富士に棲む神
神崎の命が尽きるまで残り3日。
暖かそうな葛西が言うには、今日中には死と再生の神に辿り着けるらしい。
何でも、昨夜死と再生の神からコンタクトがあり、富士山にこれ以上穴を開けられちゃたまらんから、ナビすっからちゃっちゃと来い、と言ってきたらしい。
最初からそー言ってくれれば、俺も穴なんか開けなかったんだが、まぁ、過ぎた事だ。寛大に許して貰おう。
葛西がナビされたルートは、それなりに歩きやすいが、そこは山道、やはりキツい事に変わりが無い。
「やっぱり穴開けて掘り進んだ方が楽だったなぁ」
面倒になり、ボソッと呟いた。
「文句抜かすな。あっちから来いって言ってんだ。鏡も素直に渡してくれるだろうよ」
つか素直に渡してくれなきゃ困る。
渡してくれないなら無理やりぶん盗るけど。
取り敢えず今日中に到着するのは確定らしいから、このまま行けば、楽に間に合うだろう。
俺は鼻歌混じりで葛西の後に続いた。
暫く進むと、葛西が足を止める。
「どうした暖かそうな葛西?昼飯か?」
「テメェはいちいち一言うるせぇんだよ。少し急斜面な道だからよ。少しでもマトモな道を探してんだよ」
葛西の背中越しに見る。
「崖じゃねーかよ」
そこは急斜面どころか切り立った崖。
足を踏み外そうものなら、ちょっと洒落にならない事態になりそうな。
まぁ、最悪くたばるって意味だ。
「俺の後に続け北嶋」
偉そうに俺に指図しやがった葛西。だが、俺は前に出ても死と再生の神がどの方向に居るか解らないから、後に続くが。
「お前こそコケて滑んなよ」
「あ?何か言ったか?」
崖を登りきった葛西が俺の方を振り返った瞬間、葛西が俺の視界から消えた!
「おおおおおおおおお!!?イリュージョンか葛西!?どこ消えた!?」
かなりビックリした俺は辺りをキョロキョロと見回す。しかし葛西の姿は無い。
「まさか落ちたって言わねーよな?」
冗談混じりで崖に登って下を見た。
「………本当に落ちているよ………」
まさか葛西が落ちると思わなかった。
葛西は崖下約50メートルの所で仰向けになって倒れていた。
俺は下の葛西に向かって叫んだ。
「おい葛西!!後に続けって言ったが、俺も落ちればいいのかよ!?」
返事をしない葛西。
「おい葛西!!まだ死ぬな!!せめて俺を死と再生の神に会わせてから死ね!!」
しかしやはり返事をしない。ちょっとヤバいかもしれない。
もう少しって所でナビを失うのは非常に困る。
「面倒くせぇなあ…」
俺は崖下までゆっくりゆっくりと下って行った。
フリークライムの映像を見た事がある俺だ。
ようは腕の馬力と、しっかりした足場が微かにあれば問題は無い。
とは言え初挑戦、結構手こずったが、何とか葛西に辿り着く。
「おい葛西!生きているか?」
俺は葛西の頬をピシピシ叩く。
「…っく!!」
葛西が眉間にシワを刻ませながら唸った。
「くたばってないなら起きろ」
「テメェ…少しは大丈夫かとか言え…」
腕の力のみで上半身を起こす葛西。
何か違和感を覚えた俺は、葛西を観察する。
「お前…足…」
葛西の足が有り得ない方向に曲がっていた。
「ってぇ…ドジったぜ…」
「ドジったじゃねーだろ!!お前がナビしなきゃ死と再生の神ん所に行けないだろうが!!勝手に怪我してんじゃねーよ!!」
「怪我すんのにテメェの許可が必要だとは思わなかったぜ…」
葛西は落ちた崖を指差す。それを目で追う。
「いいか北嶋、あの崖から少し下った所に、辛うじて人一人乗っかれる足場がある。それを辿って行きゃあ、目の前に壁のように立ち塞がる一枚の岩がある筈だ。その真横、山側に、奴の根城に通ずる穴がある。這って行かなきゃならねえ小せぇ穴だ。そこを進むと、ちょっとした空洞にぶつかる。そこに奴が棲んでいる。後はテメェが何とかしろ」
そう言うと、葛西は背負っていたリュックを下ろした。
「お前はどうすんだよ?」
葛西は何も言わずに、下ろしたリュックを枕にして手で俺を追い払う仕種をした。
「ギブアップ宣言か、暖かそうな葛西」
「足が折れちゃあ仕方ねぇ。俺の自業自得だ。テメェは急がなきゃならねぇ。行け」
勝手に落ちて、勝手に足折って、勝手にギブアップ宣言とは、本当に勝手な奴だ!!
