奇跡の結末

 眠れん…

 晩飯に有馬の奢りで、たらふく寿司食って、たらふく酒呑んだ筈なのに、富士から疲労が溜まっている筈なのに、何故か眠れん。

 神崎の部屋に夜這いに行こうかと思ったが、何故か有馬の部屋に寝ているし。

 桐生も有馬の部屋で寝ているようだし、宝条は石橋のオッサンにガードされているし、パツキンは葛西がうぜーしで何も出来ん。

 仕方ない、睡眠導入剤でも飲むか。

 ちなみに睡眠導入剤とは酒の事だ。さっき凄い呑んだんだが、まぁ、致し方ない。

 そうと決まればと、布団から起き上がる。


 カツン


 ん?足に何か当たったな?

 足元を見る。

「鏡で作ったグラサンか」

 枕元に置いていたのをすっかり忘れていたぜ。

 みんなからかなり念を押されたからな。

 絶対無くすな、とか、肌身離さず持っていろ、とか。

 俺は万界の鏡グラサンを持って台所へと向かった。

 冷蔵庫には生憎と酒は無かった。

 サイダーとコーヒーがあったので、コーヒーをチョイス、そのまま縁側に向かう。

 庭には雪があり、なかなかの風景。個人の庭でこの設備。婆さん儲けていたんだなぁ。

 縁側に座り、プルトップを開け、一口飲む。

「やっぱり冬はホットの方がいいな」

 意外と、いや、かなり冷たい缶コーヒーをチビチビ飲む。

 横に置いた万界の鏡をチラッと見る。

「蛇どうしたかな?」

 俺は蛇のその後を知る為に鏡を掛けた。

 視界、いや、脳に直接映像が流れる。

 蛇は、地獄の亡者と一緒に責め苦に遭っていた。

 だが、蛇は確かに苦しい表情をしているが、それにジッと耐えている。他の亡者が阿鼻叫喚よろしく状態だったにも関わらず、だ。

「頑張ってんなぁ」

 何か安心した。

 次の瞬間、脳に別の映像が流れた。

 それは真っ暗な所でニカニカと笑っている婆さんだった。

――小僧、ようやったな。いや見事、ワシの頼みの上を行ったわ!

「何だ婆さん。まだ居たのか。さっさと成仏しろ」

 俺は手で追い払うような仕草をする。

――もう行くわい。最後の別れくらい言わせい

「いずれ俺もそっちに行く事になるだろ?それまで座布団でも温めて待っていろ」

 だが俺は150歳まで生きる予定だ。あくまでも予定だから未定になるが。

――お前さんはまだまだ来れんから、名残惜しゅうてのぅ

 婆さんが悪戯な笑いを作る。

「迷って出てくるなら斬るぞ?」

――冗談じゃ。理くらいは理解しとるわ!

 俺と婆さんは顔を見せ合って笑う。まぁ、俺の脳内での映像だが。

 やがて真面目な顔になる婆さん。

――死と再生の神を味方に付けたな。残り後二神、絶対見付け出せよ、小僧

「縁があったらな」

 婆さんは呆けた顔をする。

――お前さんは本当にマイペースじゃなぁ…ババァが心配するタマではないか

「俺は心配いらない。婆さんも知っているだろう?」

――そうじゃ。心配はしておらん。神の呪いをあのように解決した力量といい、決して世に現れぬ死と再生の神を味方に付けた事といい、ワシの予想を遥かに超えよったお前さんは、ワシの心配など必要無いじゃろうて

 婆さんは肩を震わせてクックッと笑う。

――最早ワシにできる事は無い。最後に小僧、お前さんと話をして、ワシは思い残す事も無くなった

 いよいよ行こうとしているのか、婆さんの姿が段々と小さく、遠くなっていく…

 だがちょっと待って欲しい。婆さんの庭を見ても解るように、婆さんは結構な資産家なのだ。

 なので、俺はこう言う。

「婆さん!せめて裏山の工事の残金、遺産でくれ!」

 俺は慌てて手を伸ばす。行く前にお金をくれと。

――この期に及んでそっちの心配かえ!?

 段々と小さく、見えなくなっていく婆さん。

「婆さん!残金!残金んんん!!」

 必死に手を伸ばすも、婆さんの姿は見えなくなってしまった。

 鏡であの世まで追いかけるか?とも思ったが、やめた。

 死人に願い事を言うのは、あまりよろしくないらしいからだ。

 俺は暫く給料5万円で頑張るしかないと覚悟を決めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 …さん…


 ん~?


