!!

 何かマジギレしている孔雀を余所に、黒い蛇が神崎と一緒に、俺のすぐ傍に来ていた。

「お待たせ北嶋さん!!」

 黒い蛇の頭から飛び降りて俺に近付く。

「つか神崎、まさかサタンの対価に応じた訳じゃねーよな?」

 ジロッと睨む俺。

「応じる訳無いでしょ?そんな自分ばっかり護られる対価になんか」

 軽くキレる神崎だが、やっぱり思った通り。

 頷きながら、今度は黒い蛇をジロッと睨む俺。

「んじゃこいつは?」

「ああ、詳しい事は後で話すわ。取り敢えず北嶋さんに二つお願い。魔王達は完全に滅しては駄目。まだまだ人の世には魔王が必要だからね。悪しき者は必要無き者、と切り捨てるには、人間はまだまだ精神的に未熟」

 まぁ、だから悪魔王サタンは針鼠を助けた訳だが。

 俺も話が解らん男じゃない。

「責任転嫁には魔王は必要ってか。あいつ等もそろそろ引退してもいいとは思うんだがなぁ…で、もう一つは?」

 神崎はニコッと笑い、黒い蛇を指差す。

「彼を手懐けて。憤怒と破壊を司る魔王を」

「はあ?神崎が手懐けたんじゃねーの?」

「彼曰わく、私には助けて貰ったけど、北嶋さんには義理も義務も無い、だそうだから。じゃ、お願いね!!」

 言い終わった神崎は、ビューンとダッシュで駆け出し、俺と黒い蛇を置き去りにした。

 俺と黒い蛇は顔を突き合わせる。

「…どうすりゃなつくんだよ?」

――ああ?俺様が知るかよ!神崎への義理でたった今来たばかりだろうが!オメェが考えろや雑魚が!

 ……俺も口が悪い方だが、初対面でカチンときたのは久々の事だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――尚美!よくぞ無事で!

 タマが攻撃の手を緩めずに、私の姿を見て、心から安心した表情を見せた。

「話だけだったからね。おかげで色々聞けたわ」

 悪魔王サタンの事、憤怒の魔王の事、理の事、そして、北嶋さんの事。

 対価には応じなかったが、憤怒と破壊を司る魔王を手土産にした事は大きい。

――あの悪神は何者だ?魔王レベルの魔力、それも悪魔王と同じ気配…だが、断じて悪魔王サタンでは無い。悪魔王サタンはもっと…

 続きを聞く時間も惜しいので、タマに手を翳して質問を制した。

「後でゆっくり教えるわ。それより悪魔達を倒さないと」

――そ、そうか…ならば後程ゆるりと聞こう。妾はこのまま進む故

「私は新しい守護柱とお話してから加わるわ。頼むわよタマ!」

 タマは一つ頷き、群がる悪魔を次々と殲滅して行く。

 援護にも似たタマの攻撃に安心し、私は新たな柱、裏山の蛇の元へと駆け出した。

 裏山の蛇、黄金のナーガに接近して行く最中、金色の小型の蛇の群れが、私を守るように両脇に群がって道を作った。

「凄いわ…この蛇、小型と言えど、戦闘力は並みの悪魔以上だわ」

 数で押されている私達だが、大量の小型の蛇のおかげで、数が苦にならなくなっている。

 いくら北嶋さんと言えど、七万はやはりキツい。

 感心している内に、遂に黄金のナーガに届いた。

「ありがとう!!凄く助かったわ!!」

 黄金のナーガに飛び付き、抱き付く。

――尚美さん、生前はお世話になりました。死した後でも北嶋を守護する柱として仕える事が許されました故、これからもよろしくお願い致します

 目を細めて頭をすり寄らせるナーガ。

 強欲の魔王に殺されたナーガは、そのままならいずれちゃんとした蛇に転生できた。

 それを、北嶋さんを護る為、神となり現世に戻って来たのだ。

 物凄く有り難い。

「本当はもっとお話したいけど、今はやらなきゃならない事があるの」

――はい。勇さんからも殲滅命令が出ております

 厳しい瞳になるナーガ。

「じゃあこの調子でお願い。もう少ししたら戦力が一つ増えるから!」

――はい

 私はナーガと別れ、リリスに目を向けた。

 微かに笑っているようなリリス。

「待ってなさいリリス。私が倒してあげるから!!」

 深呼吸し、印を組みながら、私も笑う。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎も戦闘に加わる最中、俺と黒い蛇は未だに睨み合っていた。

