猛る鬼神

 羅刹が怠惰のベルフェゴールに向かって剛腕を振るうも、ベルフェゴールは座った儘、それを軽々と躱す。

 そして羅刹の腕を掴み、俺から引っ張り出そうとした。

「おおおおっっっ!?」

 辛うじて羅刹を繋ぎ、羅刹に間合いを取るよう指示を出す。

 しかし、ぞっとしたぜ…ありゃあ憑依抜きみたいなもんじゃねえか。そしてこの感覚は北嶋以来だ…!!

「羅刹を引っこ抜く真似なんざ、北嶋にやられた時以来だぜ…」

 あの時を思い出して、腕で汗を拭う。

――ふーん…どうでもいいや。面倒臭ぇ…

 ベルフェゴールは本当に興味無さそうに手をヒラヒラと振る。

 人間嫌いのベルフェゴールか…

 羅刹には興味を持ったようだから、戦闘には応じたようだが、本当にただそれだけ。

 この俺が無視されているようで、面白くねぇ。

「おいテメェ。やる気が無ぇなら羅刹にさっさと喰われちまえよ?」

――あ~?やる気が起きねぇのは俺の責任か?弱いオメェが俺に火を点けないだけだろうが?責任転嫁すんなよカス

 ち、全く口が悪ぃ奴だぜ。

 だが、まあ、奴の言い分も解る。

 ならば火を点けようか…!!

 呪を唱え、集中する。羅刹が身体に『入って』来る。

――へぇ?オメェ、なかなか面白ぇ真似するなぁ?

 一瞬だが興味を持った表情に変わる。

「鬼神をその身に憑依させ、身体能力をそっくり戴くと言う技…鬼神憑きだ」

 そして小さくなっているミョルニルを通常のサイズに戻し、担いだ。

「これを見ても、まだ座った儘でいいと言えるかよ?怠惰のベルフェゴール!!」

 羅刹のパワーにトール神の神具。

 これでもまだ座った儘なら、単なる馬鹿野郎だぜ。

――ん~…確かに、少しは力が上がったか?だがまだまだだなあ…

 少し?

 少しはだと?

 ただでさえ、凶暴な鬼を憑かせている身、怒りの沸点が低くなっている事は言うまでもねぇ!!

「ならばその儘死ねよ驢馬野郎!!」

 ミョルニルをぶん回して突っ込んだ。

 易々と懐に入る。パワーだけじゃねえ、スピードも上がったからだ。

「おらああああああああああ!!!」

 振り下ろすと同時に、俺の視界が反転した。

「なに?」

 何が何だか解らない儘、俺は地面に身体を叩き付けられた。

「ぐあっ!!」

 叩き付けられた俺は、四つん這いになり頭を振った。

「な、何だ一体?何が起こった?」

 解らずにベルフェゴールを見上げる形となった。


 カシャッ!!カシャッ!!カシャッ!!カシャッ!!カシャッ!!


 ………スマホのシャッター音か?

 まさか、と思い、恐る恐る音の方向を見る。

 北嶋が写メ撮っていやがるのを確認した!!やっぱりかよあの野郎!!

 慌てて速攻、起き上がった!!

「テメェ馬鹿野郎!今のは土下座じゃねぇぞ!つか、こんな状況下で呑気に写メ撮るんじゃねぇ!!」

 四つん這いになった状態の写メを撮っていやがった!!最高に平和な馬鹿野郎だ!!

「え?土下座じゃないのか?つまらんなぁ」

 北嶋は本気につまらなそうにスマホをポケットに入れた。

「テメェ!この一大事に!」

 流石にムカついたので、北嶋に向かってミョルニルを突き出す。

「お前がヒーヒー言っているからだろが。驢馬面なんか速攻で蹴散らせよ暑苦しい葛西」

 生欠伸をしながら返しやがった北嶋。

 まるで、自分なら超簡単にぶっ殺すと言わんばかりだ!!