流石に俺は憤った!!
「お前みたいな勝手な奴は見た事が無いぞ!!」
「テメェ、毎日鏡を見ているだろうが」
葛西は横になって何か皮肉めいた事をほざく。
「勝手な奴には勝手な対応してやるぜ!!」
ムカついた俺は葛西の胸倉を掴み、無理やり立たせた。
「痛ってぇんだよ馬鹿!!足折ってんだよ俺は!!」
「珍しく向かって来ないなぁ」
俺はそのまま背負っていたリュックを捨て、葛西を背負う。
「テメェ…馬鹿な真似はやめろ」
「俺は奴の姿も声も知らないんだよ!!ちゃんと仕事しろ暖かそうな葛西!!」
葛西が居なければ死と再生の神と交渉もできない。
背に腹は変えられないってヤツだ。
俺は葛西を背負ったまま、崖を登って行った。
全く足手纏いにしかならん奴だと溜息を付きながら。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺を背負って崖を登ってやがるとは、本気で馬鹿だこいつ。
嘆息して必要ない旨を言う。
「おい、テメェの力なんざ借りなくても、俺は何とか脱出できるんだよ」
羅刹を出して麓まで俺を運ばせる事くらいはできる。
ただ、今羅刹を出しちまったら、死と再生の神がビビって逃げるかもしれねぇ。
だから北嶋が死と再生の神とツラを会わせてから、羅刹を喚び出すつもりだった。
「少し…ゼェゼェ…黙ってろっつーの…ゼェゼェ…これは…ゼェゼェ…結構キツいんだからさ…ゼェゼェ…」
北嶋が汗だくになりながら返事をする。
「聞けよテメェ。テメェはもしかしたら、死と再生の神とやり合うかもしれねぇ。無駄に体力を使うな」
「ゼェゼェ…だから黙ってろっつーの…ゼェゼェ…」
ツラを真っ赤にしながら、ほぼ垂直の崖を登って行く北嶋。
なんつうか、熱くなってくるが、この俺がこれ以上足手纏いになる訳にはいかねぇ。
俺は北嶋が背負う為に括ったロープを切ろうと手を掛けたその時。
――なかなか友達想いだね彼は
不意に死と再生の神が話し掛けてきた。
(ちっ、馬鹿で困ってんだよ、こちとらよぉ!!)
――背中の鬼神を出せば脱出くらい楽にできるだろうに。馬鹿は君もだよ。私を信用していないみたいだからね
確かに死と再生の神は、俺達が到着するのを待つと言った。
だが、俺は念には念を入れた。羅刹の力を見てしまったら、考えを変えるかもしれないと思ったから。
――傲るなよ?君の鬼神如きに怯む私だと思っているのか?
ち、心を読まれたか。幾ら隠しても欺いても、奴の前では、いや、万界の鏡の前では、丸裸も同然か。
多少だが落胆する。
その間も、北嶋はフゥフゥ言いながら崖を登っていた。
「北嶋、降ろせ。羅刹を出す」
「ゼェゼェ…さっきからブツブツうるせーなぁ!!」
この馬鹿!キレやがった!!全てはテメェの為だっつうのに!!