――オラ、オメェよ?何かしろよ?オメェのアクション待ちなんだよこちとらよぉ!

 黒い蛇も苛々し出して、何か挑発してくる。

「懐かせるよりも服従させた方が早いかな?」

――服従だ!?この俺様を服従させるだと!?ハァッハッハッハ!!暫く出て来なかった間に馬鹿な人間が増えたって事かあ!?

 身をくねらせて大笑いする黒い蛇。

「圧倒的な力の差を見せたら、いくら馬鹿なお前でも解るんじゃないか、って言う親切心なんだがな」

 ピタリと笑うのをやめて、目つきが鋭くなる。

――オメェよぉ…言葉には気を付けろよなぁ…俺様を怒らせんな。俺様は憤怒と破壊を司る魔王…元はあの魔王達の頭として創られた存在なんだぜ…

「あの連中のリーダーだ?なんだ。じゃあ大した事ねーじゃん」

 黒い蛇の目が赤く光る。

――面白れぇ!!面白れぇよオメェ!!俺様を倒して服従させてみせろよ!!テメェに手も足も出なかったら、素直に服従してやるよ!!だがなぁ、俺様は本気でぶっ殺しにいくぜ!!

「シンプルで解り易いな。それで行こうか」

 結果的に、楽に事が進みそうでほくそ笑んだ。

 悪魔達の血で濡れた草薙を振り、血糊を払う。

――始まったばかりだが!!もう死ね!!!

 纏わり付いている青い炎が渦巻き、火の玉を発射する。

 狙いは俺故、神崎達には被害無い距離だが、周りに集まっていた悪魔達は炎によって灼け尽きる。

 更に落ちた火の玉で、地面の土がマグマ化した。

「おおー!!なかなかの威力!!すげー熱量だな!!」

 素直に賞賛し、拍手を送る。

――余裕ぶっこいている場合かオメェ!!偶然外したようだが、次は無えぜ!!

「んじゃ今度は外すなよ」

 草薙の切っ先を向け、挑発する。

――本当に馬鹿な人間だなぁ!!

 今度は乱射せずに一点集中させた火の玉を俺に放った。

「破壊力なら今まで見た事が無い程だが」

 草薙を上段から振り下ろす。

「火の玉を真っ二つにしろ草薙!!」

――ハァッハッハッハ!!剣で青き破壊の炎を斬るってかあ!!人間の浅知恵もこれまでかあ!!

 愉快そうに笑う黒い蛇だが、次の瞬間、時間が止まったように固まって動かなくなった。

 草薙は見事青い火の玉を半分に斬った。割れた炎は両脇に飛び、ドッカンバッカンと地面に穴を開けた。

「ま、こんなもんか」

 巻き上がった粉塵を手でパタパタ仰いで視覚を確保する俺。黒い蛇は未だに固まった儘、動かない。

「おい、もう終わりか?んじゃ服従決定だぞ?」

 切っ先をブラブラ振りながら黒い蛇に言うと、黒い蛇は我に返った。

――オメェ………いや、神崎の言った通りか………

 神崎が何を吹き込んだのかは知らんが、この黒い蛇もまだまだ底を見せていないのは承知だ。

「お前もまだまだだろうが、俺は更に更に更に更にまだまだまだまだまだまだまだまだだ。つまりお前が俺を殺す気で挑もうが、俺は殺さずに屈伏させる事が可能って事だな」

――カッ!!そうは言ってもなあ、凄ぇ久し振りに暴れる事ができるんだ!!もう少し付き合って貰うぜえ!!!