「この馬鹿野郎が!一体誰の為に戦っていると思っていやがるんだ!!」

 八つ当たりのように地面にミョルニルを叩きつけた。

 轟音と共にクレーターのような穴が開く。

「そりゃ自分の為だろ暑苦しい葛西。お前喧嘩好きじゃん?俺の為っつーなら、代わってもいいよ」

 ぐっ、と怯む。

 この馬鹿は代わると言ったら本当に代わるだろう。

 結果俺は『手に負えない敵だから北嶋に渡した』と、風評被害を喰らう可能性がある。

 それは絶対に避けなければならない。

 ギリギリと奥歯を噛み締め、クルリと背を向ける俺。

「おい北嶋!!俺がこんな悪魔野郎に遅れを取る訳が無ぇ事、ちゃんと見ていやがれ!!」

 ミョルニルを構え直し、ベルフェゴールを威圧するように睨み付けた。

「どーせお前は力押ししか出来ないだろが。見なくても解っているっつーの」

 馬鹿でかい欠伸をわざわざ聞こえるようにする北嶋。

 ベルフェゴールなんざよりも北嶋に対して敵意を抱き、憂さ晴らしにベルフェゴールをぶっ叩く事に思考がチェンジして来た。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 随分と余裕だな?

 いや、仲間の戦闘全てに対しても余裕な振る舞いをしている間男だが、あの東洋の悪魔を従えている彼に対しては、心底確信しているような…

 もしかしたら…

「彼は君の次に強い?」

 ナンバー2の戦闘力を持っているのなら、間男が信頼しきっているのは頷けるかもしれない。

「あ~?葛西はあの中で一番弱いぞ。っつても他の連中とそんなに大差ないけどな」

「やはりそうか。ならば信頼しきっているのも………は?」

 今、一番弱いと言わなかったか?

 慌てて彼を視る。

「……本当だ…個々の戦闘能力にはそんなに差が無いが、確かに一番弱い………」

 霊力なら神崎、スピードなら聖騎士、テクニックなら異教の男、底力なら女の剣士と、拮抗しているにはしているが、総合的に視て、彼が一番スキルが足りない。他を凌駕しているのは、パワーくらいか?

「そ、そのパワーが特化しているとでも言うのか?」

 僕の問いに、間男は馬鹿馬鹿しいとばかりに首を横に振った。

「力は確かに葛西の持ち味だが、そんな解り易い事じゃない。あの暑苦しい葛西が奴等より遥かに上なのが、『負けず嫌い』な事だ」

 負けず嫌い?それが何だと?問おうとしたが、質問を許さずに続ける間男。

「精神力が一番強いっつー方が解り易いか。絶対に折れない心、当たるまで振り続ける愚直さ。何より、自分より強い奴と戦って勝つ事を重きに置いている事。驢馬面が強いなら、それを超える事を目的として戦える。暑苦しい葛西はそんな奴なのさ」

「つ、つまり彼が君の為に戦っていると考えた儘ならば…」

 あのまま間男の為に戦っていたならば、彼は負けていた?

 己の信念の為に精進、邁進する事こそ、彼の真骨頂だと言うのか!!

「俺、俺、か…随分と我が強い男だな…」

 だが、それこそが男の本能。

 強さ至上主義故に、仲間を守れる男となれる事もある。

「いくら葛西より強くとも、才能があろうとも、葛西の心を折る事は難しい。あいつに勝てるのは俺くらいのもんさ」

 ケラケラ笑いながら戦況を見る間男。

 間男と違う戦慄を、彼に感じて、僕も戦況に目を向けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――もう話は終わったのか?

 やれやれと言った感じに再び上半身を起こす驢馬野郎。北嶋とのやり取りの最中、再び寝転がっていたようだ。

「マジで興味無ぇようだな?」

 それならそれでいい。

 憂さ晴らしにぶっ叩く対象なだけだから!!

 俺は再び突進する。先程と同じく、易々と懐に入った!!

「今度こそ死ね!!」

 振り被る!!ミョルニルに雷を込めて!!

――さっきと同じかよ…つまんねえなぁ…

 右腕を前に出す驢馬野郎。

 振り下ろした刹那、ミョルニルを下にポンと逃がした。

 途端に回転する俺の身体!!

「おおおっっっあ!?」

 咄嗟にそのまま回転させて、脚を地に着ける事に成功させる。

「今のは!?はっ!!」

 頭上に影が過る。驢馬野郎の拳があった!

