英雄凱旋
パキィィィンと渇いた音と共に、俺は神崎達と同じ場所に居た。
「亜空間から出てきたのか…うおっ!!」
呆ける間もなく、皆が俺に飛び掛かる。
「北嶋さぁん!!凄い!!凄いよっ!!」
「ただ倒すだけじゃない、救うなんて!!」
「師匠が封じ込むだけで精一杯のナーガを屈伏させるなんて!!」
桐生、有馬、宝条が一斉に飛び込んできた。流石の俺も倒れてしまう。
案の定、しこたま後頭部を殴打する事になった。
「痛い!!だが離れるな!!気持ちいいから!!」
女達に揉みくちゃにされる状況だ。まさに至福の一時!柔らかくて温かくて気持ちがいい!
「北嶋さん、お疲れ様」
ぶっ倒れてにやけている俺の顔を覗き込むよう、屈んで微笑んでいる神崎。
俺はグーを警戒した。具体的には強張った。
「ふふっ。警戒するくらいならさっさと起き上がった方がいいわよ?」
ゾクッとした。背中に冷たい汗が走る。
顔は満面の笑顔を作っているが、微かに眉間にシワが刻まれていた神崎。
俺は慌てて立ち上がる。
「け、警戒なんかしてないぞ!」
声を裏返して焦りを露わにする。
「ふふっ、馬鹿ね」
神崎が俺に躊躇なく抱きついた。ん?抱き付いて来た!?
「おおお~?か、神崎?」
「師匠もお礼を言っているわ。本当に凄い人よ、北嶋さんは」
胸に顔を埋めてくる神崎。普通にニコニコと笑っている…
こ、これは…私の男に触れるなクズ共!と、他の女達を牽制しているのか?
女にそうまでされちゃ、男名利に尽きると言うものだ。
俺は神崎を抱き締めるべく、腰と肩に腕を回す。
「神崎!!」
スカッと空を切る俺の両腕。
神崎はいつの間にか、有馬達と談笑していた。
「ちくしょう!魔性の女か!」
悔しさのあまり、這いつくばって床をバンバン叩く。
「あ、あの…」
俺の頭上から話しかける女の声。
反応して顔を上げる。そこには、あのガヤ芸人、確か千堂 結奈とか言った女が半分泣きながら正座をしていた。
「何だ?」
「あの…本当にありがとうございました!私、本物を知りました。今まで慢心していて、本当にごめんなさい」
ガヤ芸人…千堂は正座をしながら礼を言う。
「ん~…まぁ、婆さんとの約束だったからな。誰一人死なせないっつー」
つまりは千堂を助けたのも婆さんとの約束の一部に過ぎないって事だ。だから礼はいらんのだが。
「それでも私は感謝の気持ちで一杯なんですっ!!」
千堂が若干キレながら正座を続けている。まんま土下座だった。
「解った。ならば礼は塩饅頭でいいぞ。海神にあげるヤツだから、とびっきり高くて旨いヤツを手配してくれ」
千堂は顔を上げて元気に返事を返した。
「はいっ!超一流店の一番高い塩饅頭を手配します!」
笑いながら手配の約束をした千堂。顔はやはり可愛い。
「解ったなら土下座をやめろ」
「はいっ!勇さんがそう言うのならっ!」
い、勇さん?何故かアンタから勇さんに格上になった。
ゾクッ
凄まじい悪寒を感じて気配の方向を見ると、神崎が咎める視線を俺にぶつけていた。当然足がガクブルとなってしまった。
いや、俺は何も悪くはない。ないが、何故かガクブルとしてしまうのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あっちも終わったようだな」
――そうだね。いやはや見事だ
心から感心した。
ナーガを蛇に戻した事は勿論、その蛇を彼は確かに『救った』のだ。
古から沢山の人間達を呪い殺してきたナーガ。神の呪い…その性質上、倒す事しか考えない筈なのに、彼はナーガの、蛇の本当の痛みを取り除いたのだ。
