本気の北嶋

 草薙を抜刀し、ゆっくりとハゲに向かって歩く俺。

 目に映るハゲは槍を中段に構えて初撃を伺っている。

「…君は警戒心が無いのか?構える訳でも無い、間合いを測っている訳でも無い………」

 怪訝そうなハゲ。

 だからハゲに言ってやる。

「同レベルなら警戒もするが、お前が俺と拮抗している訳じゃないだろハゲ。調子乗るなドハゲ」

 ハゲの分際で、この俺と同じ土俵で戦おうとするとは、随分と厚かましい。

 だから俺はわざわざ槍の間合いで立ち止まって、ハゲに言い放った。

「これは勝負じゃない。俺に一方的にぶち殺される、単なる残虐物語だドハゲ」

 クイクイと人差し指で来いと促す。

「…本当に不愉快な男だな!!」

 半歩踏み出しながら突いて来るハゲ。

 成程、鋭い一撃だ。

 度重なる転生で、キャリアを積んできた結果だ。

 だが、そこそこすぎる。

「何度も転生してその程度か。泣けてくるぜハゲ」

 刃が頬に触れるか触れないかの刹那の見切りを行い、伸びた槍に向かって突進した。

「想像以上の見切りだが、想定済みだ」

 突いた速度以上のスピードで戻すハゲ。

 取り敢えず感心はした。二撃目に備える訳だな。

「その間抜け面に風穴を空けてやる!!」

 初撃よりも鋭く突いてくる。

 それを楽勝で首を捻るのみで躱す俺。

「君ならそれくらいはやるだろうな!!」

 突いた槍が瞬時に止まると、そのまま刃を薙いでくる。

 うん。

 俺が止まっていたなら有効だったかもしれないが、俺はハゲに向かっていたので、刃は当然顔に届かない。

 当たり前だが、ノーダメージでハゲのド真正面に到着する。

「く!!」

 ハゲは大袈裟に身を翻し、後ろに跳んでアホみたいに距離を取った。

「こ、此処まで敵に接近を許した事は無い…」

 チンケなプライドからか、ワナワナ震え出した。

 アホなハゲだ。接近以上の事をされたのに気付いていないとは。

 優しい俺は勿論教えてやる。

「ザビエルゲットだハゲ」

 草薙を団扇のように扇ぎながら、宙に漂わせてハゲに教えてやると言う、念の入れ様を実行してやった。

 ハゲが漂う『それ』を凝視する。

「何だそれは?糸?」

「お前、頭がスースーしないのか?サービスでメンソレータムでも塗ってやりゃ良かったなぁ?」

 だったらより気付き易いだろうが、生憎とそんな物は携帯していない。

「糸じゃない。お前のてっぺんの髪だ」

「な、何っ!?」

 慌てて自分の頭を弄るとお、手触りでハゲてる部分が理解できたか、絶叫しだした。

「うわああああああ!!ぼ、僕の髪が!!髪があああああ!!!」

 文字通り頭を抱えて蹲るハゲ。

「だからザビエルゲットだって言ったろハゲ。取り敢えずてっぺんハゲか」

 懐に到達した瞬間、草薙を振った俺は、見事ハゲをザビエルカットにする事に成功したのだ。

「俺はマニフェストは実行する男、北嶋 勇!ジワジワとハゲ散らかしてやるから安心しろ」

 しかしハゲは聞いちゃいない。大粒の涙をボタボタ零しながら嘆いている最中なのだ。

「僕の髪が!!僕の美貌が!!」

 美貌って、ナルシストか。

 まぁ、嘆こうが泣こうが喚こうがハゲの自由。

 そして俺は普通にスキップしながらハゲに再び接近して行く。

 スキップ最中、めっさ泣きながら俺をギロリンと睨み付けるハゲ。

「貴様は絶対に許さない!!」

 まぁ、負け犬が必ずほざく常套句だ。

 だから何?的にスキップをやめない俺。

「その馬鹿にしたようなスキップをやめろ!!」

 ハゲが槍の柄を地面にぶち当てる。

 バカァンとの破壊音と共に、地面が抉られて石飛礫が飛んで来た。

 それをスキップをしながら軽やかに躱す。

「ふざけるなと言っている!!」

 凄んで槍を連打してくる。

「ぶっ!」

 凄んでもザビエルなので、思わず噴いてしまう。

「それをやめろと言っているんだよ間男!!」

 ムキになり、連打する。

 スキップをしながら、それを躱しながら前に出る。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええ!!!」

