第11話 日本の哲学を京都学派から見る
よく「日本に哲学者はいない」などという妄言をいう人がいるが、それはまちがいである。確かに数多くの哲学史研究家はいるものの、自分で考えるという類いの哲学者はいるのかというと極端に数が少なくなる。
結論からいうと、日本の思想というと代表的なのは田辺元の「種の論理」と三島由紀夫の「葉隠入門」である。
日本の思想はもともと神道を起源として、これは縄文時代のアミニズムから端を発するものであるが、具体的な教義はない。日本に文字が伝わったのとほぼ同時期に仏教が取り入れられており、日本の思想は神仏習合によるものとして成り立っていた。これに儒教、道教などが加わり、日本の思想となっていたのである。そのため、日本独自の思想を取り出すというのは極めて難しく、どうしても、中国、インドの思想の影響を受けざるを得ない。
さらに、戦国江戸の頃より、西洋の思想が流入してきて、蘭学を中心にキリスト教も科学も伝えられてはいた。それを萌芽に、明治維新の時に欧米への留学によって西洋思想が一気に導入されたのであるが、日本はわずかひと世代で欧米の哲学者に肩を並べるに至ったといわれている。その代表とされるのが田辺元の「種の論理」と西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」である。この二つの思想を中心とする哲学思想を京都学派という。
「種の論理」も「絶対矛盾的自己同一」も、どちらもよく読むと西洋哲学を発展させた日本独自の哲学で、ナザレのイエスに言及せずに西洋神学を語ろうとする独創的哲学である。その内容は実際に読んでもらうしかないが、かなり難解である。極めて神秘的なので楽しみに読んでくれるとうれしい。
一般的には西田幾多郎が田辺元の師とされるが、主論文である「絶対矛盾的自己同一」を西田幾多郎が書いたのは1939年であり、田辺元の「種の論理」の主論文「社会存在の論理」が書かれた1935年より遅い。すなわち、田辺元の「社会存在の論理」こそが日本独自の思想であり、田辺元は西田幾多郎より先に独自の哲学を築いたといえる。
田辺元の「種の論理」は、これを評して「ヘーゲルの誤読」というものもいたが、ぼくが知る限りカントの「判断力批判」に発想の萌芽が見られる。確かに「種の論理」は、ヘーゲルの「大論理学」の発想と似かよった発想で書かれているが、それについては解説が難しく、ヘーゲルは正命題(テーゼ)と反命題(アンチテーゼ)から合命題(ジンテーゼ)が生まれるという論理を、ヘーゲルは実際にはいってないということは確かにあるので、これをヘーゲルの論理といっていいのか難しいのである。なお、ヘーゲルは、正反合のことばを使ってはいないが、これはヘーゲルの哲学を解説したドイツ語の教科書に出てくることばらしい。なお、フィヒテというドイツの哲学者の文献には正反合の単語が出てくるらしい。まあ、どちらにせよ、起源はカントの「判断力批判」である。
田辺元の「種の論理」が何をいっているのかというと、具体的には、社会正義的行動と非合理的行動は相反するが、これはいずれも特殊的状況によって発生するものであり、それを融合した普遍的社会原理が生まれればより人類は絶対者に近づくという論理である。ぼくはこの非合理的行動を「自由」を指すことばだと読みとって、つまり、自由と正義は相反するがそれが融合されると神に近づく、という哲学だと読みとった。こんなことを主張している哲学者は欧米でも田辺元の前にはいないと思う。少なくてもぼくは知らない。
田辺元ら京都学派は、第二次大戦の日本の軍国主義の理論的支柱になったという俗説がまかり通っているが、どうにも疑わしい。その根拠となる田辺元の「歴史的現実」を読んだが、決して天皇賛美でも軍国主義賛美でもない。不見識ながらぼくが思うに、田辺元は哲学の学究的人物であり、あまり政治には関心がなかったようである。軍国主義を賛美したという「歴史的現実」では軍国主義を賛美していないし、軍国主義を反省したという「懺悔道としての哲学」では別に懺悔なんてしていない。敗戦国の代表的な哲学者だったがゆえに、田辺元は叩きつぶされてしまったというのが真相ではなかろうか。
日本独自の思想として挙げた田辺元の「種の論理」と三島由紀夫の「葉隠入門」であるが、三島由紀夫の「葉隠入門」は簡単にいうと、「武士は多少高慢で死狂うのがよい」と書いてある書である。
日本独自の思想というと、この二つくらいしか本当に見当たらないが、日本独自の思想が皆無だなどと主張する無知蒙昧な輩には本当に腹が立つのである。
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