「ハッ!!北嶋の馬鹿は俺じゃなきゃ倒せねぇよ!!」
そうは言うが、鬼の彼は顔が全く笑っていない。完全に彼に遅れを取った事を自覚しているのだろう。
よしんば、彼が救うと言う選択を取らなくて普通に戦っていても、あの草薙の前ではナーガは斬られて滅せられただろう。
賢者の石で抗体を作ったりという、石の使い方も見事だ。
だがやはり驚嘆すべきは…
――鏡がナーガの全てを視せた後の、彼の選んだ選択…まさに正確と言える回答だね
鏡が視せた問題を解決した彼の力量…だから鏡は彼の元に行きたいのだろう。
「さぁ、私達も行きましょう」
鬼の彼の伴侶の一言で、彼等は屋敷に向かった。
鬼の彼が歩みを止める。
「テメェは行かねぇのか?」
――少し考え事があるからね。後で伺うから先に行きたまえ
鬼の彼が微かに私を睨んだのが解った。多分彼の脳裏には、鏡を彼から返してもらう事をやめて欲しい、という考えがあるんだろう。
だが、返すという選択は彼が選んだものだ。彼は自分の言葉を曲げるような人間ではない。
鬼の彼もそれを感じたのか解らないが、舌打ちをしながら屋敷へと入って行った。
考え事とは、まさにその事だった。
どうしたら彼に鏡を渡す事ができるのだろうか?
鏡が行きたいと願い、他の皆が恐らくは貰えと願い、そして私があげたいと願っているが、彼は恐らく拒否をする。
約束だから。
ただそれだけで、彼はあっさりと鏡を返却する事だろう。
――いやいや、なかなか骨が折れる男だね、彼は
苦笑いをした。久しく頭を悩ませる事になるとはと。
――だが、何としても受け取って貰うよ。私も多少は名の知れた神なのだからね
私にも微々たるものだが誇りはあるのだから。驚かされっぱなしと言うのも戴けない話なのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
私は相変わらず苦笑いをしていたが、何故か心地よい楽しさを感じていた。
「おい馬鹿。遅ぇじゃねぇか。待ちくたびれて寝そうになったぜ」
屋敷の中に、葛西さんとソフィアさん、松尾先生、そしてフェンリル狼が入ってきた。
「お前は何回か泣きそうになっていたな」
「泣くか馬鹿野郎!!逆に泣かせてやるぜ!!」
北嶋さんと葛西さんが取っ組み合いをしそうになる。
慌てて話を逸らすべく、他の話題を振った。
「そ、そう言えば、師匠の日記だけど…」
師匠の日記を北嶋さんに渡す。
「最後の方のページ…切り取ったでしょ?」
皆が日記を覗き込む。
「本当だ…北嶋さん、一体何が書いてあったの?」
生乃の問いによって、北嶋さんに視線が降り注いだ。
北嶋さんは黙ってポケットから紙キレを出した。
私はそれを開いて見る。
「これは…」
師匠が最後に書いた日記、それは焦っていたのか、達筆な師匠にしては珍しく字が乱れていた。
言い忘れていたが、小僧、富士山に連れて行く者じゃが、選択を間違ったら、その者は死ぬ。その者が死ぬという事は、鏡が手に入らぬという事。鏡が手に入らぬという事は、呪いに掛かった者も死ぬという事じゃ。完全敗北を意味する。くれぐれも間違うでないぞ
それはあまりにも恐ろしい忠告だった。
「だから私達を連れて行こうとしなかったのね…」
「冬の富士山はかなり危険だからね。誰かが転落して死ぬビジョンが視えたみたい」
尚美の一言に葛西さんが固まった。
「北嶋…俺は転落したぜ…」
ギョッとして葛西さんを見る。
「お前なら丈夫だろ。転落しても簡単にくたばるタマじゃないし。遭難しても何とかなりそうだったしな。それに…」
それに?