 なかなかなスピードだが無表情には及ばない。あいつの音速の一振りも普通に避けた俺が当たる筈も無い。

 右へ左へとスキップ&スキップし、前へ前へと突き進む。

「な、何故当たらない!!?」

「そりゃお前がノロマだからだ」

 ハゲがジリジリ下がりながらも連打する。

 対して俺は軽やか&爽やかスキップを止める事無く、前へ進んだ。

「馬鹿な!!馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!」

 涙目で下がりながら連打しているハゲに教えてやる俺。

「それ以上下がったら火傷するぞ」

 ハゲの真後ろには、黒い蛇が噴出させた火柱がある。

「うわっ!!」

 焦って下がるのをやめた。槍の連打を忘れながらだ。

 俺は敢えてニヤァと笑い、ハゲの左側面の髪をガシッと掴んだ。

「な、なにを!?」

「そのまま其処に居たら熱いだろー?ど真ん中に戻してやるよ」

 一気に引っ張ったら髪のみが抜ける。

 だから持ち上げるよう、優しく左側面の髪を引っ張り、ハゲの身体を俺の後方にぶん投げた。

 ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ

「ぎゃあああああああ!!」

 頭皮が捲れ、血を噴き出しながら後方へぶっ飛ぶ。

 地面に激突したと同時に、左側面を押さえながら転げ回るハゲ。

「ぎゃあああ!!頭が!!髪があ!!がああああああああああ!!」

 クルンクルンと転がってなかなかコミカルだハゲ。

 俺は愉快になってゲラゲラと笑った。

「ゲラゲラゲラゲラ!!面白ぇなハゲ!!今度は逆方向に転がってみせろよ!!」

 身体を足で押さえながら、右側面の髪をブチブチと引っ張った。

 文字通り『根こそぎ』故に、頭皮が抜いた髪にくっ付いていた。

「ぐわああああああああああああ!!!」

 さっきと逆方向にクルンクルンと転がるハゲ。

「それだハゲ!!あー愉快だ!!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!」

「ああああああ!あああ!!」

 めっさ泣き出し、血と涙で濡れてグシャグシャになった。

「自慢の美貌は何処行ったんだ?おい?」

 前髪に手をかけて回転を止める優しい俺。

「ま、待て…も、もうやめて…」

 おー。遂に怯えきった顔で懇願して来たな。

 結構満足した。

 だから優しく言ってやった。

「やだ」

 満面な笑顔で前髪をブチブチと引っこ抜く。

「ぐぎゃああああああああああああ!!!」

 ザビエルから徐々にハゲ散らかしてきたハゲに満足して来た。

 お次は後ろ髪かな?

 とか思っていると、ハゲの周りに三つの白い影が現れ、俺の腕をガシッと掴んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 圧倒的に、残虐に弄ぶ北嶋さんに、全員凍り付いたように動けない。

 単純に『怖い』とみんなが思っていた。

 そんな時、漸く口を開いた印南さん。

「ちょっと…やりすぎじゃないか?もう少し…」

 呼応するようにソフィアさんが続ける。

「実力差が全く違う相手だから、せめて苦しめずに死なせてあげた方がいいんじゃないかしら…」

 固まっていた宝条さんがムッとして反論した。

「別に北嶋さんはいつも通りですよ。悪霊にも悪魔にも、あんな感じでしたよね?」

 そう。北嶋さんはいつも通りだ。ただ、敵が人間なだけ。

「だが、相手は人間だぞ?」

 アーサーの弁に葛西が反論する。

「馬鹿かテメェ等?悪魔や悪霊は慈悲無く殺して、人間には情けかけろってのか?奴がやった事は、悪霊や悪魔と全く同じ事だってのにか?」

 葛西の言っている事が、北嶋さんが思っている事に近いだろう。

 北嶋さんは敵ならば同じように殺す。差別なんかしない。人間を『特別扱い』なんかしないのだ。一律『敵』なだけ。

 ただ、今回は許せない事が多過ぎただけなのだ。

 力の無い、裏山の蛇、ナーガを殺した強欲のマモン。

 威光で平伏せさせ、リリスの部下を簡単に使い、皆殺しにさせた。

 リリスのお金で全く見当違いな賭をした。

 先祖返りしたリリスを簡単に切り捨てた。

 そして、自分は殺される覚悟無く、兵士や部下を簡単に戦場に出した事だ。

 マモンの件も含め、長たるアダムに全ての責任を取らせる事は必然であり、アダムがふっかけて来た無理難題を全てクリアした自分はアダムをいたぶり、殺す権利がある。

 そして単純に気に入らない。

 そんな所だろう。

「いいのかい神崎。良人をあのまま暴れさせても?」

 リリスも北嶋さんの残虐さに心が痛むのだろう。

 北嶋さんがあんな振る舞いをしているのは、多少なりとも自分の責任と思っているようだ。

 私は少しも考える事無く、返事をする。

「大丈夫。何があっても、私が全て許すから」

 例え神に罰せられる事があろうとも、例え仲間の心が離れてしまおうとも、私が北嶋さんの全てを許す。

 もしも業を背負ったら半分持ってあげる。

 それが私の『覚悟』だ。

 そんな私の表情を読み取り、リリスは笑いながら私から目を背けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 敵わない。

