識った北嶋

 目の赤いキングコブラが、シャーとか言って身震いする。

「おおー!!」

 思わず感心して拍手してしまった。

 キングコブラの身体から黒い蛇がワラワラと出てきたのだ。

『それは毒を持っています!!気を付けて下さい!!』

 ツインテールをピョコピョコさせながら、あっちの世界でわざわざ注意をくれる宝条。

「はいよ~」

 草薙を10センチばかり鞘から引き、再び鞘に勢い良く収める。


 キィィイン


 鍔と鞘が合わさる金属音で、黒い蛇がゾゾゾゾゾゾッ!と退く。

『一気に退けるなんて!!』

 ガヤ芸人がガヤガヤ言っているが、応える事無く無視をする。

 あのガヤ芸人は顔だけしか良くないからいけ好かない。

 顔は良いんだがな顔は。いや、スタイルもなかなかで及第点以上だが。神崎よりおっぱい大きいし。

 それは兎も角、さて、どうしたもんかなぁ…

 俺はキングコブラに切っ先を向けながら考える。

 俺の苦悩を余所に、キングコブラはやる気満々らしく、俺にシャーとか言って威嚇していた。

 ミュインと首を俺に伸ばしてくるキングコブラ。

「ちょっと待てって。今考えている最中なんだから」

 峰の方でキングコブラをぶっ叩いた俺。

 ミュインと首を引っ込めるキングコブラ。痛かったのか、首をフラフラと揺さぶっていた。

『北嶋さん、どうしちゃったの?』

『何故峰打ちを?刃で断てば終わりじゃない?』

 桐生と有馬、ってか、みんなが不思議そうな顔をしているのが解った。つうか頭の中に視えた。

 鏡がわざわざ視せてくれているらしい。

 おかげで面倒臭い思いをしている訳だが。

 襲い掛かって来るキングコブラを草薙をぶらぶら振り、気を逸らしながら考える。

 壺があれば納まる勢いでキングコブラは踊っている。

『蛇使いみたいだな…しかし、何故彼は戦わないのだろう?』

『それは、ナーガは初めからナーガではないからです』

 石橋のオッサンの疑問に神崎が代わりに解説してくれるらしい。

 って、いやいや!!

