あした
コウラは、マヒロが彼の前から去ってもなお戦った。暗闇の中から、騎馬隊が現れてはその兵を削ってゆく。
その先頭を駆けるのは、タクであった。
マヒロの弓が折れ、狙いが外れたのか。暗くて、狙いが定められなかったのか。それとも、あえて、タクを生かしたのか。
傍らで、タチナラも奮戦している。まだ、彼も生きていた。マヒロから手渡された宝剣はとっくに折れ、敵の剣を奪って戦い、それもまた折れしてもうこれで何本目かも分からない。
陽は完全に暮れている。しかし、明るい。コウラは、はっとした。思わず、後ろを振り返った。
楼閣が、燃えている。それで、コウラは、マヒロがその役目を全て終えたことを知った。
こうなることは、分かっていた。しかし、それは、コウラが最も恐れていたものであった。
全軍、動きを緩やかに止めた。戦いは、終わったのだ。
タクが、高らかに言う。
「戦いは、終わった。もはや、ヤマトも、クナも、この世にはない。これより、我らが、新たな国を作ってゆくのだ」
誰も、声を上げる者はない。ただ、燃える楼閣を、皆が見上げていた。
マナは、マヒロに言われた通り、それを見ていた。
空まで赤く染めながら、星を隠し、燃える楼閣を。
涙は、もう流していない。涙を流せば、見なければならぬものが見えなくなるから。そこにマヒロがいることを彼女は知っていたから、泣くことはなかった。
これからも、彼女は、見続けるのだろう。マヒロのことを知る、数少ない者のうちの一人として。
タクは、その後、時間をかけて新たなヤマトを造ったが、彼が最も欲しがったものは、火の中に消えた。埋め合わせにもならぬが、国号は、そのままヤマトとした。そしてこの戦いの前、僅かな供を付け、オオトの南の地に隠していたイヨを呼び戻した。
コウラとタチナラは、生きてこの戦場を離脱した。
ナシメは、そのままヤマトの外交役としてその後も大陸にゆき、ヤマトのことを様々に伝え、記録に残させた。
タクは、あらたなヤマトを造る過程で王になった。しかし、少しの間でそれは終わる。コウラ、タチナラ、マナの三人が、ほんとうの目的を達することができぬまま形のみの王となったタクをその座から引きずり下ろしたのだ。
彼らがどのようにして引きずり下ろし、その後タクがどうなったのかは、あえて言うまい。マナは無論、生涯マヒロを想い続けていたが、マヒロを知る者同士であるタチナラの妻となったことも付け加えておく。
大陸の文献は、言う。
卑弥呼の死後、男の王が立った。しかし、国は乱れた。卑弥呼の血縁の、壱与という者が女王になると、国は再び治まった、と。
サナは、陽の神となり、長く長く祀られることになる。あるいは、後代に編まれた神話の、あるいは史書の登場人物の一人となり、今なお、これが卑弥呼の墓ではないか、日本書紀に記される誰それが、卑弥呼なのではないかなどと考察されている。
その登場人物が描かれる挿話にもサナがよく用いていた箸が登場することも、合わせて記しておく。
コウラは、タクが王位を退いた後、イヨを妻とし、マナ、タチナラ、ナシメや、ナシメとトミの子らの力も使い、ヤマトの再興に尽くした。軍の最高指揮者となり、マヒロの矛をずっと携えていたが、彼が受け継いだのは、それだけではなかった。
マヒロは、タクを、あえて生かしたのであると思う。
クシムを、あのとき生かしておけば、クシムがヤマトを滅ぼすことは間違いないことであった。
クシムは、まさかタクが自らの兵でクナの兵を根絶やしにしたなどと知らぬまま、死んだ。その火の神を宿した崇高な心のままで、彼は明日の方を見ながら、マヒロの矢で首を飛ばされ、死んだ。
タクが生きれば、ヤマトは残る。とマヒロは思ったのかもしれず、タクがサナを想う気持ちに、マヒロは、明日を託したのかもしれぬ。
それをどうするのかは、明日になってから、明日を生きる者の間で決められればよい。
マヒロやサナが滅んでも、あるいはヤマトが滅んでも、明日は続く。明日が続く限り、死は、あるいは生は、今日の一部にしか過ぎないのだ。
だから、闇でよい。恐れるな。
完
女王の名 増黒 豊 @tag510
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