 流石は神崎だ。

 この瞬間、ハッキリと負けを認めよう。

 良人の伴侶に相応しいのは、神崎、君だけだ。

 目を背けた顔を正面に戻すよう、身体を起こした。

「むっ?」

 感じた安心感が一気に緊張感に変わる。

「どうしたのリリス?」

「どうしたもこうしたも無いよ…ヴァチカンの騎士、あれを見てくれ」

 火柱の向こうの良人を指差す。

「白い影?それが何だと…なにっ?」

 ヴァチカンの騎士は流石に気付いたようだ。

「何だ?新手か?」

 身を乗り出す刑事。

「新手と言うか、加護が現れたんだ。アダムが神に、創造主に願った事。私を連れ戻す為に遣わせた三人の天使、セノイ、サンセノイ、セマンゲロフが現れたんだ!」

 マズいな…アダムをいたぶる邪魔をされたら、良人は三人の天使をも殺してしまうだろう。

 人間の立場から悪魔を殺すのはさして罪悪感が無いだろうが、天使を殺してしまったら、流石に仲間が良人から離れてしまうかもしれない…

 そんな心配を余所に、仲間の一人が笑いながら火柱に進もうとした。

 確か東洋の悪魔を使役し、怠惰のベルフェゴールと戦った男だ。

「面白ぇ…悪魔の次は天使かよ。あの馬鹿に便乗してぶっ叩いてやるか!!」

「な?天使だぞ?敬いや恐れは無いのか!?」

 流石に仰天する。

「銀髪銀眼の魔女ともあろう者が、天使に敬いをと言うか。古来、天使を殺した聖人も居るんだ。モーゼとかな」

 もっと驚いた。寄りによってヴァチカンの騎士が、それを口に出すとは!!

「心配しなくとも、一度北嶋さんの仲間になったら、あの人の行動に異論反論を唱える事はしないわ。北嶋さんは別に正義の味方じゃない。それは全員知っている事。あの人は言わば『人間の代表』なのよ。人間は全てを凌駕できる可能性を持って創られた。それを北嶋さんは実証しているだけ。正しいか正しくないかは別としてね」

 自信満々に言い放つ神崎。

 先程の、やりすぎ云々はいったい何処へ行ったんだ…

 力が抜けると同時に、私などの配慮は必要無い程、彼等は良人を中心に纏まっているんだ。と、感心もした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「やれやれ。仕方がない。もうひと頑張りするか」

 印南が俺の横に並んで歩く。

「ハッ!!テメェも好きだな。だがな、自信が無ぇならすっ込んでいても構わねぇんだぜ?」

 天使と戦える貴重なチャンスを、正直他の奴にも与えるのは惜しい。できれば三匹とも俺が貰いたいもんだ。

「何処からその自信が湧いて来るんだ?分けて貰いたいものだな」

 気が付くと、反対側にアーサーが並んで歩いていた。

「テメェもやるのかよ?いいのか?ヴァチカンの守護は天使だろうが?」

 カトリックが天使とやり合おうとするとは、少し驚きだ。

「さっきも言ったが、人間は天使を殺した事もある。モーゼが許されて、俺が許されないって事は無いだろう?」

 意外とやる気満々っつーのが更に驚きだ。

「人間は知恵の実を食って楽園から追い出されたって話だよな。天使より人間を重きに置いた創造主に不満し、反逆したのが堕天使…」

 印南が神妙な顔をし、唸る。

「だから何だ?」

 結構どうでもいいと思ったが、一応聞いてみる。

「創造主は言いなりにしかならない、自我を捨てているような天使を憂いでいた。人間にはその業を与えたくは無かった。だから知恵の実をわざと与えて追放した。とか考えられないか?」

 …よく解らない。

 つか、どうでもいい。天使と戦えるならな。

「堕天した天使は、不満ばかりで謀反を起こした謝罪、懺悔をしなかった。故に悪魔になった。とか?」

 印南の疑問の乗っかって返したアーサー。

 ヤベェ。こいつ等の話に付いて行けねぇ…何か説得力もあるし。

 俺も何か、それらしき事を言わなきゃならねぇ空気だし。

 取り敢えず口に出してみる。

「つまり天使をぶっ倒す事は、別に罪じゃねぇ訳だな」

 どうだ?一応それっぽい事は言ったつもりだが?

 チラチラと印南とアーサーの表情を窺う。

 印南とアーサーは、俺の頭越しでなんやかんやと話していた。

 なんだこの屈辱感は?

 なんだこの疎外感は?

 つか、この頃俺の扱いが酷く無ぇか?

 哀しくなった。

 その時、両側の印南とアーサーが立ち止まった。

「おっっ?」

 慌てて俺も立ち止まる。

 既に北嶋達を囲んでいる火柱の前に着いていたのだ。

「悪いが火柱を退けてくれないか」

 神崎が連れて来た、悪魔王に類似している黒蛇に要求する印南。

――オメェ等、奴の加勢に向かおうって言うのか?

「無論、そのつもりだ」

 アーサーの肯定に、ただでさえ鋭い目つきが、より鋭くなる黒蛇。

――オメェ等が行こうとする前に、俺様が既に向かおうとしたんだぜ。向かいの黄金のナーガと、空の狐もな。それをあの野郎、殺気を向けて制しやがったのさ

「何?どう言う事だ?」

――敵が天使となりゃ、俺様が黙っている訳がねぇ。喜び勇んで飛び掛かろうとした瞬間、あの野郎が本気の殺気を俺様達にぶつけて来たのさ。来たら殺すとな

 北嶋が奴等を止めたのか?しかも本気の威嚇で?

