脂は飲むんじゃねぇ、食べるんだ

「オマエ、今は家に誰もいないんでしょ?」

「うん」

「じゃあ昼も食べてけよ。十時のおやつだけじゃなくてさ」

「いーの?」

「良いから誘ってんだろ?」


 ランチまで! 

 やった!

 さっき録画云々とか考えていた自分に、思いっきり「バカヤロウ!」と言ってやりたい。




「ほら、できたぞー。トンテキだ」


 ミサエが昼食を運んできた。でんっ、とテーブルに乗っけられた昼食は、やっぱり……。


「うまそう!」

「まずいワケねーよ。さっきも言っただろーが」


 そうでした。


「いただきまーす!」

「はい、お食べ」


 トンテキ……。

 味付けがしっかりとなされたであろう分厚いそれを、ほかほかの白米にワンバンして、口の中へと運ぶ。


「うまー!」

「うん、うまい!」


 オレたちはトンテキに夢中になった……と思ったらそれは間違い。オレの目の前に、トンテキならぬ天敵が立ちはだかった。


「う……」


 それは、脂身だ。


「何だよ? 食わねーならもらうぞ、あたし」

「ん、やる」

「じゃ、肉やるよ」

「ありがと」


 ミサエとオレは、脂身と肉を交換した。


「お前……、よくそんなの食えるよな」

「うん。むしろ肉より脂身のが好き」

「昔から、そうだよな……」




「よく脂身が食えるね」


 小学三年生のころの給食。オレは脂身に食らいつくミサエを見て、げっそりした。


「え、おいしいじゃん」

「そんなの気持ち悪いって!」

「は⁈ 何よそれ」

「そんなゲテモノ好きな人、見たことないし!」

「今、見てんじゃんよ!」

「妖怪アブラババア~」

「何だとっ!」


 ミサエはオレを殴ろうとした。


「おー怖っ!」


 オレは急いで席を離れ、逃げた。キレたミサエは、オレを捕まえようと立ち上がる。


「ミサエちゃんが怒った!」

「何やってんだよ賢太~」

「やめなって!」

「やれやれぇ~」


 クラスのみんなは、オレたちを見て騒いだ。男子はおもしろがり、女子は「やめなよ木村!」の一点張り。のぼせ上ったオレは、さらにミサエを刺激する。


「やーいやーい、アブラババア~」

「うるさい!」


 向かい合うミサエとオレ。もう取っ組み合いの体勢はできている。


「何だよ。悔しかったら来いよ、アブラバッ……」


 ミサエは、オレに最後まで言わせてくれはしなかった。


「賢太ー!」

「あーあ、バカだね木村は。あんなになるまでミサエちゃんをからかって……」

「ちょっとみんな! 席に座りなさい!」


 職員室へ行っていた先生が戻ってきた。


「先生、木村くんがミサエちゃんに意地悪しましたー」

「それで大守さんがキレて、賢太の腹を思い切り蹴りました~」

「まあ……! 何やってるの、もう!」


 オレは立ち上がれず、大の字状態。少しリバース。ミサエは仁王立ちになって、オレを睨んでいた。


 怖かった。マジで。


「賢太、そんな意地悪なこと言うんじゃないの! 美冴ちゃんも女の子なんだから、そんな乱暴なことしちゃダメ!」


 事情を知った先生は、オレたちを叱った。ミサエはまだまだ怒っていた。怖かった。


「……ごめん……」


 さすがにやり過ぎたと反省したオレは、すぐにミサエに謝った。


「次言ったら、マジでぶっ殺す!」

「美冴ちゃん! そんなこと言わない!」


 ミサエのオレに対する機嫌が良くなるまで三日はかかった。




「あのときオマエ、ゲロ吐いたよな」

「お前が腹キックなんて、えげつないことするからだろ!」

「でもあたしも、それくらいでキレるなんてね~。やっぱ小学生だわー」


 ミサエはケラケラと笑っている。

 ちょっと言われてキレるのは今も変わらないんじゃ……、と言いかけたが、また腹キックなんてされたらと思うと恐ろしいのでこらえた。


「脂身好きなら、ラードでも飲んでりゃいーじゃん?」

「脂は飲むんじゃねぇ、食べるんだ」


 ザ・迷言。

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