揃った役者

「遂に三分の一を切ったか」

 契約した悪魔が次々と滅せられていく様を、他人事のように眺めている。

 以前なら大事な手駒を、こうも易々と失っていく様子なら直視出来ないだろう。

 だが、今の私は、もうどうでも良い。

 命すら要らぬ。ただ、その命を神崎に、同じ男を愛した女によって終わらせて貰えるのが最大の望み。

――我々の配下を喚ぼうにも、黄金のナーガによって、その意思が飲まれる。よってこれ以上の増援は出来ぬしな

 色欲が寧ろ楽しそうに話す。

 永きに渡り、天界との戦争を除いて、魔王たる自分に脅威を抱かせる存在など皆無に等しかったのだ。

 強き敵に出会う事も、楽しみの一つなのだろう。

「私は楽に事が運ぶ方が望ましかったがな」

 今は楽になりたい気持ちが胸を支配している。

 椅子に深く腰を掛け、天を仰いで目を閉じる。

 戦闘音のみ聞こえる良人の亜空間…

 いずれ、この音からも解放され、静寂に包まれる事を願う。

 目を閉じ、暫くじっとしていた。

 不意に背後から凄まじいプレッシャーが私を覆った。

 全身から汗が噴き出る。

 恐る恐る目を開け、顔を後ろに向ける。

「クリスティアーノ・スカルラッティ…!!」

 遂に…

 遂に良人の亜空間にやって来た人類の祖!!

 天使に似た可愛いらしい童顔に、悪魔よりも残忍な笑みを浮かべて、ゆっくりと私に近付く。

「アダム、と呼びなさい。僕の妻よ」

 吐き気を催し、顔を背けた。

 妻………妻!!

 自分で自分の命を絶ちたい気持ちが湧き上がった。

「ふ、まぁいいよ。間男を殺せば、君の気持ちも普通に戻る」

「私は君に会うまでは普通だったんだがね」

 精一杯逆らった言葉。

 だが、アダムは聞いてはいない。

 祖の威光をバンバン放出し、大声で叫ぶアダム。

「やあ!!来たよ間男!!」

 威光と視線が、遥か前で剣を振るっている良人に向けられた。

 良人は動きを止め、此方を見る。


「お前がアダムかあああ!!ハゲてねぇじゃねえかああああ!!!」


 良人が人類の祖、アダムに発した最初の言葉が…

 これだった…

 アダムは眉根を寄せて、あからさまに不快感を露わにした。

「僕の威光が届かないとはね…平気で父をハゲ呼ばわりとは…」

 対して良人は暴れながら突進して言い放った。

「誰だ!ハゲって言ったのは!嘘情報言いやがって!」

「君だろう言ったのは…」

 嘆息するアダム。そのアダムに突進する良人だが、悪魔の群に阻まれてなかなか接近出来ないでいる。

 しかし、やはりと言うか、良人には威光は全く通じなかった。

 理由は解らないが、良人なら威光に捕らわれる筈は無い、と確信していたが、やはり安堵する。

「もう一人…人間が居るね。女か」

 今後は神崎に向けて発する視線と威光。

 神崎の動きが止まり、やはり此方を見る。

 神崎はただの人間だ。

 アダムの威光に飲まれる、か。

 だが、私の予想は簡単に覆った。


「あなたが人類の祖、アダムね!!会いたかったわ!!」


 此方を見て、漸くと言った感じで笑う神崎!!

「何!?あの女も僕の威光が届かないのか!?」

 私以上に驚くアダム。

 全て威光で捕らえて屈伏させて来ただけに、その驚きは私の想像を遥かに超えた物なのだろう。

「信じられないな…確かに稀に居るんだ。僕の威光が届かない人間は。だが、この場に居る敵が二人共、威光が届かないなんて、奇跡以外、何物でも無い………」

「何が奇跡だハゲコラ!!大体お前うおっ!?」

 良人が怒りに任せて突進してくる間、神崎が術を放つ。

「五百の勾玉!!背に千本矢!!腹に五百の矢あ!!破邪の光い!!」

 千を超える光の矢が悪魔達を貫き通し、アダムに向かった。

「ちっ、使えないな。せめて盾くらいにはなれよ」

 アダムが右腕を一薙すると、神崎の光の矢が破壊音と共に砕け散る。

 見ると、右手には一振りの槍を握っていた。

「それが聖槍ロンギヌスか」

 ヴァチカン襲撃の理由がこの槍を手に入れる事。良人を凌駕する証拠かこれだ。

 神崎の光の矢を弾き壊すとは、かなりの力。

「そんな事より、君の駒は使えないよ。夫の僕に余計な手間を掛けさせないでくれたまえ」

 いちいち夫、妻と煩い男だ。貴様など認めて居ないのに…

 呆れて天を仰ぐ。

「ん?」

 その時偶然目に入ったが、良人の亜空間の天に、微かにヒビが入っていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 漸く駆け付けた北嶋の家。だが、家は無人のようで、人の気配は無かった。

「あの馬鹿、この一大事に、呑気に飯でも買いに行ってんじゃねぇだろうな?」

 北嶋なら有り得る事だ。想像しただけでも怖え。

「裏山じゃない?」

――確かに…人の気配と、神気の気配がある

 それにしちゃあ戦闘音が聞こえねぇ。ねぇが、手掛かりは其処だと勘が働く。

「よし、裏山だ。行けロゥ」

――もう歩いて行けば良かろうものだが…

 何か不満を言いながら裏山を目指すロゥ。

 ロゥのスピードならまばたきする間で直ぐ到着した。

「ん?何だあいつ等は?」

 裏山の中心の休み場で、三つの人影と一つの巨大な鳥の影を発見する。

 俺はロゥから降りて、走りながら人影に向かった。

「テメェ等、何者だ?此処は北嶋の…む?」

 知った顔が二つ。

 神崎の同門、桐生 生乃と石橋の弟子、宝条 可憐、だったか。

「葛西さん?葛西さんも此処に?」

 驚く宝条だが、やはりと言った表情を浮かべた。

 俺は巨大な鳥ともう一人の男に目を向ける。

「テメェ等は知らねえな」

 よく見ると、巨大な鳥はカラス…しかも三本足。

 八咫烏か?

