悪戦苦闘

「おい暖かそうな葛西、お前解体ハンマーで雷出して火を起こせよ」

「馬鹿かテメェ!神具をそんな目的で使おうとするんじゃねぇよ!」

「馬鹿はお前だ馬鹿野郎!道具は使ってからこその道具だろうが!命あっての物種だ!」

 俺達は富士登山中で、今まさに猛吹雪に襲われている最中だ。

 死ぬ!!寒くて死ぬ!!凍えて死んでしまう!!

 1メートル先も見えない猛吹雪の中、解体ハンマーで雷を起こして暖を取ろうと言う俺の提案をアッサリ却下しやがった暖かそうな葛西。自分は暖かそうな髪型をしているからって偉そうな奴だ。

「お前火起こせよ!カールやるからよー!」

 登山前に購入した有り難い食料と引き換えだ。

 暖かそうな葛西も心が揺れるに違いない。カールは惜しいが暖が欲しいしな。

「ふざけんな馬鹿!スナック菓子に釣られると思ってやがるのか!テメェじゃあるまいしよ!!」

 しかし葛西は御自慢のドレッドを凍らせながら俺の提案を却下した。

「あー!!あー!!あー!!寒いぃ!!なんで神様ってのは、こんな寒い所に居てへっちゃらなんだよ!!」

 あまりの寒さに、死と再生の神ってのに軽く憎悪を覚える。

「俺が知るか!!会ったら直接聞いてみろよ!!」

 暖かそうな葛西は俺の前を歩きながら、この俺に指図した。

 暖かそうな分際で俺の前を歩いているのは、富士山のどこかに棲んでいるっつー、死と再生の神の神気を探っている訳だ。

 いつもならば、暖かそうな葛西如きは、この俺の後ろを付いて来て然るべきだと思うが、この猛吹雪、多少の風除けになっているので文句は言わない事にした。

「おい暖かそうな葛西!!そこら辺りに居ないのかよ!?」

 多少の風除けになっているとは言え、寒いのには変わらない。

 更に少し腹が減ってきたし、眠いしで、早い話が休みたい訳なのだ。

「此方を見てはいるようだが、俺からは大体の位置しか解んねぇな…って、少なくともこの辺りには居ねぇよ!!少しは黙って歩け馬鹿!!」

 暖かそうな葛西も顔が雪まみれとなり、暖かそうな雰囲気が全く感じられない状態になりながら、フラフラになっていた。

 うーん…葛西も色々ヤバい状態になっているようだ。

 俺は俺の為、葛西の為にここいらに休む場所を作る事にした。

「おい葛西、今日はここらで休むぞ」

 振り向いた葛西は心底呆れたように言う。

「テメェはほんっっっとに馬鹿だな?こんな風除けの木も何も無い場所にだ、俺達みたいな素人が野営できる訳ねぇだろ!休むなら山小屋まで行くんだよ!」

 山小屋と言われても、暖かそうな葛西は登山ルートを全く無視して、神気のみを頼りに歩いている訳だから、山小屋に戻るのはかなりの時間のロスになる。

「時間が無いのは暖かそうなお前でも知ってんだろ?いいからここで休むんだよ。風除けの場所なら今作るさ」

 そう言って草薙を喚ぶ。

「テメェ何考えてやがる?神具をそんな目的で使うつもりか!?」

 叱咤する葛西。

「道具は使ってからこその道具だっつーの。使う道具が無けりゃ他で代用するだろ?同じ事だ」

 葛西を無視して草薙を振る。

「この岩山をぶった斬れ!!」

 横に一振りすると、草薙は見事に岩山を斬った。

「この馬鹿が!!富士に穴開けやがって!!」

 葛西が慌てて止めるも、既に遅い。

 俺は草薙を振って2人は入れるであろう洞穴を作ったのだ。

 削岩機よりも早いし軽い草薙の仕事。やはり手に馴染んだ道具が一番使い易い。

「おら、小言は後だ。入るぞ」

 猛吹雪から逃れる為、休む為に作った洞穴。入らなければ、それこそ穴を開けた山に申し訳無いってモンだ。

「馬鹿野郎が…いや、入るけどよ…」

 葛西も寒さに限界だったようで、何か言いたそうだが、すんなり入ってきた。

「いや~!吹雪に当たらないだけでもマシになるもんだなぁ!」