「な、何故そんな真似を?」

 驚きの印南だが、俺には何となく気持ちが解る。

――自分一人でケリ付けるって事さ。そりゃそうだ。勝負の最中、しゃしゃり出てきた糞共を許す訳が無ぇ

 北嶋らしいっちゃらしい。つうか、それでこそ北嶋だ。

――だが…

 黒蛇は俺達から北嶋に視線を戻し、真剣な表情をする。

――殺気のみで俺様を怯ませるとはな…いや、ナーガと狐も怯んだか?あの野郎、化け物って言葉が一番似合うぜ………

 味方、しかも仕えている連中にビビらせるとは…

 改めてあの馬鹿に脅威を覚える…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ハゲをいたぶって楽しんでいた最中、いきなり現れて俺の腕を掴んだ、羽根の生えた金髪のロン毛。

 目を閉じ、めっさ済ました顔で俺に言い放った。

――拳を収めよ人の子よ。これ以上、人類の祖を汚す事は許されぬ

 ああ?とか思って睨み付けると、オールバックとツンツン頭が、ロン毛の後ろで俺を好戦的な目つきで睨み付けていた。

「あ、あああ…お前達…た、助かった……」

 涙と血でグシャグシャに濡れている顔で、羽根の生えた連中の後ろにズリズリと這って身を隠すハゲ。

「なんだお前等?ハゲの知り合いか?」

 俺の腕を掴みながらロン毛が話す。

――私は創造主の御命令で人類の祖を守って来た守護天使、セノイ

 続いて名乗るオールバック。

――同じく守護天使、サンセノイ

 ツンツン頭がハゲを庇うように、ムーンと立ち塞がるよう名乗る。

――同じくセマンゲロフ…確かに祖はやり過ぎた。だが、我等は祖を守る事を申し付けられている。それはまだ撤回されていない。それ以上やると言うのなら、不本意ながら我等が相手をしなければならない

 よく解らんが、ハゲのボディガードを命令され、永きに渡り守って来た訳だ。

 それがまだ撤収命令が出ていないから、ハゲの代わりに俺とやろう。

――勇さん…守護天使を殺せと御命令下さい…

 蛇がハゲのボディガードにめっさ敵意を表した。

――おい、オメェ敵が天使なら、俺様にくれよ…

 黒い蛇なんか既に飛び掛かろうとしているし。

――勇、貴様が戦う必要は無い。妾に任せよ

 タマも空中での旋回スピードが段々と速くなっている。

 段々苛々してきたな。

 なんでタイマン途中に加勢しに来るんだ?

 ハゲも俺に勝ったら見逃すと言う約束の元、タイマンを了承した筈だろ?

 今まで散々ハゲの我が儘ルールの戦争を受けて来た。

 俺達はそれを全てルールを守って退けた筈。

 これ以上ハゲに譲歩しろって言うのか?

――早く命令しろよ!俺達にくれるってよぉ!!

 黒い蛇が痺れを切らせて身を乗り出してきた。

 相当頭にきた俺は、ついつい本気で殺気を黒い蛇に向けてしまった。


 来たら殺す!!!


 ピタリと黒い蛇が止まる。

――お、おお…わ、解ったから、そんなおっかねぇ殺気を放つなよ…

 乗り出した身体を引っ込める黒い蛇。

 俺はワリィと思いながらも、殺気を止める事はしなかった。

――?私達が現れたのに、何故未だに好戦的なオーラを纏っている?

 お前等が現れたからだろうが。

――今なら許してやる。早く拳を収めよ

 許してやる、だ?誰が許してくれって言った?

――そなたの憤りも理解するが、死に急ぐ必要もあるまい

 ふーん、つまり俺を殺せる自信があるっつーのか。

「お前達!何をしている!この男は悪魔より悪魔的だ!この僕の無惨な姿が目に入っているだろう!!」

 味方が現れて、調子に乗って来たなハゲ。

 まぁいいや。

 俺を殺すつもりで現れたんなら、俺に殺されても文句は言えないな。

 腕を掴んでいるロン毛の手を払う俺。

――む?ぐあ!!

 離した刹那、思いっ切り腹に蹴りをぶち込んでやった。

――くうぅぅぅ~…

 腹を押さえて蹲るロン毛。

――な!?貴様!!

――我等と戦うと言うのか!?

 天使に平伏するのが当たり前だと思ってんのかハゲのボディガード天使達は?

 んな身勝手な思考を根本的に覆してやるぜ!!

 怒りMAXな俺!!

 蹲っているロン毛の羽根に手を掛ける。

――な、何をするつもりだ!?

 ピシピシと血管をこめかみに浮き上がらせるロン毛天使だが、俺的にはわざわざ答えてやる義理など無い。

 問答無用でロン毛の羽根をブチブチと引っこ抜いた。

――ぎゃあああああ!?

 目ん玉を馬鹿みたいに見開いて絶叫するロン毛。

――き、貴様!!

 オールバックが身構えるも、既に裏拳を放っていたので、見事に鼻っ柱にヒットする。

――ぷぎゃああああ!!

