ある日の北嶋

 朝目覚めて、朝食の支度をしようと台所へ向かった私に、驚きの光景が目に入った。

 早朝にも関わらず、北嶋さんが起きてお茶を啜っていたのだ!!

「ど、どどどど、どうしたの北嶋さん!? 」

 当然訊ねた。もしかしたら、何かおかしな物を食べたのかもしれない、と心配し、動揺して。

「おー、おはよう神崎」

 立ち上がって、テーブルの上に梱包された段ボールをドン!と置き、頭をボリボリ掻いた。

「悪いがな、この荷物をバッチャンに届けて欲しいんだよ。なんか、使いたいから直ぐ持って来てくれって連絡が入ったんだ」

 な、成程…おばあちゃんに電話で起こされたのか…

 おかしな物を食べた訳じゃ無いようで、安心した。私がそんなもの食べさせたと誤解されちゃ、敵わないし。

「宅急便に出せばいいのね?」

 朝一番にお願いすれば、遅くとも明日の早朝には着くだろう。そう思い、段ボールに手を掛ける。

「いや、今欲しいんだそうだ。だから今から実家にぶっ飛ばして行ってくんないか」

「今?つまり私達が北嶋さんの実家に行く訳?」

 北嶋さんは首をブンブン横に振って否定する。

「いや、神崎一人で」

「え?北嶋さんは残る訳?」

 これまでも私一人、もしくは北嶋さん一人で案件をこなした事はあるが、まさか実家なのに一人で行かせるとは思わなかった。

「だって『今直ぐ』なんだぜ?つまり神崎の可能な限りのスピードで行かなきゃならない訳じゃん?そんな車に乗ったら、俺死んじゃうじゃんか」

 心なしか青ざめている北嶋さん。車酔いの心配をしている訳か。

「そっか、そうよね。今直ぐ必要なんだもんね」

 納得し、顔を洗ったら直ぐに出る旨を伝えた。

「あー。タマも連れて行け。万が一事故ったら、タマに乗っけて貰えばいいからな」

 これまた驚いた。

 戦闘以外でタマの力を解放してもいいとまで言い出したのは初めてだ。

 そして北嶋さんはタマをグイッと抱き上げる。

「タマ、お前の判断で力を使って構わないからな。神崎を頼むぞ」

 タマは怪訝な表情をしながらも、コクコク頷く。

「んじゃ頼むわ。朝早く叩き起こされて荷造りしたから眠いわ」

「うん。解った。タマに朝ご飯お願い」

「はいよ~。ほらタマ、油揚げ食って頑張ってくれよな」

 北嶋さんはタマのお皿に甘辛く味付けをした油揚げを乗せた後、寝室へ向かった。

 余程眠いのだろう。目をガシガシと力強く擦り、大きな欠伸をしていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 行ったか?

 俺は部屋から飛び出して、外を窺う。

 当然だが、神崎のBMWは既に視覚には入らない程、遠くに行っていた。

「スピード出し過ぎだっつーの」

 やれやれ、と思いながら、裏山に向かう俺。

 裏山もいい加減広過ぎで、歩くのが面倒だが仕方あるまい。

 俺は中央の休み場所に行き、鏡を掛けた。

「集合、集合ー」

 パンパンと手を叩き、奴等を喚ぶ。

 少しすると、ブァァァァッ、と4つの神気が俺の前に集まった。

――珍しいな勇。わざわざ裏山に来て我等を喚ぶとは?

――どうしたんだい北嶋 勇?私達を一度に喚ぶとはね?

――貴様の事だ。くだらん用事ならば俺は知らぬからな

――勇殿。我々の力が必要な時が来られたのですか?

 四柱はガヤ芸人の如く、思い思いに言いたい放題言い出すが、俺が一度、パン!とデカい柏手を打つと、静かに俺に注意を向け始めた。

「静かになったな。今から俺の言う通りにしてくれ」

 そして俺は漸く四柱に話をする事ができたのだ。


――勇…貴様正気か?

「正気ってか、まぁ、しゃーねーしな」

 本当に面倒だが、やらなければならない。

――待ちたまえ、海神が言うのは、本気で言っているのか、との意味だよ?