北嶋さんが一呼吸置いて続けた。
「お前なら死んでも誰も悲しまないから平気かな、と」
葛西さんと北嶋さんは再び物凄い勢いで取っ組み合った。
怒りを見せながら胸倉を掴む葛西さんだが、本気で怒っているようには見えなかった。
葛西さんは『転落した』と言っていたが無傷。それどころか、外の大蛇を一人で倒す程の体力を持っていた。
つまり、落ちたが北嶋さんに助けられた。恐らく答えは合っているのだろう。
そして師匠の転落死のイメージは多分、誰が富士山に行っても転落する、という事だ。
私も生乃も宝条さんも、転落したら確実に死ぬだろう。
松尾先生や石橋先生でも、恐らく死んでいたに違いない。
葛西さんで正解だったのだ。
北嶋さんも葛西さん以外に考えつかなかった。
あれ程焦っていた北嶋さんが、元の余裕綽々な北嶋さんに戻ったのも、葛西さんが名乗り出た直後だ。
「葛西さんは本当に強い人なんですね」
ボソッと放った一言で取っ組み合いが収まる。
「当たり前だ。俺が最強だ」
「お前如きが最強なら、俺は宇宙最強だ!!スーパーサイヤ人だ!!」
「知るか馬鹿野郎!!表出やがれ!決着を付けてやるぜ!!」
「決着なら付いているだろ。俺の圧倒的な勝利という形で」
一瞬収まった取っ組み合いだが、彼等は再びお互いの胸ぐらを掴みながら罵り合ってしまった。
しかし、やはり誰も止めなかった。逆に微笑ましく見ていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
暗い、暗い闇の中、蛇は真っ直ぐと進んだ。
今までも暗い闇の中で生きてきたが、この闇は違う。
あの闇は自分の憎悪で作り出した闇。赤い瞳で見据えた獲物を喰い殺す為だけにあった闇だ。
だが、この闇は違う。
この闇は心地良かった。
蛇だった頃に知っている、夜の闇と等しかったからだ。
この先は苦痛が待っているのを蛇は知っていたが、蛇の心は晴れやかだった。
永遠に続くと思われた自分の作り出した闇。
そこから先へ、また、ただの蛇へと戻る為の闇、そして苦痛だからだ。
その苦痛も今までの憎悪に比べたら何て事の無い苦痛。
蛇はむしろ苦痛を求める様、闇の中を急ぐ。
そして蛇には新たな夢が出来た。
自分を救ってくれた、あの男の言う裏山に住む事だ。
きっと素晴らしい所に違いない。
蛇は逸る気持ちを押さえる事ができずに、闇の中を急いだ。
苦痛を越え、再び普通の蛇になる事を、普通に糧を食い、普通に天敵に怯え、普通に寿命が尽きる事を夢見て……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北嶋さんと葛西は喧嘩している様でじゃれ合っているに近かった。だからみんなが止めに入らないのだが。
「やれやれ」
私は微笑しながら勝手にやらせておく事にした。
「そう言えば尚美、師匠の技を…」
梓が恐る恐る聞いてくる。
「ああ、捕らわれている間、師匠が自分の御力を私に授けて下さったのよ。呪いによって削られる体力、それを補う為の霊力を得たって訳」
腕を曲げて力こぶを作り、笑う。
「つまり尚美は師匠と同じ強さを得たって事?」
「同じかどうかは解らないけどね」
はあ~と溜息を付く梓。私の霊力が爆発的に上がったのも納得したようだ。
「私が捕らわれれば良かったわ…」
「いやいや。冗談でも言っちゃいない事でしょ。それよりも、いつの間にか冥獣の顎なんか覚えちゃって」
肘で梓を突っつく。
「あれは生乃の魔法陣の霊力を便乗したのよ。何かの触媒無しじゃ喚び出す事なんか出来ない出来ない」
梓が手をブンブン振る。謙遜しているんだな。かなり努力したでしょうに。
次に生乃を見る。生乃はハラハラしながら北嶋さんと葛西のじゃれ合いを見ていた。
「生乃っ」
私に呼ばれて振り向く生乃。
私と梓は生乃に来い来いと手招きをした。
「何?その前にアレ止めなくていいの?」
北嶋さんを気にしながら私達に近寄る生乃。