「何で神崎が知ってんの!?」

 ビックリしながら神崎に問う。

 しかし、神崎は俺を無視して解説をした。

「おい神崎!無視すんな!」

 しかし、やはり無視して話を進める。

 物凄く悲しくなった。

 さっきド無視してスマン、ガヤ芸人…

 お前もこんな気持ちだったのか…

 俺は素直にガヤ芸人に詫びた。心の中でだけだが。


 ある蛇が人間に捕まり、狭い箱に無理やり押し込まれた。

 箱の中には、同じように捕まり、箱に入れられた蛇が沢山いた。

 特に気にする様子も無く、蛇は、蛇達は箱の中で蠢いていた。

 その間にも、同朋がどんどん捕まり、箱の中に入れられる。

 遂に箱は蛇同士身動きが取れなくなる程、詰め込まれた。

 その時、箱の蓋が閉まり、真っ暗闇となった。

 蛇達は外に出ようと箱を頭で持ち上げた。

 だが、箱はビクともしない。

 蓋に重りを置かれたのか、鍵を掛けられたか解らない。

 解らないが、蛇達は外に出ようと頭を踏ん張った。

 無駄な事をしている、と考える事も無く、頭で持ち上げようとしていた。そろそろ腹が減ったのだ。

 鼠でも狩って喰わなければ死んでしまう。

 蛇達は全身を使い、突っ張る。

 真っ暗闇の中、意図した訳でもなかったか、蛇達は団結しながらみんなで突っ張った。

 一万を超える数の蛇が、一斉に箱を持ち上げるよう突っ張った。

 だが、蓋はビクともしなかった。

 疲れた蛇達は箱を持ち上げようとするのをやめた。

 一匹、一匹とやめた。

 そして箱の中で大人しく佇んだ。

 これ以上動くと、体力を消耗して狩りができなくなってしまうからた。

 じっと佇む蛇達。

 暗闇の中、身動き一つ取らずにじっとしていた。

 蛇達はその状態で数日間佇んだ。

 やがて最初に捕まった蛇が暴れ出す。

 目の前にいた同朋を喰ったのだ。

 腹が減って限界に達したのだ。

 喰わなければ死ぬ。

 それは堰を切ったように連鎖した。

 腹が減った蛇は互いに喰らい合った。

 箱の中は同朋の血で生臭くなる。

 それでも構わずに喰らい合う。

 やがて、箱の中の蛇は半分に減った。

 同朋を喰って生き長らえた蛇達は、再び身体を動かさずに佇んだ。

 また、腹が減った時に喰う。腹が減った時に戦う為に、体力を温存するように、じっと佇んだ。

 それから数日が経ち、再び腹が減った蛇達は互いに喰らい合った。

 血の海で身体をくねらせながら、同朋を喰らう。

 こうして半分になった蛇は、また半分になり、また喰らい合い、また半分になる。

 狭い箱は何時しか、広い空間となった。沢山いた同朋がいなくなってしまったのだ。

 そして久し振りに蓋を開けられて飛び込んで来た光……

 蛇は光に当てられたのか、はたまた同朋を喰った自責の念からか、目が真っ赤になっていた。

 箱をひっくり返されて、その身が外に出る。

 沢山の同朋の血で身体を洗われた形となった蛇は、どす黒く変色していた。

 暗闇と同化する色へと変わっていたのだ。

 蛇を覗き込む人間、それに身体を摘まれる。

 蛇は人間を赤い目で睨んだ。

「ナーガが完成した…だが、これからが仕上げだ…」

 その人間は恍惚して蛇を見ていたが、蛇は悪意を以て人間を睨む。

 人間が居るから、自分は喰いたくも無かった同朋を喰ったのだ。

 身体中にある同朋の念が蛇に叫んだ。

 殺せ!

 人間は全て敵だ!

 敵は殺せ!!

 赤い瞳のナーガと呼ばれた蛇は、その念に同意する事に何の抵抗もなかった。

 やがて赤い瞳のナーガは、金の箱に押し込まれた。

 神を入れる箱として、美しい装飾があしらわれた箱に。

 赤い瞳のナーガは抵抗する事無く、箱に入った。

 ナーガは神となる決意をしたのだ。

 但し、全ての人間を滅ぼす神としての。

 今度の箱は複雑な造りになっていて、易々と開ける事は叶わない。

 それは絶食を強いられた事を意味していた。

 だが、ナーガは別に餌を得たので、問題にはならなかった。

 喰らうのは人間の魂。

 例え命が尽きようと、餌を喰らう事、人間の魂を喰らう事はやめる事が無い。

 赤い瞳で最後に見た人間を、最初に殺す。

 金の箱の中で、命が尽きるまで、赤い瞳のナーガはそればかりを考えていた。


 神崎は溜め息を付き、最後にこう締めくくる。

『ナーガにある悪意は、人間によって植え付けられた悪意…だから北嶋さんは倒す事を躊躇しているんです』

 神崎は顔を伏せながら溜め息をつく。

『しかし、アレをあのままにしておく訳には…』

 石橋のオッサンの言う通り、ヤバい呪いをこのままにしておく訳にはいかない。

 だから悩んでいるんだが。

 知らずに斬り捨てたら、どんなに楽だった事だろう。

 これも俺が優し過ぎる為の苦悩なのだ。

 キングコブラも草薙に警戒してか、一定の距離を保って威嚇するのみとなっている。

 ギラギラと悪意に満ちた赤い目ん玉を俺に向けながら、時折チロチロと舌を出したり引っ込めたり。

 葛西はどんな感じで戦ってんだろ?

 死と再生の神が創った空間をチラ見する。

 …ハンマーをブンブン振り回して力押し中か。葛西にはそれしかない、つうか、それが持ち味だしなぁ…

 やっぱり俺がやらなきゃなぁ…

 俺は草薙を床にズドンと刺した。

『え!?北嶋さん何を!?』

『草薙を捨てるの!?』

 桐生と有馬が慌てふためいている様子が伺える。

「おし、来いキングコブラ」

 腰を下ろしてボキボキと指を鳴らす。

『何をしようと!?』

 う~ん、ガヤガヤ言われると少しうるさいなぁ。

「蛇如き草薙が必要かっての!!ジッチャンの名にかけて蛇は普通に相手してやるぜ!!」

 とは言え、ジッチャンは普通の農家だ。

 だが、普通の農家であるジッチャンを、幼少の頃より見ていた俺だ。

 ジッチャンが農家で良かったとしみじみと思った。

――シャアアアア!!