「だからしゃーねーじゃん。向こうがやるっつーならさ」

 押し黙る四柱。しかし、やがて虎が口を開いた。

――承諾できんな!!我々は貴様の守護柱だ。それを忘れるな!!

 虎に同意したのか、他の奴等も頷く。

「お前も忘れるな。俺は無敵だ。そしてお前等が集まった役目はそれだ」

――勇殿、それが望みならば我等は従いましょう!!ですが、せめて一柱だけでも…

 亀の続く言葉を、手を翳して制する。

「ちょうど四つ。お前等の数とピッタリだ。お前等にしか頼めないし、お前等にしか出来ない事だ。だから俺にはお前等が必要だったんだ」

 そう。これは事前に仕組まれた事。

 縁で俺ん家に集まった俺の守護柱達。

 婆さんがこれを予見していたのかは不明だが、これも俺の人徳が招いたが故の事だ。

 これ以上は問答無用と、休み場所の椅子にどっかと腰を下ろして、奴等をじっと見た。

――解りました…主君の御命令に従うのが我等の使命…

 亀が仕方無しと言った感じで溜め息を付く。

「おお!んじゃ早速頼むわ!」

 そして俺は残りの三柱を見た。

――言い出したら最早何を言っても無駄、か……

 海神も呆れたように同意した。豪快に溜息まで付きやがった。

――その代わりに約束したまえ。窮地に立ったら、迷う事無く私達を喚ぶ事を

「窮地に立つ事は無いだろうが、解ったよ」

――どこまで自信過剰なんだ貴様は!!やはり俺だけでも…

「いらないっつーの。俺を信じろっつーの」

 俺を信じてんのは俺だけかよ、と憤慨する。

――信じろと言われたら信じぬ訳にはいかぬだろうが!!くそっ、貴様に仕えるべきでは無かった!!

 虎も渋々ながらも漸く了承した。めっさ口惜しそうに顔を歪ませている。

「解ったなら直ぐに出てくれ。いつになるか解らんが、本当に近い筈だからな」

 四柱は少し黙った後、俺に辞儀をした。

 死ぬなよ。

 そう言い残して、姿を消した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 三日前に、水谷総本山代表代行の有馬が水谷一門を緊急招集した。

 それから水谷はてんやわんやの騒ぎ。全員召集となれは、遠方で独立した門下生も大勢来る事になる。全部屋の掃除、食事の手配、あるいは仕度、風呂の清掃は勿論、先輩達に粗相がない様、気を遣って作業する必要があるからだ。しかも迅速に。

「ひー!忙しいわっっっ!」

「まったく、なんでこんなにお客様が多いのっっ!」

 見習いの二人が、来客の世話に奮闘する。

 こんなに忙しいのは、水谷が亡くなった時以来だろう。

「そういや、この緊急招集は北嶋さんの指示らしいよ?」

「え?マジ?何かヤバい事、始まるんじゃない?」

 水谷ですらも、自らより上と認めた最強の霊能者、北嶋が招集を指示したとなれば、かなり大きな事が起こりそうな、そんな不安が頭を過るも、うるさい、いや、気難しい、いや、プライドの高い…まぁ、そんな感じの一門の先輩のお世話で、考える余裕は無くなった。

 何故なら、たった今怒号で呼ばれたのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「お茶はまだかとさっきから言っているだろう!!」

 三日間も総本山待機を命じられた私は、ストレスがたまり、つい見習いに辛く当たってしまう。

「秋、少しは大人しくしていないか」

 私を叱る男をキッと睨み付ける。殺す勢い睨み付ける。つーか殺してぇ。

「鳥谷ぁ…お前に名前で呼ばれる筋合いは無いんだよ。刺すぞ眼球を?」

 模造刀を抜刀して切っ先を鳥谷に向けるも、鬱陶しいそうにそれを払い除けやがった。

「安心しろ。名前で呼んでも親しみなんて一ミクロンも込めていないから。ババァが叫んだところでヒステリーで見苦しいから苦言を呈しただけだ」

「ああ?つか何でお前がここに居るんだよ?別館に行けよ。つうか此度の招集は北嶋様の指示らしいじゃねぇか?そういやお前、北嶋様にケチョンケチョンにされて泣いていたよなぁ?」