「平気でしょ。多分。それより凄いじゃない生乃!誘いの千手。かなり強くなったわね」
「魔法陣が無いと発動できないけどね。今回は場所移動しない敵だから良かったけど…」
「廃墟とかの地縛霊の殲滅とか便利じゃない?」
「駄目駄目!動き回る敵なら捉えるのが難しいもの!もっと強くならなきゃ、北嶋さんに恩返しできないよ!」
両手をブンブン振って否定する生乃。北嶋さんの役に立ちたくて仕方ないようだ。
北嶋さんに素直に好感を寄せているのは生乃だ。本当に羨ましく思う。
「さて、そろそろ止めに入ろうかな。」
私は北嶋さんにツカツカと歩み寄り、グーを見せる。
それに気がついた北嶋さんは、青い顔になりながら、アッサリと葛西から離れた。
離れた北嶋さんは、次は石橋先生と宝条さんに囲まれ、話をしている。
さてさて、難題が待っているわ。
万界の鏡…
あれがあれば、北嶋さんに死角は無くなる。
だが、思ったよりかなり大きい鏡。持ち運びに大変不便だ。
更に鏡は『借りてきた』物。
貸してと言ったのは北嶋さんだから、全く未練なく返却をする筈だ。
死と再生の神様は、多分北嶋さんに鏡を渡したい筈。
永きに渡り、鏡と共存してきた死と再生の神様だが、自ら運んで来た事を踏まえると、それは間違いないと思う。
だけど北嶋さんは非常に頑固だ。
自分から貸せと言った手前、絶対に返却するだろうし、やると言っても頷かない。
そして鏡が無いと、死と再生の神様は発見が容易になり、捕らえられる可能性がある。
まぁ、簡単には捕らえる事はできないが、それでも危険に晒される事は間違いない。
だから北嶋さんは絶対に受け取らない。
「困ったなぁ…どうしようか?」
私が思案していたその時、死と再生の神様が、その御姿を私達の前に現した。
――お取り込み中かな?
場が一斉にざわめいた。
その御姿、改めて見ると、近寄る事すら躊躇しそうな神々しさ…
さっきは余裕がなくて、よく御姿を見られなかった梓達だが、今は立っているのもやっとの緊張を露わにしている。
「おー鏡だな。少し待っていろ」
やはり簡単に返却をしようとする北嶋さん。
「えーっ!!返しちゃうんですかぁ!?」
結奈の発した言葉が全員の気持なのは間違いないが、もう少し考えて発して欲しい。聞いた感じ、奪えとか盗めに聞こえちゃうでしょ。
「ち、ちょっと北嶋さん、少し交渉とか…」
宝条さんが前に出て、慌てて宥める。
「これはあいつにとって大事な物だからな。返さない訳にはいかないだろ」
やはり聞くはずも無い北嶋さん。
予想はしていたが、やはり死と再生の神様の事を考えての返却だ。
――その事なんだがね、ち、ちょっと待ってくれないか?
死と再生の神様が北嶋さんを引き止めようとするも、北嶋さんは構わずに鏡を取りに行った。
「お待たせだな。持って来たぞ」
死と再生の神様の前にトンと鏡を置く。
「いやー。取り敢えずお前に返すまでは、と思って、お前の姿を視せてくれと頼んでおいて良かったよ」
気が利くだろうとばかりの、したり顔の北嶋さん。
――いや、あのだね…
「あ、ちょっとだけ待ってくれ」
何か言おうとする死と再生の神様を制して私を見る。
「な、何?」
何か企んでいる顔だ…
私は自分を抱き締めるよう、腕を身体に回した。
「婆さんが言っていた…」
「師匠が?なんて?」
もの凄ぉく嫌な予感がする。自然と拳を握り締めてしまう程の嫌な予感だった。
「これは俺の望みを叶えてくれる最後の神器だと…」
そして鏡をさり気なく私の前に移動させる。
丁度いいから良く見せて貰おう。
真ん中が黒い。そこからグラデーションみたいに普通の鏡に変わっていくような感じだ。
この黒い箇所が万界の鏡の能力の源のようだけど…
それは、他の箇所にも力があるようだが、それは黒い箇所より遥かに微力だから。
他にはヒビが入っていたり、欠けていたりだし。
黒い箇所さえ無事ならば、破損しても問題はない?