――彼は相当動揺しているようだね
死と再生の神が訳の解らない事をほざく。
(動揺?この無神経の平和な馬鹿が?)
北嶋が動揺するなんて、考えもつかない。この馬鹿は何時だって、自信満々で傲慢だからだ。
――彼は賢者の石を意のままに扱えるのだろう?それも忘れて、君を助ける為に一生懸命だね
北嶋がテンパってるだと!?しかも俺のせいで!?
余りの驚き。つい大声で叫ぶ。
「北嶋ぁ!!賢者の石だあ!!」
登っていた北嶋の手が止まり、そしてゆっくりと振り向く。
「早く言えこの野郎!!」
ツラを真っ赤にし、汗だくになりながら逆ギレする北嶋。
「テメェも忘れていたんだろうが!!テンパるなんて、らしくねぇぜ北嶋!!」
「うるせー!!お前早く降りろ!!」
北嶋がロープをグイグイと外そうとする。揺れが半端ねえ。
「ばっ!危ねぇだろ馬鹿!」
「お前さっき降ろせ降ろせ言っていただろうが!今直ぐに降りろ!」
「先に足治せ馬鹿!早くしろ馬鹿!治せ馬鹿野郎!!」
「俺は救急箱じゃねーぞ!!馬鹿馬鹿うるせー!!」
俺達は身動きが取れない崖の中腹で、激しく罵り合った。
北嶋は賢者の石を思い出してから、いつもの北嶋に戻ってしまった。
まぁ、奴らしいっちゃらしい。
そして、このやり取り取りも俺達らしい。
なんか妙に安心した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三種の神器を扱える彼でも、やはり人間のようだ。友人が重傷を負って動揺してしまったのを見て、安心もした。
此処まで彼を観察して解った事がある。
彼は自分の欲にとても忠実だと言う事だ。
寒いから火を起こす。進みたいから穴を開ける。まさに人間そのものだ。
しかし、欲と言っても、普通の人間にありがちな、物欲は無い様子。
彼の欲は『そうした方が便利だから』に特化している感じだ。
しかし、怠け者とも違う。人間らしい人間…しかし、何かが違う…
――解らないな…
独り言のように呟く。
鏡が彼の心を視せてくれないから、彼を読み切れない。
そう思った直後、気が付く。
――ふっ、私も彼と同じか
そうだ。
私も鏡を『そうした方が便利だから』と言う理由で使っている。
姿を隠す為然り、心を読む為然り。それは私にとっての欲に他ならない。
――本来ならば、今日中に辿り着く筈だったが、アクシデントで明日になるか
鏡に語りかける。
鏡も私に返事をするように、鈍い光を放ち、応えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
賢者の石で足を治療して貰い、先を急ぐ俺達。
どっぷりと日が暮れたが、構わず進む。
「あーあー!!どっかの馬鹿が崖から転落したおかげで荷物捨てたから晩飯もねーやー!!」
北嶋が嫌味ったらしく大声でぼやいたように、俺達には荷物が無い。寝袋も捨てて来た。
よって俺達は進むしか選択が無い。
「だからテメェは急げっつったろうが!!」
さっき感じた熱い友情など、どこかに吹き飛んでしまったように、俺達は互いにお前が悪い、いやテメェが、と、責任をなすりつけていた。
「本来ならもう着いている筈だよな?呪いはどうなっているんだろうな?」
「解らねぇ…とにかく時間のロスを埋めるために、今は急ぐ他ねぇだろ」
予定では、到着して鏡をぶん取り、下山している筈の時間。半日以上のロスをしている。
少し焦る。この分なら、素直に鏡を渡して貰ったとして、水谷の屋敷に到着するのはギリギリか?