 …北嶋さん、朝よ…

 誰かが俺の身体を揺り動かした。

 何だよ全くよぉ~…昨夜あんまり眠れなかったんだよ~…起こすなっつーんだよ。

 あ、朝飯は取っといてくれよな。取り敢えず、もう少し寝かせてくれよ…

 俺は身体を回して布団を被った。起床拒否と言う技だ。

 …今日もかぁ…

 足音が俺から遠退く。

 ふははは!勝った!勝ったぜ!

 俺は勝利の余韻に浸りながら、再び夢の世界へとダイブする。


 タッタッタッタッタッタッタッタッ…

 ん?小さい足音が聞こえてきたな?

 それにしても、布団にくるまっている状況は息苦しい。

 少しばかり顔を出す。

 ん?何かモフモフした物体が俺の顔を擽るぞ?

 更に俺の鼻をカプカプ噛んできた。

 このまま行けば、カプカプじゃ済まん。絶対にガブガブになる!!

 たまらず目を開ける。

「…やっぱタマか」

 俺の目の前で、タマがハッハッと息を切らしていた。

「おはよう北嶋さん」

 神崎がニコニコしながら俺を見ている。

「神崎がタマを唆したのか…」

 寝癖で髪の毛がピンピンと立っている頭をボリボリと掻きながら欠伸をする俺。

「爽やかなお目覚めかしら?」

「いつもと変わらないだろ」

 尤も、いつもは膝を叩き込まれたり、マジ噛みされたりだが。

 取り敢えずのそのそと起き上がる。

「顔を洗ったらご飯よ。タマが北嶋さんと一緒じゃなきゃ食べないんだって」

 くるんと回転して俺に背を向ける神崎。

 長い髪がフワッと揺れて引っ張りたくなる衝動に駆られる。

「お前もいちいち忠実だなぁ」

 タマに目を向けると、相変わらず尻尾をブンブン振っていて、なかなかご機嫌が良い。

「どれ、洗面所行くか。お前もたまに顔洗え」

 タマをひょいと抱き上げると、ガーンといった表情をし、バタバタと激しく暴れる。

「ふははは!小動物如きが俺に適う筈もないだろう!!」

 俺は起こされた鬱憤を晴らすべく、タマの洗顔を試みようと真剣に考えていた。


 食堂では、葛西が朝飯を食っている最中だった。

「お前もポメラニアンに起こされたのか?」

「何言ってやがるんだテメェ?何故九尾狐の顔がビショビショなんだ?」

 タマを洗顔してビショビショになっているのだが、タマは本当に迷惑そうな顔をしていた。

「まぁ、ちょっと、な」

 椅子を引いて腰を掛ける。タマを隣の椅子に座らせる。

「九尾狐は油揚げか?」

 タマに出されたのは、甘辛く煮付けた油揚げ。これはタマの大好物なのだ。

「そうだな。ほぼ毎日油揚げだな」

 出された味噌汁の具を見ると油揚げだった。

 味噌汁の具の為に用意した油揚げか、タマのご飯の為に用意した油揚げか、よく解らないが、まぁ良い。

「…結構旨そうだな…」

 葛西がタマの油揚げを凝視している。

「少し貰えばいいだろ」

「本当に馬鹿な奴だなテメェは。朝から馬鹿な事言ってんじゃねぇ」

 俺と葛西は朝から軽い運動をする事になってしまった。

 騒ぎを聞いて駆け付けた神崎のグーにより、食堂が大惨事となり、それに伴い運動は中止となった。


 あれから家に帰った俺は、早速死と再生の神の神体を購入、それを設置した。

――私の神体は、あそこの高い所にしてくれないか?

 そう言って裏山でも一番高い場所を指定してきた死と再生の神。

「マジかよ…どうやってあそこまで運ぶんだよ?重いんだぞコレ!」

 確かに遊歩道は設備しているが、ちょっとした山だ。

 斜面が…斜面がキツい!!

――あそこがいいんだ。あそこの他は譲らないからね

 俺は台車を駆使して、クソ重たい石でできた神体をフーフー言いながら運んだ。

 神体は石を彫って造った鳳凰の石像。厳密には違うと言っていたが、まんまこの姿なので、鳥も納得の早期購入だ。

 それは兎も角、めっっっっさ重い!!

 海神の神体の時は業者に頼んだが、経費節減の為に俺が設置しているのだ。

 不況の波は心霊業界も襲っているのだ。

 何とかして台座に鳳凰の石像を置いた。超頑張ったぞ。

――ありがとう

「ゼェ、ゼェ…れ、礼には及ばん…」

――もう一つ頼みがあるんだが、ここに桃の木を植えてくれないか?

