聖騎士の高み

 冥い墓穴の底のような魔力…

 かつては光輝く十二枚の羽根を持っていたその背中に変わり、黒き孔雀の羽根を広げながらゆっくりと歩を進めてくる…

 エクスカリバーを持っている手が汗ばんで来る。

 改めて対峙してみると、流石は元天使長…

 圧倒的存在感!!

――どうした聖騎士?まさか恐れているのか?

 挑発的に笑う傲慢の魔王。

 そりゃ俺はただの人間。

 地獄を統べる者とも呼ばれている魔王相手だ。

 恐れているのかと言われたら、勿論怖い。

 だが…

「それを勇気で凌駕する!!」

 恐れる事は決して恥ずかしい事ではない。何もせずに逃げ出す事こそ恥ずかしい事だ。

 歩を進める傲慢の魔王に対抗するべく、一歩前に踏み出す。

 途端にルシファーの表情が歪んだ。

「どうした傲慢の魔王…俺が退かなかった事がそんなに意外か?」

 更に踏み込む。

――意外と言えば意外。だが、まぁ…想定内と言えば想定内だ

 そう言った瞬間、傲慢の魔王の瞳が妖しく光る。


 ズッ

 

 地がぬかるみ、脚を取られる。

 平行感覚を奪われたように、目に映る景色も湾曲した。

 そして襲ってくる凄まじい吐き気…

「こ、これは…ぐっっ!!」

 体勢を立て直そうと足掻けば足掻く程、どんどん地に埋まって行く感覚を覚える。

――何故俺が地に堕とされたか知っているか?

 問い掛けられるも、酷い耳鳴りがして、そのノイズで良く聞き取れない。

――俺は自らの意志で天から降りた。無知の状態にあった貴様等人間達に、神の叡智である『光』を齎す為にだ

 辛うじて聞き取れるルシファーの声。

 だが、此方には余裕が全く無い。

 吐き気と耳鳴り、湾曲する景色と地に埋まって行く身体を押さえるだけで精一杯な状態だからだ。

――知恵の『光』は人間の罪の始まり。俺は…

 揺れる身体…遂には耐えきれずに膝を付く…

――俺は創造主に『罪作りの罪人』として、そのまま地獄へと堕とされたのだ!!

 ルシファーが叫ぶと同時に、俺の身体が地の中に引き摺り込まれる感覚に陥った………!!

 ズブズブと『堕ちて』行くこの感覚。

 二度目だ。

 この感覚には覚えがある。

 悪魔王サタンにより堕とされた時と全く同じ…

――だから俺は今度は奪うのだ!!人間から『光』をな!!そして俺は新たな『神』となる!!

 神…神となる、か…

 勝手になればいいさ。

 そんなお前でも信仰する人間は居るだろうから。

 だが、俺は聖騎士。

 何よりも、此処に来たのは友を助ける為。

 未だにグラングランと揺れている視界を無視して、上半身を起こす。

――堕ちぬか。しぶといな。まぁ、人間でも多少は抗える事が…

「堕ちる訳が無いだろう…俺には免疫があるからな」

 身体中の筋肉が切れるような痛みに襲われながら、俺はゆっくりと起き上がる。

――な、何?

「人間をみくびるな傲慢の魔王…貴様が与えた『光』は、そんな安っぽい物では決して無い!!」

 腱と言う腱が切れる感覚。それでも俺は立ち上がった。

 立ち上がった瞬間、視界は正常に戻り、耳鳴りも吐き気も止んだ。

――堕とせないだと?この俺がしくじっただと!?

 俺、俺、俺、か…己の力に自信があり、俺を軽視した結果に過ぎない事に気が付かない訳か。

 傲慢の魔王に堕ちた意味が解った。

 俺はガラハットの盾を天に掲げた。

――何をするつもりだ?そんな盾で、俺の業を防ごうと言うのか!!

 笑い出す傲慢の魔王。

「ガラハットは聖杯を呼び出す鍵…以前の俺ならば呼び出す事は困難だったが、今は違う!!」

 以前の俺は弱かった。

 父にしか心を開かず、弱さを隠す為に剣を奮っていた。

 だが今は違う。

 俺は友の為、己の為に戦う事ができるようになったのだから!!