 八咫烏も初めて見る代物だ。確かに凄ぇ神気。

 だが、俺はそれよりも松田優作宜しくな髪型の男に興味を覚えた。

「生乃、知り合いか?」

 屈んで地面を調べていた男が立ち上がり、俺を見ながら桐生に問う。

「ええ。葛西 亨さん。北嶋さんが認めた霊能者の一人です。お久しぶりです葛西さん、ソフィアさん、ロゥ」

 丁寧に頭を下げる桐生。

「お久しぶりです桐生さん宝条さん。此方の方は?」

 ソフィアが俺の代わりに聞いてくれる。

「印南 洵です。刑事をやっています」

 男も礼儀正しく、頭を下げて挨拶をした。

「葛西 亨だ。刑事にしとくのは勿体無ぇ程の力だな」

 底知れぬ霊力を感じ、素直に誉める俺。

「洵さんは霊能者でもありますから」

 誇らし気に笑う桐生。

 …こいつ等、付き合ってんな?まぁ詮索は野暮ってもんか。

「つう事は、テメェ等も北嶋の援軍に?」

「…確かに此処から気配を感じる。感じるが、恐らく、現世から外れた別の空間に居るんだろう。そこまでは解ったが、どうすれば別の空間に行けるかが解らないんだ」

 ほとほと困った表情をする印南。

 あの馬鹿の亜空間はそう簡単に破れねぇから仕方ない事だ。

 だが、『関係者なら』入れる筈。其処に突破口がある筈だ。

 俺とソフィアもロゥも、奴等と一緒にそれを考えた。

 思案する最中、俺達の頭上に影が点のように現れた。

「なんだ?」

 印南に釣られて上を見る俺達。

――鳥…のようじゃのぅ

――鳥!?違う!!あれは!!

 ロゥが牙を剥く。

 徐々に大きくなる影。

 やがて肉眼で姿が目視出来る程に接近して来た。

「多分ヴァチカンにも北嶋さんの御柱が向かわされたのね」

 ソフィアが合点がいったと微笑みながら頷く。

「ヴァチカン?あの鳥はヴァチカンの鳥なんですか?」

 宝条は知らないのか。

「アレは鳥じゃねぇ。グリフォンだ。そして跨っているのは、ヴァチカン最強の騎士!!」

 そのグリフォンは黄金に輝く翼を以て、超高速で降りて来る。

「地面に激突するぞ!!」

 印南が慌てるが、心配要らねぇ。

 激突するヘマを、あいつがする訳が無ぇ!

「テメェも来たかよ。アーサー・クランク!!」

 俺が名を呼ぶと同時に、黄金のグリフォンが音も無く着地した。

――あのスピードで降りて来たのに、途中で速度を急激に緩めたんか!!

 八咫烏が驚嘆した。

 黄金のグリフォンは俺達をザッと見渡し、身体を沈める。跨っていたアーサーを降ろす為に。

 そして、降り立ったアーサー。俺達を見て微かに微笑んだ。

「葛西、久し振りだな。ソフィアさん、あの時は世話になった」

 挨拶にと頭を下げるソフィア。

「ヴァチカンにもリリスの悪魔が来たのかよ?」

「元々ヴァチカンはリリスと戦っていたからな。今更さ。そちらの方々は?」

 そう言って印南達を見る。

「ヴァチカン最強の騎士、か…心強い援軍が来たな。俺は印南 洵。宜しく頼む」

 右手を出し、握手を求める印南。

「アーサー・クランクだ。君達も北嶋の友人か?」

 握手に応えながら訊ねるアーサー。

「はい。桐生 生乃です。この度は宜しくお願いします」

「宝条 可憐です。同じ剣士のようですね。宜しくです」

 腰に下げているエクスカリバーを興味深気に見る宝条。

「君の背中の大剣もかなりの物だね。クレイモアより大きい」

 アーサーも十拳剣に興味を抱いたようだ。

 しかし、和やかに話をしている場合じゃねえ。

「テメェ等、挨拶は其処までだ。北嶋の亜空間に行く手段を考えなきゃならねぇ」

 時間が惜しいと言う意味での俺の発言に、奴等も黙って頷いた。

「北嶋の亜空間から出た時、何を考えていた?」

 印南は水谷の北嶋の亜空間の事を言っているのか。

「ヴァチカンには北嶋の結界は無かったが、君は結界から出て此処に来たのか?」

 頷く俺達。

「私は早く駆け付けなきゃ、と思っていました。ちょっと天昇を急かしてしまって…」

 反省する桐生。

「私もです。便乗させて貰ったのに、気持ちだけが急いでいました」

 宝条も反省の弁を伸べる。こいつも八咫烏に乗ってきたのかよ。

――儂はおどれ等に早よ行けと言われとったからのぅ。必然的に早く到着せなと思っていたがのぅ

――俺もだ。亨とソフィアに急かされていたからな

「だって七万の大軍と戦っていると聞いたから…」

 ソフィアの言う通り。俺も早く早くと思っていた。つまり、それぞれ此処に早く着く事を願ったか。

 俺が口を開く前に印南が発言する。

「みんな此処に一刻でも早く到着する事を考えていたのか。つまりは気付いたら亜空間から抜け出していた。此処でも強く願えば亜空間に入れるんじゃないか?」

「成程、北嶋の結界は強力で力でぶち破る事は不可能だが、それなら可能性がある」

「関係者なら入れる結界ですからね!」

 俺の出した結論に自力で辿り着いた印南達。

 満足し、頷く俺に―

「キョウ、みんな真剣に考えているのに、相槌打つだけなんて!!恥ずかしく無いの!?」

 何故か叱られた。

「いや、俺もその結論を…」

――言い訳をするなキョウ!!それでも俺が仕えている男か!!恥ずかしい!!