 鼻骨陥没したか?そもそも天使に鼻骨ってあえるのか?折れたのならあるのだろう。

 見事な血柱を立ち上げて仰向けにぶっ倒れていくオールバック。

――て、天使の我等に、全く躊躇無く攻撃とは!!貴様、悪魔か!?

 後退りながら身構えているツンツン頭に高速で接近し、胸座を掴む俺。

――ひ、ひっ!!

「悪魔?違うな。俺はただの人間だ」

 そのまま肩で担ぎ上げ、一本背負いのように地面に叩き付けた。

――かっは!!

 ピクピクと痙攣するツンツン頭。

「勝負にしゃしゃり出て来ての一方的物言い…あんまナメんなよ人間を!!」

 そう言いながら、痙攣しているツンツン頭の腹に蹴りをぶち込んだ。

――たかが人間如きが!私の羽根を毟り取るとはがはあ!?

 自分から売って来た喧嘩でダメージを負ったからと言って、文句を言われる筋は無い。

 やはり問答無用で目ん玉に爪先で蹴りを入れた。

――ぎ…ぎざま…!!我等はぞうぞうじゅがらえぷああ!!!

 鼻が折れて何を言っているか解らんので、ビンタして黙らせる。

――ゲホッ、ゲホッぶっっっ!!

 生意気にも立ち上がろうとしたので、後頭部を踏み付けて再び地べたに這いつくばさせた。

「お前等何しに来たんだ?喧嘩にもならねぇじゃねえか!!」

 ノコノコと現れて、俺にぶっ飛ばされてピクピクしている守護天使達。

 苛々して一番近くに居たツンツン頭の脇腹を蹴っ飛ばしてみる。

――ごはあっっ!!

 派手に吹っ飛ぶツンツン頭。

 その先にはハゲが槍を構えていた。

「お前達!倒されて散るくらいなら、せめて僕の役に立て!!」

 その槍でツンツン頭の頭部を貫くハゲ。

――がはあ!!

「ええええええええええええ!?」

 流石に吃驚した。

 ツンツン頭は、後頭部を貫かれ、矛先を額に貫通されて、ダラダラと血を流して動かなくなってしまった。

 ツンツン頭を貫いた儘、槍を持ち上げ、流れ出る血を身体に浴びるハゲ。

――し、正気か!?我等の加護無しに、奴を倒せると…ぼほっ!!

 ツンツン頭をぶん投げるように槍を払うと、続け様にオールバックの喉を貫く。

 やはりオールバックを頭上に持ち上げ、その血を浴びた。

「お前正気かハゲ!奴等はお前の味方じゃねぇのかよ!?」

 止めようと一歩踏み出すも、俺が奴等を助ける義理は無い。

 何か複雑な思いながらも、踏み止まる。

――まさか……我等の加護を直接取り込もうと………

 オールバックをぶん投げて、矛先をロン毛に向けるハゲ。

「永きに渡り、僕を護ってくれた事、感謝している。お前達とは此処で永遠に別れる事になるが、今、僕が間男に殺されるよりはマシだろう?」

――確かに我等はそなたの守護天使…我等の命はそなたの為に在る。だが……ぐはっっ!

 ロン毛が言い終える暇すら与えず、腹を突き刺したハゲ。やはり持ち上げて、その血を浴びる。

 これでハゲは全ての守護天使の血を浴びた。

 その身体は、元の肌を探すのが難しくなり、全てドス黒く血で染まっていた。

「キモいわハゲ!!どん引きするわ!!」

 血を浴び、光悦したような表情のハゲにかなり引く俺。

 草薙を持ち直してハゲに接近する。

 気が狂ったとしか言いようが無いから、慈悲でぶっ殺してあげようってな寸法だ。

 俺の接近に気付いたハゲが、ロン毛の骸を俺に向かってぶん投げる。

 当然軽やかに躱すが、ちょっとした異変に気付いた。

「…お前、さっき血塗れじゃなかったか?」

 守護天使の血を浴びて濡れ捲っていた筈。

 勿論、衣服に付着している血はそのままだが、浴びた身体に血が付いていない?

「…守護天使の血は僕が浴びたんじゃない。ロンギヌスに吸わせたんだ」

 槍の矛先を俺に向け、格好良く構えるハゲだが、残念だがザビエルは治っていない。

 やはり滑稽に映り、ブッと噴き出す。

「いちいち気に障る男だな君は…まぁいい…守護天使の血をロンギヌスに吸わせて、僕にその加護を還元させたんだ。元々度重なる転生でキャリアも積んだ僕だ。戦闘能力は既に達人の域に達している。だが、君はそれを遥かに凌駕した。君を完全に殺す為、此から先の加護を捨てて、君に全力を掛ける事にしたんだ」

 なんか天使を殺したのは俺の責任と言われているみたいだが、それは完全に…

「責任転嫁だろがハゲ!!」

 無理やり擦り付けられた責任。やはりハゲはいけ好かない。

「要するに、槍に血を吸わせてパワーアップしたって事だろ?この俺がそんな程度で怯むかってんだザビエルハゲ!!」

 もうハゲ散らかすのはやめだ。

 今度な肉体を殺す!!

