進化した天才

 建御名方神の神風を纏い、そのまま一気に間合いを詰め、懐に潜り込む。

――おっ?んなちっちぇえ身体で何をするって言うんだおめぇ?

 余裕綽々のベルゼブブ。その脚にローをぶち込んでみる。

――軽いぜおめぇ。体重が違い過ぎるだろうが?

 俺の頭よりも遙かに高い位置から見下ろす。

 体重なら遥かに上だ。ぶち込んだローなんかノーダメージだろう。

「ならこれはどうだ!!」

 同じ箇所に再びぶち込む。

――むっ?

 微かに揺れたベルゼブブの巨躯。

「霊力を込めたローだ!!多少なりともダメージはあるだろう!!」

――おめぇよ?あんま調子に乗るんじゃねぇよ

 俺を捕まえようと腕を伸ばすベルゼブブ。恐怖を演出しようとしているのか、明らかに遅い動きだ。

「調子に乗っているのはお前だ!!」

 そんな演出に怯む事は勿論なく。神風を纏った拳を、伸びてきた腕にぶつける。

――う?うおっっっ!?

 神風はベルゼブブをふっ飛ばし、その巨躯が地に付いた。

「建御名方神の神風は攻防一体!!」

 地に尻餅を付いたベルゼブブに向かって再び拳を打ち込む。

――だからそんなちっちぇえ身体で……はっ!!

 振り上げる拳に大気の渦が巻き起こる。それはベルゼブブの巨躯にも完全に届く竜巻!!

「これが建御名方神の神風!!風の柱だ!!」

――うおおおっっっっっ!!

 腕をクロスし、ガードするベルゼブブ。しかし、神風にその程度の防御など意味は無い。

――ぶふああああああああ!!

 尻餅を付いていた体勢だったベルゼブブは、その巨躯を仰け反らせながら、仰向けに倒れて行った。

 好機を逃さんと、すかさず飛び上がる。

「死ね!暴食を司る魔王、ベルゼブブ!!」

 完全にひっくり返り、空に顔を向けている状態の、がら開きの腹に、大気の砲弾を撃ち込むように、竜巻を纏った右拳を身体ごと落下させて叩き込んだ!

 入った!!勝った!!

 勝利を確信したその時、妙な浮遊感を全身に感じた。

 手応えはある。だが、違和感もある………

 右拳を見る。

「な、何っ!?」

 俺の右拳はベルゼブブの腹に届いて居なかったのだ。

「こ、これは………?」

 神風を纏った拳が止められた訳じゃない。

 別の風がベルゼブブの周りを纏い、神風を相殺しているのか…

 先程感じた浮遊感は、ベルゼブブから発生した風によって、俺の身体が浮いているからか?

――いつまで乗っかっているつもりだおめぇ?

 ギロリと俺を睨むベルゼブブ。

「うおっ!?」

 咄嗟に後ろに飛んで、間合いを作ろうとするも…!!

――邪魔なんだよ。ちっちぇえのよおおおおお!!

 ベルゼブブが起き上がりながら胸を突き出すと、全身から風、いや、嵐が巻き起こった。

 吹っ飛び、バランスを崩しながら地面に叩き付けられる。

「ぐうっっっ!!」

 激突のショックで、凄まじく痛む身体を気遣う事すらせずに、直ぐ様起き上がる。

 ベルゼブブは首をコキコキと鳴らしながら、俺を睨み付けた。

――久し振りだぜ…嵐を喚んだのはな…

 嵐?奴は暴食を司る魔王な筈だが…?

「まさか貴様…バアルの力を失っていた訳じゃないのか!?」

――失うものかよ………俺はアブラハムの宗教をぶっ倒して、再び神になる事をずっと、ずーっと望んでいるんだからなあああ!!

 吼えるベルゼブブ!!と同時に、奴の身体が嵐に守られるように、凄まじい突風が吹き荒れた!!

「くおっ!!」

 建御名方神の神風を相殺、いや、飲み込む程に凄まじい嵐!!遂には雨が降ってくる!!

 その雨が俺の身体に触れる。

「な、何!?服が溶けた!?」

 雨に打たれた箇所が溶けたのだ。酸か!?

――俺は慈雨と嵐の神、バアル・ゼブル。冬に慈雨を降らせていたのは知っているなぁ?アブラハムの教徒によって蠅の王とされた今、降らせるのは強酸性の消化液になったんだ!!

 やはり酸か!!その強酸性の雨が徐々に強まっていく!!