 嫌味のように笑って言ってやった。激情した鳥谷が暴力を振るおうとした時に、切っ先を鼻の穴にねじ込むつもりで。

「そりゃあお前…北嶋様が来いと仰ったのなら、何処に居ようと馳せ参ずるだろ普通?」

 当たり前の事を何言ってんだと返された。激情なんかする気配すら見せねえ程、穏やかに。

 まあ、そうなるのも無理ねえか。ケチョンケチョンにやられただけでも、結構なトラウマだろうが、こいつ、自分が手に負えない案件を北嶋様に解決して貰ったりしているからな。

 そうじゃなくとも、サン・ジェルマン伯爵をぶっ殺したり、九尾狐をペットにしたり、ナーガをぶっ飛ばしたり、四柱を従えたりと、並みの霊能者じゃ想像すらできやしねえ事を平然とやったんだ。

 言う事を聞くのは当然になるのも無理は無い。

「まぁ、梓の指示を待とうじゃないか。北嶋様から、何か言付かっているかもしれねえし」

「だからぁ!なんでテメェが総本山代表代行を名前で呼び捨てにすんだよ!!」

 私がいくらビビりでテンパり屋だからと言っても、弱い奴には強いから、鳥谷如きに調子に乗られるのは我慢できなかった。

「安心しろ、梓にはちゃんと親しみを込めているから。込めてねえのはお前にだけだ」

「んだとテメェ!!いや、親しみは込められたくねえが、ムカつく事には変わらねえな!!」

 そんな訳で、私達は暇潰しで客間をボロボロにする程度の喧嘩をおっぱじめる事になった。

 後に代表代行から多額の請求が来た事は、言うまでも無い。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「本家に来るのも師匠の葬儀以来か」

 あの時は大変だったと遠い目になり、呟いたのは、今日到着した神崎の先輩の一人。

「本当に久しぶりですねぇ。梓が頑張って仕切っているみたいですけど、少し頼りない感じもしますねぇ」

 同感と頷いて答えたのも、先輩の一人。

 この様に続々と門下生が水谷にやってきた。

 北嶋が出した緊急招集が、どれ程危険で厄介か。

 それは、北嶋が他門下生の手に負えない案件を片付けているからだ。北嶋の凄さを、実際にその目で見たからだ。

 かのナーガの事件も、門下生全員は絶望に打ちひしがれていた。いくら北嶋でも無理だろうと。

 しかし、蓋を開けてみれば、簡単にいなし、あまつさえ救ったのだから、その驚愕が畏怖に変わるのも当然と言えた。

 その北嶋が緊急招集を出したとなれば、ただならぬ事が起こると、容易に想像できた。よって簡単に応じたのだ。

「見習いたちも一生懸命頑張っているね。別館の男共も駆り出されている」

「別館が本家の手伝いをするのも珍しい事ですけどねぇ」

 感心してその様子を眺めた。別館の男共は基本的に本館に立ち寄らないし、立ち寄らせない。

 有馬がそのように指示を出したのか、それとも自主的に手伝いを買って出たのか解らないが、それでも珍しい事に変わらない。

 場もそこはかとなく緊張しているようだった。空気がそれを教えてくれる。

 そんな緊張感が場を支配しているその時、庭先から助けを呼ぶ叫び声が聞こえた。

「不審者!!不審者よ!!助けてぇ!!」

 顔を見合わせながら、慌てて駆け寄った二人。いや、二人だけではない、そこに居合わせた全員の身体が動いた。

 これが北嶋が召集した意味なのかもしれないと。

 しかし、其処には、見習いが老人と男女のカップルを必死になって通さないように頑張っていただけだった。

 拍子抜けしたが、不審者ならば追い出さなければならない。

 緊張を露わにして、不審者を見る。

 途端に脱力する門下生。そりゃそうだ。不審者は知った顔だったから。

「あのね、この方達はねぇ…」

 説明しようとしたその時、別の者が先に口を開いた。

「梓の教育も大した事無いわね。客人と不審者を間違えるなんて」

 失望、落胆。その種の声色に、全員が其方を向いた。

「結奈?」

「千堂さん!?お久しぶりですねぇ!!」

 かつて水谷一門、若手最強と言われた千堂 結奈が、怪訝な顔をしながらその様子を見ていたのだ。

 そして見習いの鼻の頭に指を当てる。

「このご老人は師匠の盟友の一人、松尾先生。そしてこっちの暑苦しい人は勇さんが認めた数少ない霊能者、葛西さん。女の人は北欧の小人の末裔、ソフィアさん。アンタが粗相してもいい相手じゃないのよ」