「ガラハットの盾よ!!奇跡の杯、聖杯を喚びたまえ!!」

――ハァッハッハ!!滑稽な!!聖杯が貴様などの呼び出しに応える訳が無い!!

 高笑いする傲慢の魔王を余所に、掲げた盾が白い光を発生し、盾全体を包み込んだ。

――なにい!聖杯が喚び出しに応えただと!?

 驚く傲慢の魔王。

「何を驚く事がある?これも人間に貴様が授けた光の一部!」

 それは『奇跡』という名の光。

 人間にとって最後に残る希望の光だ。

 尤も北嶋なら「奇跡は無い。全て当然の事だ」とか言って鼻にもかけそうに無いが。

 苦笑いしている俺の目の前に、キリストの血が注がれている聖杯が現れる。

 それは自ら傾き、血の滴を俺の口に注ぎ込んだ。

「俺の今の力を顕現する!!」

 闘気、いや、神気が身体中から溢れ出る!!

 暴れるようで、静かなようで…そして、熱いような温かいような神気が俺の背中に現れた!!

――き、貴様!!その羽根は!?

 蒸気を噴出しているように霞んでいる背中の羽根。天使のような羽根が生えているように見える事だろう。

「これが、今の俺の最強だ!!」

 魂の昇格、と言うべきか。

 堕天の真逆の顕現化!!

「気付いていたか?俺の背中には傷一つ無い事を」

 騎士として、背を斬らせる事は即ち敗北。

 その背中が俺の誇り。

 天使の羽根は、俺の誇りの顕現化でもあるのだ。

――………ふん、些か驚いたが、まぁ、その程度か

 つまらないとばかりに言葉を吐き捨てる傲慢の魔王。

「それならば、試してみればいい!!」

 高速で間合いを詰め、エクスカリバーを横一閃する。

 赤い線の炎の軌跡が今まで以上のスピードで通過する。

 それは傲慢のルシファーの身体スレスレを描いた。

 ルシファーは微動だにせず。

 あまりのスピードに動けなかったか、はたまた見切った故動かなかったか…

 ならば、次は斬る!

 返す刀で下から跳ね上げるエクスカリバー。

「む!?」

 ほんの少し、少しだが身体を反らしたルシファー。

 結果エクスカリバーは空を切った。

「見切っている方か…」

 聖杯で力が上がり、スピードを増した俺の太刀筋を全く苦もなく…

「流石は魔王。元天使長…」

 嫌な汗が背中から流れる。

――当たり前の事だ。いくら昇格しようとも、貴様は俺には絶対に届かない

 警戒しながら間合いを計る俺を無視して、ルシファーはつまらなそうに続ける。

――貴様も知っての通り、天使には序列がある。即ち『天使の九階級』!!

 天使の九階級…

 全ての天使は上級天使、中級天使、下級天使の三種に分類され、更にその各々が三つずつの階級に分割されると言うものだ。

 下級天使は下から天使、大天使、権天使。

 中級天使は能天使、力天使、主天使。

 上級天使は座天使、智天使、熾天使と呼ばれている。

 ユダヤ=キリスト教の天使論を語る際に、必ず紹介される。

――貴様の力は精々第七階級の権天使…下級天使最高序列程度のものだ

「…自分は元天使長故に下級天使に遅れを取る事は無い、とでも言いたいのか?」

 ニヤリと笑うルシファー。

 自分は元々天使の最高峰。

 自分は地獄を統べる大悪魔。

 正に傲慢!!故に慢心!!

 確かに力は凄かろうが、そこに付け入る隙がある。

 ジリジリと踏み出していた脚が、エクスカリバーの間合いに入った。迷う事無く、その胴に目掛けてエクスカリバーを振った。

 それを、僅かに身体を反らして躱すルシファー。

「けりゃあああ!!」

 構わずに乱撃を繰り出す。

――確かに人間にしてはかなりのスピードだ。だがやはり!