 キングコブラがここぞとばかりに襲い掛かってきた。やっぱ草薙にビビって近寄って来なかったのか。

 俺はそれを華麗に躱し、キングコブラの首根っこを右腕でホールド!!

「うらあああああ!!!」

 そのまま後ろへとぶん投げる!!

『ブ、ブレーンバスターだって!?』

『そ、それってプロレスの技ですよね!?』

 唖然としているオッサンと宝条、とその他。

 俺はぶっ倒れているキングコブラの背中に乗り、首をボキッと折った。

『ひー!!残酷!!』

 うっせーなガヤ芸人!わざとらしく顔を手のひらで覆いやがって!指の隙間から見てんのは知ってんだぞ!!

 まあ兎も角、そのまま頭をもいで、キングコブラの皮をベリベリベリベリ~っと剥いだ。

『な、なんでそんな真似を!?』

『き、北嶋さんの事だから、きっと理由があるのよ!!』

 桐生の言う通り、確かに理由はある。

 因みに、首をもいで皮を剥ぐって技はジッチャンから教わったのだ。

「畑に出たマムシもこうやって駆除してたぜジッチャンは」

 マムシとキングコブラは違うが、まぁ、同じ毒蛇だから類似しているって事にしておいてくれ。

 肌色のお肉がブリンブリンしながらクネクネとしている。

 俺は少し離れて座る。

『何やってんのよあの男!!師匠達でさえ封じるのがやっとの呪いを、マグレとは言え追い込んでいるのにっ!!』

 ガヤ芸人が暴れて桐生達に押さえ付けられている。マジうっせーなあのガヤ芸人は。

「タマ、ガヤ芸人を少し黙らせろ」

 俺の号令でガヤ芸人に飛びかかるタマ。

『キャー!!何押し倒してんのよー!!私にもちゃんと見せてよー!!』

 タマに押し倒されて、空間の窓から此方が見えないようになっているようだ。

――ほう、君はナーガをただ殺すって事はしないようだね

 死と再生の神が感心しながら話し掛けてきた。

「お前が猛禽類のように、キングコブラを鷲掴みにしてスイ~ッと飛んで行ってくれたら一番手っ取り早いんだけどな」

――ははは…私は呪いは食べないが、君の企みは成功しそうかい?

「知らん。失敗したら、仕方ないから普通にぶっ倒すだけだ」

 死と再生の神と談笑している間、キングコブラは綺麗に再生していた。

「やれやれ、思ったより早く再生するんだな」

 腰を上げてキングコブラに向かって歩く。

『北嶋さん…一体何をしようとしているのかしら…』

 桐生達が心配そうに見ている。

 失敗したら普通に叩っ斬るつもりだから、今は何するつもりかは言えない。

 だから俺は黙ってキングコブラの前に立つ。

 キングコブラがシャ~とか言って毒を吐く。

 それを躱してキングコブラの胴体をガシッと抱くようにホールドする。

「だああああああああああ!!!」

 そのままブリッジするよう、後ろに投げる。

『今度はバックドロップだって!?』

 石橋のオッサンがデカい声を出すが気にしてはいけない。

 俺は再び皮を剥ぐよう、首に手をかけた。

――シャアアアア!!

 威嚇音と共にシュッとしたキングコブラ。あのぶっとい胴回りを細くした。なんで?

 したらば!キングコブラはその長い身体の割には俊敏な動きをして俺に一気に巻き付いた!

 俺に巻きつきやすい太さに変わったって事か。なかなか考えていらっしゃる。

 ギリギリと俺を絞めつけるキングコブラ。

「おおお~、すげー力だなぁ~」

 余裕綽々の様子の俺だが、内臓が出そうな程圧迫されていた。常人ならば死んじゃうだろうが、俺なら問題無い。敢えて攻撃を受けたもんだし。

『北嶋さん!!』

 俺のピンチ(に見えるんだろう)に外野が慌てる。

「騒ぐな騒ぐな。これくらいぎょえええ~!!」

 何か身体がミシミシ言い出した。ヤバいかも。ちょっと大盤振る舞いしすぎたか?

「おい蛇。少しは加減しろのおおおお!?」

 加減するどころが更に巻き付くキングコブラ。わざと巻きつき攻撃を喰らってやった俺に対して容赦しないとは、なんて自分勝手な奴なんだ!!