 何故かロゥにまで叱られた。

「おい待てテメェ等!俺もその結論を…」

――そうと決まれば皆で願う事だ。折角ヴァチカンから神速で辿り着いたのに、此処で時間を潰すのは意味が無いからな

 グリフォンの一言で目を瞑るソフィア達。

 俺は…別の意味で目を瞑って涙を堪える事になった


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 空から何かパキパキ音が聞こえ、空を見上げる俺。

 つか、銀髪も見上げているし、神崎も見ている。

「亜空間にヒビが…」

 神崎が信じられんと呟くも、お前も黒い蛇と共に地面を割って出て来ただろうに。

 俺の関係者、もしくは戦争の関係者なら来られるのだから。

「空に亀裂とは…」

 ハゲは特にハゲ散らかしていない髪型をフッサフッサ揺らして、馬鹿面全開で空を眺めている。

「徐々に亀裂が大きくなっているね…」

 銀髪も感心したように呟く。

 つか、戦闘中に呑気な奴等だ。隙だらけじゃねーか。

 ニヤリとして草薙を振り翳す俺。


 パキィイイイ!!


「ちくしょう!!折角のナイスタイミングにっっっ!!」

 めっさタイミングで勝負が終わっていたっつーのに、でっかい音がしたから俺も釣られて見ちゃったじゃねーか!!

 俺は空から降って来る奴等を恨みの目で睨み付ける。

「「「うわああああああああ!!」」」

 数人が絶叫し、墜落して来るが、途中、鳥やら犬やらに助けられ、地面に無事着地した。

「お前等!!邪魔すんな!!」

 落ちて来た連中に叫ぶ俺。

「邪魔だとこの野郎!!折角助けに来たっつぅのに!!」

 暑苦しいドレッドを揺らし、葛西が暑苦しい分際で、この俺に憤りながら近寄って来た。

「聞いていたが、確かに凄まじい数の敵だ……」

 ボケーッと見渡してビビっている無表情。

「お前バカチンどーしたんだよ?大人しく自国を守ってろ」

「感謝の言葉の一つくらい言え。しかし凄い数の骸が転がっているな」

 天パがテンパりながら俺に封筒を投げ渡す。それをキャッチする俺。

「なんだコレ?」

「桐生さんと私と義父への依頼料です。お友達からお金は取れませんよ北嶋さん」

 ツインテールがくるんと回る。うーむ、可愛い。

 丁度その時、葛西が俺の胸座をグイッと掴んだ。 

 そしてポケットに封筒をねじ込んだ。

「テメェ!なんで俺だけ200円なんだ馬鹿野郎!ふざけんのもいい加減にしやがれ!」

「いや、お前なら楽勝でこなす依頼だから、200円で充分かと思ってさ」

 心にも無いお世辞を言う。

「お、おう…まぁ、確かにな。あんな連中、俺の敵にはなれねぇしなあ!!」

 いきなり上機嫌になる暑苦しい葛西。

 なんて単純な奴なんだ!!

「尚美!!来たよ!!」

 桐生が悪魔を黒い腕で引き込みながら神崎に駆け寄って行く。

「止まれ………」

 静かに、だが重く言葉を発するハゲ。

 葛西も無表情も天パも、助っ人に来た連中の顔が青ざめ、脂汗をダラダラと流しながら膝をガクガクと揺らした。

「………く!!くそっ………!!ヴァチカンの時と同じか………!!」

「…ち…身体で、本能で畏縮しているのか……?」

「なんでテメェは何とも無ぇんだよ北嶋…つか、奴等が言っていたのはこの事かよ…!!」

 男三人は辛うじて膝を付かなかったが、女三人は地に腕と膝を付き、ガタガタと震えていた。

「ふ、間男とその女が異常なだけか」

 満足そうに頷くハゲ。あのしたり顔がイラッとする。

 そのハゲ、いや、ハゲては無いが、ムカつく顔に吠え面かかしてやるぜ。

 俺はデカい声でキングコブラに指示を出す。

「キングコブラあ!!飲み込め!!」

――御意

 キングコブラの瞳が青く光り、バクンとでっかい口を閉じた。

「うおおおおっっっ!?」

 突然襲ったように見える、透明なキングコブラに身体を飲み込まれて、かなりビビっていた葛西達。

「どうだお前等、身体動くようになったろ?」

 言われて震えが収まったのを理解したのか。

「う、動く!!いや、それどころか、奴の威光を感じない!!」

 無表情が、いや、全員が全員、普通に起き上がり、身体を動かしながら、その現象に驚いていた。

 だが、もっと驚いていたのは、ハゲ散らかしていないハゲだった。

「な、なんだと!!僕の威光を文字通り『飲み込んだ』だと!?」

 さっきのしたり顔は何処へやら、めっさ動揺して慌てるハゲ。

「ハゲ、お前の安っぽい力は封じたぜ!!ザマァ見ろ!!ゲラゲラゲラゲラ!!」

 もう、めっさ愉快になり爆笑した。ハゲに指差して笑い転げた。

「そ、そうか!君も女も黄金のナーガの力で………」

「馬鹿言うなハゲ。お前如きなんかに他の力を借りるか。つか、お前に威光なんか感じねーっつーのハゲ!ドハゲ!!」

 俺にハゲの力が通じないのは、キングコブラのお陰と思われて超心外!!

いよいよ以て毛根を死滅させて、本物のハゲにしてやらなきゃ気が済まない!!

