第二章 ケルマーンの戦い -8-
ミタン軍に動きが出たとヒルカから報告が来た。
ババール、アグハラーナ、アクランティの三人の六将の軍一万九千が一斉に動き出したのである。ゴルバーフに向かったナユール軍五千も同時にゴルバーフの攻略に動き出したとのこと。何故か、敵の総大将ケーシャヴァの軍一万だけがナービッド付近から動かない。
マハンで三人の六将を迎え撃つ味方の軍は、一万四千に増兵されていた。集結してきた歩兵の援軍が、ケルマーンから回ってきたのである。バムシャードという歩兵の将軍も参戦し、歩兵四千を預けられた。
今回の味方の作戦は、それほど奇を衒っていない。敵が
敵は前段にアグハラーナ将軍、中段にアクランティ将軍、後段にババール将軍の構えで来ていた。
双剣の猛将アグハラーナは、
バムシャードは盾を構えた重装歩兵を前面に出し、その後ろから容赦なく矢の雨を降らせた。チャコルの騎兵は損害を出しながらも、バムシャードの重装歩兵の前面に食いつこうとする。その横から、第二騎兵大隊のアルデシルが突っ込んできた。チャコルは千騎ほどに第二騎兵大隊の対処を任せ、遮二無二重装歩兵の盾に穴を開けようとする。そこに、逆側から第三騎兵大隊が更に襲い掛かった。
アグハラーナは手持ちの千騎を突入させ、第三騎兵大隊を追い散らした。だが、第二と第三が下がると同時に、第四と第五騎兵大隊が現れる。今度は逆にアグハラーナの両翼の騎兵が押された。
ババールから指示が下され、前段の騎兵が一度下がった。アーラーン軍は深追いを避け、陣形を保つ。そこに、中段のアクランティ将軍の歩兵五千が前進してきた。
アーラーンの騎兵大隊は交互に突撃を繰り返したが、アグハラーナの騎兵部隊がうまく牽制し、拮抗する。それでもアーラーンの騎兵は交互に出撃を繰り返した。
第一騎兵大隊のナーヒードも、三度目の突撃を敢行する。アクランティの歩兵の横に食らいつこうとするが、副将のチャコルの騎兵の動きが恐ろしく巧みで、膏薬の如くナーヒードの軍から離れない。このままだと時間切れで離脱か、と思われたとき、流れ矢の如く遠距離から飛来した一本の矢が、騎兵隊を指揮するチャコルの兜に突き立った。
チャコルは瞬時硬直するかのように動きを止め、そして糸が切れた人形のように落馬した。チャコルが指揮していた騎兵はすぐに次の指揮官に引き継がれたが、一瞬動きは鈍った。
ナーヒードには、それで充分であった。彼女は食いつく敵の騎兵を次の第三騎兵大隊に任せ、そのまま振り切ってアクランティの重装歩兵に突入していく。立ち塞がろうとした歩兵は、先頭の騎士を遮ろうとした瞬間、轟音とともに吹き飛んだ。
断続して何かが爆発するような音が響いた。音がすると同時に、ナーヒードの軍の前の歩兵が崩れていく。アクランティの歩兵は真横から二段目三段目を崩され、大きく揺らいだ。
「くそ、なんだあの男は!」
アクランティの眼前を、ナーヒードの騎馬隊は駆け抜けていった。先頭の騎士は白い套衣を纏っていたが、すでに全身は返り血で赤黒く染まっていた。彼の頭上には黒い小さな飛礫が数個浮かんでおり、途切れなく轟音が発するとそれが兵に向かって飛んでいくのだ。目に見えぬ速度で飛んだ飛礫は、一撃で兵の脳漿を散らし、絶命させる。ナーヒードの騎兵の前には血でできた道が作られていった。
真一文字に突っ切られ、陣形を崩したアクランティ軍の前線は、その隙を歩兵に突かれて潰走状態にあった。アクランティは前線に出て立て直しを図らざるを得なかった。
だが、その開いた穴をこじ開けるように第三騎兵大隊が突入してきた。第三騎兵大隊を止めていた味方の騎兵は、先頭を駆る黒衣の騎士に文字通り粉砕されていた。
「
「スミトラ将軍を討った男だ!」
勢いに乗った騎馬隊を、崩れた歩兵では止められない。アクランティは歯噛みした。と、そこに味方の騎兵部隊が、決死の形相で駆けつけてきた。先頭の男の兜には、二枚の赤い翼が描かれている。
彼は黄色のオーラを纏いながら双剣を振りかざした。
行ける、とアクランティが固唾を飲んだ刹那、黒衣の騎士の圧力が爆発的に跳ね上がった。
アグハラーナが吹き飛ばされ、次撃で討たれる、と見えたとき、突然黒衣の騎士の足下の大地か隆起し、アグハラーナとの距離が開いた。騎士とアグハラーナはすれ違い、互いに逆に駆け去っていく。
ババールの介入であろうか。今のうちにアクランティは前線の手当てをすべく、己の精鋭部隊を率いて陣頭に立った。
アクランティの精鋭は、いずれも大盾と大斧を装備した怪力の戦士たちである。それが百人集まって突進すると、流石に押し込んできたアーラーン歩兵も前進を止めた。
アナスは、バムシャード指揮下の歩兵の三段目に控えていた。一段目は大盾隊であり、二段目は長槍隊である。長剣装備のアナスは前線には出れない。何故騎兵に入らなかったかと言うと、今回は接近戦をしようと思っていたからである。乱戦なら、アナスの魔術の活躍の場もあると思ったのだ。
シャタハートの
アナスとしても、師匠に負けていられないのである。
シャタハートとヒシャームが駆け抜けた敵歩兵の前線は、すかすかになっていた。味方の一段目と二段目が一気に押し込んでいる。アナスも後ろについて前進した。このまま押し切れるか、と思ったとき、白い甲冑と大盾に身を包んだ百人ばかりの巨漢たちが最前線に現れる。彼らが大斧を振るうと、味方の盾が砕かれ、そこから一気に食い込んでくる。
敵の切り札の一つであろう。
これを叩くと決めると、アナスは破られた盾の隙間に向かって進んだ。
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