私の感想を余所に、北嶋さんが続ける。
「万界の鏡!俺の望みを叶えてくれ!」
北嶋さんに望みがあるなんて、少し意外だが、嫌な予感が増すばかり。
固く握った拳が震える…
北嶋さんは凄くいやらしく笑いながら発した。
「鏡よ!!俺の望みは神崎のすっ裸を見る事だぁ!!!!」
北嶋さんの目が光った!!と言うか、何その望み!?
「いやあああああああ!!!」
私は咄嗟に拳を北嶋さんの鼻に向かって放った。
ガシャアアアアアン
「ぶっくはあああああ!!」
鏡が割れて、北嶋さんが鼻血を流しながら仰向けに倒れて行く。
「きゃあああああああ!!」
梓の悲鳴が聞こえる…
「鏡があああああああ!!」
生乃の絶叫も聞こえる。
「割れちゃったあああ!!」
結奈の非難めいた叫びも。
「粉々になっちゃったあああああ!!」
宝条さん。見れば解るから、敢えて説明しなくても…
「テメェはあああああ!!」
あー…葛西には責められても仕方ないかな…苦労して同行してくれたんだし…
「何て事をするんですかああああああ!!」
ソフィアさんにも責められても仕方ない。頑張った葛西の苦労を台無しにしたからね。
冷静にみんなの責めを分析しながらも、頭を垂れる。これは私が悪いんだし…いや、悪いなんてもんじゃない。超とんでもない事をしてしまった。
「ごめんなさいいいいっ!!つい咄嗟にぃっ!!」
私は何回も何回も頭を下げた。生涯分下げたと思う程、下げた。でも、これでも全然足りない。私が壊したのは、人類の至宝、三種の神器。
命を以てしても、償える事じゃない…!!
――鏡が割れてしまったか…
死と再生の神様は寂しそうに割れた鏡の破片を見ていた。
更に死と再生の神様に何度も何度も頭を下げる。
「申し訳御座いませんっっっ!!本当に申し訳御座いませんっっっ!!」
何度も何度も頭を下げたおかげで首が痛くなったが、構わず下げ続けた。
「あーあ、人の物をぶっ壊すなんて、何て悪い奴なんだ」
「北嶋さんが変な望みを口にするからでしょっ!!」
アッパー気味に拳を跳ね上げた。本気で。
「ごっっ!?」
見事に一回転する北嶋さん。いや、足りない。ワンパンチじゃ足りない!!
――こらこら。その辺にしておきたまえ。鏡は残念だが、既に破損が酷かった。君が割らなくても、いずれ割れていたのさ
割れた鏡を見ながら死と再生の神様が許してくれた。
「で、でも…」
私を見て笑う死と再生の神様。まるで、これ以上の謝罪を言わせないように。
――幸いに力の源の中心部は無事だ。しかし私が隠れるには小さ過ぎる。つまり私には無用の長物となってしまった。君の責任だよ北嶋 勇。君が責任を持って管理したまえ
死と再生の神様は、鏡の中心部…手のひらに納まる程の大きさとなった鏡を浮かし、北嶋さんの前に差し出した。
「え!?じゃあ…」
死と再生の神様は微笑みを絶やさず続ける。
――君の物だ。北嶋 勇。非常に残念だが致し方ない
皆が歓喜に湧く。
「北嶋ぁ!!テメェのせいだからな!!」
「確かにね。割らせた責任は取りたまえ!!」
「三種の神器を全て所有するなんざ、貴様には勿体無いが致し方ないじゃろ!!」
しかし北嶋さんは全く興味を示さずに言い切った。
「要らね。くれるなら貰うが、下手すりゃゴミ箱行きになるぞ。それでもいいのか?」
「な、何で?北嶋さん、この鏡の価値を知っているの?」
生乃の問いがみんなの問い。
北嶋さんは普通に、本当に普通に!!
