苦い思い出は尽きることを知らず
「あ」
オレは箸を止めた。あることが頭に浮かんできた。
「女子は壁ドンにときめくんだってさ」
昨年のことだったと思う。オレの部屋で好き放題やっていたミサエが、急にそんなことを言った。
「だってさ……って、そういうお前も女子だろ。分かんねーの?」
「うん、分かんない」
「へー」
「というかオマエ、一貫性ないね」
「……は?」
突然の、何だか真面目そうな言葉にドキッとするオレ。
「い、いきなり何だよ!」
「だってさ、」
食べていたポテトチップスから手を離し、読んでいた雑誌から目をオレの方へと移したミサエ。
え……。
何か失言でもかましたか、オレ?
「オマエ、一体あたしを何だと思ってんだよ?」
「おい待てよミサエ。何でそんなこと聞くんだよ?」
「だってさ、オマエ」
「う、うん……」
「あたしのこと、ゴリラって言ったり女子って言ったり、忙しい奴なんだもん」
「……は?」
「だから、一貫性がないって言ったの」
「……あー……」
そこか……。
というかミサエ……。
「……あ、あのさー、ミサエ。ゴリラのことだけど」
「それはそうとさー」
「えっ」
「何?」
「いや、何でもない」
「あっそ」
おい、傷ついていると思ったのに、そうでもなかったのかよ。
謝ろうと思ったのになぁ~……。
で、そのついでに……。
「そんなに嫌だったなんて知らなかった。お前のことが好きだから、つい意地悪言いたくなってさ……」
って告白しようと思ったのに!
「ねぇ、壁ドンしてみてよ」
「っ……はああっ⁈」
何なんだよ、さっきから!
そろそろオレ、おかしくなるぞ!
「ほら立てよ」
ミサエはもう、部屋の壁に背中をピタッとつけて立っている。オレに拒否権がないことを物語るかのように。
「……はい」
オレは立ち上がり、ミサエと向き合った。
やっぱり身長差、ねーな……。
そしてこいつ、かわいいな……。
「早くしろ」
ミサエが急かす。そしてオレは思い切って、ミサエの横にドン! と手をついた。
「……」
「……」
……気まずい……。
そんな沈黙を破ったのが、
「ぐおっ!」
ミサエの前蹴りだった。
「なんかムカついたわ」
うずくまるオレに、ミサエは容赦なく言葉を吐き捨てた。
「な、なぜだ……」
「オマエだからかもね。他の人だったら、キュンとしたかもね」
「っ……」
あぁ、分かっていたさ……。
オレに魅力がないことくらい……。
でもそれをオレに教えてくれたのは、お前だろ……?
じゃあ悪いのは……、
「うるさいよ賢太! それに家が壊れるから、壁なんて叩くもんじゃないよ!」
オレ?
「……母ちゃん……」
ミサエ! お前、成長してもすぐにキレて腹キックしてんじゃねーかよ!
「何だよ、残すなら食べてやるけど」
「残さねーよ! 食う!」
料理はうまい。だけど苦い。
なあ、ミサエ。
これ食べ終わって、腹キックなんてしないでくれよ?
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