「うおっ!?」

 ミョルニルを盾に拳を受け止める。

――あっちぃ!!

 直ぐ様拳を引っ込める驢馬野郎。

 俺はそのまま間合い外まで下がり、再び驢馬野郎を睨み付ける。

「テメェのそれ…合気か!」

 驢馬野郎は拳をブンブン振りながら答える。

――オメェは力押しが得意らしいからなぁ…オメェの力をそのまま返しただけさ…

 瞬時に俺を見抜き、一番合理的な返し技を放ったと言う事か!!

 確かベルフェゴールは別名『発明と発見を司る悪魔』だ。

 合気を発明したのかは知らねぇが、俺に対して最も有効な反撃方法を、一瞬で発見したのは間違い無ぇ!!

「本当に怠惰かテメェ…」

 嫌な汗が噴き出る…

――降参か?俺は別に構わねぇよ。所詮人間、魔物の力を借りたとて、この程度だろう

 手の甲で追い払うように振る驢馬野郎。マジで興味ねえのは知った。改めて認識し直したって所だが…

「ハッ!!舐めんなよテメェ!!より早く!より強くぶっ飛ばせばいいだけだ!!」

 地を蹴り、驢馬野郎の腕の間合いに到着すると同時に横に跳び、方向を変える。

――だからな、そんなんじゃ無理だって

 呆れる驢馬野郎だが、構わずに振り下ろす。しかし、力が伝わらずに身体が泳ぐ。

「ふんぬゎっ!!」

 無理やり踏み止まる。筋肉が切れるような痛みが脚に走った。

 だが、関係ねえ!!あのムカつくツラに叩き込むまでは、俺は決して止まる事はねえ!!

 ギリギリと奥歯を噛み締めながら、俺は再びミョルニルを振るう!!


 何度突っ込んで行ったのか。

 何度地面にぶっ飛ばされたのか。

 何度いなされたのか解らねぇ。

 解らねぇが、驢馬野郎には俺のミョルニルが一発もヒットして無ぇ…

 体力だけを無駄に消費している。

「はあ!!はあ!!はあ!!はあ!!」

 それでも俺はベルフェゴールを睨み付けるのをやめる事はしない。

――大したもんだオメェ。繰り出す攻撃全てが徒労に終わろうと、目は死んじゃいねぇ

 そう感心しながら立ち上がる。

 見上げる。

 デケェな………

 改めて巨大さを目の当たりにした。

「はあ!はあ!っ、は!漸く立ったかよ!!」

 ミョルニルを構え直して笑う。

――今までは面倒臭かったから立ちはしなかったが、オメェを完全にぶっ潰すには、俺からも動かなきゃならねぇようだしな…

 ベルフェゴールが本気になった、と言う事。

 全く届かない俺の攻撃でも、そこそこのプレッシャーを与えたっつー事だ。

「へへ…んじゃ此からが本番だな!!」

――そのギラギラした瞳…全く折れてねぇ心…これから先厄介になるかもしれねぇしな。俺は怠け者だが、事前に片付けられる事は、嫌々ながらも片付けるのさ…

 んじゃ黙ってぶっ叩かれろよ。とか思いながらも、何故か俺の心は高揚していた。

「くたばれ驢馬野郎!!」

 懲りずに突っ込む。俺にはこれしかねえからな。

 真正面から捻じ伏せるのか俺のスタイルだ!!

――馬鹿の一つ覚えだが、また潔い良いな

 左腕を前に出し、構えるベルフェゴール。

 俺は間合い外にてミョルニルを地面にぶち込んだ。

 破壊音と共に、粉塵が舞い上がり、俺の姿が隠れる。

――目眩ましかよ。おっ?

 その隙に驢馬野郎に接近し、右拳を握り固めて振り被る。

「羅刹の剛力の拳!!喰らえ!!」

――何かと思えばただのパンチかよ…む?

 違和感を覚えたような驢馬野郎。

「漸く気付いたか!!」

 俺はミョルニルを握っていない。

 ミョルニルは驢馬野郎の頭上に雷を纏いながら落下中だ。

 地面にぶち込んだ後、直ぐ様ミョルニルを驢馬野郎の頭上にぶん投げたのだ。

 敵に向かってぶち当たり、そのまま俺に戻ってくるのがミョルニルだ!!