 そう言って雪で濡れた服を脱ぎ、上に突起がある所を探して掛ける。

「テメェ、吹雪は凌げたとはいえ、暖は取れねぇんだぞ。干しても仕方ねぇだろう?」

 葛西が馬鹿な奴を見るような目を向ける。

「お前は本当に暖かそうな髪型だけが自慢か?パツキン美人と付き合っているだけが自慢か?暖なら取れるっつーの」

 俺は洞穴の中央に、少しばかりの窪みを無理やり掘った。

「なんだよ?薪でも燃やす気かよ?木なんか生えてねぇだろうよ?」

 暖かそうな葛西が興味を覚えたのか、聞いてくる。

「薪ってか、燃やす物は今から作るんだよ」

 俺は首に掛けていた賢者の石を手に取った。

「テメェ、皇刀草薙ばかりか賢者の石までも…」

 いちいちうるせー葛西。しかし俺のスタンスは変わらない。葛西が何と言おうが、やるモンはやるのだ。

「道具は無けりゃ代用するもんだっつーの」

 石コロに賢者の石を翳す。

 賢者の石が光り、石コロにその光が当たると、それは炭になった。石炭的に。

「至宝中の至宝を、そんな使い方する馬鹿はテメェが初めてだろうぜ…」

「キリストも水をワインに変えたんだろうが?必要なモンは遠慮しないで変えたらいいんだよ」

 いちいち構うのも面倒だ。それ以上言わずにライターを取り出して炭に火を点ける。

 やがていい感じに火の点いた炭によって、洞穴は暖かくなった。

「まぁ、有り難いっちゃ有り難いな…」

 最初は文句ばっかり言っていた葛西も、やはり快適空間には勝てないらしい。

 葛西も濡れた服を脱ぎ、上にある突起を探してそれに掛けて干した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この平和な馬鹿のおかげで雪山、しかも富士山の山中で暖かく休めるのは良かった。

 いや、良くねえと思うが、良かった。

 それは兎も角、北嶋が神器をただの道具として扱い、それにちゃんと呼応するのを感じたか、それとも見たのか知らねぇが、さっきから俺達を監視している奴…死と再生の神が遂に俺に話し掛けて来た!!


──驚いたな…君の友人は草薙と賢者の石を意のままに扱えるのか…


 驚いたのはこっちだぜ…向こうからコンタクトを取って来たとはな…

 ともあれ、これはチャンスだ。俺も北嶋に悟られねぇように、心の中で応答する。

 ここで声を出して話せば、北嶋の事だ。俺の気が触れたと思うに違いない。

(そっちから話し掛けて来てくれて助かったぜ。何せ、大まかな位置しか解らねぇからな)

──私に会いに来た理由は、万界の鏡の事だね?君の友人に与えようと言う訳かい?

 向こうから振ってくれるとは、更に有り難い。俺は何故万界の鏡が必要かを、死と再生の神に話した。

 駆け引きも何もしない、ただ本当の事を話す。

──彼は霊的な物を見る事も聞く事も感じる事もできないのに、三種の神器を扱えると言うのかい?ハッハッハ!!なかなか面白い冗談だね!!

 死と再生の神は、北嶋の能力を本気に取らなかった。

 そりゃそうだ。俺も直に見ていなきゃ、感じていなきゃ取り合わない所だ。

(ならばテメェが北嶋と直接話せばいいさ。何なら殺す気で攻撃しても構わねぇぜ?)

 北嶋の能力を知るには、実際体感するに限る。

 あの祟り神…今は海神か、奴さえも北嶋の前には無力だったのだから。

──……彼にさっきから話し掛けているが、応答が無いのはその為なのかい?海神の力すらも問題にしないとはね…

 俺の思っていた事が奴には筒抜けか…

 それこそ万界の鏡を使っているんだろうか?あの神具の前には隠し事は無駄らしいしな。

 全てを知る事が出来る鏡…万界の鏡。北嶋云々じゃねえ、俺も多少それには興味がある。

 ともあれ交渉再開だ。

(納得してくれて結構。じゃあ鏡を渡してくれるな?)