「…………ええええええっっっ!?」

 見習いは真っ青になり、松尾達にペコペコと頭を下げる。

「お久しぶりですねお姉様方。此度の緊急招集、余程気合いを入れないとなりませんね。勇さんの指示、そして葛西さんまで呼ばれたのですから」

 千堂は、御咎めはこれで終わりとばかりに、今度は先輩達に話しを振った。

「あ、あなたは本当に千堂さんなのでしょうか?」

 皆が知っている千堂は、自信過剰の傲慢な女。

 その筈だが、目の前に居る女は、そんな雰囲気を微塵も感じない、慎ましく、穏やかな気を発していた。

 全員が全員、別人だと思った程だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「千堂、だったか?久しぶりだな。助かったぜ」

 まさか、呼ばれて足止めを喰らうとは思わなかった。

 少し大人気ねえとは思ったが、ギロリと見習いを睨み付ける。

「ひいいいい!!ごめんなさいいいい!!怖いいいい!!」

 涙目になり、千堂の後ろに隠れる見習い。千堂は柔らかく笑いながら言う。

「葛西さん、あんまり虐めないで下さいね。後でよく言っておきますから」

 俺に突っかかってきた女と同一人物とは思えない程に穏やかになったな。

「ハッ!まぁいいか」

 荷物を持とうとした俺だが、先程の女達が俺達の荷物を持ち、此方へどうぞ、と案内をする。

「水谷の門下生は律儀だな」

「お姉様方は穏やかな人達ですから。中には曲者も当然いますよ」

「ハッ!テメェみたいな女もいる訳か」

「言ってくれますねぇ葛西さん。一時期勇さんの事務所で働いていましたから、現実を知ったって言うかね。さぁ、まずは梓に会いに行きましょう」

 千堂は俺を案内するように前に出る。

「それにしても、北嶋さんは何故水谷に私達を呼んだのかな?」

 ソフィアの疑問に頷く俺。だが、考えるだけ無駄だ。知っていそうな奴に、話を聞いた方が早い。

「あの馬鹿の思考を考えると、こっちまでおかしくなっちまうぜ。有馬が何か知っているかもしれねぇから、話を聞いてみようぜ」

 俺達は千堂の後に続く。

 その時、庭から真逆に位置する裏庭から、有馬の叫び声が聞こえた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 誰も居ない裏庭に出て伸びをした。

 三日前に北嶋さんから連絡があり、全ての門下生を総本山に呼べ、と言う、無茶な指示が出て、それに対応して夜も満足に寝ていない。

 一応全員招集は無理だ、とは返した。

『死にたいなら来なくていいって言っとけ。俺はそこさえ無事なら構わないんだし』

 そう、物騒な返事が来たので、北嶋さんに言われた事をそのまま門下生に伝えた所、全員招集に応じる、との結果が。

「北嶋さんが死んでも構わないって脅したからの結果だけど、一体何があるんだろうな?」

 余程の事態が起こる事は安易に想像できた。だから門下生全員が素直に応じたのもあるが。

『つか、門下生には期待全然してないから屋敷で丸くなってろ、と言え。俺の代わりの奴を送るから』

 との事だ。

 北嶋さんがわざわざ『自分の代わり』を用意した。

 そこが一番脅威を感じる所でもあるが、楽観的な自分も居る事も事実。

「あの北嶋さんが事前準備をしているんだもん。言う通りにしていれば、誰も死ぬ事は無いわね」

 それは安心感。今回の北嶋さんは先手を打っている。まぁ、そこが不気味な恐怖感を醸し出している所でもあるが。

 再び伸びを収めて空を見上げる。

 雲一つ無い空。正に快晴だ。

「こんな綺麗な空なのに、これからとんでもない事が起こるなんて、ねぇ…」

 北嶋さんはどんな事件が起こるかは言わなかった。

 だから敢えて聞かなかった。

 私は言われた通りに実行するだけ。

 そのついでに、出来る事があれば、それをやればいい話だ。

 妙に清々しい感じがして、見上げた空から目を離せなかった。

 見上げながら、ふと最近の事を思い出した。

「そう言えば、生乃には緊急招集を出さなくていい、って言われたのよね…」

 生乃は最近、刑事さんの彼氏が出来た。

 写メを送って貰って顔を見た印象は、格好いい松田優作といった感じ。

「ああ~っ!いいなぁ!私も彼氏欲しーい!空からイケメンでも降って来ないかなぁ!出来るなら外国人で、胸板が厚くて…ん?」

 その雲一つ無い、快晴の空に、点が一つ?