「漸く横穴だ。ここからは這って進んで行くぜ」
「いいからさっさと入れよお前よー!!」
北嶋に背中を押されて、俺は横穴に入る。
「っしょ…狭いなぁ…お前屁こくなよ?」
俺の真後ろで北嶋がふざけた事をぬかす。
「テメェは俺のケツを付いて来ている分楽だろうが!!真っ暗だから手探りで進んでいる俺の身にもなれってんだ!!」
事実前なんか見えねぇ暗闇。
死と再生の神の神気で方向は解るが、下から飛び出ている石や、上から垂れている岩やら、結構危険だ。
「じゃあ代われよ」
北嶋がまた無茶な事をぬかす。
「テメェは本当に馬鹿だな?この狭い穴でどうやって俺を躱して前に出るつもりだ?」
「気合いとか?」
「死ね馬鹿!!」
北嶋と問答している体力が惜しい。
俺はそこで区切りを付けて構わずに先に進む。
「死ねってお前よー!ふざけんなよ葛西よー!やるならやるぜオイ!」
北嶋が後ろで騒ぐの無視して進む。
何時間這った事だろうか。
俺達は横穴から広い空間に出た。
いきなり北嶋が俺の前に躍り出る。
「オラ葛西ぃ!やるならやるっつってんだろうが!」
この馬鹿は這っている間中、こう言いながら騒いでいた。全く元気過ぎる馬鹿だ。
「テメェと勝負してぇのは山々だが…ここだ北嶋。この空間に死と再生の神がいる…」
言われて北嶋が辺りを見渡す。
「広いな。つか、何も無いぞ?」
確かに何も無い。普通の岩肌が辺り一面に見えるだけ。
しかし神気は間違い無く、この空間から発せられている。
「鏡の影に隠れてんだろ…おい死と再生の神!来たぞ!」
空間内に俺の声が反響する。しかし返事は無い。
「逃げたかな?」
「いや、いる」
確かにここにいる。こちらを、いや、北嶋を観察しているような、そんな感じだ。
「あーもー!面倒だなあ!」
いきなり北嶋がキレて、草薙を喚んだ。
「テメェ、何をするつもりだ?」
「ぶった斬るんだよ、死と再生の神って奴を!時間が無いんだ。力付くで奪うしか無い!!」
「テメェ、奴の姿が視えねぇだろう?鏡まで斬っちまったらどうするつもりだ!!」
「草薙は俺の望む物しか斬らねーよ。隠れて様子伺っている自分を恨みな死と再生の神!!」
北嶋が本気で草薙を振るおうとしたその時…
――やれやれ…物騒だね。解った解った。今姿を現すよ
俺の頭の中に、死と再生の神から返答があった。
さっきは空間全体から感じた神気が、今は一点から発せられているのが解る。
そこは北嶋の背後!!
「北嶋!後ろだ!!」
反応して振り向く北嶋。
――遅い!!
死と再生の神の声と同時に熱風が北嶋に襲い掛かる。
いや、熱風じゃねぇ、炎の風だ!!
その炎の風は北嶋を直撃した!!
「北嶋ぁ!!!」
「んー?何だ?」
叫ぶ俺だが、北嶋は全く意にも介さずに俺に返事をした。北嶋にダメージは無い。
「そ、そうか…北嶋は見えない、聞こえない、感じない…だから神の攻撃もダメージに繋がらねぇんだった…」
安堵する俺。マジ焦ったぜ。
「後ろだっつったな?」
今度は北嶋が草薙を振るう!!
「ばっ!馬鹿!!マジで斬ったら洒落になんねえ…」
――おおおっっっ!?
草薙は死と再生の神の身体を斬った!だが、奴に傷一つ無い!!
「やっぱり見えなきゃ駄目かぁ」
北嶋は草薙を鞘に収めた。
「そういやテメェは絵やら写真やらで対象を頭に描いてからじゃねぇと、攻撃しても意味無かったよな…」
「まぁ、威嚇だな」
あっけらかんとしている北嶋。
対する奴は、殺られたと思ったか、固まって身動き一つ取らなかった。
北嶋に斬られたと思って固まっている死と再生の神…その正体は…!!