──馬鹿を言ってはいけないよ?あれは人間には必要の無い代物だ。あれを巡って沢山の血が流れ、沢山の命が消えたのだよ?争いの種は世に出してはいけない。例え草薙と賢者の石の所有者だとしても、渡す訳にはいかないね。

 やはり普通に渡してくれる訳はねぇか…

 ならば当初の予定通りだ。

(じゃあ…やはり力付くで奪うしかねぇな。元よりそのつもりだぜ)

──君の背中の鬼神に喰わせると言うのかい?ハッハッハ!!やはり俗物!!まぁいいさ。君達が私を見事見つけた時に、ちゃんと決着を付けようか?私はこの場所から一歩も動かないと約束するよ。君達は急いでいるようだから、心ばかりの配慮さ

(よく言ったぜ死と再生の神!!)

 少しは光明が見えた。

 死と再生の神からコンタクトしてくれたおかげで、奴の居場所の方向がハッキリと解ったからだ。

 俺は羅刹に死と再生の神の神気を記憶させる。

「ち…やはり及ばねぇか…」

 死と再生の神の力と羅刹の力を測ると、奴の力の方が上だ。

「命を賭けりゃ何とか……」

 五分に持って行く算段はある。

 だが、アレを使うと、水谷のババァの家に居る、屋敷に蜷局を巻く大蛇とは戦闘不能になってしまう。

「あれこれ考えても仕方ねぇか…」

 俺の仕事は北嶋に万界の鏡を渡す事。万が一、俺に何かあっても、北嶋なら一人で大丈夫だろう。

「おい、何ブツブツ言ってんだよ?幻覚でも見てんのか?」

 覚悟を決めた俺を無視して、いや、気狂いを見るような目を向けながら、この冬の富士のど真ん中で、普通にお湯を入れて作ったカップラーメンを啜っている平和な北嶋。

「…何でもねぇよ。それより、俺の分は?」

「カレーとシーフードがあるぞ」

 俺にカレーとシーフードを突き出す。

「じゃあカレーをよこせ」

「カレーのカップラーメン食ったら米食いたくなるよな~」

 そう言いながら、北嶋はカレーのカップラーメンに熱湯を注ぐ。

 俺は米が食いたくなるのに物凄く同感し、それに黙って頷いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あの鬼神の彼は自分の命を賭して私に挑むつもりのようだ。

 これまで富士に万界の鏡を求めてやって来た輩は数多く居る。

 ある者は富士そのものの自然に、ある者は私が自らの力で、ある者は万界の鏡の力によって、その者達を悉く退けて来た。

 その中には、勿論鬼神の彼を凌ぐ者もいた。

 だが、万界の鏡は誰の手にも触れる事は無かった。

 よって彼も触れる事は叶わないだろう。

 だが、あの草薙と賢者の石を所有する男…彼は一体…?

 私は人間を意識し、己の神気を消すのだが、今日ばかりは神気を消す事ができない。

 そのおかげで、鬼神の彼に私の居場所が解ってしまった訳だが…

 いや、正確には神気は消していたのだが、万界の鏡がそれを許してくれず、結界の隙間から私の神気を漏らしているのだ。

 まるで自分の在る場所を教えているが如く。

 神気が漏れ出しているのに気付いた私は、富士全体を探ったのだが、その時に彼等を見付けたのだ。

 鬼神の彼が私を探しているのは容易に理解できた。

 彼は微かに漏れている私の神気を頼りに、登山道とは全く違う所を歩いていたのだから。

 私は鬼神の彼の動向をずっと視た。

 その間、あの男に何度か話し掛けたのだが、あの男は私の問いに全く反応せずに、食事と休憩の心配ばかりしていたのだ。

 少しばかり興味を覚えて、万界の鏡で、彼の心の中を深く視る事にした。

 ところが、万界の鏡は彼の心の中を私に視せる事を拒絶した。

 こんな事は初めてだった。鬼神の彼の心の中を覗く事は全く問題が無かったのに。

 私はいよいよ彼に興味を抱き、何度も話し掛けた。

 しかし、やはり彼からは何の応答も無い。

 私を拒絶しているのか?