「上と真正面の同時攻撃!!捌き切れるかよ!!」

 拳を繰り出すと同時に、驢馬野郎は軽く溜め息を付く。

――武器の性能に頼るとはなぁ…些か拍子抜けしたぜ…

 首を振る様が見えたと同時に、ミョルニルが俺の目の前に接近していた!

「うおおおおおっっっ!?」

 咄嗟に両手を広げると、ミョルニルが手に戻る。

 しかし、流石に勢いが付いたようで、その衝撃で後ろに下がった。

「…っく!!」

 腕がビリビリと痺れ、顔を顰める。自分の武器ながら、何つう破壊力だ。

――やっぱり立つ程の相手じゃなかったか

 顔を上げると、驢馬野郎の拳が目の前にあった。

 咄嗟に下がるも、ツラにヒットする。

「ぐわああああっ!!」

 下がった勢いの分、派手にぶっ飛んだ。

――逃げ足は早いなぁ。やれやれだ

 驢馬野郎の言葉なんざ聞かずに、転がりながらも構え直す。

「テメェ…ミョルニルの軌道を変えたのか…」

 落下し、驢馬野郎にぶち当たる寸前に力を流し、軌道を俺に向けやがった…

 ミョルニルは俺の手元に必ず戻ってくる武器。

 それを逆手に取られたのか!!

――いちいち説明がいるのかオメェよ…もういいや。飽きた

 言った刹那!驢馬野郎のデケェ身体が俺の目の前に現れる!

 速ぇ!!

 ミョルニルを前に構えてガードの形を取る。

――だからつまんねえって

 驢馬野郎の拳の乱打。俺は踏ん張ってそれに耐える。

――なかなか頑張るなぁ

 拳を引いた一瞬、遅れた一撃!その隙を縫うようにミョルニルを振り上げる!

「おらあああ!ぐっは!」

 引いた拳が戻って来て、俺の顔にヒットした!!

――そんなクソ重てぇハンマーを振り上げるより、俺の拳の方が早いに決まっているだろカス

 崩れた体勢に左拳が容赦無くヒットする。

「ぐはああ!!」

 俺は仰向けで地面にぶっ倒れた。

 転がりながら驢馬野郎から離れる。

 ヤバかった…鬼神憑きじゃなきゃ、羅刹じゃなきゃ終わっていた…

 腕の力のみで上半身を起こし、驢馬野郎を睨み付ける。

 そんな俺にゆっくりと歩を進めて来る。

――その精神力だけは本物だ

 ヤベェ………強ぇ………

 強ぇな怠惰の魔王、ベルフェゴール………

 近付いてくるベルフェゴールが、不意に歩みを止めた。

――オメェ、何故笑っている?

 怪訝に俺を見るベルフェゴールだが、笑っている?

 俺は笑っているのかよ?

 そりゃそうだ。

「テメェが強ぇからなああああ!!!」

 俺は歓喜しながら、力強く立ち上がった!!

――変な奴だなオメェ。まぁいいや。飽きた事には変わらない訳だしな

 心なしか殺気が現れる。

 来る!!

 ミョルニルを盾に再びガードし、備えた。

――それがつまんねぇって言ってんだよ

 再びベルフェゴールの乱打!