『マズいぞ!!錦蛇みたいな大蛇に身体を三巻きされたら人間は限界なんだが、北嶋君はもう八巻きもされている!!しかも相手はナーガだ!!』

 え?普通は三巻きでヤバいの?

 早く言えよ石橋のオッサン!!じゃあこれマズイじゃねーか!!

「のおおおおおおおおおお~!!おおおおおおおお!!」

 俺は両腕に力を込める。

『力で脱出するつもりだわ!!』

 宝生の言う通り、俺は両腕を外に向かって開く。

『に、人間の力で大蛇の完璧な絞め付けを無理やり引き離す事なんて!!』

 いちいち驚くなよ石橋のオッサンよー。人間はなあ…

「やる気になれば何でもできるもんだよ!!あああああああああああああ!!」

 ブチブチとキングコブラの絞め付けを引き剥がし、少し身体に隙間が開いた。

 俺は直ぐ様片脚をたたんで、膝を胴体にブチ込む。

 何度も何度もブチ込む。

『体勢が不十分なら、ダメージに繋がらないぞ北嶋君!!』

 ところが繋がるのだ。

 俺が叩き込んでいるのは、単なる足掻きじゃない。殺意を込めた狩人の攻撃なのだから。

――クシャアァアア!!

 キングコブラが自ら巻き付きを離した。

『な、何故だ!?何故離す!?』

「そりゃ痛いし怖いなら、逃げる為に離すだろ普通」

 因みに俺が叩き込んだ膝は、俺の全体重を乗せた膝。10センチ程の隙間があるならば、体重を膝に乗せて叩き込むのは可能なのだ。

「どけ蛇」 

 まだ少し絡み付いているキングコブラの尻尾が、幸運にも足元にあった。

 俺はそれを踏み抜く。具体的には床ごと踏み抜く力で。

――プシャアアァァア!!

 キングコブラはたまらず俺から離れた。

『だ、ダメージに、痛みに繋がったんだわ…』

『で、でもおかしくない?命を奪う事に執着しているナーガが、あっさりと離すなんて…』

「おかしくない!!」

 丁度良い所に赤い目ん玉があったので、爪先をぶち込む。

――プシャアアァァアアァアア!!

 クネクネと身を捩るキングコブラ。

 大分元に戻ったのか?

 だが、赤い目ん玉の悪意は消えていない。もう少し踏ん張らなきゃならんのか。面倒くせーが仕方がない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「…北嶋さんがやっているのは、退治じゃないのよ」

 ボソッと呟く私に、一斉に視線が降り注いだ。

「退治じゃないって、どういう事?」

 生乃が皆の疑問を代弁した。

「北嶋さんはナーガをただの蛇に戻しているのよ」

 ざわめく場。恐らくは意味が解らないのだろう。

 大雑把にだが、説明しよう。

「ナーガは人によって神になった。憎悪の塊の神に。そして、圧倒的な力で人間を呪い殺し、魂を喰っていた」

「それは解るけど、北嶋さんは一体何をしようとしているの?」

 梓の疑問はみんなの疑問なのだろう。証拠に誰も口を開かず、固唾を飲んで私の続く言葉を待っている。

「呪い殺すのが当たり前になっているナーガ、師匠達すらも封じるのが限界だった悪意…北嶋さんは、痛みを思い出させている。かつてはただの蛇だった事を思い出させているのよ」