 建御名方神の神風で雨を飛ばすも、嵐によって神風が相殺される!!

――ちっちぇえの…おめぇは大した奴だ。俺に嵐を呼ばせたんだからな。本来なら『蠅の王』らしく、ドロドロに溶かして喰う所だが、敬意を表して、おめぇが死んでも死肉は喰らわねぇ。アブラハムの教徒なら問答無用で喰っていたけどなぁ

 暴食の魔王はそこから来たのか………

 ベルゼブブはアブラハムの宗教に恨みを持っている。

 その恨みでのみ生きて、いや、生かされているのかもしれない。

 ベルゼブブも犠牲者なんだ。

 都合良く悪魔に組み込まれた異教の邪神として。

 バアル信仰者にとっては、間違い無く慈雨の神として崇められていた筈なのに。

 少し間違えれば、古神道もその道を辿っていたかもしれない。

「お前は間違い無く慈雨の神だ。異教徒の俺に敬意を表する事ができるんだからな。だが、生憎と此方も退けないんだ」

 藤蔓を身体に巻き付かせ、神風を防御に徹するように身に纏わせる。

 そして俺は祝詞を唱えた。

――武器を防御に回すとはな。呆れるぜ

「呆れるのはこれを見てからにして貰う……神降ろし!経津主神!!」

 一層激しくなる吹き荒れる神風。

 それは、経津主神の神気を身に纏った俺に合わせて、巨大な渦を巻いた結果だ。

 ベルゼブブの消化液の雨を吹っ飛ばし、嵐にも力負けしない神風を。

――おめぇ、まだそんな手を持っていたのかよ…

 驚嘆したような表情のベルゼブブ。

 経津主神の神気を纏いながら構え直す。

「勝負はこれから、だろう?」

 微かに笑いながら、俺は軸足を前に踏み出した。

――得意の肉弾戦か?なるほど、おめぇの身体が倍以上になったような感じだ

 経津主神の神気は、経津主神の姿の儘俺に纏っている。神気の鎧のようなものだ。

 更に建御名方神の神風を纏っている今!!

 地を蹴り、一気に間合いを詰める俺。

――な!何だと!?

 ベルゼブブの周りに吹き荒れている嵐をぶち破り、一瞬で懐に潜り込んだ。

「音速には及ばないが、遥かに速くなっただろう!!」

 生身で音速に到達できる男を既に知っている俺にしては、まだまだなスピードだが。

 それは兎も角、経津主神の神気を纏っている拳を腹に叩き込む事に成功した。

――ぶっくは!!

 ダメージも通ったようで、くの字になる。

「おおあああああああああ!!」

 超接近での拳と肘と裏拳の乱打。それは全て、ベルゼブブにヒットした。

――ごはああああ!!

 血と消化液を吐き出しながら、その巨躯が完全に地に付いた!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この俺が………

 暴食の魔王、ベルゼブブが………

 慈雨と嵐の神、バアル・ゼブルが………

 あんなちっちぇえ人間相手に、二度もひっくり返されて空を仰いでいるだと?

 こんな事、天使にも許さなかったぜ…

 屈辱は…感じねぇ。

 あの人間がアブラハムの教徒じゃねぇからか?逆に清々しさすら感じるぜ。

 チャンスと思ってんのか?意気揚々とひっくり返っている俺に向かって、拳を振り下ろして落下して来ているなぁ。

 さっきと全く同じシチュエーションなのになぁ。

 奴の神の神気を纏い、巨大になった神風は防御に回っていやがる。

 神気の拳で、俺をぶっ叩こうとしてんのか。

 ふっくくく…

 気に入った。気に入ったぜ異教徒の戦士。

 悪いがな、さっき言った事は無かった事にして貰うぜ。

 おめぇを喰わないと言った事はな………!!

 俺はむっくりと起き上がる。

 落下してくる異教徒の戦士を笑いながら見上げる。

 そして背中に生えている蠅の羽根を高速で動かした。

――ちっちぇえの!俺を二度もひっくり返せた事、素直に驚嘆するぜ!此処から先は俺もマジにヤらせて貰う!

 そして俺は異教徒の戦士に向かって羽ばたいた。

「うおっ!?」

 いきなり目の前に現れた俺に驚きながらも、腕をクロスしてガードする。

――ガードは無駄だちっちぇえの!!