 言った瞬間、俺の目の前からルシファーの姿が消える。

「何!?」

――後ろだ

 背後から聞こえたルシファーの声!

「馬鹿な!身体ごと俺の目の前から移動しただと!?」

 それが事実なら、瞬間移動の類では無いならば、恐るべしスピード!!

 振り向き、飛び跳ねて間合いを取る。

「…後ろを取ったのに、何故仕掛けなかった?」

――貴様は誇りとやらを無防備に晒しながらも、俺の遊びで生き延びた。与えた『奇跡』もいつでも奪える事を実証した訳だ

 嫌らしく笑うルシファー。そして更に歪んだ表情を作りながら笑う。

――言っただろう?与えた『光』を奪い取るとなあ!愚かで小さき人間の『光』を!ハァッハッハア!!!

 笑いながら、孔雀の姿をバキッ、バキッと折り曲げるように『変身』していくルシファー。

 俺は身体中から汗を噴き出しながら、それを見ていた。

「く、くくっ…」

 エクスカリバーを構え、ガラハットの盾を前に出しながら知らず知らずに後退る。

――ハァッハッハ!!良いのだ良いのだ!!想像以上の存在を知った今!!恐れ、怯えるのは人間の本能!!

 グニャグニャと孔雀の姿が変わって行く…

 そして遂には人型に成った。

「…天使…いや………」

 十二枚の羽根の代わりに、黒い孔雀の羽根を背負い、光輪の代わりに、禍々しき角を生やし、光輝く衣の代わりに、黒き体毛を生やした堕天使の姿…

「それが本来の貴様の姿…!!」

 天使長時代の神気をそのまま魔力に変えたような圧倒的圧力感…

 更に俺は後退りした。

 間違い無く怯えている…

――さぁて、少しだけ遊んでやろう。絶対に適わぬ存在と言うものを教えるのも、俺の使命だからな

 前に出るルシファー。

「うおおおっっっ!!」

 その倍以上、飛び跳ねて後ろに下がる。

――おいおい、俺を倒すんじゃなかったのか?ハァッハッハア!!まぁ、貴様には絶対に不可能だがなあ!!

 ルシファーは高笑いしながら続けた。

――貴様は今、権天使の力を持っている。が、それ以上昇格可能だとしよう。だが、決して力天使以上にはなれないのだ。それは純粋な『善』を象徴する故、僅かな『悪』をも許さない存在!!

 俺の身体がピクリと痙攣する。

 それは俺が堕ちた事がある『悪』だから、と言う事か?

 ならば確かに力天使以上には昇格は出来ない…

――そしてもう一つ、エクソシストの絶対的武器を貴様は持っていない。今までの敵ならば通用したかもしれないが、俺を倒すにはそれが絶対不可欠なものを貴様は持っていないのだ!!

 魔王、いや、元天使長を倒す絶対的武器?

「それは…何だと言うんだ?」

――エクソシストの武器はロザリオでも聖水でも、貴様が持っている剣や盾では無い!それは『信仰心』!!

「…聞き捨てならないな…俺が信仰心を持っていないと言うのか…?」

 反論をするが、妙に心が落ち着かない。

 何となくだが、理由を知っているような気がするからだ…

――確かにヴァチカンの騎士として、教えは守っているように思えるが、貴様は創造主よりも『友』を重きに置いてしまった。絶対的創造主よりもな!!

 衝撃が身体を貫く感覚を覚える。

 傲慢の魔王の言う通り、俺は此処に創造主の教えよりも、北嶋を助けにやって来た。

 それが信仰心の欠落と言われるのならば、確かにそうかもしれない…!!

 ワナワナと震える身体。

 俺を救った『友』が信仰心を欠落させていた?

――迷っているな?認めたくは無い。だが、その通りだと思っている。ん~っふっふ…つまらん友情を知ったが故に、強くなった『つもり』でいるんだろう?

 ギリッと奥歯を噛み締め、ルシファーに目を向ける。

「え?」

 俺の目の前に居た筈のルシファーの姿が…無い?