 中段に草薙を構えた刹那。

「構える暇すら与えない!!」

 と、槍の間合いにも遠い距離から、槍を突き刺す動作をしたハゲ。

 何かヤバい!!

 咄嗟に身体を翻し、突きの軌道から身を逸らした。

 轟音と同時に、かなり離れた距離にあった、黒い蛇の火柱の一本が掻き消された!!

「…ハゲコラ……」

 結構驚いた。

 黒い蛇の火柱を掻き消す奴がいるとは思わなかった。

「まぁ、俺なら楽勝だが」

「俺なら楽勝、と思っているのか?」

「…心も読めるようになったのか……」

 結構ギクッとした。

「いや、今口に出していたからね」

 口に出していたか。

 あー成程、そりゃ思考が解る訳だ。

 って…

「この俺に恥かかせんなよハゲ!!」

 俺は恥ずかしいやら哀しいやらの気持ちになり、半ばヤケになって突っ込んで行った。

「あの威力を見ても、愚直に向かって来るか!!」

 再びヤバい気を纏った突きを放つハゲ。当然超楽勝で躱す。

 再び火柱が掻き消される音が背後で聞こえた。

「躱すか。ハッハッハ!!どんどん躱せ!!君の後ろに居る仲間に、槍の衝撃波が届いてもいいならね!!」

 うおっ!とか思って足を止める。

「人質のつもりか?汚ねーハゲめ!!」

「君が躱さずに受ければ良い話だよ!!」

 ハゲがムカつく笑いを浮かべて、またまた突きを繰り出す。

 避ければ火柱が消える。

 火柱が消えたら神崎達に被害があるかもしれん。

 ならば!!

 俺は衝撃波に向かって草薙を振った。

「ハゲのハゲ散らかした衝撃波をぶった斬れ草薙!!」

 衝撃波が真っ二つに裂ける。

 軌道が逸れて、それぞれの横の火柱にぶち当たる衝撃波。

 それなりに衝突音が聞こえたが、火柱は無事立ち上っている。

「半分にすりゃ威力も半分か?」

「ハッハッハ!!君ならそれくらいはやるだろう!!今更驚きはしないさ!!」

 何か余裕が出て来て愉快そうに笑うハゲ。その余裕がいつまで続くのか、興味深い所だ。

 な、訳は無く、再び直ぐに泣かせてやろうと猛烈に思っていた。

 ハゲの衝撃波を斬りながら、果敢に進む俺はついに槍の間合いに入った。

「避けたら後ろの友人が死ぬ!!だが、この距離では斬る事は儘なら無いだろう!!」

 穿つ為、一瞬槍を引くハゲ。

「その一瞬を見逃すと思ってんのか!!」

 今まで以上のスピードで刀の間合いに入る。

「長尺武器とは言え、持つ場所を違えれば刀の間合いでも戦えるんだよ!!」

 ギョッとして槍を持つ手を見ると、引いた刹那か、中央付近に持つ手を変えていたハゲ。

 威力は落ちるが、間合いは保てる。

 くおおっ!!やべー!!

 ならばと、更に踏み込んで肩でハゲの胸をど突いた。

「くっ!!」

 ハゲは予定通りにバランスを崩し、後ろへ下ががった。

「貰ったぜハゲ!!」

 振り被る草薙!

 ザワッと背中が薄ら寒くなる。

 ハゲは下がりながら笑っている。

 腰を捻って突く動作中だったのだ。

 まさかショルダーチャージも読み通りなのか?

 同時に繰り出せば、突きの方が若干速いか?

「鋭く振り降ろせば関係ない!!」

 俺はここ一番の振り降ろしスピードを出した。

「うらあ!!」

 槍の矛先に草薙の刃がぶつかる。

「ぐうううう!」

 突きの姿勢で振り下ろした草薙を受けているハゲ。

「うっそ!?」

 めっさ吃驚した。

 実は振り下ろして槍を下に弾こうとしたのだ。

 だがハゲは耐えた。

 馬力が足りなかったか?いや、そんな訳は無い。

「伊達に守護天使の加護を宿した訳じゃねーのか…」

 ハゲは確かにパワーアップした。

 だが、まさか此処までとは!!

「上からの打撃に弱い突きだが、耐え切れれば僕の勝ちだ!!」

 ハゲが槍をグルンと捻って回転を与えた。

「うぇっ!?」

 刃が滑り、槍から外れる。

 そのまま突いて来るハゲ。

 槍の切っ先が俺の顔面に向かって伸びて来る!

「今度こそ死ね!!間男おおおお!!!」

「嫌に決まってんだろハゲ!!」

 俺は顔を反転させ、刃から逃れた。

 間合いや力の伝達不足で、厄介な衝撃波が生じなかったから刃の見切りで済んだ が、パワーアップしたハゲはなかなかな強者になっていた。

「躱したついでだ!喰らえハゲ!」

 俺はそのまま頭突きを敢行。当たり前のように、ハゲのハゲ頭にヒットした。

「ぐあっ!!」

 頭が後ろに仰け反るハゲ。

「おらああああ!」

 がら空きの顎に草薙の柄でぶん殴る。

「がふっ!!」

 更に後ろに飛ぶハゲ。

「漸く草薙の間合いだぜ!!」

 いや、草薙はその気になれば、間合いは全然意味は無いが、まあ、刀の間合いだ。

 下段に構え直して上に跳ね上げる。

「くああああ!!!」

 ハゲもなかなかの回避能力を発揮して、槍の柄を前方に出してガードする。だけどなあ!!