 牙を剥く俺。

 そのまま奴の身体を覆っている、神気の鎧の脇腹部分を、バックリと咬み千切った。

「な、何!?」

 驚きながらも宙で回転し、地に綺麗に着地する異教徒の戦士。

 俺も羽根を休めるべく、地に着地した。

――カッ!マズいなあ…異教の神とは言え、神気はマズいなぁ

 唾を吐き、ニタリと笑う。

「貴様………経津主神の神気を『喰った』のか!?」

 目玉が零れ落ちそうなばかりに見開く異教の戦士。

――俺は暴食を司る魔王だぜ…悪食の代名詞、豚の姿を象ってもいるだろうが?おめぇのその術が攻防一体なら、俺もそれに倣おうか…ゲエエエエエエエエエエ!!!

 消化液を吐き出し、嵐に巻き込ませて前に出る。

――この暴食のベルゼブブ、おめぇに敬意を表し、俺の全てをおめぇに見せてやるぜ!!

 そしてそのまま、羽ばたき、宙に浮いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「暴食の魔王が本気を出したか」

 隣でほくそ笑むハゲ。その笑い方がムカつく。

 腹が立った俺は、座りながら天パに激励の言葉をかける。

「おい天パ印南!そんなシュレック色の紅の豚に苦戦してんじゃねーよ!ちゃっちゃとトンカツにしやがれ!!」

 揚げ油は胡麻油にと付け加えておく必要があるが、まぁいい。

 マジに揚げたとしても食わないし。

 トンカツはムカっとしながら、その豚ツラを俺に向ける。

――誰がシュレック色の紅の豚だコラ!!

 驚く俺。無論素直に聞く。

「え?お前シュレックやら紅の豚やら知ってんの?」

――強欲が一時期漫画だかアニメだかにハマっていたんだよ!!付き合わされて見た事があるんだ!!

 更に驚く俺。あのハリネズミ、悪魔なのに漫画やアニメ見ていたのかよ。

 全く、誰の影響か知らんが、つまらん事を吹き込んだ奴が居るもんだ。

「簡単に言ってくれるぜ全く…まぁ、確かに生乃が描いたら紅の豚みたいになりそうな容姿だがな」

 笑いながら構え直す天パ。

 つか、戦闘時に彼女のノロケを言うとは気に入らん。

 俺はこの戦争が終わったら、天パ印南に縮毛矯正しようと心に決めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――なんか調子狂ったが、仕切り直しと行こうか?

 ベルゼブブが羽ばたきながら、ユラユラと身体を揺さぶる。

「そうだな。じゃあ………行くぜ!!」

 地を蹴り、懐を狙う。

――おめぇはそれしか無ぇもんな!!

 嵐を盾にするベルゼブブ。俺は勿論、神風を纏いながら弾丸のように突き進む。

 嵐を突き破ると、共に舞っていた消化液が大量に降りいだ。

「ちっ!!」

 神風が嵐に相殺されて、防御の役割を果たしていない。

 そして、消化液を避ける俺だが…

――動きが一瞬だが止まるよな!!

 ベルゼブブが超スピードで飛んで来る。

「くおっ!!」

 今度は右脇腹あたりを咬み千切られた。

――……不味いなぁ…不味いが仕方無ぇしなぁ…

 本当に、不味そうに顔を顰めながら、神気を飲み込む。

「無理して喰わなくてもいいんだぜ」

 いや、本当に。出来れば食わないで欲しいもんだが。

――俺もそうしたいがなぁ。おめぇには全て見せると決めたもんでな

 笑うベルゼブブに対して、渋い顔をする俺。

 認められたのがこんなに有り難く無い事は、生まれて初めての事だ。

――おらおらおら!!おめぇの鎧、全て喰っちまうぞ!!

 超スピードで飛び回りながら、確実に神気を喰って行く。

「く!!くそ…」

 拳を出しても蹴りを出しても、全て空を切る。

 超スピードで飛び回りながらの見切り。接近された時、全て神気を喰われている。

――蠅は飛行回避も得意なんだぜ!!

 蠅は羽根だけだろうと思いながらも、その回避能力がかなり厄介だ。

 思案している中、再び接近して来る。

――そろそろおめぇの肉に届くかなあ!!

 ベルゼブブが、大きく口を開け、目を見開く。

「易々と喰われてたまるか!!」

 精神集中する。

 神気が纏わり付いている腕をガードに当てる。

――まだ残っていたかあ!!頼みの綱の神気があああ!!

 その神気に牙を剥くベルゼブブ。

――がああああああああああああああああああ!!?