 一撃一撃がクソ重いが、奥歯を噛み締め、期を窺う。

――オメェじゃねぇんだ。力押しが全てじゃねぇ

 腕を摘まれる俺。

「な!?」

 重心を前に掛けていた俺の身体は、簡単に前方につんのめった。

「おあっっ!?」

 咄嗟に右脚を出して踏ん張った。

――今度はツラぁ、地べたに付けな

 後頭部に凄まじい衝撃。

「ぐわあっ!!」

 俺はそのまま地面にツラからぶっ倒れた。

――今度こそ死ねよ。東洋の悪魔使い

 後頭部、延髄、背中、腰…

 背面に全て無防備に攻撃を受けた。

「ぐがががががが!!」

――うるせえよ


 ゴキィッ


 今まで受けた攻撃の中でも一番重い一撃が後頭部を襲い、俺は半分埋まった地面の中で、ピクリとも動けなくなった…


 …

 ……

 ………

 薄れた意識の中、羅刹が痛みで悶えているのが見える…驢馬野郎のパンチを無防備に喰らい続けた結果だ。

 俺の不甲斐なさ。

 許せ羅刹…

 だが羅刹は怒り狂い、再び俺に立てと言い続ける。

 まだやれる!まだ殺せる!あのクソ野郎に一発ぶち込ませろ!!!と。

 気持ちは解る。だが、俺は理解していた。羅刹じゃ無理だ。

 全てにおいて、ベルフェゴールの方が上。羅刹自慢の力でさえもだ。

 鬼神融合で駿風を出してスピードアップも考えたが、格が違う。

 故にカウンター狙いに切り替えたが、このザマだ。

 それでも納得はしない羅刹は、未だに騒ぎ立てる。

 解った解った…

 俺もこのまま舐められて終わるるのは勘弁だ。

 ならばこの身が引き裂かれようと、奴のツラに一発叩き込んでやろうぜ……!!

 特攻にも似た考えだが、取り敢えず一発…

 身体を起こそうと腕に力を込めた瞬間、羅刹があからさまにビビって姿を消した。

 おい、羅刹!!

 呼び戻そうとも、全く姿を現さない羅刹。

 いや、待て、ビビって退いた…

 ベルフェゴールにも譲らなかった闘争心が、何故?

 考えている最中、凄まじい圧力が俺を襲う。

 羅刹じゃない、別の存在の圧力。

 その圧力には心当たりがある…

 だが、テメェは絶対俺に従わないと突っぱねた筈!!

 しかし、テメェが出て来たから羅刹はあっさりと引いたのか!!

 その存在は怒り狂っている。

 あの程度の相手に遅れを取るとは、見損なった、と。

 貴様に従わないと決めたのは正解だった、と。

 だが、それ以上に我々が見くびられるのは我慢ならぬ!と!!

 笑った。素直じゃねぇなテメェ。

 まぁいいさ。ならば俺に力をくれよ。

 あの驢馬野郎を圧倒的にぶっ殺せる力を!!

 存在は、俺が出るのなら敗北は絶対に許さない、と怒号を浴びせ、俺に『溶け込んで』来る…

 と同時に、俺の腹の底から、羅刹を凌駕する暴力性と、全てをぶっ壊すような破壊力を持ち合わせる『力』が湧き上がった!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 東洋の魔物使いの男は、軽く身体を地面にめり込ませてピクリとも動かねぇ。

――動かねぇな?いよいよくたばったか?

 気持ち聴覚を集中させると、心音が聞こえ、息もしているようだった。

 とは言え、動いていない身体。

――気を失った程度か。だが反撃する力は残っていまい

 ならば、と、とどめを刺そうと近寄る。

 途端に魔物の姿になっていた男の身体から、蒸気らしき物が出て、元のただの人間にと変わる。

――魔物にも見捨てられたか。もしくは術が解けたのか

 いずれにしても、男は無防備の儘。命を取る事は容易い。

 ゆっくりとその首に手をかけようとした刹那。

 ドス黒い蒸気のような物が、男の背中から湧き上がった。

――な、なんだ!?

 思わず手を引っ込める。

 その蒸気のような物は、凄く好戦的で、怒りに満ち溢れているような『熱』を持っていた。

 火傷した感覚を手に覚えながら、成り行きを見る。

――先程の魔物?いや、違う…!!

 先程憑いていた魔物に近い感覚ではあるが、明らかに圧力が違う。『格』が数段上だ!!

 蒸気のような物が男の身体を覆い、姿を形成させていく……

 マズい!このままでは…

 焦りを感じて、男を踏みつけるように、とどめを刺そうとした。

――死ねや!!

 有りっ丈の力を込めて、踏み抜くように落とした脚。

 その脚を難なく掴む男。

――な、なんだこのパワー!?

 ギリギリと力を込めて踏み抜く脚を、後ろ手で、しかも片腕だけで押し返すとは!?

 男はそのまま上半身を起こす。

 先程と違う姿が目に入る。

――その姿は!?