 そして俺は下僕を見る。

「おらお前等、もう大丈夫だろ。キングコブラに感謝すんだな」

 親指をクイッとキングコブラに向ける。

「まさか…ナーガ!?」

「て、転生して裏山に居る筈よね…」

 あ、そっか、キングコブラの事情は知らないんだったな。

「勿論、あのナーガよ!!詳しい事は後で話すわ!!」

 神崎が叫んだ。つか、何故神崎は知っているのかが解らん。まぁ、多分『視た』んだろうが。

「ナーガもそうだがよ、あの黒蛇…」

「あの黒蛇…悪魔王に似ているが…」

 今度は黒い蛇に興味津々な下僕共。いちいち説明面倒いっつーの。

「悪魔王の一部よ!!大丈夫、味方だから!!」

 またまた神崎の先送りフォローが炸裂した。

 つか、後で全部説明してやれ、神崎。

 俺は神崎に説明丸投げを心に誓う。だって面倒いから。

 つか、戦闘時にガヤガヤうっせーな。

「お前等!!騒いでいる暇があるならぶち殺し捲れ!!」

 俺に一喝されてハタと正気に戻る。

「そ、そうよね…ロゥ、行くわよ!!」

 パツキンがデカくなったポメラニアンに跨り、駆け抜けると同時に、雑魚悪魔達の身体から血柱が吹き上がる。

「最早枷は無い!!行くぞステッラ!!」

 デカくなった雉に乗っかり、ぶった斬って行く無表情。

「天昇!!あの沢山集まっている中に突っ込んで!!」

 デカくなったカラスに乗っかりながら黒い腕を出し捲る桐生。

「ち!ナーガさえ居なければ楽に事が運んだものを!」

 苛立つハゲ。そんなハゲにムカつく俺。

「サボろうとすんなハゲ!!お前が起こした戦争だろが!!」

 俺は先程と同じく、ハゲに向かって突っ込んで行く。

 一刻も早くハゲをハゲ散らかす事を重きに置いて!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 良人の仲間が駆け付けてから暫く…既に兵隊は一割を切った……か…

 冷めた紅茶を一口飲みながら現状を把握する。

「つまらないな。せめて一人くらいは殺しなよ…」

 不快感を露わにするアダム。そのアダムに不快になる。

 徐に立ち上がった。

「どうしたんだい?妻よ」

「…直ぐ其処まで来たからね…迎えに行かなきゃならないんだよ…」

 そう言って、ゆっくりと視線を前方に戻す。

 そこには、私の生涯最大の敵…神崎………!!

「リリスぅ!!」

 群がる悪魔を倒しながら進んで来る神崎。

「神崎!!今行くから待っていろ!!神崎ぃいいいいい!!!」

 私が笑い、神崎が笑う。

「待ちなさい妻よ。勝算はあるのか?」

 勝算?勝算など必要なのか?

 私は私の意思で神崎と戦い、私の意思で神崎に殺されに行くだけだ!!

「……安心していい。黙って殺されてやる程お人好しじゃないよ………」

 無論私も殺すつもりで戦う。

 眼前に広がっている悪魔達に向かって言葉を放つ。

「どけ………!!」

 一瞬止まった悪魔達。

 そして、私の言葉に反応し、私の前の道を開けた。

 そこをゆっくりと歩を進める。

 笑みを浮かべて、たぎる闘志を抑えながら………!!

 対する神崎も、ゆっくりと私に向かって歩き出す。

 神崎も微笑を浮かべていた。

 互いに笑いながら、互いに近寄って行く。

 やがて手が触れる距離まで接近して歩みを止める私達。

「約束は守れそうかい?神崎」

「100パーセント守るわよ。だから遠慮しなくてもいいのよリリス」

 力の限り向かって来い、と言うのか………

 自分はそんなに疲労していると言うのに………?

「くっくっく…ならば良し!!さぁ、殺し合おうか神崎!!」

 逆五芳星の印を宙に指先で描く。

「風威の盾ぇ!!」

 最初から高度な術を繰り出す神崎。

「夢魔の囀り!!」

 神崎の周りに風の盾が立ち昇り、私のサキュバスの唄が掻き消される!!

「唄を飛ばすとは…やるな神崎!!」

「夢魔の唄を奏でるなんて…一歩遅かったら命を吸い取られいてたわ…」

 互いに脅威を抱き、互いに認める。

 やはり神崎…君なら、私をあの男の呪縛から解き放ってくれるだろう!!

 期待に胸を踊らせながら、私は次の術の詠唱に入った!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私の眼前に、千を超える黒い腕を、冥界から喚び出して、悪魔を引き摺り込んでいる女がいる。

――あの女の黒い腕…邪魔だな…

 地はおろか、宙にも魔法陣が現れ、其処から黒い腕を喚び出している。かなりの術者だ。

 本来は黄金のナーガと戦いたかった所だが…

 まぁいい、と瞬時に女の後ろに移動した。

「はっ!?」

 突如現れた私に対応をするも、一歩及ばない。

 黒い腕を払い除けて、尚も接近する。

――私の名は色欲のアスモデウス。女、お前の術はかなり高度な術だが、私のような魔王レベルを相手取るには、少し足りぬ

 黒い腕が纏わり付くも、力で払う。


 ブチブチブチブチ


 ち、なかなかの力だ。勢いが殺される。

 しかし、女の喉元に指先が触れるまで接近できた。

 刹那!!

――む?

 伸ばした腕を引っ込めた。

 私の腕に、剣が振り下ろされたからだ。

 女から離れて間合いを取る。

――もう一人の女か…

 それは大剣を携えていた小柄な女。

 その女は黒い腕を操る女を背に回し、私と対峙する形を取った。

「桐生さん!!あの魔王は私が斬ります!!」

 女は大剣の切っ先を私に向けながら叫んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「宝条さん!?一人じゃ危険だわ!!私も…」

 手のひらを翳して続く言葉を制する。

「桐生さんの術は多勢に必要です。対して私の剣は1対1に真価を見いだせる」

 誘いの千手は無数の悪魔を一気に地獄へ送り返せる。魔王一人の相手じゃ勿体無い。

「でも………」

「不安ですか?私に任せるのは」

 振り向いてニカッと笑う。

 桐生さんは黙って私を見つめて、そして自らも笑った。

「…色欲の魔王の相手、お願いします」

「任せてください。ギッタンギッタンにしてやりますから!!」

 炸裂符を取り出して色欲の魔王に投げつける。

 それは魔王の目の前で爆発した。

――む!?