「葛西、鏡はあるか?」
ハッとして鏡を探す。
「…見当たらねぇ…見えねぇのかもしれねぇな…」
俺は死と再生の神の前に立つ。
「来たぞ…さぁ、鏡を渡して貰おうか?テメェも北嶋と話したいんだろう?」
だから俺達をここに案内した筈。
いや、案内はしてねぇか。
待っていたのには変わり無いだろうが。
――私の真正面にあるよ。今見せよう…
死と再生の神が軽く息吹きを吹く。
キラッ
「今何か光ったな」
――鏡が回転したからね。言うなれば表になったって事さ。さぁ、彼と話をさせてくれ
息吹きは鏡を反転させる為の行為だったのか…それにしても…
「これが万界の鏡……!!」
今度は俺にも見えた。
その鏡は畳一畳分あろう巨大な鏡。
縁も無く、所々欠けていて、細かい無数のヒビが入っていた。
――脆いから気を付けてくれよ?すぐに割れてしまいそうな状態だからね
鏡は辛うじて原型を留めているに過ぎない。
だから死と再生の神が護っていた訳か!!
納得し、ある種の爽快感が生まれたが、これで漸くスタートライン。鏡の行方はどうなるか、まだ解らない…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「む?」
俺の前にいきなりヒビが現れた。
ってか何だこのヒビ?
触ろうと手を伸ばす俺。
――脆いから気を付けてくれよ?すぐに割れてしまいそうな状態だからね
俺に話し掛けてきた声。それは真正面、上からだ。
当然見上げる。
「死と再生の神は鳥か」
それは九尾のタマよりデカい鳥。赤や黄や青が入り混じった派手な羽毛を見せつけていた。
――鳥とはまた直球な表現だね…
「テメェ…奴は鳳凰だ!!フェニックスとも呼ばれている、不死鳥だっ!!いくら無知なテメェでも名前くらいは聞いた事あるだろ!!」
――厳密には鳳凰でもフェニックスでもないんだが、まあ、その認識でいいよ
改めて鳥。死と再生の神を見上げる。
「鳳凰は天下泰平の世じゃないと現れないって言うが、富士山に隠れていたのか」
――ほう、意外と物知りじゃないか。それに私は不死の象徴。私を捕らえようと躍起になる輩が沢山いたからね
だから鏡の影に隠れていたのは安易に想像できる。同時に鏡を護っていたのもだ。
――そんな私だが、鏡が君を呼んだのだから、ここに招かない訳にはいかないだろう?
鏡が俺を呼んだだと?
ちょっと意味が解らないが、ならば話が早い。
俺は単刀直入に申し出る。
「じゃあ鏡をくれ」
俺は死と再生の神に手を差し出す。
――本当に直球だね君は…あげてもいいが、ここからどう持ち出す?
むう、確かに。このデカい鏡を持ち出すのは困難だ。
更には欠けていたり、ヒビが入っていたり、かなり脆そうだ。
ん?いい事を思い付いてしまった。
俺は早速死と再生の神に頼んだ。
「じゃあ運んでくれ」
これはいい案だ。
死と『再生』の神を名乗るくらいだ。万が一割れたりしたら、奴に直して貰おう。
できないなら、奴に呪いを何とかして貰う。
まさに一石二鳥じゃないか!!
俺にとってはだが。
――はあぁ?
「テメェ馬鹿だろ!?」
死と再生の神と葛西は呆れ顔を拵える。
だが俺には得意の交渉術がある。伊達に探偵事務所所長じゃないぞ?
「勿論タダとは言わない。お前にも対価を支払おう」
俺はポケットからとっておきの物を出し、差し出す。
――そ、それが対価かい?