「だ、だが、痛みなら松尾先生の弟子の彼も外で浴びさせているだろう?」

 石橋先生の仰る通り、確かに葛西も力でナーガを叩いている。

 それも鬼と北欧の神の道具の力で。当然ナーガも痛みは感じている筈だ。

 だが、北嶋さんと葛西の違う点、それは…

「思いの力。それが北嶋さんの真骨頂です」

 石橋先生も生乃も、皆成る程と言った表情をした。結奈を除いて。

「思いの力って、何よ?」

 その結奈が疑問を呈する。

「長くなるから説明は省かせて貰うけど、北嶋さんならナーガに蛇だった頃の、人間に捕らえられて怖い思いをした蛇だった頃を思い出させる事ができる、って意味よ」

 タマに乗っかられて床に這いつくばっている結奈が、握り拳を作り、床を思いっ切り叩いた。

「思い出させてどうするって言うのよ!!奴は駆除すべき対象よ!!訳の解らない情けをかけるべき相手じゃないわ!!」

 確かに、ナーガとなって数々の人間を殺してきた蛇は、駆除すべき対象なのかもしれない。

 だが、奴も生前はただの蛇。

 糧を得る為に狩り、時には天敵に捕らえられて食べられる事もあるだろう、蛇.だったのだ。

 北嶋さんは憐れみを感じた訳でもない。

 無論、かつての人間の暴挙の責任を果たしている訳でもない。

 ただ、『知ってしまったから』蛇に戻しているのだ。

 それには、もう一つの理由がある。

 私は結奈の前に屈み、そっと言った。

「結奈がトイレに流したナーガのミイラ…今のままじゃ、どんな災いが起こるか解らない。だけど、ナーガじゃなく、ただの蛇のミイラなら、災いは起こらないでしょ?」

 場が静まり返った。

 結奈は我に返ったような表情を作り、私を見上げる。

「私の………ため?」

 その疑問には静かに首を横に振って否定する。

「北嶋さんにしてみれば、『ついで』なのよ。北嶋さんには余裕があるの。師匠達が封じるのが限界だった呪いが相手でも…」

 静かに立ち上がり、亜空間の北嶋さんを見る。

「北嶋さん!!頑張って!!!」

 ありったけの大きな事を出した。

『おー』

 北嶋さんは普通に手を振って応える。

 あの人の底は無い。あの人を縛る物は無い。ただ、あの人は思った事を実行するだけ。

 私は全く心配はしていない。

 あの人が望むなら、きっと、そういう結果になるのだから。

――思いの力か…だから草薙も賢者の石も鏡も彼に従っているのかな?

 不意に死と再生の神が私に話し掛けてきた。

「さぁ…三種の神器が従っている理由は解りませんが…」

 苦笑いをしながら答えた。

――ふっ、まぁ、彼の言霊に踊らされて鏡を運んで来た私だ。三種の神器の気持ちも何となく解る気がするよ

 死と再生の神も苦笑いをしながら答えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「………どいて………」

 背中に乗っている九尾狐にお願いした。思えばこの大妖が私を押さえる為だけに乗っているのにも驚くべきだった。

 九尾狐は孤高の大妖。人間の命なんか聞かない。なのに、此処に居る理由に驚くべきだった。

――貴様の願いなど聞かぬ。妾は勇の願いを聞くまで

 そうなのだ。北嶋 勇だからこそ、九尾狐を此処まで従えているのだ。

 奢って、慢心して、何も見えていなかった。解っていなかった。

「…その彼を…北嶋さんをちゃんと見たいから…どいて…お願い………」

 懇願とは、この事を言うのだろう。

 産まれて始めて、心からお願いしている自分がいる。

――知らぬと言った筈!!

 九尾狐は退こうとしない。そればかりが、私が無理やりにでも身体を起こそうものなら、その爪を容赦なく私の背中に立てるだろう。

 見たい。

 北嶋 勇を。

 彼の戦いを見たい…

 涙が零れ落ちそうになるその時…

「タマ、退いてあげて」

 尚美が九尾狐に微笑みながら促した。

――……ふん

 九尾狐は渋々退いた。尚美がお願いしてくれたから…

「ありがとう…」

 九尾狐にお礼を言うと、また不機嫌な顔になる。

――礼ならば尚美に言え。妾は貴様が嫌いなのだ。あの時、少しでも動こうものなら…

 言いたい事は解っている。私は黙って尚美にお辞儀をした。

 私が窓から亜空間を見た時、彼にナーガが無数の黒い蛇で襲われている最中だった。

「危ない!!」

 叫ぶも、彼は特に気にする様子も無く、床を思いっ切り踏み付けた。


 バァァン


 その音と共に、黒い蛇は後退さる。音、いや、威嚇だけで退けるなんて…

『だんだん戻ってきたかな?』

 彼の言う通り、ナーガは明らかに怯えの色を見せていた。

 いくら向かって行っても簡単にいなされ、攻撃されては再生まで待たれ、更に攻撃され…改めてよく見ると…

「凄い……」

 その一言に尽きる。それ以外は探しても言葉が出て来ない程だ。

「凄いでしょ?あれが北嶋さんよ」

 尚美の言葉にただ頷く。

 私の腕の蛇を何のストレスも無く抜いた事といい、尚美に憑いていた呪いを、尚美に負担を一切かけずに抜いた事といい…

「あんな人もいるんだ…」

 初めて素直に感心した。

 そう言えば、尚美も生乃も梓も、宝生さんも石橋先生も、彼に助けられて此処に居るのだ。

 彼がいなかったら、尚美達も、もしかしたら、この場に居なかったかもしれない。それは無論、私も該当するだろう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「やい蛇、神から蛇に戻る気になったか?」