「んんんんん?」

 その点は徐々に大きくなり、2つに別れる。

「大きくなっているんじゃなくて、落下している?」

 私の頭上に影が広がった。

「うわわわわぁっ!?」

 絶叫しながら落下物を避ける。


 ドオオオオオオオオンン!!!


 私の本当の真正面、目の前に落ちてきた落下物!!

 それは………

「そ、そそそそそ、空からイケメンが降ってきたああああ!!!」

 そのイケメンは外国人らしい顔立ち、身体中傷だらけで気絶していた。

 白い革製のジャケットに斬られた後や、燃やされた後が見える。

 そして一緒に落下してきた物だが…

「グ、グリフォン!?」

 それは神獣のグリフォン。

 私の目の前に、私の願望が形になった外国人のイケメンと、神獣グリフォンが降ってきたのだ!!

「なんだ!?今の叫び声とデカい衝突音は!!」

 今の音と叫び声で駆け寄って来る人達。

「結奈と…葛西さんとソフィアさん?それに松尾先生?北嶋さんが送った代わりって葛西さんの事?」

 成程、葛西さんなら充分に北嶋さんの代わりが可能だ。

「あの馬鹿の代わり?何だそりゃあ?それより、今の衝突音はなんだ!?」

 え?葛西さんも聞いて無い訳?

「あれ?北嶋さんに呼ばれたんですよね?」

「ああ、水谷に行けと。行けば解ると言われてな。何か荷物を送ったとか言っていたが…」

 荷物…確かに葛西さん達に渡してくれ、と郵便で小包が届いたが、葛西さんも何が起こるのか聞いていない訳?

「そんな事より、今の音はなんじゃ!?」

 松尾先生に言われてハッとする。

「い、今、空からイケメンが降ってきて…」

「イケメン?空から?何訳解んねぇ事を言っているんだテメェ?」

 だ、だって本当に降ってきたんだし…

「キョウ!この人…」

 葛西さんが降ってきたイケメンを覗き込んだ。

「こりゃあ…ヴァチカンのレオノア…グリフォンまで?」

「え?お知り合いの方?」

 訊ねた所、松尾先生の叱咤が飛ぶ。

「そんな事より手当てが先じゃあ!!凄い傷じゃぞ!!」

「お、おう!有馬、部屋を用意しろ!」

 葛西さんがイケメンを担ぎ上げて屋敷に走った。

 私もそれに続いて、直ちに救護班を呼んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「総監、いつまで本庁に待機すればいいんですか?」

