メロンタイムに落ちた雷

 さて、一本負けを喫したオレは、その後メンタルも体も無事回復し、いつも通り遊んだ。楽しい時間は、本当にあっという間。ただいま、家の玄関前。


「もう帰っちゃうの……」

「はい。今日はママ、いるので。おばちゃんのご飯も、好きなんですけどね……」

「あら~、ありがとう。また一緒に食べましょうね~」

「ありがとうございますっ」

「うちは女の子いないから、おばちゃんミサエちゃんが来てくれると楽しくて……」


 ミサエは、オレの母ちゃんと超が付くほど仲が良い。オレと善希の二人兄弟を産んだ母ちゃん。我が子を大好きだということは子どものオレたちに十分伝わっているが、女親故の淋しさもあるのだろう。ミサエが来ると、本当に楽しそうで嬉しそうな顔をする。この二人、ときには一緒に買い物したり、スイーツを食べに行ったりと、まるで実の親子のように遊ぶほどの仲。ヤキモチなんて、そんな気持ちはオレも善希もない。母ちゃんが嬉しそうなのは子どものオレたちも嬉しいし、善希は今日みたいに一緒に遊ぶくらいミサエのことを姉貴みたいに慕っているし……。

 

 それに、オレはミサエのこと……。


「ミサエちゃんが、賢太……もしくは、よっちゃんと結婚すればいいのに~!」


 ……は?


「そうすればミサエちゃん、おばちゃんの娘になるから~!」

「いや~んっ」

「母ちゃん気が早いね~。おれ結婚なんてまだまだだよ~」


 おいおいおい! 

 何だよ母ちゃん、その話の流れは!

 てか、お前も乗るな、ミサエ!

 そして兄ちゃんの気も知らず、楽しむな善希!


「母ちゃん! くだらないこと言ってねーで、ミサエに渡すもの、あるんだろ?」

「あら、そーだったそーだった!」


 片手をグーにして、もう片方の手のパーをポンと打つ……なんて妙に古いことをしてから、母ちゃんは家の中に一旦戻った。


「へっへっへ。よっちゃん、あたしは一体、なーにをもらえんのかな? 」

「良いものだよ~」


 早速お土産を気にし、さっきのあの会話を全然気にしない。


 オレは今も気にしているというのに、こいつ……。

 仕方のないことだけど、やっぱり淋しい。


「はいはいは~いっ、おまたせ~」


 母ちゃんが戻ってきて、ミサエに例のものを差し出した。


「これ、親戚からこの前もらったメロンよ。ハネジュー」

「わあ、アミアミのないメロン! ここら辺のスーパーでは、あんまり見かけないんですよね~。ありがとうございますっ!」


 満面の笑みで母ちゃんにお礼を言うミサエ。メロンをまるでお腹を痛めて産んだ子のように愛おしそうに抱きかかえている。


「はああ。食べるのが楽しみ! 本当にありがとうございます! お邪魔しました~」

「またね~ミサエちゃん」

「またねー」


 オレは、手を振った。




「聞いてよ母ちゃん。今日さ、兄ちゃんプロレスで、ミサエちゃんに負けてんだぜ」

「っ! おいっ!」


 夕飯後のデザートタイムに、善希はメロンがまずくなるような話を始めた。


「何ですって⁈」


 母ちゃんは驚いている。


「兄ちゃん、ミサエちゃんと最後の一枚のポテチの取り合いになって、プロレスでどっちが食べるか決めることになったんだ。それで勢いよくミサエちゃんに向かっていったのに見事にかわされて、ケツキック食らって、その後下に押し付けられて、技決められてギブアップしたんだ!」


 得意そうに語る善希。


 だが善希、お前はレフェリー兼インタビュアーだ。

 それに、こんなこと親に堂々と話すようなもんじゃないだろ。


「ちょっと、何を偉そうに言っているの! よっちゃん!」

「か、母ちゃん……」


 あーあ、やっちまった。


 オレは今まで、ミサエとのプロレスのことを母ちゃんに一回も話していない。そりゃあ、危ないことをしているからっていうのも理由だ。でも一番の言えない理由はやっぱり、女の、しかも好きなあいつに一度も勝ったことがなくて恥ずかしいからだ。


「プロレスごっこはダメ! 危ないでしょ、弟なら止めなさい!」

「……はい」


 善希の元気は、すっかりなくなってしまった。


 バカめ。

 兄ちゃんに恥をかかそうとするからだ。


「そして賢太……、あんたもそんなことやめなさい。母ちゃん悲しいわ。もし大怪我なんてしたら……」

「母ちゃん……」


 オレのこと、心配してくれるのか……。


「ミサエちゃん、お嫁にいけなくなったらどうするのっ! 特に、顔に傷なんてできちゃったら……」


 ……へ?


「女の子にそんな乱暴なことするの、やめなさいっ!」


 え、今まで我が次男坊の話、聞いていましたか?

 お母様?

 乱暴なことされたの、オレっすよ?

 プロレスんときのあいつ、もう女じゃないよ?

 つーかゴリラ。

 それなのに、え?


「母ちゃん、やられたの、オレなんだけどさ……」

「大体お菓子のことで、そんなことするんじゃないの!」

「いや、てか仕掛けてきたのあいつで……」

「最後の一枚は、ミサエちゃんに譲りなさい! 男の子なら、女の子に優しくしなさい!」


 ねえ、この家、オレの味方いないの?


「そーだ。そーだぞ兄ちゃん!」


 お前、立ち直り早っ!

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