――二度目だな

 再び背後から聞こえる声!!

「しまっ…」

 振り返えると同時に、ルシファーの巨大な手が俺の羽根を掴んでいたのを知った。


 ブチブチブチブチブチ!!


「くあああっ!!」

 駆け出して逃れたと同時に、片方の羽根が毟り取られた!!

――自慢の背中に傷が付いたな?ハァッハッハア!!

 毟り取った羽根を、鋭く尖った爪でグチャグチャと握り潰すルシファー。

 こんな化け物に…元天使長に、傲慢の魔王に…

 主の御加護を失った俺が、勝てる訳が無い…

 俺は絶望に打ち拉がれ、膝を付くように崩れていった………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 元より堕天したとは言え、天使長に、たかが人間が抗える訳などない。力の差があり過ぎる。

「勝負あったね」

 リラックスし、深く椅子に腰を掛ける。

 全勝を掲げた隣の間男はかなり焦っている事だろう。

 一つ、笑ってやろうと目を向けた。

「………何故君は、そんなに余裕にふんぞり返っている?」

 想像では、間男は焦りに焦って逃げ出す算段を考えている最中だったが、本人は豪快に欠伸をしながら腕を組み、僕より深く椅子に腰を掛けているじゃないか!?

 その余裕綽々な態度…演技ではなさそうだが…

「あー?無表情の方が強いからだろが。つっても、あの儘じゃ無理か」

 あの騎士の方が強い?

「君は何を見ているんだ?自慢の背中を易々と取られ、心が折れて自滅する寸前じゃないか!!」

 思わず声を荒げた。ハッタリだと思いつつ、苛立っていたのが解った。

 間男はそんな僕に興味など無さそうに、徐に立ち上がった。

「おい無表情!!」

 そしていきなりの大声。

 僕はおろか、騎士も傲慢の魔王も一斉に間男を見る。

「お前は弱い!だから奇跡に縋る事は間違ってない!そして奴はお前以上に創造主とやらに怯えている事を忘れるな!」

 そう言って再び椅子にどっかと座る間男。本当に焦った様子も見せていない。何故だ?

「…君は何を言っている?」

 奇跡に縋る云々は、理解はできる。

 だが、傲慢を司る魔王が、あの堕天使ルシファーが創造主に怯えているだと?

 創造主に反抗して堕天した魔王だぞ!?

「言った通り。奇跡に縋るのは間違いない。伊達に聖杯が応えた訳じゃない。そして、あの孔雀モドキが創造主にビビっているから、無表情には及ばない。力は孔雀モドキの方が強いのは間違い無いけどな」

「だから創造主に…!!」

 最後まで言わせずに続ける間男。

「元々悪魔王と互角の力を持っていたのは確かだが、堕天したが故に弱くなった。って所だ。まぁ、見てりゃ解る」

 そう言うと、間男は、やはり興味が無さそうに顎をしゃくって、騎士に戦闘を促した…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――この俺が創造主に怯えているだと!?何を訳の解らない事をほざいているんだあの人間は!!

 傲慢のルシファーが怒りを露わにし、俺に視線を戻した。

 その視線に、思わず身体が硬直する。

――弱い、か…正解なのはそれだけだな!!

 再び妖しく光るルシファーの瞳。

「ぐっ!!また堕とすつもりか!!」

 毟り取られて残った羽根を懸命に動かし、後退る。

「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!」

 今堕とされたら、俺はもう人間に戻れる事は無い…

――見ろ!!やはり貴様は弱い人間だ!!堕天に怯え、俺と戦う事すら拒絶しているのがその証拠!!

 歪んだ顔を作りながら笑うルシファー。

 弱い。

 俺は弱い…

 俺は本当に弱いんだ………

 腕っ節には自信が付いたが、心はまだまだ弱い儘…

 項垂れる。北嶋が何を期待しているのか解らないが、本当に申し訳なく思い、項垂れたのだ。

 その時、再びデカい声が響いた。


「無表情!!上がれ!!果てしなく上がれ!!この場面だけでいい、上がれ!!」


 横目でその声の方向を見る。それは勿論北嶋の声だ。

 上がれ…か…奇跡に縋る事は間違いじゃない、か…

 俺はその時、弱さを認めて、初めて深く懺悔した。そして心から願った。

 すると、背中の羽根が再び生えて来る。なんだ?身体が熱い…!背中が燃えているようだ!!