 問いに答えずに尚も押し返す男。

 遂には完全に立ち上がった。

 漸く全身が見える。

 まっ黒な鎧のような身体。

 悪魔のような鋭い二本の角が生えている。

 太く束ねた髪が逆立ち、全身から黒いオーラをバンバン放出させながら、俺を睨み付ける男!!

「いつまでも臭ぇ脚、掴ませているつもりだテメェ!!」

 男が吼え、俺を振り払うようにぶん投げた。

――うお!!

 簡単に宙を舞う。

 辛うじて着地に成功はしたが、先程の魔物より段違いなパワー!!

 その圧倒的存在感。それにより、俺の身体は小刻みに震えていた。

――オメェ………その姿は………?

 漸く絞り出せた言葉。

 俺は恐れている、と自覚できた。

「鬼神の王、王牙!!これ以上は存在しねぇ、最強の鬼神を憑かせたのさ!!」

 王牙?鬼神の王?

 成程、先程の魔物とは格が違う訳だ。

 先程の魔物もなかなかの強者だった。魔王クラスじゃなきゃ太刀打ち出来ない程に。

 だが、『王』を名乗る魔物ならば、先程の魔物を凌駕する力を持っていて当然。

 今度こそ本気で構える。

「随分警戒しているな?ビビってんのか?王牙によぉ…」

 男はハンマーを取り、ゆっくりと俺に向かって来る。

「だがなぁ、許さねぇとよ。舐められるのは好きじゃねぇってよ!!」

 男がハンマーをぶん投げる。

 先程よりも鋭く、速く!!

――くう!?

 辛うじていなし、軌道を変えた。勿論、先程よりも鋭く、速く!!

 だが、男は既に俺の懐に入っているにも関わらず、それを難なくキャッチする。

「漸く一発叩き込めるぜ」

 ニヤリと笑った男。

 と同時に、俺の腹に凄まじい痛みが走った!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――ぐはああああああああ!?

 ゲロを吐き、その巨躯を両腕で支えるよう地に蹲る驢馬野郎。

「痛ぇか?ただ『当てた』だけなんだがな」

 本当にただ当てただけ。

 本気でぶち込んだら腹は破裂し、灼け尽きる。

 俺はミョルニルを地面にぶっ刺して、銀色のキーホルダー状の輪っかを取り出し、驢馬野郎の左腕目掛けて投げつけた。

 それは驢馬野郎の左腕に手錠のように嵌った。

――ごっ、ごれは……?

 未だに涙目になり、腹を押さえて苦しんでいる驢馬野郎が、枷を解こうと左腕をブンブン振り回す。

「グレイプニルっつう魔法の枷だ。外れねぇから無駄な足掻きをすんな」

 そして驢馬野郎に繋いだ、グレイプニルの反対側にある枷を俺の左腕に嵌めた。

 俺の左腕と驢馬野郎の左腕がグレイプニルで繋がった状態だ。

「これで互いに逃げられねぇ」

――オメェ…真正面からやり合おうってのか!?自ら逃げ道を封じて!?

 驚く驢馬野郎。つか、テメェに逃げられねぇようにしただけなんだがな。

「チェーンデスマッチってヤツだ。真正面からテメェを粉砕してやるぜベルフェゴール!!」

 ミョルニルをその場に置いた儘、俺は驢馬野郎に突っ込んで行った。

――馬鹿が!!武器まで捨てるのは、流石に舐め過ぎだ!!

 聞かずに右拳をぶっ込む。

 当然力を合気で力を逃がすよう、俺の右拳に右掌を合わせる驢馬野郎。

「うおおおおおおおおおおお!!!!」

 王牙の力を得た、鋭いパンチがそれを弾き、驢馬野郎の右腕が跳ね上がった!!

――な、何ぃ!?

 目ん玉が零れ落ちそうになる程に見開いたそのデケェツラに、俺の右拳がめり込んだ。

――ぐあああああああああ!!

 仰け反り、ぶっ倒れる驢馬野郎だが、それを許さずにグレイプニルを引っ張って再び真正面にツラを向けさせる。

「一発で沈むんじゃねぇ…お楽しみはここからだ!!」

 王牙が騒ぐ。

 もっと肉を叩く、骨を折る感触をよこせ、と。

 鬼神を舐めやがった愚かな敵に、生き地獄を見せさせろ、と!!