「割れた鏡は危ないだろ。怪我したらどうすんだよ?」
唖然とした皆。ガラスと万界の鏡と同じ扱いをするなんて!!
――き、君は価値を見い出そうとはしないんだね…
流石に呆れている死と再生の神様。
そこに、何かを考えながら、ソフィアさんが割って入る。
「この黒い部分が力の源のようですが、少し加工しても大丈夫なのですか?」
――あ、ああ…
「半分にしても?」
――それは二枚使うと言う意味かな?だったら大丈夫だが、あまり小さくすると力が無くなってしまうからね
「少しお借りしますね」
ソフィアさんはにっこり笑いながら破片を持って外に出た。
「お前の嫁のパツキンが興味を抱いているようだな。なんならやるぞ?」
「馬鹿かテメェ!!ソフィアが持っていても仕方ねぇんだよ!!テメェが持ってこその鏡だろうが!!」
やいのやいの言い争いを開始した北嶋さんと葛西。
――ま、まさかこんな展開になるとはね…
「申し訳御座いませんっっっ!!本当に申し訳御座いませんっっっ!!せっかくのお心遣いを!!あの馬鹿、後で泣かせときますからっ!!」
私はただ謝罪するばかりだった。何か先程から謝ってばかりいるような気がするが、仕方ない。実際割ったのは私だし、北嶋さんに貰うよう促すのも私の仕事だし。
「お待たせ致しました!」
息を弾ませながらソフィアさんが戻って来た。
手には眼鏡を持っている。
「何だよそれは?」
覗き込んできた葛西に笑み浮かべて説明をする。
「グレイプニルの材料が残っていたの。それでフレームを作ったのよ」
ソフィアさんが北嶋さんに眼鏡を渡した。
「先程の鏡の破片を加工してサングラス風にしてみました。これなら持ち運びも便利だし、手を切る事も無い筈です」
皆が眼鏡を見ようと群がる。
「鏡はマジックミラーみたいになっているから、スポーツサングラスみたいでカッコいい!!」
結奈の言う通り、確かにチタンフレームみたいに鈍く光っているし、黒い部分を覗いても、普通に景色が見える。
――成程、これなら鏡の持ち運びが容易になるし、持っていても違和感がないね
「これなら大丈夫よね北嶋さんっ!!」
これなら北嶋さんが懸念(?)していた手を切る事が無い。
「グレイプニルと同じ素材のフレームです。日常生活で壊れる事はありません。無論、戦闘時にも目を保護する役目を果たします」
皆が一斉に北嶋さんに『貰え貰え!!』の念を送る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ふーん、サングラスか。
チタンフレームみたいなフレームだが、銀の色が強いかな?
レンズ部分も見る側はただのガラス、外からは黒くて、目の動きがバレないな。
つまり女をチラ見し放題な訳だ。
ミニスカートから覗く生足や、ブラウスから透けたブラまで見放題。
つまりこれは、こう言う事だな。
「ナイスグラサンだ!!」
俺はパツキンにニカッと笑い、親指を立てて労った。
「じゃあ貰って頂ける、と言う事ですよね?」
パツキン、いや、場の皆が『貰え貰え』オーラを放出している。
割れた鏡ならいらないが、ナイスグラサンは俺には必要。チラ見用に。つまり断る理由はない。
「有り難く貰う!」
何故か歓喜する皆。
良かった良かったと頷いている奴もいる。
「何だか解らんが、おかしな奴等だな」
人取り残された感があり首を傾げる。俺が貰う事がそんなに嬉しいのだろうか?
――君の所有になった万界の鏡…大切に扱ってくれよ?