 しかし、苦痛じゃない。逆だ。安心したような…心地よかった。

 その熱さに身を委ねる。

――なんだそれは?再び権天使レベルに戻っても、今と何ら変わらない!再び羽根をもぎ取られたい訳か?ハァッハッハ!!

 ルシファーの弁から察するに、新たに羽が生えたのか?

 だが、それだけじゃない。俺は……俺は!!

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

 嘲笑うルシファーに構わず、吼える。

 激しく奇跡を願いながら!!

――ほお?まだ上がるか?だが中級以上は…な、何!?

 その通り、俺は再び天使に昇格した。いや、し続けた。

 ルシファーの言う力天使を超え、尚も高まる神気!!

――正義の天使を超えただと!?

 驚き、叫ぶルシファーだが、構わずに高める。

 遂には中級序列第一位、主天使を超えた!!しかし!!

「まだ!!まだまだまだだあ!!まだ元天使長は超えられない!!」

 身体がバーストしたように弾ける感覚!!

 座天使、智天使……

「あああああああああっっっ!!!」

 体内で何か爆発したような感覚を覚えた直後、俺の背中には炎のような六枚の翼が生えていた。

 身体中から溢れ出る神気。漲る力を確かに感じる。

――貴様…熾天使レベルまで……!!

 上級天使序列一位の熾天使…

「俺は…熾天使に昇格したのか…!!」

 聖杯による奇跡の昇格。

 これなら…

 元天使長に…

 地獄を統べる者に…

 傲慢を司る魔王に肉薄できる…いや………

 倒せる!!!

 改めてエクスカリバーを構えると、激しい炎が宿った。

――まさか………有り得ない………人間が熾天使レベルに跳ね上がるなど!!

 動揺したルシファーが無防備に接近する。隙だらけだ。

 エクスカリバーを横一閃。

 瞬間、激しく巻き上がる炎!!

――うおおおおおっっっ!?

 瞬時に下がるルシファー。

 掠っただけ。

 掠っただけだが、初めて届いたエクスカリバーの刃!!

「…これならば!!」

 俺は創造主に、北嶋に感謝して切っ先をルシファーに向けた。

「傲慢のルシファー…次は…斬る!!」

 厳しい視線をルシファーにぶつける。

 対してルシファーは微かに震えていた。

――…貴様…この俺に傷を……!!

 掠った傷口を触り、ワナワナ震えるルシファー。魔力が徐々に大きくなって行く。

 ガラハットの盾を気持ち前に出し、それより更にエクスカリバーを前に突き出す。

――許さん!!許さんぞ聖騎士!!人間の分際で熾天使の位まで昇ってくるなどと!!

「む?」

 今何と言った?

 熾天使の位まで…と聞こえたが、傷を負わせた事に怒っている訳では無いのか?

 熾天使の位まで上れたのは、俺が懺悔したからだ。

 弱い事。罪を犯した事。そして創造主云々よりも友の力になる事を許して貰った事。

 結果、俺は此処まで上がらせて貰った。

 意外だったと言えば意外だっただろうが、そこに怒りを起こすとは?

 ふと北嶋の言葉を思い出す。

 奴はお前以上に創造主とやらに怯えている。

 怯えている…

 そうか!そう言う事か!!

 今更ながら理解した言葉。ならばこの勝負、俺の勝ちだ。

 確信はしたが、油断はしない。

 故に、身体が巨大になっていくルシファーから、一時も目を逸らしていない。

 奴は徐々に、確実に大きくなっていく。

 溢れ出る魔力を収めるように、肉体を巨大化させているように。

 そして遂には俺との身長差が5倍程になった。

 巨大になった鋭い目を俺に向けるルシファー。

――恐れぬか人間!!この傲慢の魔王が本気になった事に!!