 三日前に菊地原警視総監から全員本庁待機を命じられた特殊部隊。そろそろ他の隊員から不満が出る頃だと思い、俺が先に伺いに来た訳だ。

「さぁ…」

 総監も困ったように、首を捻る。

「北嶋からの指示なんですよね?あいつに電話しても出ないし、婚約者にも内緒にしてくれって要望、それについても聞いていないんですか?」

 全隊員待機命令は兎も角、婚約者にもこれを内緒にとの意図が解らない。

「う~ん…言う通りにしないなら、死ぬかもしれんと脅されてはなぁ…」

 死ぬかもしれんとは物騒な話だ。

「何かとんでもない事件が起こりそうなのは理解できますが、せめてコンビニくらいは許しましょうよ?」

 隊員達は、食事は店屋物等で済ましているし、着替えもあまり持って来ていない状態。全隊員『緊急』待機だから、皆慌てて集まった訳だ。

「う~ん…そうしたい所だが、許可を得ようとしても、北嶋君に繋がらない状態なんだよ…」

 ほとほと困った感じの総監。その時、内線が入った。

「はい…客?特殊部隊に?三人?北嶋君に言われた?直ぐに通してくれ」

 内線を切り、小包を引き出しから取り出す総監。

「特殊部隊の存在を喋っているのかあいつ…」

「北嶋君が話したからには、恐らく緊急待機に深く関係がある事なんだろう。小包の件もあるしな」

 小包をパンパンと叩いて、それの存在を示した。

「それは?」

「北嶋君から送られてきた小包だよ。俺の紹介で三人送るから、そいつ等に小包を渡してくれ、ってね」

 何なんだ一体…妙な胸騒ぎを覚えるが…

 その時、ドアにノック音が鳴る。北嶋の紹介で来た客か。

「どうぞ」

「失礼します」

 ドアを開けて入ってきた人物に、俺は戸惑った。

「生乃!?」

 それは俺の恋人、桐生 生乃。この緊急招集に入る前に会ったっきりだ。と言っても三日前だが。

「ありゃりゃ?桐生さん、名前で呼び捨て?この方がもしかして印南刑事さん?」

 ニヤニヤしながら生乃の後ろからヒョコッと顔を覗かせる女。

 ツインテールで小柄な生乃よりも更に細い。

 そしてもう一人、初老を少し越えた感じの、厳格そうな和服の男。

「洵さん、三日振りですね。あ、紹介しますね。此方が宝条 可憐さん。そして石橋 早雲先生。そこでバッタリ会って、一緒に来たんです。お二人共北嶋さんに呼ばれたようで」

 石橋 早雲と呼ばれた男は、深く辞儀をしたが、宝条って女はニヤニヤしながら俺と生乃を交互に見ていた。好奇心バリバリの、興味津々の瞳を向けて。

 しかし、待機室が何か騒がしいな?兎沢も、ちゃんと纏めてくれれば助かるんだが。

 仕方がない、少し注意して来るか。

「皆さんも三日間、缶詰になっているからストレスが溜まっているんですよ」

 それとなく生乃に止められる。

「そりゃ理解できるが、だからと言って、騒いでもいい理由にはならないだろ?」

 此処は警察。児童保育じゃないんだ。露出狂の変態刑事が保母の代わりにはなるまい。

「みんな印南刑事と桐生さんが気になるんですよ~」

 話に割り込んでくる宝条さん。いや、こっちも困ったな。

「可憐!お前もニヤニヤしないで話を聞きなさい!」

 石橋氏に叱られ、宝条さんが項垂れた。それにしても、凄い霊力。ウチの隊員もこの半分も霊力があったら…辛うじて兎沢が使える程度だしな。

「皆さん、此方の椅子に着席して下さい。今から北嶋君からの小包を開けますから」

 総監に促されて、高そうなソファーに腰を掛ける生乃達。

「では俺はこれで」

 去ろうとしたが止められる。

「待て印南君。君は話を聞いてくれ。北嶋君が『特殊部隊は若い部隊で使える人材が乏しい。そこで満足に働けるのは天パだけだ』と言っていたのでね」

 北嶋の推薦か…ならば去る訳にはいかない。

 俺もソファーに腰を下ろす。

 そして、総監がテーブルに小包を持って来た。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 休み場所に設置してあるベンチに腰を掛けてから数時間経った。