 目に宿っている炎が燃え上がる。

「突っ掛かってきたのは、見極める為と全力で暴れる為か。神崎に何を吹き込まれたのやら」

 優しい俺は、仕方無いので、黒い蛇の『復活祝』に暫し付き合う事にした。

――青き破壊の炎はぶった斬られたが!!此方はどうだああああああああ!!!

 黒い蛇が一際でっかく咆哮すると、再び地が揺れる。

「地震起こせるのかお前?」

――地震だ!?んなもん、コレを噴出する為に起こった単なる現象だ!!

 ゴゴゴゴゴゴと地が裂け、マグマが噴出される。

――俺様の怒りは大地を裂き、真っ赤に灼けた溶岩の濁流を喚ぶ!!

 何に怒ってんのかは不明だが、悪魔達が次々と溶岩流に飲まれてボンボンと破裂していくのが数減らしで大変有り難い。

「いやー。お前、強さだけなら俺の柱より上だなー」

――褒めてんのかナメてんのか解らねぇが!!青き破壊の炎と赤き憤怒の炎!!見事捌いてみやがれ!!

 結構愉快そうな黒い蛇。別に怒っている訳でも無さそうだが、まぁいい。

 降り注ぐ青い火の玉と、流れて向かってくる溶岩流。

「別に問題無いな」

 賢者の石が微かに光る。

 急速に冷えて固まる溶岩流。

――な、なにぃ!?

「目ん玉見開いている場合じゃねーぞ」

 草薙で向かって来る無数の火の玉を瞬時に全て斬り捨てる。

 そしてジャンプし、黒い蛇の眉間目掛けて草薙を突き入れた。

――うおあああああ!!!!

 仰け反った黒い蛇。構わずに進んだ。

 黒い蛇のデカい身体が地に背中を付けた。

「投了だろ?」

 黒い蛇の顔に馬乗りになる形で眉間ギリギリに、切っ先を寸止めした。

 ぐぅの音も出まい。

 ところで、ぐぅの音の『ぐぅ』とは腹が鳴る音なのだろうか?

 ずーっと戦闘していたから、腹が減っているが、ポカリ買い出しも諦めた俺は、コンビニにおにぎりを買いに行く事も諦めるしか無いのだ。

――まだだ…まだ暴れ足りねぇ…

 口元が緩む黒い蛇。暑苦しい葛西と同じ、喧嘩好きの匂いがする。

「暴れるなら敵がいっぱいいるぞ。俺側に付けばの話だが」

 草薙を引っ込めて蛇から降り、悪魔の群れを指差す。

――オメェ程の強さなら、俺様は必要無ぇだろ。時間が掛かるかもしれねぇが、この戦争はオメェの勝ちだ。勝ち戦には興味が無ぇ

 起き上がりながらやんわりと断りやがった黒い蛇。

 俺はそんな蛇に向かって、魂を揺さぶる熱い言葉を掛ける。

「俺は楽がしたいんだ!!楽をする為にはお前の力が絶対不可欠!!俺は楽をする為に、お前が必要なのだ!!」

 まばたき一つせずに俺の熱き説得を聞き入る黒い蛇!!

 俺のド真正面の、嘘偽り無き説得に、胸を打たれたに違いない!!

――………オメェ………ほんっっっとうに馬鹿だろ

 あれ?なにか呆れられた感が?

 ヤバいな…説得方法を間違えたか?