 恐れろと言われても、怖さが無いから恐れようが無い。

「それが本気か。ならば行くぞ!!」

 地を蹴る俺。

 スピードが尋常じゃない。身体が軽い。

 瞬時にルシファーの背後に周り込む事に、易々と成功してしまう程。

――少しばかりスピードが上がった所で!!

 振り向くルシファー。だが俺は既に奴の前にはいない。

――こっちか!!

 反対側を向くルシファー。同時にゴトンと落ちた音。

「借りは返した」

 エクスカリバーを振って付着した血を払うが、その血は既に炎で燃え尽きていた。

――借りは返した、だと?うっ!!

 足元を見たルシファーが慄く。

 自分の孔雀の羽根が、片翼のみ転がっていたのを確認したのだ。

――ぐあああああああああああ!!

 確信した瞬間、斬られた痛みが脳に伝わったのだろう。

 膝を付きこそはしなかったが、天を仰いで絶叫した。

「ふっ!!」

 がら空きの腹に音速を以て飛び込む。

――あああああ!!舐めるな聖騎士!!

 左腕を伸ばして俺を捕らえようとするが、動きが遅い。

 捕らえられる前に、エクスカリバーの間合いに入っている。

「けりゃああああああああ!!」

 横一閃!!炎を纏った斬撃!!

「むっ?」

 うっすらと傷がついた程度?

 魔力が炎と斬撃を防いだのか。

「問題は無い!!」

 俺はエクスカリバーを、上へ下へ右へ左へと乱撃する。

――ぐはあ!!

 遂に蹲ったルシファー。

 血が噴水のように噴き出した。

 そのまま上へ跳ぶ、いや、『飛ぶ』。

「ついでだ!!もう片方も貰うぞ!!」

 音速で降下し、残りの翼を斬った。

――おおああがああああああああ!!

 そしてルシファーは、遂には両膝を地に付けた。

――ぐっぐぐぐ!!貴様…よくもこの俺に膝をつかせたな…!!許さん!!絶対に許さんぞおおおお!!!

 大きく吼える傲慢の魔王。

 瞬間、空間が歪み、俺の身体が闇の中にすっぽりと収まった。

「直接闇に堕とす気か」

 泥沼に嵌っていくように、ズブズブと埋まって行く身体。

――その儘堕ちろ愚か者が!!貴様は堕ちても悪魔にはさせん!!その身体、八つ裂きにして地獄の釜に突っ込んでやるわ!!

 ルシファーの声だけ空間に響いた。

 この闇は既に知っている。故に恐れる事は何もない。

 俺はガラハットの盾を頭上に掲げた。

――馬鹿者が!!そんな盾で一部とは言え、地獄の闇をどうしようと言うのだ!!

「ガラハットの盾は白く輝く!!」

――ハァッハッハ!!そんな小さい盾で地獄の闇を照らすのか!!

 嘲嗤うルシファー。構わずに俺はガラハットの盾に光を灯すように念じる。

「ガラハットの盾よ!!その輝きで闇を払い退けろ!!」

 俺の願いに呼応するよう、盾自身から光を発する。

――だからそんな小さい盾で………!!

 続く言葉を発するのを止めて、息を飲んだ。

 それはガラハットの盾が、形状をそのままに、光を広げて行くのを見たからか。

 そして今、光は盾の大きさを遥かに超え、闇を照らす。

――巨大な光の盾だと!?

「盾は防具だ!!身を守る為のな!!」

 北嶋曰わく、道具は使ってナンボ。ならば盾と言う道具を有効に使おう。

「奇跡の盾が、弱いお前の創った闇に飲まれる訳が無い!!」

 空間の闇がひび割れ、光が零れる。

――ま、まさか!?俺の闇が!簡単に打ち破られる筈が!!

「それはお前が弱いからだ!!」

 闇が砕け散り、ルシファーが怯えた表情で俺を見下ろしている姿が目に入る。

 俺は光の盾を頭上に翳した儘、ルシファーに向かって飛んだ。

「傲慢のルシファー!!その首貰った!!」

――おおおおおおおおおお!!