 ベルゼブブは口から大量に出血し、のた打ち回った。

 そして螺旋状で落下していき、遂には、その巨躯が地に激突した。

――がはっ!!があああああああああ!!口があ!!口がああああ!!

 地に叩き付けられながらも、のた打ち回った。余程のダメージを負ったのだろう。

 そして、今なら嵐の壁も無い。

 今日三度目の降下しながらの拳。

――ぶへああああああ!!

 血と消化液を吐き出しながら、目玉を剥きながら、くの字になる。

「拘っていた訳じゃないが、漸く決まったぜ」

 直ぐ様間合いを取り、再び経津主神の神気を纏い直す。

――お………俺が喰ったのはなんだ!?口の中がスダボロだ!!

 微かに笑いながら、手刀を前に出して、それを見せた。

 経津主神の神気が、剣のように顕現されている。

「霊剣、布都御魂。お前が喰ったのはこの剣だ」

 あの時、俺はガードで腕を出したんじゃない。

 布都御魂を喰わせる為に出したのだ。

 暴食の魔王と言えど、霊剣を喰って無事な訳が無い。

――れ、霊剣だと!!小賢しい真似しやがって…だが、手刀さえ気を付ければ………

 ヨロヨロと立ち上がり、尚も目玉をギョロッと向ける。流石の切り替え。闘志も途切れていない。だが、見くびり過ぎだ。

「手刀さえ気を付ければ?さて、どうかな」

 俺は集中し、経津主神の神気を『変えた』。

 布都御魂が手刀は勿論、肘、膝、脚の爪先にまで顕現される。計八本の布都御魂だ。

「これで経津主神の神気を喰う事はできない!!」

 寧ろ近付く事すら困難だろう。

――おめぇ…まだそんな奥の手を隠してやがったのか…

 口から滴り落ちる血を、腕で拭いながら、俺を睨み付ける。

「別に隠していた訳じゃないがな」

 藤蔓で神風を喚び戻し、それを再び纏い直す。

「決着だ!暴食を司る魔王!!」

 超高速で懐に潜る。

――舐めるなちっちぇえの!!

 ベルゼブブは嵐で神風を相殺。続いて消化液を俺に向かって吐き出した。

「おあらあ!!」

 左手刀の布都御魂で消化液を斬る。

 直撃は避けたが、それでも多少は降りかかった。

 服と肉が灼ける音と匂いがした。

――馬鹿な!?おめぇ死にてぇのか!!

「死にたい訳が無いだろう」

 元より覚悟は決めている。無傷で勝ちを拾おうとは思っていない。

――うおおおっっっ!!

 ベルゼブブが後ろに羽ばたきながら下がった。

 神風に背中を押して貰い追撃し、遂には懐に潜り込む。

――うらああああああ!!

 腕を伸ばして俺を捕らえようとするベルゼブブ。

「ふっっ!!」

 右肘を跳ね上げ、右肘の布都御魂でその腕を斬る!!

――がああああああああああ!!

 斬った腕が地に落ち、血が吹き上がった。

 追撃とばかりに、右脚にローを叩き込む俺。

 切断までは出来なかったが、確実に脚の肉を斬った。

――ち!!ちくしょう!!

 右から崩れるベルゼブブ。隙が出来た!!

「その首貰った!!」

 ジャンプ一番、回転しながらの蹴り!!

――易々と首を取れると思うなよ!!

 右爪先の布都御魂を『喰う』ベルゼブブ!!

「な、何!?」

――いってえええええ!!痛ぇがあ!!喰えねぇ事は無ぇ!!

 血塗れになった口を再び大きく開け、経津主神の神気を布都御魂ごと、喰らいに来る。

 流石は魔王、流石は神!!

 俺は素直に驚嘆した!!

 蹴りを喰われた事により、バランスを崩して落下した。逆に隙が出きたのに、驚嘆せざるを得ない。

――チマチマ喰っていちゃ分が悪りい!!一気に喰わせて貰うぜちっちぇえの!!

 最後の攻撃か、今まで以上に大きく口を開けて向かって来るベルゼブブ。

 驚嘆している場合じゃない。このままでは、間違い無く喰われる。

「おおおあああああああああ!!」

 俺は宙で身体を回転させた。

 結果、左踵がベルゼブブの喉元に接近した。

――そこには霊剣は無い!!

「いや、在る!!」

 俺は瞬時に布都御魂を左踵に顕現させる。

――な、何だと!!

 左踵の布都御魂がベルゼブブの喉を貫いた。

――ごごおおおおお!!