 そう疑問を抱いた時だった。

 彼は神具を『喚び』、富士に穴を開けたのだ。

 驚いた私は、その神具をよく観察した。

 皇刀 草薙…

 何度も否定し、何度も確認したが、それは紛れもなく、草薙だった。

 望む物全てを斬る刀は富士の岩肌など斬るのは容易い。

 まさか草薙を扱える者が居ようとは…

 驚く私だが、この後更に目を見張る事になった。

 彼は暖を取る為に、焚き火をするのだが、薪や紙など燃やす物は無い。

 彼はその燃やす物を『造った』のだ。

 正確には『変えた』のだが、その変える物、私も噂でしか聞いた事の無い神具。

 賢者の石…

 望む物全てを変える事のできるという、物質変換の石だ。

 三種の神器の二つを所有し、それを意のままに扱うとは!!

 万界の鏡が彼の心の中を視せないのも、もしかしたら…

 私は素直に鬼神の彼に驚きを報告した。

 鬼神の彼は私の問いに素直に反応し、何故鏡が必要かを話してくれた。

 聞く所によると、三種の神器の彼の恋人が呪いに掛かったようで、それを解くのに必要だと。

 私は早速、鬼神の彼の言葉の裏を取るべく、万界の鏡で呪いを『視る』。

 成程、随分巨大な呪いだ。人間には太刀打ち出来ないだろう。これ程見事な呪いは、近年お目に掛かっていない。

 だが、呪いに掛かった彼女や、屋敷の中の人間を『視る』と、殆どの人間が彼ならば倒す事ができると信じて疑っていなかった。


 …北嶋 勇…


 それが彼の名…

 彼が帰ってくるまで堪える。

 それが、屋敷に居る人間の殆どの意見であり、覚悟だったのだ。

 私は自らの姿を人間に見せる事などない。

 私の存在は人間にとっては恐れ、崇める対象ではないからだ。

 私は人間に常に狙われ続けている存在。

 人間如き、私の力には太刀打ちできないだろうが、私は死と再生を司る神。死ばかりくれてやる訳にはいかないのだ。

 だから私は万界の鏡の裏に隠れる。

 鏡を護る代わりに、私の姿も見せないようにする為に。

 だが、それも直に終わる事になりそうだ。

 しかし、私とて簡単には姿を見せる事はできない。

 彼の事情がどうであれ、鏡が彼の元に行きたいと願っても、これまで私に、鏡に挑んで敗れてきた者達への礼でもあるからだ。

 敗れてきた者達は、いずれも私利私欲で挑んできた者達だが、私が自らを見せないのは彼等に対する責務。

 彼には時間が無いようだが、間に合うか間に合わぬかは私の関知する所ではない、彼の運命。

 私は鬼神の彼に約束した通り、ここを動かぬ。

 時間内に見事私に辿り着いたならば…その時、私は彼の為に、私の力を使おうと思う。

 それを、私を負かした人間への最大の讃辞としよう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 朝、相変わらずの猛吹雪だ。

 神崎が倒れてから3日、帰りに1日見るとして残り3日間で死と再生の神から鏡を貰わなきゃならない。

「どれ、行くか。おい暖かそうな葛西、出発するぞ!!」

 俺は葛西に激を飛ばす。

「とっくに準備はできているぜ…テメェが呑気に朝飯食っている間にな!!」

 葛西がイラついたように声を荒げる。

「朝飯はちゃんと食わなきゃ保たないじゃねーかよ。お前カロリーメイトだけで大丈夫か?」

 一応心配してやる優しい俺。

 暖かそうな葛西も胸を打たれてジ~ンとしている筈だ。

「これが普通だろうが!!冬の富士登山の朝飯に、ご飯と味噌汁とシャケ食っているお前が異常なんだ!!」

 飯盒とインスタント味噌汁と鮭の切り身を持って来ている俺が異常だと?