 煙で視界を一瞬遮る。

 そのまま十拳剣の間合いまで詰め寄った。

――煙幕か?小賢しい真似を!

「桐生さんを視覚に入れさせない為よ」

 色欲の魔王の巨躯に届く十拳剣の間合いに入った。

――その細身で大剣を振るえるとは大した者だ。だが…

 黒山羊を模した姿のアスモデウスは、その黒い角で十拳剣を受け止めた。

「うっく!!」

 私の軽い体重なんか一溜まりも無い。見事にふっ飛ばされる。

 しかし、身体は反撃のバランスを保持した儘。

――ほう、隙を見せんとは………

 感心し、唸るアスモデウス。

「体重が軽い事はハンデにならないわ!!」

 地面に着地し、直ぐ様十拳剣を中段に構え直した!!

――ふっふっふ…粋がいい女は私好みだ…

 いやらしい笑みを浮かべて目を細めて私を見る色欲の魔王。別の意味で背筋がゾワッとした。

「そう言えば…貴方は一人の美しい娘に取り憑き、その娘が結婚するたびに初夜に夫を絞め殺したのよね…それも七回も」

 一人の女の子に執着し、近寄ってくる男を殺した。

――サラの事か?懐かしい名だ…

 遠くを見つめるようなアスモデウス。

 やがて頭を振り、私に視線を戻す。

――今度は貴様が取り憑かれぬようにしろ、女…

「そう言えばまだ名乗ってなかったわね。宝条 可憐!色欲のアスモデウス…貴方の首、貰い受ける!!」

 名乗ると同時に動き出す私達。

 私の最大の戦いが、今始まった!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 生乃が魔王を絡めているのが目に入った。

「生乃!雑魚を相手にしながらの魔王戦は無茶だ!」

 見ると、誘いの千手が雑魚悪魔を冥穴に引き摺り込みながら、魔王を絡めていたのだ。

 慌てて駆け付けようとする。

 途端に目の前に大量の蠅が飛び回り、俺の行く手を遮った。

――待てよ。オメェ、俺の前を素通りするつもりか?

「ち!この蠅は貴様の術か!」

 手で蠅を払い除けながら、俺に歩んでくる巨大な豚を睨み付ける。

――暴食を司る魔王、ベルゼブブだ。蠅の王とも呼ばれているが、知っているか?

「……!!また大物が現れたもんだな………!!」

 ヘブライ語で『蠅の王』を意味する。本来はバアル・ゼブル、即ち『気高き主』あるいは『高き館の主』という意味の名で呼ばれていた。

 ベルゼブブは、元々は異教の神、慈雨の神バアル神だったのだ。

 しかしヘブライ人たちは、異民族の儀式を嫌ってバアル・ゼブルを邪教神とし、やがてこの 異教の最高神を、語呂の似たバアル・ゼブブ(ベルゼブブ)即ち『蠅の王』と呼んで蔑んだ。

 キリスト教…いや、アブラハムの宗教の被害者とも言える大悪魔。

 そのベルゼブブが、俺と程良い間合いで立ち止まっている。

――見たところ、おめえも異教徒のようだな?どうだ?侵略者たるアブラハムの教徒や天使共をぶっ殺し回らねぇか?

「侵略者か。成る程。だが、お前が負けたからアブラハムの宗教は正義となっただけだ。生贄を要求するお前の残虐性が忌み嫌われて。祭事の時も、性行為を晒す事を望んだらしいじゃないか?」

 尚もうるさく飛び回る蠅の群れを叩き下ろし、ベルゼブブから目を離さずに話す。

――カッ!!豊穣や天災から逃れる為の生贄だ!!イエスの磔や即身仏も似たようなもんだろうが!!それに、性行為をしなきゃ子は作れねぇぜ!!

 ベルゼブブが目を見開くと、飛んでいた蠅が俺に一斉に張り付いてきた。


 ジュッ


「むっ!?」

――知っているか?蠅の食事摂取法は、口から出した消化液によって、溶かしたものを舐め取ると言うものだ。その億を超える蠅共は、おめえに強酸性の消化液をぶっかけて溶かそうとしてんのさ!!

 どおりで焼ける感覚を覚える筈だ。叩こうが振り回そうが離れない蠅。鬱陶しい事この上ない。

――カッハッハ!!どのみちおめえは要らねぇ!!このベルゼブブに出会った事を後悔しながら死ね!!

 ベルゼブブの高笑いを耳にしながら、俺は懐に忍ばせてあった藤蔓を取り出した。

 藤蔓が左腕に巻き付き、大気の刃を渦巻いた。

 これによって、蠅が簡単にふっ飛ぶ。

――おめえ、そりゃ神具か!?

「神風を飛ばす神具さ。元より出し惜しみする気は無い!!」

 横目で生乃の状況を見る。

 宝条さんが色欲の魔王と対峙するようだ。

 生乃は雑魚悪魔を引き摺り込む事に専念する様子。

 適材適所…あちらは心配無いだろう。

「四の五の言っても始まらない。強い方が勝ち、勝った方が主張を通せる」

――まさかおめえ……この俺とたった一人で戦うつもりか!?

 驚くベルゼブブだが、俺は既に覚悟を決めている。

「勝った方が正義!!シンプルで解りやすいだろう!!」

 風を纏いながら構える。

 左腕を前に出し、体重を気持ち前方に落とす。一瞬の隙だって、見逃してやるものか!!

――………おめえ…名は?

