たった一人の少女のために、少年は生と死の境界線上を駆け抜ける

 「板子一枚下は地獄」という言葉がある。
 これは、船底一枚を隔てれば、そこには落ちたら助からない、危険だらけの海が広がっているという、船乗り仕事の過酷さを表したものだ。

 一見すると堅牢・安全に見える現代の日本社会も、地震や台風、大雨や大雪のような自然災害の前には無力であることがしばしばだ。
 我々の暮らすこの平和で快適な社会は、実際には荒波の中に浮かぶ一隻の船であり、「板子一枚下」には地獄が広がっている。


 本作は、そのただでさえ危うい社会がパンデミックによるゾンビの大量発生という、未曾有の事態によって崩壊した中で紡がれる物語だ。
 「好きな子を助けたい」という一心で突き進む主人公・邦彦の姿は、荒波に浮かぶ船どころか、時化の海に揉まれ油断すればあっという間に転覆してしまう、一艘の小舟でしかない。

 熟練の船頭が如く道を指し示してくれる祖父や、頼りになる仲間たちも現れるが……最早戻れる港もなく、高波一つでもろともに海の藻屑となる、過酷な状況は邦彦に予断を許してはくれない。

 剣道の素養があるだけの、ごく普通の少年であった邦彦が、如何にしてその過酷な状況の中、それでも諦めない強い意志を身に着けていくのか?
 「好きな子を助けたい」という想いが、戦う力になるまでのプロセスをしっかりと描いているのも本作の魅力だと感じた。

 蛮勇ではなく勇気を、そして希望を抱いて絶望の中を駆け抜ける少年の姿を、どうか見守ってあげて欲しい。
 

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