 ヤレヤレだぜ暖かそうな葛西。日本人の朝はそうじゃなきゃいけないのを、すっかり忘れていやがる、哀れなドレッドめ。

「本当は納豆も持って来たかったんだが我慢したんだぞ!!」

 それとなく葛西にセーブした旨を伝える俺。

「うるせぇ!!早く準備しやがれ!!あと3日しかねえんだぞ!!」

 葛西が何故か全く聞く耳を持ってくれなく、俺は少し寂しい思いをした


「ぬおおおお!!寒いぃ!!葛西ぃ!!解体ハンマーで雷出して火を起こせぇぇぇ!!」

「まだ歩き初めて3分も経ってねぇだろ馬鹿!!」

 先頭を黙々と歩く葛西が風除けの役目すら果たせない猛吹雪!!

 歩いて3分だろうが何だろうが、寒い物は寒い!!

「お前こんな悪条件じゃ最後まで保たないだろうが!!鏡見つける事がゴールじゃねーんだよ!!」

 鏡はあくまでも呪いを視る為の手段に過ぎない。いくら世界中の霊能者が探し求めている至宝だろうが、俺にとってはその程度の代物だ。

 だからこんな所で体力を激減する訳にはいかないのだ。

「解っているようるせぇな!!だがな、ミョルニルはクソ重てぇんだよ!!鬼神憑きとベルトがあって初めて扱う事ができるんだよ!!」

 あーそっか。つまり今の状態じゃ解体ハンマーは扱えない訳だ。

 じゃあこう言うしかねーじゃねーか。

「不便なモン武器にすんな馬鹿野郎!!」

「武器だから戦闘に使えりゃいいんだよ!!頭湧いてんのかテメェ!!」

 急ぎの道中、しかも猛吹雪の中、俺達は激しく罵り合った。


「はぁ、はぁ、しかし、事情が事情だ。体力激減を避ける為にも、この悪条件を何とかしなきゃな…」

「はぁ、はぁ、今のやり取りでもかなり消耗したがな…」

 ぼやいている葛西を余所に、俺は賢者の石に願う。


「……おいテメェ、何しやがったんだ?」

 葛西が不思議な顔をしながら問い掛けてくる。

「俺達の回りだけ空気を振動させたんだよ」

 葛西が解らない顔をしながら首を傾げる。

 要は空気を振動させて熱を作り出し、向かって来る風を温風にして雪を溶かしただけだ。

「取り敢えず疑問は置いとけ。早く探さないといけない状態になっちゃったから」

 空気を振動させる、つまり雪崩の危険性も出てきたと言う訳だ。俺達の回りだけとは言え、油断はできない。

「ほら。呆けてないで早く探せよ」

「お、おう」

 首を傾げながら神気を辿る葛西の後ろから、俺は温風をまともに浴びる事なく、快適に進む事に成功した。

 吹雪の脅威から逃れたとは言え、雪がかなり積もっている状態。なかなか進む事はできない。

 暖かそうな葛西は神気を辿って歩くもんだから、登山道らしい登山道など最初の数歩しか歩いていない。

 面倒になり、富士山を真っ二つにしたくなる衝動に駆られる。

「ここら辺りだが…」

 葛西がボソッと言う。

「おー!!でかしたぞ葛西!!どこだどこだ!?」

 雪山登山に飽き飽きしていた俺は喜び勇んでキョロキョロと見渡す。

「……おい、見渡す限り雪しか無いぞ?」

 仮にも神が棲んでいる場所だ。洞窟やら祭壇やらあってもおかしくは無い筈だが。

「いや、厳密には富士の中からこの辺りに神気が漏れているって感じだ」

 入り口が雪で埋まっているのか?

