第一章 赤毛の小娘 -1-
冷たくなった
「
「急な徴兵だったからね。食料の準備も間に合ってないようだ」
同じ
「足りないならそれをやるよ、アナス。おまえはまだ体を作らないといけないからね」
「ありがとう、シャタハート。けちな王国の連中とは違うわね」
僅かな食事を終えると、少女は
アーラーン王国南東の要所ケルマーン。アフシャール部族の族長マフヤールが治めるこの地に、いまアーラーン王国の諸部族率いる二万の兵が集結している。
マフヤール率いるアフシャール部族が五千。
バームダード率いるカシュガイ部族の兵が二千。
勇猛なるサーラール率いるクルダ部族の兵が二千。
バクティアリ、バルーチ、イルシュなど小部族の兵が千。
そしてアーラーンの王メフルダード麾下のシャーサバン部族の兵が一万。
アナスとシャタハートが所属するイルシュ部族は、王国の招集に応えて兵を送ったが、その数はわずか五百。当然待遇は軽く、城壁の外での
「あの
シャタハートの視線の先を、少女も見たようであった。
国境の街ザーヘダーンは、すでにミタン王国の侵攻により陥落していた。ザーヘダーンのバルーチ部族は敗走し、イルシュ部族の隣で薄汚れた
「ミタンの兵力もかなりのものだとか。ザーヘダーンが陥落してすでに一か月以上。そろそろ先遣隊がこちらに向かってきてもおかしくない頃合いだ」
「問題はあたしたちがどこに配備されるかってことだわね。真正面で捨て石にされるのはたまらないわ」
アナスは
イルシュの兵五百を率いてきたのは、族長の息子ルジューワである。アナスたちの
「ルジューワは話にならん。王に会えてすらいない。将軍に着陣の報告をし、城外で待機しろとの命令を受けてそれっきりだ」
「そんなことだろうと思ったよ」
シャタハートは面白くもなさそうに呟いた。
「エルギーザに情報を集めに向かわせたよ。とりあえず、隣のバルーチの連中のところにね。ザーヘダーンの状況が知れれば、少しは心構えもできるだろうさ」
「
辛辣なアナスの呟きに、シャタハートは苦笑した。
「わたしもそれは勘弁してほしい。いざとなったら逃げるのも一つの手だが、さて砂漠を越えるほどの物資がないのが困ったものだ」
「ケルマーンは東は砂漠、南は山だからな。ザーヘダーンから砂漠の南端を回ってここまで小さな街が四つほどあったはずだが、どこまで足止めになるものか。軍が迫ると同時に門を開くのが関の山だろう」
「砂漠の南のバムからこのケルマーンまでの道は山の中で、大軍が急いでこれるようなものではないはずだわ。試しにひとあてして敵の進軍を遅らせてほしいところだわね」
アナスも自分の
「やあ、ぼくの分の
アナスは黙って鉄瓶から
「いやあ、参ったね。今回のミタン王国は、第一王子のケーシャヴァが率いているらしい。その数は十万と号しているとか。ザーヘダーンの城門は一日で落ちて、族長も殺されたとさ。隣にいる連中は兵というより、ほとんど避難民だね。武装もろくにしてないし、女子供も多い」
「予想通り過ぎて涙が出るね」
シャタハートもため息をついて
「ババール、ナユール、アグハラーナ、スミトラ、アクランティ。ミタンの六将のうち、五人を確認したようだよ。英雄がいなかったのは、不幸中の幸いなんだろうかね」
「本気すぎるじゃない、それは」
アナスのぼやきは宙空に消えた。
「急な招集で、こっちの歩兵の多くは間に合ってないんでしょう? アーラーンの騎兵が勇猛果敢だとはいえ、準備不足は否めないわね」
「騎兵では籠城もできないだろうし、城外に展開しての原野戦になるな」
「北からクルダの連中が来ているから、原野戦で負けるとも思えないけれども」
「問題は、あの
無能な指揮官の下では、いくらアナスたちが腕に覚えがあっても生き残れない。せめてイルシュ五百騎がアナスの部下で、思う通りに動かせるなら戦いようもあるが、現状では真正面の最前線に駆り出され、そのまま使い潰されるのが落ちだろう。
「あいつの指示を待っていたら、命がいくつあっても足りないわ。ここは、あたしたちで前線に偵察に出るのはどうかしら」
圧倒的に足りないのは情報である。ミタン王国軍がザーヘダーンを落とした後、どこまで来ているかもわからない。ならば、自分たちで情報を手に入れるしかなかった。
「面白いね」
エルギーザがのんびりと言った。
「よかろう」
ヒシャームが獰猛な笑みを浮かべる。
「敵の先陣がどこまで来ているか……それだけ確認したら戻るぞ。おまえらに任せたら、そのまま敵陣に突っ込みかねん」
やれやれと言いたげにシャタハートが肩をすくめた。
「情報を得たら、
シャタハートの言葉に三人はうなずいた。
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