 魔王に名を聞かれるとは光栄だな。

「印南 洵。貴様を倒して俺が正義となる!!」

――面白い!まだ1対1で俺と戦おうとする人間が居ようとは!おめえの提案に乗ってやる!!

 暴食の魔王、ベルゼブブは、その巨躯を揺らしながら、ゆっくりと俺に近付いて来る。

 対峙している俺には解る、このプレッシャー…だが、こっちは退く気など毛頭ない!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ステッラに乗りながら悪魔を殲滅して行く俺の目に、黒い孔雀を模した悪魔の姿が目に入った。

「ステッラ!ここに降ろせ!!」

――了解した!

 羽ばたきながらホバリングするステッラ。悪魔はその風によって近寄って来られないでいる。

 その隙にステッラから飛び降りる俺。

「けりゃあああ!!」

 エクスカリバーを一閃する。

 目の前の悪魔が鮮血を噴き出して倒れた。

 それによって、黒い孔雀の魔王の姿が俺の目の前に現れる!!

「傲慢の魔王、ルシファーだな!!」

 肩から上に水平にエクスカリバーを構えて、突きの体勢を取りながら問う。

――ヴァチカンの騎士か…如何にも、傲慢のルシファーだ。だが、貴様に俺は倒せない。何故ならば………

「元天使長ルシフェルだからか?天使の力はまだ健在だと思っているのか!!」

 かつて天使の三分の一を引き連れ、神と戦った天使長。

 現天使長ミカエルに討たれてコキュートスに封じられた堕天使!!

 そんな大物中の大物が、俺の目の前に居るのだ。

 ヴァチカンの騎士として、一人の剣士として、たぎらぬ訳が無い!!

『光を帯びた者』を意味し、キリスト教以前から『明けの明星』と呼ばれていた元天使長…

 しかしある時、己が神よりも偉いと思い、神の座を奪おうと天に戦いを挑む。

 ルシファーと、それに従う反逆天使軍団と、ミカエル率いる天使の軍団との間に激しい戦いが起こり、永き戦いの果てにルシファーは敗北、結果、天から投げ堕とされ、地獄の主となった。

 他にも色々諸説はあるが、傲慢の魔王となったルシファーのエピソードには相応しいかと思う。

「神の敵対者は俺が倒す!!」

 コートを脱ぎ捨て、背負っていたガラハットの盾を装備する俺。

――敵対者、か。如何にも、俺は敵対者ルシファー!!サタンとは違う!!

 黒き羽根を広げ、戦闘体勢を取るルシファー。

「サタンとは違う…?奴は悪魔王…同じ神の敵対者じゃ………」

――サタンはヘブライ語で『敵』『反対する事』の意…

 故に悪魔王と呼ばれているのではないのか?

――識る必要など無い。どうせ貴様等人間は、過去の通説に縛られ、抜け出せぬ種族…そんな人間が進化など、おこがましいわ!!

 進化………

 ルシファーが何を知っているのか、何が真実なのかは解らない。

 解らないが、俺が戦う理由の一つが明確に在る。

「貴様は友の敵側に付いている。そして俺は友の露払いをするだけだ!!」

 ヴァチカン以前に、キリスト教徒以前に、アブラハムの教徒以前に、北嶋 勇は俺の友。

 友を助けるのに深い理由は必要無い。

――貴様…本当にヴァチカンの騎士か?

 困惑しているような傲慢の魔王。

 神の敵の堕天使を討つのでは無く、友の敵を討つ為に戦う俺の決意に、意外性を感じたのだろう。

「無論、ヴァチカンの騎士としての誇りもある。だが、北嶋のおかげで、俺は友の為に戦う事を重きに置く事が出来たのだ」

 それが俺の力を限界以上まで高める原動力にもなっている。

 故に元天使長、堕天使ルシファーにも恐れは感じぬ。

――迷いは無い顔だ…本当に神の為より友の為に戦う事が出来るようだな…

 先程よりも凄みを増す魔力…

 本当に傲慢を司る魔王なのか、と思う程に隙を感じない。

「アーサー・クランク!!友の為に貴様を討つ!!」

 一度エクスカリバーを鞘に収めて再び抜く。

 エクスカリバーが纏っている炎が、より激しく燃え上がった!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「キョウ!彼処から物凄い魔力を感じるわ!」

 ロゥに跨りながら、ある箇所を指差すソフィア。

「言われるまでも無ぇ…あの野郎は俺に任せろ!!」

「それも言われるまでも無いわ。頑張って、キョウ!!」

 言うや否や、俺に背を向け、悪魔共を倒すソフィアとロゥ。

 俺と奴の戦いに他の悪魔に横槍を入れさせない為に蹴散らしている。

 その気遣いに応えるべく、俺は戦闘中に寝っころがっている巨大な驢馬の悪魔に詰め寄った。

「おうテメェ!!サボってんじゃねぇ!!立て!ぶっ殺してやるからよ!!」

 驢馬を模した悪魔は、耳をピクピク動かしながら、だが、起き上がる事も無く、俺に視線だけ向けた。

――面倒臭ぇなあ…俺なんか放っておけよ…お前程度の人間が俺を起こすんじゃねぇっつーの………

 そう言って寝返りを打ち、俺から視線を外す驢馬の魔王。逆にブチブチと血管が切れそうになった。

「ふざけんなテメェ!!俺は舐められるのが世界一嫌いなんだよコラ!!」

 言いながら一歩踏み込むと、途端に凄まじいプレッシャーが俺を襲った。

「く!!」

 思わず膝を地に付けそうになる程のプレッシャーだが…

「舐めんじゃねぇっつってんだよテメェ!!」

 歯を食いしばり、一歩前に出る。

――無駄な事はやめとけよ…俺は人間に期待しねー事にしたんだからよぉ…大体、怠惰の魔王たる、このベルフェゴールを働かせようとすんなっつー事だよ

 ベルフェゴール!?