 別の言葉を探すが、黒い蛇が勝手に続きを喋る。

――サタンも似たような事を言ったぜ。俺の代わりの貴様はそれに相応しく統べらなければならない。俺の代わりの貴様は軽々しく戦う事は許されない。俺の代わりの貴様は俺の為に生き、俺の為に死ね、とかよ

 んあ?と思い、反論する。

「俺の代わりなんかお前にはできないだろ?お前の代わりも俺にはできない。俺は俺でお前はお前。お前は俺に楽をさせてくれたらそれでいいんだが…」

――そこだ。サタンはあくまでも代行者として俺様を必要としていた。だが、オメェは自分が楽をしたいが為に俺様が必要だと。オメェもサタンも自分の都合だけで俺様を使いたがっているが、オメェは代行じゃなく、俺様の力が必要だと、違いはそこだけだ

 そう言ってデカい身体をむっくりと起こす黒い蛇。辺りの悪魔達をギラリと見渡す。

――オメェに楽をさせてやるよ。だがな、俺様は憤怒と破壊を司る魔王…悪魔さ。悪魔と契約する時には対価は絶対不可欠だぜ

 それはつまり、何かくれたら俺に仕えると言う事だ。

 つまり契約成立一歩手前まで来た訳だ。

 ならば楽をさせて貰う代わりの対価をと考える。

 知恵熱が出そうになる寸前まで考え、一つの結論を出した。

「よし。今一番俺が欲している物を対価として掲げようじゃないか」

 色々考えたが、今一番頭に浮かんでいる二つの物。

――オメェ程の人間が今一番欲しい物、だ?何だそりゃあ?それは必ず手に入るのか?

 何か乗ってきた黒い蛇。興味を覚えたようだ。

「実は、さっきからずーっと欲しい欲しいと思っていたんだ。戦争ほっといて買いに行こうとまで思ったんだが、流石にそりゃマズいからな。終わったらお前の分も買ってやるよ」

 俺が今一番欲しい物。

 それは…………………………

 ポカリとおにぎりだ。

 喉を潤すポカリと、腹を膨らませるおにぎり。

 さっきから飲みたくて食いたくてたまらないのだ!!

――戦争を投げてまで欲しい物…かよ!!そりゃさぞかし凄え物なんだなあ!!

 黒い蛇が瞳を輝かして関心を示した。

 何か色々勘違いしているみたいだが、俺は断じて嘘は言っていない。

 故に胸を張る。

「ポカリとおにぎり。対価としては不服か?」

――ポカリもおにぎりも知らねぇが、取り敢えず興味は持ったぜ!!良いだろう!!この憤怒と破壊を司る魔王!!オメェを楽にさせる為、俺様自らが心行くまで満足する為!!オメェに仕えてやるぜ!!

 契約成立!!

 ウチの柱はカールやらキャプつばやらの供物で満足する欲の無い連中ばかりだが、こいつもそんなに物欲が無いとは、悪魔なのに天晴れだ、と、多少感心をした。

「んじゃ早速ぶっ殺せ。くれぐれも味方は傷つけんなよ」

――ハッハッハァ!!味方に言っとけ!!巻き添えを喰らわねぇように気を付けろとなあ!!

 黒い蛇は水を得た魚のようにイキイキと悪魔達を灼いていく。

 正に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した俺の亜空間。

「つか、今殺してんの元味方なんだよなぁ。容赦も慈悲も無いのか」

 まぁ、俺自身も敵には容赦無い方だから、人の事は言えんが。

 兎に角、金色のキングコブラ、タマ、神崎、そして黒い蛇と、味方が増えて負担超激減となったが、まだまだ半分以上も残っている悪魔。

 仕方無いので、俺も殲滅活動に勤しむが如く、草薙を振り回して前線に踊り出る。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――あの暴れ者を御した、だと!?

 傲慢の魔王が驚きを隠す事無く、大声で叫んだ。

「憤怒の魔王は悪魔王サタンの事じゃないのかい?」

 あの黒蛇は確かに悪魔王サタンの気配を感じる。が、完全に別物だ。

 サタンの一部、と言った感覚だが。

――そんな事より、気を引き締めろ!!あの魔王は我等と互角、もしかしたらそれ以上の戦闘力を持っている!!

 そんな事、か。

 傲慢の魔王がこれ程までに警戒心を露わにしているのだ。黒蛇は相当な強者なのだろう。

「そろそろ出番かな………」

 いよいよ覚悟を決めた。

 もう直ぐであの男もやってくる。

 本当に最後の戦いが…

 もう少しで始まる………

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