死と再生の神が満足そうに頷くと、その翼を羽ばたかせようとしていた。
「お前どっか行くのか?」
――何処に行くって…帰るのだよ。私の住処に
そうは言っても、今まで隠れていた鏡がない訳で、危険とやらに晒されんじゃねぇの?
俺は暫し考えて手をポンと打った。
「お前俺ん家来いよ」
何か賑やかだった場が一気に静まった。
――…来い、とは?
ゆっくり振り返って俺を見る死と再生の神。
「隠れていた鏡無いなら、ヤバい事になるんだろ?今更居候が増えた所で変わり無いから、来いよ」
――居候!?そ、それは兎も角、つまり君の家なら危険は無いと言うのかい?馬鹿を言ってはいけない。富士は少なくとも、君の家より人間は来ない。来たとしても、私が遅れを取る訳もない
成程、そりゃそうだ。
しかし、このまま帰すのも、何か心苦しい。借りた鏡を割ったのは此方だし。
――しかしながら…
死と再生の神が遠くを見るように話を続けた。
――君が私にくれた物。カールだったか?あれを御供え物とするならば、君の好意に甘えたいと思う。あれは大変美味しかったからね
カールとな?随分安上がりな神だな。
「チーズ味だな。解った。任せとけ」
俺は自分の胸をドンと叩いた。頼もしさをアピったのだ。
そのアピが功を奏したのか、死と再生な微笑みながら頷いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ほ、本当に来て頂けるのですか?」
海神様と互角の神気を持つ死と再生の神様…来て頂けるなら、こんなに心強い事はない。
――実は彼に非常に興味を持ってね。富士から見守ろうと思ったが、近くなら、より観察が出来るからね
楽しそうに笑う死と再生の神様。
心から安堵した。
北嶋さんの護り神が、これで二柱…来るべき時に心強い味方ができた事に。
私が死と再生の神様に御礼を言っていると、北嶋さんが携帯を持って近付いて来た。
「神体だがな、この海神の神体と同じ大きさ、同じ価格のヤツにするぞ」
梓が話に割って入る。
「御神体ならこの屋敷に沢山あるけど…」
「駄目だ。それは中古住宅みたいなもんだからな」
拒否する北嶋さん。確かに師匠が亡くなって、護りに入っていた御霊も居なくなったから空になったが、中古住宅と言われればそうだ。
「じ、じゃあ私がいい物を吟味して…」
「それも駄目だ。海神の神体と全く同じ条件で手配するから」
「何でそんなに拘るの?」
何故か拘る北嶋さんに、私達の疑問を生乃が代弁する。
「仲間になるんだから、上や下になるような事は避けたいんだよ。例え海神が気にしなくても、死と再生の神が拘らなくても、だ」
ああ…こういう所が北嶋さんらしい…
こういう所が凄く…
ならば気持ち良く同意しよう。
「そうね。そうしよっか?」
「だからそうするっつーの。文句無いだろ?」
――ははは。君の好きにするといい
死と再生の神様も満足そうに笑っていた。
「よし決まったな。全て片付いたら腹が空いてきたな。有馬、飯食おう」
「そういや、富士から満足に飯食ってねぇな」
葛西がお腹をさする。
「お屋敷の方もだよ…何かご飯食べるの久しぶりのような気がするわ」
生乃の弁に頷いて同意するみんな。
そう言えば、私も一週間飲まず食わずだった。
「よし、じゃあお寿司でも取りましょうか?私が奢るわよ!」
梓が奢ると言い出し、皆歓喜に湧く。
「あ!!」
いきなり北嶋さんが大きな声を出した。
そして生乃に近寄って行く。
「ど、どうしたの北嶋さん?」
頬が赤くなっていく生乃の前でピタリと止まり、私に向かって指を差す。
「借りた金…神崎から必要経費として返して貰ってくれ…」
皆がコントのようにずっコケたのは言うまでもない…
ホントいちいち惜しい人だ。
だけど、こんな所も凄く北嶋さんらしい…
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