 無造作に蛇に歩み寄る俺に対して、蛇は部屋の隅っこにまで後退った。俺にビビっている証拠だ。

「お前も可哀想な蛇だが、このままにはしておけないんだ。せめて狩られて逝け」

 それならば、力及ばず運が悪く、で終わる。自然界の食物連鎖だ。

 だが、狩られる方もただでは死なない。

 無論抵抗はするのだ。

 と、言う訳で、蛇は俺に向かって咬み付く。

 俺は普通に腕を出し、咬み付かせた。

『きゃあああ!!』

『そ、それは毒があるのよ!!』

『は、早く血清を!!』

 俺の女達がキャーキャー言っているが心配に及ばない。

「賢者の石で既に抗体はあるんだよ。だからこんなのは単なる甘噛みだ」

 そうなのだ。俺は賢者の石に願っていたのだ。キングコブラの毒の抗体をくれ、と。

 死ぬ筈の俺がピンピンしているのをビビって蛇が自ら口を離した。

「満足したか?そろそろ還らないか?お前が望むなら、還してやるぞ。だが、まだ執着するって言うなら…」

 俺は闘気を思いっ切り出すイメージを作り出した。

 漫画とかでよくある『はああああ!!』とか言って髪が上がるアレだ。

 蛇は普通にビビって固まってしまった。

 まるで蛇に睨まれた蛙状態になったのだ。蛇に向かって言う例えで合っているかは不明だが。

 固まった蛇の牙に拳を叩き込む。

 ボキッという音と共に、牙が折れた。

 ゾゾゾゾッと退がる蛇。それを追い掛ける俺。

「牙を再生させるか?」

 蛇がシャーとか言って俺に巻き付く。そして口を開けながら俺に接近してきた。

「蛇らしく飲み込むか?この俺を飲めるのか?狩られる側のお前が狩る側の俺を殺せると言うのかよ?」

 蛇を睨み付けながら言う俺。蛇はビクッとして口を開けたまま止まった。

「牙は再生してないようだな」

 更には赤い目も、普通の蛇の目に戻っていた。若干涙目のような気もするが。

 ガシッと蛇を掴み、力任せに離して顔を近付ける。

「ただの蛇に戻ったな。よしよし。さて、次の選択は、俺に捌かれて三枚下ろしとなるか、素直に還って転生するかだ。どっちにせよ、斬るけどな」

 俺はそのまま蛇を持って草薙を刺した床まで移動し、草薙を鞘から抜いた。

 そして蛇を離す。

「お前が望んで斬られるのなら、今までの所業はチャラ…には出来無いかもしれんが、善処はしてやる。還りたいと願うなら、痛みを伴うが早く転生できるぞ。多分だが」

 今はただの爬虫類の霊となった蛇に選択を迫る。ある意味滑稽だと我ながら思う。

 蛇はチロチロと舌を出し、俺にクネクネと近付いてきた。

 そして鎌首をクッと持ち上げ、俺をじっと見る。

「…人間を信用できないのは理解するが、俺は約束を守るぞ。神崎、裏山へ繋げ」

 いきなり言われたにも関わらず、神崎は俺の前に裏山に繋がる窓を出した。

「流石神崎!婆さんの技を完全に物にしたな!」

『流石は北嶋さんでしょ。ナーガをただの蛇に戻すなんて、考えつく事も実行も誰にもできないよ』

 神崎が珍しく素直に俺を褒めた。

「もっと全力で褒めてもいいぞ」

 俺は褒められたら伸びる子だからな。俺を伸ばしたいなら褒めるべきだ。

『そんな所が惜しい所なのよ。早く海神様とお話しなさいよ』

 何か握り拳を作っている神崎…あれは痛いからやめて貰いたい。

 まあ仕方ない。蛇が優先なのは変わらないからな。

「おーい。ちょっと頼みあんだよ。出てきてくれ」

 暫く待つと、窓から竜神が映り、呆れ顔を作っていた。

――貴様から呼び出しとは…また厄介な願い事か?

