第15話 実存主義についての概略

 実存主義という哲学用語がある。ぼくは長いこと「実存主義」とは何なのか、さっぱりわからなかった。だから、手をつけるのがだいぶ遅れたのだが、面白い言説があり、特にサルトルの小説「嘔吐」は傑作だったので、未熟者なりにぼくがまとめてみたい。

 まず、実存主義が有名になったのはサルトルの「嘔吐」からでまちがいない。大流行したらしき実存主義は、盛んに研究された結果、キルケゴールが起源だとか、さらには十一世紀のイスラム哲学のガザーリー「哲学者の自己矛盾」にまでさかのぼれるとかいわれているらしい。

 サルトルの「実存主義とは何か」によると、実存主義とは「実存は本質に先立つ」と要点をまとめることができるらしい。

 ぼくなりの解釈では、存在の本質は物自体であり、我々の意識は物自体の表象として現れる。この意識の表象を「現れ」という。存在の起源が、物自体という本質ではなく、人の認識である「現れ」であるというのが実存主義だ。

 存在を、その創造主である神ではなく、人間的現象を原因とするのが実存主義だ。これを「実存は本質に先立つ」という。

 意識の「現れ」は何を根拠に存在するのか。その意識の存在の基盤は、カントによれば物自体であるはずだ。しかし、もし、意識の存在の基盤が無であったらどうだろうか。我々の意識は、存在の本質である物自体によるのではなく、ただ無から発生しているのではないか。これが実存主義だ。

 さらに、宇宙を発生させた無は、無から生まれたのではなく、これを読んでいるあなた、つまり、人間的主体によって作られたのではないかということまで言及してしまってもよいだろう。無は、存在の否定として作られた。無を作り出すのは、あなたの主観ではないのか。

 サルトルの哲学で最も重要なのは、「嘔吐」に出てくる植物なのだが、それについてここで書くことはやめにして、サルトルの「嘔吐」という小説を読むことを哲学を学ぶものにはすすめたい。

 サルトルは「実存主義とは何か」で「かつて、キルケゴールにおいては、実存主義は宗教的信仰と切り離せないものだった。」と記述している。

 存在することは創造主に愛されたことを表す。自分の人生が神に愛されていなかったのではないかという絶望がある。実存主義は、キルケゴールに当てはめれば、神に愛されない死に至る病であり、「死に至る病とは、絶望である」。

 ぼくは浅学なので、キルケゴールの著書をすべて読んだわけではない。だが、キルケゴールが実存主義の先駆者であるというのは、サルトルが口をすべらした根拠のない言説である可能性の方が高い。キルケゴールの著書を「おそれとおののき」「不安の概念」「死に至る病」と読んだが、キルケゴールの言説とサルトルの実存主義に関係性は見られない。

 実存主義の先駆者をめぐる言説は、こじつけが行われている可能性が高い。実存主義の歴史を知りたい人は、ぼくではなく、もっと詳しい哲学者に聞いてほしい。

 あまり日本で読んでいる人は少ないので、ガザーリーの「哲学者の自己矛盾」という本の内容を紹介する。

 ガザーリーによれば、世界(実存)の始まりより先に創造主(本質)があったはずである。「世界の中に創造主はいない」という実存主義と考えられる主張が語られる。ガザーリーはサルトルとは異なる主張を展開する。

 例えば、ガザーリーは「世界を創造する前に、創造主が存在した」という主張をとり、「世界は始まりもなく、終わりもない。永遠の意志によって世界は存在する」という主張と対立する。

 さらには、イヴン・スィーナーの主張をガザ―リは紹介していて、かなり興味深い神学が語られる。それは、こういうものである。神は原因であり、世界は結果である。原因より結果は優れているはずなので、創造主たる神より、結果であるこの世界は優れていて幸せに満ちているはずである。つまり、神は、この世界より醜く不幸でさげすまれているはずだ。だから、この世界は我々が神として想像している概念よりももっと美しく幸せで誇り高き高貴な世界であるはずだ。ガザーリーも「神よ、どうか実体より偉大な存在であってくれ」と力説してしまうが、神はこの世界の素晴らしさより醜いものであろう。神の創造したこの世界に生きる我々はみな神より幸せであるようにこの世界は作られているはずだ。この世界の喜びは、神の優しさの現れであろう。つまり、プラトンのいう「正しいものは不正な人より損をする」というところの、神は正しいものなのだろう。

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