「簡単にくたばるなよベルフェゴール!!」

 俺は王牙の望み通りに、息の続く限りパンチを浴びせた。

――ぎゃああああああああああ!!

 王牙のパワーをまともに喰らい、肉が裂け、骨が折れ、倒れそうになりゃグレイプニルで引っ張られ、と、文字通り生き地獄を見るベルフェゴール。

 俺が疲れて拳を止める頃には、無傷の箇所を探す方が難しい状態になっていた。

――お…オメェ…あ、あんまり舐めんなよ…ひ、左腕さえ自由ならオメェなんかに…

 この状態でも虚勢を張る驢馬野郎。流石は魔王と言った所だ。

 何よりも、王牙のパワーをまともに喰らっても、息があるのが凄ぇ。

「左腕が自由なら俺に勝てるってのか?じゃあ望み通りにしてやるぜ」

 俺は驢馬野郎の左腕をガッチリと掴む。

――ぐあ!!

 バランスを崩して膝を付く驢馬野郎。刹那、左腕の肘に脚を掛け、関節を決める形を取った。

――まさか…まさか?やめろ!やめてくれ!

 動揺し、遂には懇願した。これから俺がどうするつもりなのか、理解したようだ。

「左腕を自由にしてぇんだろう?礼には及ばねぇよ!!」

 脚に力を込めて、思いっ切り引っ張り上げる。


 ゴキゴキゴキゴキ!!


――ぎゃああああああああああ!!!


 痛みで絶叫するも、まだ途中故やめられねぇ。

 更に力任せに引っ張る俺。


 ブチブチブチブチ!!


――ごきゃあああああああああああ!!!


 驢馬野郎は、遂には転がって泣き喚く事になった。

 グレイプニルが嵌っていた左腕も地面に転がっている。

 血溜まりが池のように辺りに広がっている様を見て、泣き喚く魔王の無様を見て、俺と王牙は笑った。

 グレイプニルを解き、転がっている左腕を持つ。

 そのまま転がって喚いている驢馬野郎に近付く俺。

「なんつったっけな…ああ、思い出したぜ。『うるせぇよ』だったか!!」

 それは先程俺が言われた言葉。まさに、そっくりそのまま返してやった。実際うるせえしな。泣き喚くんじゃねえよ怠惰の魔王!!

 そして驢馬野郎の左腕で、驢馬野郎の本体をぶっ叩いた。

 何度も何度もぶっ叩いた。

――ぐきゃあああああああああ!!!

 そんなにダメージには繋がらない筈だが、驢馬野郎は身体を丸くし、堪えながら絶叫する。

「フハハハハ!!折れたのか腕じゃなく心か!?引き裂かれたのは腕じゃなくプライドかよ!?フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 笑いながら、血に染まった驢馬野郎を、自らの腕で何度もぶっ叩いた。

――も、もう…勘弁してくれ……

 遂には降参した驢馬野郎。乞われて叩くのをやめて、左腕をぶん投げる。

 そして踵を返し、驢馬野郎から離れた。

 安堵したのが空気で解ったが、ミョルニルを取った俺を見て、再びビビった空気に変わる。

「もういいや。飽きた…だったよな?」

 ミョルニルを担ぎながら、ゆっくりと驢馬野郎に近付く。

――ち、ちょっと、ちょっと待……

 へたり込みながら後退る。

「何を甘えてんだテメェ?これは命のやり取りっつぅ事を忘れんなよ?」

 後退る驢馬野郎に追い付き、ゆっくりと振り被った。

――待て!!待て待て待て待て待て待て!!待ってくれぇぇぇぇ!!!

 涙目になり絶叫し、懇願する。だがなあ、これは殺し合いだ。命乞いなんざ通じる筈もねえんだよ!!

「もう死ねよ!!興味が失せたぜ!!」

 雷を纏ったミョルニルを脳天目掛けて振り下ろす!!

――ぎゃあああああああああああ!!!

 脳天にぶち当たる刹那!滅茶苦茶デケェ腕が地中から現れ、驢馬野郎の身体を守るように掴んだ!

「何ぃ!?」

 その手にミョルニルが弾かれる!!

 当たれば全てを粉砕するミョルニルの一撃を弾き返すとは!!