――あれは龍神!?海神と言っていたが…

 死と再生の神が流石に驚いた。自分しかいないと思ったのだろう。神がそう簡単に姿を現す筈が無いと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 驚愕している死と再生の神様。

「ええ。北嶋さんの護り神の一柱です」

――護り神!?一柱!?何故だ!彼には必要が無いだろう!?

 死と再生の神が言わんとしている事は解る。

 一つは北嶋さんに護りはいらない。

 もう一つはあれほどの神様を『従えている』事。

「私の師匠が『来るべき時』の為に神様を四柱集めろ、と」

 私は微笑みながら返した。

 以前はよく解らなかった師匠の言葉。

 今ははっきりと理解できる。

 来るべき時は北嶋さん一人では無理だ。それ程の戦いが起こる。

 それは北嶋さんの前世に関わる話。いや、前世と言う表現はおかしいか。

――あれ程の神を、あと三柱も必要な戦いが起こるのか…

 死と再生の神が唸った。それは大きな戦いになるだろうと予想して。

「今はまだ平穏ですけどね。海神様とお話をするようです。北嶋さんはこんな感じでいつもお話しているんですよ」

 もう少し敬って欲しいものだと嘆息する。いや、北嶋さんだからあれでいいのだろうけれど、間に入る私の身にもなって欲しいものだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 海神が姿を現したので、早速だが頼みを聞いて貰おう。

「おー。ちょっと悪いけどさ、この蛇斬るからさ。転生に便宜を図ってくれるよう、頼んでくれよ」

 海神は蛇をじろりと睨む。

――…こいつは悪神ではないか?いや、悪神『だった』のか?勇、貴様が改心させたのか?

 改心?うーん、それはちょっと違う気がするが。以前の動物へ戻しただけだし。

 だが面倒臭いので説明を省く。

「まぁ、取り敢えず頼むよ。塩饅頭買ってやるからさ」

――貴様じゃあるまいし、供え物で心が動くか!!

 まぁ、確かにだ。

 だが頼みを聞いて貰わないとならない。俺が嘘つきになってしまうからな。

「頼むよー。お前もこいつも同じ爬虫類じゃねーかよー」

――関係あるかっ!!!

 海神がプイッとそっぽを向いた。

 ヤバいな。機嫌を損ねたら面倒臭いな。

 ならば改めて真摯に願い出よう。

「お前も祟り神とか言われていたじゃねーかよー。お前もこいつも似たような境遇なんだよー。だから頼むよー」

 まさに拝む仕草で胸を張りながら頼む俺。

 この話をすると、海神は慌てて俺の口を閉じるように頼みを聞いてくれるのだ。当然今日も思いっ切り速攻で頷く。

――解った!解ったから!もういい加減に忘れてくれと何度も何度も…

 ブツブツ言う海神に対して、俺は満面の笑みを浮かべて頷く。

「おお!流石は我が家の守護神!塩饅頭高いヤツ奮発してやろう!」

――塩饅頭よりだな、いい加減あの時の事をだな…

 話が長くなるので背中を向ける。今は蛇が優先だからだ。決してうぜーな、とか思っていない、断じて。

――おい勇!聞いているのか!?おい!!

 おいおい俺を呼んでいるが、気にしてはいけない。

 俺は蛇に切っ先を向ける。

「聞いての通りだ。しかし罪は罪。だが、事情が事情だ。罪は軽減されるだろう。転生にも便宜を図ってくれるだろう」

 蛇はチロチロと舌を出しながら、静かに目を瞑った。

「早く転生できたら俺ん家の裏山に住むといいぞ。誰も来ない、静かな所だ」

 俺は草薙を振り下ろした。

 蛇の身体が真っ二つになり、黒い霧となりながら大気に溶け込む。

 蛇は斬られた瞬間、苦痛の表情をしたが、最後に一言、俺だけに聞こえるよう言った。


――やっと終わった………


 神である事をやめたかったのは、他ならぬ蛇自身だったのだ。

 蛇は本当の意味で苦痛から解放されたようだ。

 俺は蛇の弔いの為に、暫くは鰻を食うのを控えようと心に誓った。

 尤も、飯時間に出てきたら有り難く戴くとは思うけど、それはまあまあ。

 食い物を粗末にするのは、俺の正義の血が許さないから仕方がない事だ。

 つーか晩飯は鰻がいいな。おかしな誓いによって、舌が鰻になってしまったじゃないか。

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