死と再生の神は面食らった。
そりゃそうだろう。こんな良い物、富士山には無いだろうからな。
何だ何だと覗き込んだ葛西が絶叫した。
「…テメェ、そりゃカールじゃねぇかよ!!しかも食い残し!!しかも3つ4つしか入ってねぇ!!」
俺が差し出した対価はカール。
登山最初に葛西を釣った菓子だ。
「しかもチーズ味だぞ」
「関係ねぇし、知った事かぁ!!」
葛西が全力で突っ込む。肩で息もしているが、何故こんなに疲労しているのだ?
――そ、それが対価だとして…何故私が応じると思うんだい?
なに?言わなきゃ解らないのか鳥。
仕方ない、教えてやろう。
「公園の鳩とか、クッキーやら、こんなのやら啄んでいるだろ。きっとお前も気に入るだろう」
自信満々な俺。不敵に笑い、死と再生の神を見る。
「鳩と鳳凰を一緒に考えんな馬鹿野郎!!」
葛西が再び全力で突っ込む。つか鳳凰でもないんだろ?それでいいとは言っていたが。
「豆とかの方がいいのか?」
「だからそんな問題じゃねぇっつうんだ馬鹿野郎!!一回死ね!!」
葛西が死と再生の神よりも激しく憤っていた。
――対価がどうかは別として、私も鏡が無いと困るんだよ。それは理解してくれないか?
それは鏡を簡単には渡せないって意味だな多分。
「じゃあ貸してくれ。事が終わったら返すから」
――か、貸せ?
死と再生の神が面食らったように裏返った声を出す。
「なんでテメェはそんなに簡単で軽いんだよ!!」
葛西が慌てて前に出る。
「この馬鹿は鏡の価値を知らないんだ!!今のは流してくれ!!」
何故か死と再生の神に懇願する葛西。
――物欲が無いのは解ってはいたが…こうも欲が無いとは…
困惑する死と再生の神だが…
「だってお前にも大切な物なんだろ?俺は呪いさえ視えれば後はどーでもいいし」
俺は強盗じゃない。
相手が大事に護っていた宝をぶん盗る真似はしたくない。
鏡はどうしても必要だが、貸してくれるだけでも構わないのだ。
――か、貸すのは構わないが………
おお、交渉成立だ。
「じゃあ運んでくれ。終わったらそのまま持って帰れば手間も掛からないし、お前も直ぐに使えるから安心だろ」
俺のナイスアイデアを聞いた死と再生の神は、葛西と共に溜め息を付く。
「テメェのペースには参るぜ…」
――何故か逆らえない言霊があるな、君は…
死と再生の神は翼を広げて羽ばたく。こんな洞穴で羽ばたいてもいいのかと思うが、俺の与り知らん何かがあるんだろうから無粋な突っ込みはしない。
「おお、運んでくれるか」
――奪いに来た輩は沢山いたが、貸せと言ったのは君が初めてだよ。回収を容易にする為にも、鏡を運んであげようじゃないか
「なかなか話の解る奴だ。天晴れだ死と再生の神!!」
ならば、と、ついでにもう一つ頼み事をする。
「ついでに俺達も運んでくれ」
――そうなるだろうね…諦めているよ…私の背中に乗りなさい
俺は喜び勇んで死と再生の神の背に乗った。
しかし、葛西は憮然として乗ろうとはしなかった。
「どうした葛西?早く乗れよ?」
葛西は首を横に振る。
「車持って行かなきゃならねぇだろ。テメェは先に行け。今なら間に合う」
あー。行きは葛西のパジェロで来たんだったな。
ならば、と、三度頼む。
「ついでに葛西の車も運んでくれ」
死と再生の神はまたまた溜め息を付く、今度はデッカイ溜息だった。
――この私を荷物運びにする人間は初めてだよ…仕方無い。いいだろう
その刹那、俺は見逃さなかった。
葛西が小さくガッツポーズを作った所を!!
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