「ペオルの事件のベルフェゴールか!!」

 イスラエルの民がモーゼに率いられてカナンの地に入る前に、モアブの地を訪れた時、モアブの娘たちはバアル・ペオルに供犠を捧げる際に、イスラエルの民も招き、バアル・ペオルを始めとする自分たちの神々を礼拝させ、食事を共にした。

 イスラエルの神ヤハウェはこれに激怒、参加した者たちを死刑に処すようモーゼに命じさせたが、それでも怒りは収まらず、疫病をもたらして24000もの人々の命を奪ったという。

 旧約聖書に於いて、この災害は『ペオルの事件』呼ばれた。

 後の悪魔学で、ベルフェゴールは好色の罪を司るとされるが、これはペオルの事件の際、娘たちが色仕掛けでイスラエルの民を誘惑したという解釈に基づくらしい。

「怠惰の魔王の名は『人間嫌い』から来たか?」

 特に挑発したつもりは無いが、怠惰の魔王の目玉がグリンと回転し、俺に向けられた。

――そりゃそうだろう?お前等人間は夢物語しか創造出来ないチンケな種族。そんなカス種族、厄を齎す程でも無い

 ある時地獄の悪魔達の間で、地上に結婚の幸福が実際に有り得るか否か、の大論争が巻き起こった。

 その論争に決着を付ける為にやって来たのがベルフェゴールだ。

 ベルフェゴールは地上で様々な人間模様を目にした結果、幸福な結婚など夢物語でしか無い事を確認したと言われる。

 ベルフェゴールの名は『人間嫌い』と言う意味だが、これはこの伝説を元に付けられた名だ。

「ハッ!!尤もな理由付けだがな、俺はテメェより怠け者な野郎を知ってんだよ………」

 背中の羅刹を喚び出す俺。

――お前、悪魔憑きかよ?それよりも、俺より怠け者を知っているだと?

「東洋の悪魔みたいなもんさ。怠け者ってのは、あの馬鹿の事だ」

 最早押さえ切れない程に高まっている羅刹。

「テメェがやる気があろうが無かろうが関係ねぇ!!この葛西 亨!!あの馬鹿野郎の露払いをする為に依頼を受けたんだからなあああ!!!」

 200円の依頼にしちゃ大物過ぎるが、これも仕方無ぇ。

――俺より怠け者ってのは、あの北嶋 勇の事かよ。ふーん、まぁいいや…その魔物を見たら、多少はやる気が出たぜ。暇潰しくらいにはなるな

 そしてゆっくりと立ち上がる怠惰の魔王、ベルフェゴール。

「行くぜ怠惰の魔王!!」

 俺は羅刹の本能を解き放った!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 草薙を一振りすると、目の前にはウゼーハゲが呑気に茶を啜っている姿があった。

 ムカついた俺は、胴体真っ二つになった悪魔の頭をガシッと掴み、ハゲに向かってぶん投げる。

 ハゲは目を瞑りながら、優雅に茶を啜って、半分になった悪魔を軽々と避けた。

「ハゲコラ!避けんなハゲ!ハゲ散らかしてやるぜハゲチャビン!」

 全くハゲてはいない、寧ろ印南レベルのクリンクリンなパーマをかけているハゲに向かってまっしぐらに進む俺。

 遂にはテーブルにガン!と足を乗っける事に成功した。

 つまり椅子に座っているハゲは俺に見下ろされる形になっている訳だ。

「おうハゲ!!毛根死滅させに来てやったぞ!!」

 ハゲはその生意気そうな顔をゆっくりと俺に向け、隣の椅子を引く。

「ようこそ間男、北嶋 勇。どうせ無くなる命だが、君にもチャンスを与えよう。さぁ、僕の隣に座りなさい」

 チャンスだぁ!?この俺にチャンスとは、ムカつくハゲだ!!

 だから俺は言い放つ。

「ハゲコラ!!今すぐ殺し合いすんだよハ」

「丁度お茶とビスケットがある。これを飲んで、少し賭の話をしようじゃないか」

 お茶とビスケットには勝てない俺は…

 続く言葉を発する事無く……

 素直にハゲの隣に座った。

「君は本当に解りやすい男だな。欲望に忠実な動物か?」

 呆れながらもビスケットを皿に盛るハゲ。

 ポットに紅茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

 そのポットごと引ったくる。

 更にはビスケットを丼物のようにかき込む。

「バリバリバリバリ…おうハゲ…バリバリ…砂糖よこせ…バリバリバリバリバリバリ!!」

「下品な!!席を許した僕が愚かだった!!」

「バリバリバリ!!いいから砂糖よこせハゲ!力付くで奪っても構わないんだぞハゲ!バリバリバリバリ!!」

 ハゲの真正面に置かれている角砂糖が入っている入れ物を引ったくり、ポットにジャバジャバ入れて、それを一気に流し込む。

「ゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブ……………っぷはああああ!!!生き返ったぜ!!丁度腹減りの喉渇きだったから助かった!!」

 超満足した俺。

 ハゲは気に入らんが、ビスケットと紅茶には罪が無い。むしろ救世主的な感じだ。

 渇きが収まり、腹もそこそこ膨れた今、この隣に座っているハゲには全く用が無い。

 そんな訳で、俺は草薙の切っ先をハゲの眉間にピタリと置いた。

「じゃあ死ねハゲ」

 面食らって口をあんぐりと開けるハゲ。

 つか、ぶち殺す奴とこれ以上同席する意味無いし。

「ビスケットと茶の礼に、苦しませずに殺してやる」

「ま、待て待て待て待て待て待て!!君は賭の話を聞く為に誘いに乗ったんじゃないのか!!」

 賭?そーいや、そんな事言っていたよーな…

「仕方無い。俺は超優しい男、北嶋!!賭の話とやらを聞こうじゃないか」

 話を聞くと言う俺の寛大な態度とは裏腹な表情で眉根を寄せるハゲ。

「……ならば剣を下ろしさない」

「はあ?話聞いたらそのまま突き刺すから、下ろす訳ねーだろハゲ!!」

 賭の話は聞こう。茶とビスケットの礼に。

 だが、それが終わったら俺を制限する物は一切無い。

「おら、ちゃっちゃと話してちゃっちゃと死ねハゲ」

 草薙を微かに揺する俺。ハゲは深い溜め息を付く。

「残念だが、脅しにもならないよ」


 ギイイイイイイイインンン…!!