「マジかよ!あー、桃を飯にするのか?それなら仕方ないからなぁ」

 と、言う訳で、俺は桃の木の苗を購入しに外へ出た。

 ガチ面倒だが、仕方ない事は仕方ない。俺は仕方ない事はイヤイヤでも行う常識人なのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋 勇が桃の苗を買いに出掛けたと同時に、海神が私に話掛けて来た。

――貴様が桃とはな。確かに神聖な果物として敬われてはいるが、何の為に必要とする?

――なに、君が真水に海の生物を放したように、私も彼に貢献しなくてはね

 彼の池には真水に居る筈もない、鯛や鮃、はたまた蛯名や栄螺など、様々な生物が生息していた。

――貴様も似たような事をするつもりか?

 ジロリと睨み付ける海神。成程、凄い神気だ。私と肩を並べる程に。

――私達は豊穣の神じゃないんだがね。君が最初にやらなければ、私もやる事は無かったが

――ふん、我への対抗意識か?

 つまらんと言った感じで海神がそっぽを向く。

――彼は君と私は上も下もない、同格だと言って神体も同じ価格、同じ大きさの物をわざわざ探してくれたのだ。ならば私も君と同じ事をしなければならないだろう?

――勇はそう言う所がはっきりしておるからな…

 満更でもない様子の海神。差を付けないように配慮したのが良かったのだろう。

 尤も、序列を付けるのであれば、私の方が後から来たのだから、彼よりも下になる筈だが。

――ともあれ、安心したまえ。今までの君の負担も軽減となるだろう…おや?

 私の神体の脇に見た事がある生き物を発見した。

――むぅ、早すぎるが…

 そう言って私を睨む。まあまあと苦笑交じりで答える。

――君が頼んでくれたからだろう?それに、これは本来の私の仕事だから、そう睨まないでくれ。尤も、彼も頑張っていたからこその結果だよ

 私は北嶋 勇の帰りを今か今かと逸りながら待つ。

 彼の功績が実を結んだ結果を早く彼に伝えたい思いが、私の心を支配したのだ。


「ほら、買って来たぞ。早速植えてやる。」

 間もなくやって来た彼は、買った苗木をズボズボと無造作に植えた。

――二本あるね?

「白桃か黄桃か聞くの忘れたから、どっちも買ってきたんだよ」

――成程、律儀な事だ。どれ

 私は植えたばかりの苗を一気に成長させ、実を実らせた。

「おおおおおおっっっ!?今は冬なのに!?」

――死と再生を司る神だよ私は。まぁ、再生とは言えないが、これぐらいはね

 北嶋 勇がはしゃぎながら桃をもぎ取る。とても嬉しそうに。

「なぁなぁ?メロンとかでも大丈夫か?」

――大丈夫だが、なるべく木に実る物にしてくれないか?一応、私の姿を隠す為の木、と言う名目だからね

「っても神体に入っているんだから人目には触れないだろ?つか、冬に果物が実っていたら逆に目立つだろうが」

 冬に実った桃を頬張りながら北嶋 勇が言う。

――まぁ、確かにそうだがね。ほら、君にお客様だ

 私の神体の後ろに隠れている生き物を出て来るように促す。

 そしてそれは北嶋 勇の前に現れた。

「あれ?こいつ?」

――そうだ。君が救ったナーガだよ。あまりにも早過ぎる転生だがね。それに言っただろう? 私は死と再生を司る神だ

 私はナーガを転生させたのだ。再生とは転生の意。まさしく私の仕事。

 これ程早い転生が許されたのは私の力も然る事ながら、自ら地獄に向う決意をした蛇への恩赦、責め苦に不満も抗いもせすに、ただ耐えていた事への褒美も働いている。

 ナーガは以前の禍々しい風貌なと一切見せず、産まれたばかりの蛇の大きさとなって、ただ舌をチロチロ出して北嶋 勇を見ていた。

「おー、良かったなぁ!つか何故コブラのまま?日本にいちゃマズいだろ?」

 ナーガは舌をチロチロ出しながら、奥に引っ込んだ。

――他の人間に見付からないようにここに居る、とさ

「冬眠とかできるのかあいつ?」

 その心配は置いておき、まぁ、ついでだ。ナーガの面倒は私が見よう。

 それにしても、思った事を呟くを呟く。

――本当に静かな所だね

「だから言ったろ?人間なんかあんまり来ないから」

 北嶋 勇は残った桃を一気に頬張り、種をプッと吐き出す。

 そしてそれを拾い上げて、じっくりながら見ながら言った。

「木の苗ならいいんだよな?」

 何か嫌な予感がしたが、私は静かに頷いた。まさか林の如くに植林はしないだろうと楽観しながら…

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北嶋勇の心霊事件簿8~神の呪い~ しをおう @swoow

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