 持って来た漫画を読み終えて暇になり、早朝段取りしたダメージから睡魔がズンズン襲ってくる。

「くあー。暇だなぁ…」

 朝飯も充分食ったし、水谷やポリに指示も出した。バカチンにも手を打った。裏山や家も細工した。

 本当にする事が無い。

「コンビニに行こうにも、そろそろだしなぁ…」

 仕方ないので煙草に火を点ける。

 愛煙家に厳しいご時世、最早大手を振って煙草を吸う事ができるのは家だけだと言う環境だ。

「そろそろやめなきゃなぁ」

 半分まで吸った煙草を靴で揉み消している最中、コォォォォ!と裏山の周りの細工が反応する。

「漸く来たか。待ちくたびれたぜ」

 立ち上がり、伸びをして腰をグングンと捻って軽い柔軟をしたりする俺。


 コォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 徐々にデカくなる『警戒音』。

 そして俺は草薙を呼ぶ。

 と、同時に、コォン!と一つ、デカい音がして、裏山が一気にだだっ広い空間になった。

 俺はだだっ広い空間のど真ん中に突っ立って、真正面を鏡で凝視する。

 ジジッ…と鏡が取り込んだ映像が脳に流れる。

「…ちょっと多くね?」

 何百何千と言う悪魔の群れが、俺を取り囲み、更には頭上にまでビッシリと張り付いていた。

「いやいや、まさか亜空間転送の結界を施しているとは思わなかったよ」

 パンパンと拍手をして、悪魔の群れを掻き分けて俺に近付いてくる白髪のジジィ。

 バカチンの偉い爺さんに近い服装をしているが、顔はふっくらしているのに真っ青、目の下にはうっすらと隈ができている。

「ジジィ、寝てないのか?永遠に眠らせてやるから安心しろ」

 草薙の切っ先をジジィに向ける。

 瞬間、悪魔共はジジィを守ろうとして、その身を草薙の前に出るも、ジジィはそれを手を翳して制する。

「ジジィとは酷いな。私はファウスト。お嬢様に仕える執事だよ」

「転生した有名人ってヤツだったか?生憎と興味が無いから知らんのだ。悪く思うなジジィ。それに、仕えているのは、最早銀髪じゃあるまいに」

 ジジィは草薙の切っ先を向けられながらも、余裕の笑みを浮かべて俺を見た。

「これは驚いた。まさかアダム様まで知っているとは」

 ジジィは俺に拍手を贈った。惜しみない拍手ってヤツだ。

「それにしても、予定より一匹少ないぞ。出し惜しみする余裕があるのかジジィ」

 それはジジィの遥か後ろに控えている、何か、偉そうな悪魔共の事だ。

「…魔界の七王の事か…?確かに五のみの出陣だが、二王少ない、の間違いじゃないのかい?」

 ジジィは驚きながらも、間違いだと指摘してくる。

「一匹で正しいだろジジィ。悪魔王は来る筈が無いからな」

 ジジィの真っ青な顔が更に青ざめた。

「確かに、サタン様は召喚に応じなかった…何故君がそれを予見した?万界の鏡の力と言う訳でも無さそうだが…」

「そりゃ悪魔王は俺とやり合う理由が無いからな。更に言うなら、俺の仲間には手を出さない。そんな真似すりゃ、俺とやり合う事になっちゃうからだ」

「君と…戦う理由が無い?」

 怪訝な顔で聞き返すジジィ。

「まぁいいや。取り敢えず言っておく。喧嘩売って来たのはお前等だからな。手加減は全くするつもりは無いと覚えとけ」

 俺は向かって来るなら100%殺すと覚悟を決めていた。

 それが転生したとは言え、人間のジジィだとしても。

「ふっふっ…噂通りに威勢は良いが、君は我々に手を出せないよ」

「なに寝言を言ってんだジジィ。ボケか?」

 クソジジィと悪魔共に手を出せない訳でも無く、俺は一番近くにいた悪魔を蹴っ飛ばしてみせる。

 悪魔はギャッと言いながら飛び上がった。

「待ちたまえ!!全く、話もできんな………」

 ジジィは呆れながら続けた。

「まず、この場に居る悪魔は七万匹だ」

 七万!?

「ちょっとだけ多い…かな?」

 流石に七万はキツいかも。まぁ、何とかなるだろうが。

「それに、君の大切な場所にも悪魔を送り込んだ。もしも君が手を出したら無差別に攻撃をする。飛び火で君の仲間じゃない、全く関係のない一般人も死ぬかもしれないな」

 ケヘヘへ、といやらしく笑うジジィ。

 ムカついた俺は、やはり近くに居た悪魔の頭をガッと掴んでジジィ目掛けてぶん投げた。

「うおおおおおおおおおっ!!?」

 ドカン!と悪魔は別の悪魔にぶち当たって、悪魔は二、三匹程倒れたが、ジジィは寸での所で躱したようで、無事だった。

「き、聞いていたのか?人質を取っているような物なんだぞ!!」

「やいジジィ。お前等のやりそうな事は、楽勝で予想済みだ。つか、鏡があるんだぜ俺にはよ?対処済みだから、そんな脅しは無意味だジジィ」

 そして俺は草薙を構えた。

「七万匹だ?例え何億匹居ようとも、この北嶋 勇に傷一つ付けられると思うなよ!!」

 皆殺し確定!!!

 俺は腹の底から吼える!!

 殺気を全面に押し出して、悪魔共に向かって草薙を振るった!!

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