 その腕は、驢馬野郎を掴んだ儘、一気に地中に引っ込んだ。

「な、何だっつーんだ一体よ!?え?」

 呆気に取られて気付かなかったが、王牙がその腕に恐れ、警戒感をビリビリと表していた。

「王牙!?まさかテメェが恐れるとは?」

 鬼神の王にして最強の鬼神。

 怠惰の魔王ですら、その力に抗えずに恐れ、怯えた。

 その王牙すらビビらせる存在………

「悪魔王サタンか!!」

 理解し、ミョルニルを構え直す。

 その時、俺の頭の中に、悪魔王の声が響いた。


――この勝負、貴様の勝ちだ。悪いが怠惰の魔王はまだまだ必要。故に殺される前に救出させて貰った


 俺の意思を無視し、決定のみを告げる悪魔王。

「随分と一方的だな。これは戦争じゃねぇのかよ…」

 ビリビリと警戒する王牙。

 呼応し、気を張り巡らせる俺。

 戦ったら負ける!!

 確信しながらも退けねぇ俺と王牙は、臨戦態勢を解く事はしねぇ。

――既に了解済みだ。北嶋 勇と神崎 尚美からな。文句があるのなら、奴等に言うがいい

 それだけ言うと、存在を消して行く悪魔王…

 完全に消えたと同時に俺はぶっ倒れるようにケツを地に付けた。

「…なんつー迫力だ………」

 俺は勿論、王牙も、悪魔王が去り、本気で安堵し、脱力してへたり込んだ。

 少しして、気配を消して行く王牙。

 ありがとよ王牙。テメェが来なきゃ俺はくたばっていたかもしれねぇ。

 心から感謝する俺。と、同時に、素晴らしい考えが閃いた。

 今の俺なら…

 王牙の力を得た俺ならば……

 北嶋に勝てるんじゃねぇか?

 慌てて王牙にまだ消えるなと言い、北嶋目掛けてダッシュする。

「むっ!?」

 隣の人類の祖が険しい顔をし、身構えるも、テメェなんざ関係無え。

 俺は北嶋にグイッと顔を近付ける。

「おう北嶋!勝負しろ!今すぐだ!!」

 王牙が消える前に、早く勝負しろと急かす。

「な、なんだ君は?味方と戦うと言うのか?いや、僕の存在を無視する事は許されない…」

 何かガタガタとうるせぇ人類の祖を睨み付ける。

「うるせぇ!!テメェはすっこんでろ!!」

 そう言って北嶋の襟首を持ち上げる。

「おら北嶋!!勝負だよ!!早くしろよ!!」

 早くしねぇと王牙が消える!!

 焦り気味に急かす俺に、北嶋がイラッとしたのか、襟首を持っていた手を払い退け、俺にツラを接近させて来た。

「少しくらいパワーアップした程度で、この俺に勝てるつもりか!!暑苦しいわ!!」

「うるせぇ!!暑苦しいのは関係無ぇ!!早く草薙を出せ馬鹿野郎!!」

「君達!この僕を無視するとは、どれほど恐れを知らぬ」

「うっせーハゲ!!何ならお前からぶっ殺してやるぞドハゲ!!」

「ハゲて無ぇじゃねぇか馬鹿野郎!!フッサフサじゃねえかよ!!テメェの目ん玉はビー玉か!?」

「暑苦しい葛西!お前は一体どっちの味方だこのやろう!!」

「なんなら二人纏めて殺してもいいんだよ?」

「ああ?調子乗んなよ人類の祖よお!!テメェからぶっ叩いてやるよ!!」

「つか、俺が纏めてぶっ殺してやるぞ!!」

「いや!テメェ等が二人がかりでかかって来いよ!!」

「恐れを知らぬ、無知な子よ。それを教えるのも僕の責任か…」

 三人でギャーギャー喚いていた所、突然、空が真っ赤に染まった!!

 当然、それに驚き、喚くのをやめる俺達。

「な、何だありゃあ…?」

 呆然とする俺。

「あ、あれはもしや!!」

 椅子から勢い良く立ち上り、震える人類の祖。

 俺と人類の祖は、『それ』に見入って動かなかったが、北嶋だけは未だにギャーギャー騒いでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る