「む!?」

 草薙を握っている右腕が衝撃で後ろに跳ねる。

 刹那、俺の眉間に槍の切っ先が突き出た。

 槍の切っ先を寄り目になり、凝視する俺。

「………ハゲコラ…草薙を弾いたのはその槍か…」

「弾いた『だけ』で終わったのは計算外だが、これで少しは話を聞く気になっただろう?」

 ムカつく笑顔を作り出すハゲ。

 通常、草薙を日本刀の硬度に維持した儘戦っている俺だが、その草薙を弾いた奴は未だかつて存在しない。

 それはつまり、俺の腕力を瞬時だが凌駕した結果だ。

「ハゲ、ただのハゲじゃないようだな」

 つか、ハゲてはいないが、見事なハゲだハゲ!!

 尤も、本気で突き入れたなら、カウンターで首を刎ねていた訳だが、これもハゲが脅しのみに槍を振った結果でもある。

 つまり殺気が籠もっていないが故、俺の反応が遅れた訳だ。

「君が本気じゃないのは知っている、いや、さっさ気付いた。互いに本気じゃないのなら、本気になる賭をしようと提案しているんだ」

 本気になる賭とな。何か面白そうだな…

 俺は槍を手で払い退け、再び席に着いた。

 ハゲも槍を収め、一つ深呼吸をし、徐に話を切り出す。

「…君は僕の威光が効かないばかりか、ロンギヌスの槍にも驚異を抱いていないのか?」

「だから、お前なんかに威光なんか感じねーっつってんだろハゲ。槍は長尺武器だから間合い詰めりゃ屁でもねーわ。つか、世間話ならする気は無いぞ。ちゃっちゃと賭の話をしろハゲ」

 苛々する俺。

 面白そうだから話を聞くだけだっつーのに、なんでこの俺がハゲチャビンと世間話をしなきゃならんのだ。

 世間話なら、毛根死滅させようと再び草薙を握る。

「ふう、解った解った!!死に逝く前に少しばかりの猶予を与えようとした僕の好意を汲み取れないとは…」

 げんなりしながら俺の前にカードを滑らせるハゲ。

「なんだコレ?キャッシュカードか?」

 手に取り、マジマジと見る。

「1000万入っている」

「1000万?んな金、神崎だって(多分)持っているぞ。俺の稼ぎが大半だが」

 その稼いでいる俺は給料5万円だが。

 なんがズーンとなってくる。

 徐々に項垂れて来る。

「いきなり顔色が悪くなったね?」

「うっせーハゲ!!1000万円が何だっつーんだよ!!くれるのか!?」

 涙目となり、くれたらいーな、とか思いながらカードを突っ返す。

「1000万円?1000万ドルだが…」

「1000ドルだろうが何だろうが1000万ドルうううう!?」

 ビビり過ぎてビョーンと飛び跳ねる。

 俺はさっき10億以上の金が入っているカードを手に取っていたのだ!!

「そのカードを賭けて勝負しようじゃないか。君が勝てば1000万ドルは君の物だ」

 超一攫千金のチャンス到来に震える。

 そんな俺の様子をほくそ笑みながら、ハゲが続ける。

「見たまえ。妻に君の女、魔王に君の友人がそれぞれ対峙している形を取っている」

 んあー?と神崎達の様子を見る。

 神崎に銀髪、暑苦しい葛西に驢馬男、無表情アーサーに派手じゃない孔雀、天パ印南にトンカツ、宝条に山羊目と、それぞれタイマンの形を取っていた。

「だから何だハゲ。奴等に手加減してくれと頼めばいいのか?」

 プッと噴き出すハゲ。いちいちムカつくハゲだ。

「君の仲間は魔王や妻には勝てないだろう。だが、ナーガや黒蛇、妖狐等が君の味方だ。彼等がピンチになったら乱入するだろう。それを加味して、3勝は僕の悪魔が取る。僕は3勝2敗に妻のカードを賭けよう。君は自分の仲間が何勝するか、賭けてくれ。勿論、1000万ドルは持っていないだろうから、刀でも何でも良い。大事な物を賭けてくれればいい」

 薄ら笑いを浮かべながらつらつらと一方的に語るハゲ。

 対して俺はめっさ幻滅し、苛々さえ吹っ飛んだ。

 目一杯憐れみな表情を作りながらハゲを見て語り返す。

「カードはお前のじゃない、銀髪のかよ?他力本願かハゲ。そして3勝2敗だと?自分の味方を信じられない儘戦場に立たせたのかウスラハゲ!!!」

 テーブルを蹴り上げた。

 落下途中、踵を落とし、テーブルを完全破壊させた。

 流石にギロッと俺を睨み付けるハゲ。憐れみと憤りの目をハゲに向けながら続ける俺。

「そのつまんねー賭に乗ってやるよハゲ。俺は神崎達の完全勝利。全勝に俺の首を賭けてやるぜ!!」

「首?命を賭けると言うのか?」

「1000万ドルじゃ全然釣り合わねーがな。そして奴等の勝負が終わったら、お前を本気でぶっ殺してやる。二度と転生できないように、魂も全て全殺しだ!!」

「ふはははははは!!それは面白い!僕が手を煩わせる必要も無くなると言う事か。ハッハッハ!!」

 愉快そうに笑うハゲだが、俺は既に思考をチェンジさせている事を知る由も無いのだろう。

 俺は既にハゲの殺し方をシュミレーションしているのだ。

 因みに、最初は毛根死滅が確定事項になっている。

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