 血を吐き、噴き出しながら仰け反って行くベルゼブブ。

「終わりだ!!」

 そのまま反転すると、俺はベルゼブブと向き合う姿勢となった。

 右脚を上げる。右踵に布都御魂を顕現させて!!

「あああああああ!!」

 神風に身体を押させながら一気に右踵を落とした。

 再び地に脚を着いた俺の視界に入ったのは、頭から真っ二つになり、倒れて行く最中のベルゼブブの姿だった。

 二つに分かれた身体は、血と体液と内臓をぶち捲けながら、それぞれ地に崩れ落ちて行く………

 残心を持ってベルゼブブを見る。

 ベルゼブブの目玉がギョロリと俺の方向を向いた。

――おめぇ………強えぇなぁ………勝った方が正義…だったか…?じゃあおめぇが正義…だな………

 それはベルゼブブの敗北宣言。

「ギリギリさ。実際、もうやり合いたくは無い」

 再び戦ったとしたら、勝ちを拾える自信は、正直言って無い。

 本当にギリギリだった。

 建御名方神の藤蔓の神風。

 経津主神の霊剣、布都御魂。

 この二つの内、どちらかが欠けていたら、負けていたのは俺の方。

――ギリギリか…本来なら人間に肉薄される事すら許されねぇ存在なんだがな…

 微かだが、笑ったように見えるベルゼブブ。

 その時、地面が割れ、巨大な手が現れ、ベルゼブブを掴んで地中に引っ込んでいった。

「な、何だ今のは…?」

 それはほんの一瞬の出来事。

 一瞬でベルゼブブの姿が、この空間から『無くなった』のだ。

 辺りを見回して、ベルゼブブの姿を捜すも、居る筈も無い。

 存在が消えたのだから。

 動揺を隠し切れない俺に声が聞こえる。


――暴食を司る魔王、ベルゼブブ、返して貰ったぞ。貴様の勝利は動かぬ故、安心しろ…


 その声を聞いた時、膝が震えて立つ事すら侭ならなくなった。

 声だけなのに、凄まじい圧力…!!

――恐れなくとも良い。貴様に手を出したなら、あの男に襲われる事になるからな…!!

 語尾を強めて一方向に向けた言葉を発信した謎の声…

 咄嗟に一方向に視線を向ける。

 視界に入ったのは、苛立ちながら、貧乏揺すりをしている北嶋の姿。

「北嶋の事か……?」

――この悪魔王サタンとまともに向き合い、殺す口実を窺っている男は奴の他居るまい

 悪魔王サタン!?ベルゼブブを助けたのは悪魔王サタンだと言うのか!?

 成程、それならば、未だかつて感じた事の無い圧力は理解が出来る。

 出来るが、北嶋と戦う事を避けたがっている様子が窺える事の方が驚きが大きい。

 そんな事を考えながら、呆けている隙に、悪魔王サタンも、その存在を空間から消し去って居なくなった…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「暴食の魔王が敗れた!?」

 信じられないとハゲ面をマヌケ面にしてボケーッとするハゲ。

「天パ印南はな、いちいち器用なんだよ。天賦の才、ってヤツだ。だからこの結果は当然だ」

 まぁ、俺なら瞬殺だけど、と付け加える。

「ベルゼブブは…悪魔達の皇帝とも呼ばれた悪魔だぞ!!サタンやルシファーと同格とまで言われた大悪魔だ!!」

 声を荒げるハゲ。

 つか、隣でうるせーわドハゲ。

「そりゃお前、勝手に言われて勝手にその座に着いただけだろが。神から悪魔に勝手に堕とされたようにさぁ」

 仮に古神道がキリスト教と戦って、そして敗れたなら、天パの神もそんな事を言われただろう。ただそれだけの事だ。

「…強い方が勝ち、そして勝った方が正義になっただけだ!!」

 逆ギレか何か知らんが、男に向かっていきなりキレ捲るハゲ。

 ムカッとしてぶん殴ろうとした矢先、無表情と孔雀の戦いが目に入って来た。

 それを見て、拳を収める俺。

「強い方が勝ち、勝った方が正義。じゃあ俺がバリバリ正義だウスラハゲ。『俺の』1000万ドル入っているカード、大事に『預かっていろ』よクサレハゲ!!」

 まだ賭の途中。

 こんなハゲなんか相手にもならないが、賭は最後まで行わなければならない。

 ハゲの薄い期待など、完璧に粉砕する為に。

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