「遅ぇえええええ!!!」

「ぐぎゃああああああ!!!」

 ハゲが絶叫し、地面に膝を付く。

 その直後、ハゲの両腕が付いた槍が空から降って地面に落ちた。

「ロンギヌスの槍!返して貰ったぞハゲ!!」

 俺はハゲの肘から先を斬ったのだ。

 ロンギヌスを壊すな、と言われていたので、腕の方を斬ったと言う事だ。

「ぎゃああああああ!!僕の!僕の両腕がああああ!!!」

 血を噴き出しながら喚く事を止めないハゲ。そんなハゲに近付いて行く俺。

 俺はマニフェストを実行する男、北嶋 勇!!

 毛根の次は肉体を殺す。

 そう宣言したのだから!!

 蹲って泣き喚いているハゲに、草薙の切っ先を向ける。

「せめてもの情けだ。苦しまないよう、一撃で首を刎ねてやるよ」

 本当はボッコボッコにぶん殴り、ボロ雑巾のようにしなきゃ気が済まんが、俺は慈悲深き男、北嶋。

 決して面倒だからでは無い。

 ハゲは再び涙でグッショグショになり、懇願してくる。

「ま、待ってくれ…僕の両腕は無くなった…僕はこれ以上戦えないんだぞ………?」

 だから何?

 逆の立場なら躊躇わずにとどめを刺すだろうに。

 なんて都合良いハゲなんだこいつは?

 まぁいい。元より話をする気は無いし。

 俺はゆっくり振り被る。

「死ねハゲ」

「ひいいゃあああああああ!!!」

 ムンクの叫び宜しくなハゲ。

 肉体の次は魂かぁ。

 二度と転生出来ないようにしなきゃなぁ。

 とか思いながら振り下ろした刹那!

 ガシッと後ろから羽交い締めされて動けなくなった。

「ああ?」

 超イラッとし、羽交締め締めした奴を見ようと首を捻った瞬間!

「ぐはあああああ!!」

 と、ハゲが誰かに跳び蹴りを食らって吹っ飛んだ。

「なんだ天パ?何故止める?」

 羽交締をめしたのは天パだ。

 ハゲが掻き消した火柱の所からノコノコやって来たようだ。

 天パの後ろには、無表情が槍に握られているハゲの両腕を、ブチブチと剥がしていた。

「外道とは言え人間だ。流石に人殺しはマズいだろ」

 暑苦しい葛西が転がっているハゲの腹に蹴りを入れている。

 跳び蹴りをかましたのは暑苦しい葛西か。

「そう言う事だ。力量差がはっきりある相手だから、正当防衛も適応されないしな」

 天パは刑事だから、俺が殺したら捕まえなきゃならんとか思っているのか?

「言っておくが、全員がアダムは殺されても仕方が無いと思っている。そんな奴の為に、お前が人殺しの業を背負う必要は無いって事もな」

 槍を回収した無表情がそんな事を言った。

 気を利かして止めたって事か。

 だが…

「俺はマニフェストを実行するぞ!!これは命のやり取りで、互いに掲げた公約だ!!」

 ハゲなら迷わず殺していた筈。

 ハゲが良くて俺がダメって事は筋が通らないだろう。

 何よりも、俺の気が済む訳が無い。

「そりゃそうだ。何なら俺が代わりにぶっ殺してやりたいくらいだぜ。だがなぁ…」

「誰がお前に引導渡させるか!!厚かましい暑苦しい奴め!!」

 羽交締めされている俺の目には、葛西がハゲをガシガシ蹴っている様が映っていた。

 何を便乗してんだ暑苦しい!!

「勿論、俺達もさっきまでは殺せと思っていた。奴が心に呼び掛けてくる前まではな」

「奴?奴って誰だ?」

 羽交締めを解く天パ。

「悪魔王さ」

 悪魔王だ?また奴がしゃしゃり出て来たのか!!おおおお!!マジイラつくなあいつ!!

「俺達はよく解らないが、お前はこれから先何か使命があるらしいな?なんか進化の過程がどうとか…その過程観察の妨げになるであろう、人殺しの業はお前に与えたく無いらしい」

 つうか無表情!!お前カトリックだろ!!あいつバリバリ敵じゃねーかよ!!なにを懐柔されてんだよ!!