 ルシファーが魔力を弾丸にして撃ち出すも、全てガラハットの盾に阻まれた。

 ルシファーを飛び超え、その首筋にエクスカリバーを音速を以て振り下ろす。

――…かはっ!!

 ルシファーの首が飛び、残った身体の方が地面に倒れ込んだ。

 同時に着地した俺。

 熾天使の翼が徐々に消えて行き、ガラハットの盾も光を鎮めて行く。

「そうか…終わったから奇跡も終わりか…」

 ルシファーを倒す為に手に入れた奇跡。

 役目を終えたら、奇跡も終わるのは道理。

 その時、転がった首が無念そうに口を開く。

――な、何故俺が……人間如きに……

「…貴様は創造主に謝らなかった。だから創造主はお怒りになり、貴様を堕天させた」

――そ、それは俺が…

「そうだ。貴様が創造主に恐れて勝手に決め付けただけだ。罪を犯した自分は決して許される事が無い、とな」

 ルシファーは創造主を恐れるあまりに、謝罪もせずに逃げ回ったのだ。

 北嶋の言った創造主にビビっている、とは、この事だ。

 懺悔し、許された俺。

 怖がり、逃げ回ったルシファー。

 この差が俺を勝利に導いた奇跡。

 勝負は、実は序盤に決していたのだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 地鳴りがし、地が揺れる。

「この気配…」

 知っている気配がこの場に近付いて来る。

 だが、敵意は感じない。

 感じないが、エクスカリバーを構え直す。

 地が割れ、巨大な腕がルシファーを掴み、地中に引っ張って行った。

「悪魔王サタンの腕…」

 同じ魔王なのに、片や元天使長なのに、この格の違い。

 堕天したが故に、懺悔しなかった故に弱くなった訳だ。

「貴様は元々創造主側だった、と言う訳か」

 エクスカリバーを鞘に収め、敵意が無い事を示すと、サタンの声だけ、脳に届く。

――俺は『敵対する者』。創造主と敵対する訳では無い。創造主の教えを守らぬ者に対しての『敵』なのだ

 頷く。

 薄々は解っていた。

 創造主の教えを守らぬ人間は、赤子を除けば、ある意味全人類と言える。

 故に人間に敵対する者と言う訳だ。

「それが人間だから仕方が無い。故に貴様とは永遠に敵対する事にはなる」

――それが俺の使命。俺の存在理由。俺を『戒め』と捉えた貴様はなかなか見所があるがな

 徐々に気配を消していくサタン。

 最後に俺の耳に届いた言葉。


―――強くなったな聖騎士…


 くすぐったくなる感覚を全身に感じながら、俺は静かに頭を下げた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「元天使長まで………!!」

 計算では確実に一勝を取れると踏んでいたのか、ハゲの顔が蒼白になりガクガク震える。

「無表情はメンタルが弱い。だが、克服すれば、あのくらいにはなる」

 それに繰り出す攻撃が全て音速とは、流石は奇跡と言った所だ。

 だが創造主ってヤツは甘くは無い。

 孔雀モドキに届く程度の力しか与えていなかった。

 それを簡単に凌駕できたのは、メンタルの強化に他ならない訳だが。

「だ、だが、君は全勝に賭けた!つまり残り二戦、全て勝たねば君の勝利にはならないぞ!」

 自分は既に賭けに敗れているのに、残りの奴等が勝たないと俺の負けみたいな言い方しやがったハゲ。

 負けず嫌いのガキか。

 俺はハゲをギラッと睨み付け、言い放つ。

「全部勝つから問題無いわハゲ。特に今、勝負が決まりそうな暑苦しい奴には、俺は全く心配してないからな」

 言われてハゲが戦場に視線を戻す。

 驢馬面と暑苦しい葛西が、そろそろ決着がつきそうな状態に、やはりハゲは顔面蒼白になっていた。

 そのハゲツラを、俺はザマァとか思って見た。


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