第三章 ラーイェンの悪魔 -2-
ラーイェンより西に二パラサング(約十キロメートル)ほど山道を登ったところに、一つの瀑布があった。
その巨大な滝の裏に、双子神の力を利用することで封じられた洞窟があった。だが、いま、アシュヴィンの双子神の封印は解かれ、ナーサティヤとダスラは大地に解き放たれた。その結果、双子神の力を流用して封印されたこの洞窟もまた、封印から解かれたのである。
洞窟から出てきた怪物は、全身に鱗を持ち、縦長の瞳と長く赤い舌を持っていた。顔は蛇に酷似していたが、四肢を持ち、直立歩行をしていた。彼らは剣や棍棒を持ち、鎧や衣を纏っていた。彼らの行動には、明らかに知性あるものとしての秩序があった。彼らは続々と現れ、滝の前の小道は瞬く間に彼らで埋まった。
続いて現れたのは、蝙蝠のような翼を持つ二人の女悪魔であった。一人は歩くたびに岩肌が融解するほどの高熱を発しており、赤い翼と尻尾を持っていた。もう一人は黒い翼と尻尾を持っており、歩くたびに足もとのまばらな草が老いて萎びていった。すなわち、双子神によって解き放たれた女悪魔、
「あたしら、蛇の面倒とか見るのやなんですけれどー」
「誰もあんたに見ろとか言ってないわよ、ザリチュ。蛇は蛇で勝手に動くわ。あたしらは封印を解くだけ。あたしらの仕事はこの王国の水と植物を枯らすことよ」
「えー、でも面倒くさいしー。というか、タルウィ怒ると暑くてうざいしー」
「あんたが怒らせているんでしょうが! とっとと行って仕事しなさい!」
「えー、シャーダート砂漠あたりでのんびり乾いていたいー」
タルウィがザリチュの頭を叩いた。じゅううと肉が焼ける音がして、ザリチュは悲鳴を上げた。
「熱い! 暑いじゃなくて熱い! まじで殴るし、まじやる気下がるんですけれどー」
「溶かされたくなかったら、とっとと行く!」
「もう、絶対タルウィ更年期だしー怒りっぽいから男寄ってこないし」
ぶつぶつ呟きながらザリチュが飛んで行った。タルウィは哀しげに空を見上げると、震えながら呟いた。
「更年期じゃないもん……まだまだあたしだっていけるもん」
しかし、涙は出るとすぐに蒸発し、タルウィは泣くこともできなかった。女悪魔は鬱屈を抱えたまま、ザリチュとは別な方角に飛んで行った。
蛇人たちは女悪魔の戯言には無反応であった。彼らは千人ほどの人数が集まると、移動を始めた。そして、また洞窟から次々と蛇人たちが現れる。彼らは千人くらいずつ小集団を幾つもつくると、小集団ごとに移動を始めたのである。
最後に現れたのは、人の姿をした男であった。だが、彼には頭から二本の角が生えており、背中にも爬虫類めいた漆黒の翼があった。彼の瞳は金色に輝いており、蛇と同じように縦長に裂けていた。すなわち、彼が蛇人たちの王エジュダハーであった。
「クナンサティー!」
エジュダハーが叫ぶと、洞窟の中から一人の
「はっ、竜を統べし王エジュダハー陛下、お呼びでしょうか」
「転んだだろ」
「何のことでしょうか、陛下」
にっこりと笑ったその顔には、追求を許さない何かがあった。エジュダハーは諦めた。
「ケルマーン、シラージシュとアスパダナと、こんなところか、双子神のやつらが言っていたところは」
「はい、当面騒ぎを起こしてほしいところはそのあたりだそうです。ザグロス山脈沿いで十分だと言うことでしょう」
「まあ昔のアーラーンの版図はそんなもんだしな。とりあえず、
エジュダハーは最後の蛇人たち千人を集めると、軽く手を挙げた。
「よし、じゃおれたちもまずはシラージシュを目指すぞ。うろうろしている人間どもがいたら、食っちまえ。最終的に目指すのは……アスパダナ、だ」
暗い山の中に、蛇人たちの喚声が響き渡った。彼らは剣を振りかざすと、細い山道を次々と下りて行った。
その上空を、一羽の
(ヒルカよ)
(なんでございましょう、師匠。そろそろお出でになっていただかないと戦いが終わってしまいますが)
(愚かな! そなたは何もわかっておらぬ。ラーイェンにいま何が起こっているか、そなたの
(エジュダハーと蛇人たち、それと悪魔タルウィとザリチュ。ラーイェンの瀑布に封印されていた太古の悪魔たちが活動を始めておる。タルウィとザリチュを行使するのは双子神……
(
(それは
(ど、どうなるのでしょう)
弟子の慌てた念話に、ファルザームは舌打ちした。
(一刻も早く対策を立てねばならぬ。現在、蛇人どもの軍団がラーイェンの瀑布より山を下って行っておる。これを放置するわけにはいかぬ……また、タルウィとザリチュの二人の悪魔も放置するわけにはいかぬ。これは神殿で
(わかりました)
弟子との交信は切れた。ああ見えて、ヒルカは優れた弟子である。上司に気に入られることができないため、
(これは……歴史が変わる。かつてネボがアッシュール神族の歴史を変えたように、
王子も特異点の一つであろう。だが、根源ではない。ファルザームはなぜかそう思った。本来、ケーシャヴァなどが双子神のことを知るはずがないのだ。だが、明らかに王子はそれが目的でラーイェンに行った。マハンに進軍した麾下の軍を見捨てて行軍したのだ。誰か、ケーシャヴァに入れ知恵している者がいる。
それが誰か、その正体が何者か。
それを一刻も早く突き止めねばならぬ、と
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