「つうかモルモットか俺は!!あの野郎、次はあいつをぶっ殺す!!」

 勝手な物言いをする悪魔王に激しく憤る。

「もう来たようだぜ」

 暑苦しい葛西が俺をグイグイとハゲから遠ざける。

 と同時に、地面からでっかい腕が現れ、ハゲをガシッと捕らえた。

「コラァ!!勝手な真似しやがって!!さっきは見逃したが、次は無いぞ!!」

 マジギレした俺は草薙を振り被るが、直ぐ様暑苦しい葛西達に羽交締めにされてしまう。

「離せこの野郎共!!ハゲ諸共悪魔王をぶっ殺すんだよ!!」

「個人的には離したいんだがな」

 じゃあ離せよ暑苦しい!!

「俺達もリリスの配下の人間を殺したしな…」

 そりゃ襲って来たんだからぶち殺すのは当たり前だろうが?お前の所なんて、本丸まで襲われただろうが?仕返ししないとかあり得ないだろ!!

「だが俺達とお前の決定的な差が、俺達はギリギリ勝った。って事だ。文字通り『殺すつもり』じゃなきゃ、こっちが殺されていたからな」

 天パのお前なら確かにそうだが。

 つか、何か都合良く解釈されている感が多々ある。

 つまり納得出来ない。

 納得出来ないから斬る!!

 俺は馬力全開で、奴等を引き摺って悪魔王の腕に近付いて行く。

「なんつう馬鹿力だテメェは!!」

 ギリギリと俺を押さえる葛西達。

「あ、あああ~…楽園を追い出したばかりか、更に命まで取るか~……」

 手の中で、諦めたように項垂れるハゲ。

――役割が当に終わっていたのを忘れ、転生による転生を重ね、数々の罪を重ねてきた貴様だが…奴に殺されるよりは幾分楽に死ねるように配慮しよう。貴様が果たした人類の祖としての功績の対価に。

 悪魔王の手が握り固められると、ブチュッと言う音がし、ジワリと指の隙間から血が漏れ出した。

「あああーっ!!ハゲをぶっ殺しやがったあ!!」

 あれは俺の敵。

 最後まで敵と接しなければならない相手。

 それを横からかっさらいやがった!!

 無理やり葛西達を振り解いた俺は、悪魔王の腕目掛けて突っ込んで行く。

「代わりにお前が死ね悪魔王!!」

 横に構えた草薙。そのまま一振りすれば終わる。

 その時!!

「悪魔王を殺したらリリスが助からないわ!!」

 超急ブレーキを掛けた状態になり、つんのめる。

 そのまま回転し、後ろを振り返る。

「どういう事だ神崎?」

 そこにはホッとした表情の神崎が立っていた。

 俺が止まったのを確認し、悪魔王が口を開く。

――大量の人間を殺したリリスの罪を、ミカエル殿が計らってくれるのだ。それは悪魔である俺には出来ぬ事…

「その対価がハゲをかっさらう事かコラァ!!」

 今の俺は、兎に角悪魔王が口を開いたらムカつく状態。何を言われても腹が立つのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 悪魔王では話が出来ない。

 だから私が此処に来た。

 興奮状態の北嶋さんに近付いて行き、身体を抱き締める。

「お?おおお…?」

 強張っていた身体から力が抜けて行く北嶋さん。

「悪魔王ではリリスの罪は消せない。だけど悪魔王にしか出来ない事もある。それが代わりに罪を背負う事」

「罪ってなぁ~…うーん、うーん、うーん………」

 しどろもどろになる北嶋さん。

 命のやり取りした相手を殺す事は罪なのか、と疑問なのだろう。

「葛西達は本当にギリギリだった。だから殺すのもやむを得ない状態だった。だけど北嶋さんは違う。アダム相手とは言え、弱い者虐めになってしまう。それは葛西達が殺した以上の罪になるわ」

 アダムの腕を斬った時点で、北嶋さんは『仲間を守った』事になった。

 あれ以上は必要無い。

 自然界でも、仲間を守る戦いは、相手が戦意を失ったら終わりだから。

「だから代わりに悪魔王が殺して『俺の罪』になるような事は避けた、ってのか?」

 再び力を込める北嶋さん。恩着せがましいと苛々してきたんだ。

 だから私は再び力強く抱き締める。

「ハッキリ言うわ。アダム程度の相手に罪を被る必要は無い。北嶋さんはこれから先、もっともっと世の為人の為に貢献出来る人。だから代わりに私が言うわ」

「何を言うんだよ?」

 抱き締めた力を緩める事をせず、独り言のように呟いた。

「ありがとう悪魔王サタン。北嶋さんを『守ってくれて』ありがとう」

 再び強張る北嶋さん。だが、私の腕からは逃れようとはしなかった。

――これで本当に貸し借り無し、だ

 消えて行く悪魔王。

「おいコラ!!勝手に消えんな!!おい!!」

――役目を終えたら消えるのみだ。消えなかったアダムは害にしかならなかっただろう?

 ぐうぅっと唸る。説得力があったんだろう。現に脱力している。

 悪魔王の気配が完全に消え去り、私は漸く北嶋さんから離れた。

「納得出来ない事はあるでしょうけど、我慢して北嶋さん」

 キュッと手を握り、じっと目を見る。

「あー…あー…うーん…あー…まぁ、いいかな?」

 北嶋さんは散々首を捻りながら、渋々ながら納得してくれた。

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