 俺達は取り敢えず神気が出ているっていう箇所を掘る事にした。


「草薙で斬っていいか?」

「何を作業開始10分で飽きてんだよテメェ!!口動かさないで手を動かせ!!」

 葛西に怒られた俺は、渋々と雪を掘った。


 雪を退かした俺達は目を細めて岩肌を見る。

「…おい、何にも無いぞ?」

「見りゃ解るよ馬鹿。少し黙ってろ」

 葛西は何も無い岩肌を凝視する。

「やっぱりこの辺りだ!!」

 しかし岩しか無い。

「お前の言う事を信じれば、この岩肌の向こうに死と再生の神が居るんだよな?」

「ああ、間違いない!!だが、もうじき日が暮れる。今日はここまでってオイ!?」

 俺は草薙を喚び、岩肌をぶった斬った。

 いい感じに穴が開く。

 しかし初日に開けた洞穴程度、死と再生の神が棲んでいるとは、とても思えない。

「まだ斬らなきゃならないか?」

「テメェはいきなり何しやがるんだ!!奴にはこっちの動向が筒抜けなんだぞ!!鏡持って逃げられたらどうすんだ馬鹿!!」

 葛西の慌てようが尋常じゃない。足を取られて下まで滑り落ちそうな程、バタバタと暴れている。

「そんな怒るなよ。取り敢えず今日はここで休もうぜ」

 意図していなかったが、休む場所ができたって言うか作った。

 まだ暴れている葛西を尻目に、俺は開けた洞穴に入っていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋が開けた穴に入り、休む事にしたのはいいが、時間が無いって言うのに、この平和な馬鹿は呑気に晩飯の準備をしていた。

「おい、サバ缶は水煮と味噌煮、どっちがいい?」

「テメェは何で朝飯は作るのに晩飯は簡単にするんだよ!!」

 この馬鹿は朝に鮭を焼いて食っていた。

 何故晩は缶詰なんだ!?だったら朝も缶詰でいいだろうよ!!

「朝しっかり食えば、昼や夜は軽めでいいんだよ。俺水煮貰いっ!!」

 水煮か味噌煮の選択を聞いてきたのは北嶋だが、水煮をアッサリと持っていく。

「つか、水煮と味噌煮、半分づつにすりゃ両方楽しめるだろうがよ…」

 特に拘っていない俺は味噌煮を開けた。

 すると北嶋がいきなり俺の腕を掴む。

「何だよ?缶詰食わせろよ」

「…半分づつにしようぜ…」

 俺は黙って北嶋に味噌煮を半分渡した。

「おお!じゃあ水煮半分やるよ!」

 テンションが上がった北嶋は俺の味噌煮缶に水煮をぶち込む。味混ざるだろうが!!ちょっとは考えろ!!

 俺は溜め息を付きながら、缶詰をつついた。


 飯を食った後、北嶋は寝袋を広げてさっさと寝た。

「テメェ本当に平和だな…」

「食って寝る。少しでも体力を回復させなきゃな」

 まぁ、尤もな話しだ。

 俺も寝袋を広げて中に入る。

――おいおい、君の友人は富士を穴だらけにするつもいかい?

 北嶋の常軌を逸する行動に抗議するように、死と再生の神が不意に話し掛けてきた。これは思わぬ収穫か?

(有り難い!まだ居るようだな)

 北嶋が無理やり突き進もうとした騒動で姿を眩ますかと心配したが、逆に幸いだったか?

――私は約束を守るよ。君に言っただろう?だけど、君の友人の進み方は非常に迷惑だ

 少し怒っている様子の死と再生の神。自分の棲家を穴だらけにしやがったんだ。まさに荒らされた状態。気持ちは解る。

(あいつは馬鹿なんだ。許してやってくれ)

 そう言うしか無かった。実際馬鹿だしな。

――君が感じた私の神気は、確かにここから漏れているが、それはほんの隙間からに過ぎないよ。草薙で掘り進んで来るつもりか?

 そう言うって事は、やはりこの先に存在している訳だ。

 北嶋がこのまま掘り進んで行けば、やがて死と再生の神にぶち当たる。

 かなり乱暴な手段だが、確実性はありそうだ。

――冗談じゃないな。君達に鏡を渡したとしても、私はこの先、ここで暮らさなければならないんだが

 そうなれば、容易に死と再生の神に辿り着く輩が続出するって事か…

 死と再生の神は、鏡抜きにしても、常に狙われている存在らしいから、それは確かに迷惑になるだろう。

――仕方ない…特別にここに来れるように案内をしてやろう。だからこれ以上、穴を広げるのはやめてくれ

 耳を疑った。常に人に狙われ続けられている神が、鏡と我が身を護る事を生業としている神が、自らの元に招こうと言うのだから。

(本気かテメェ…)

 警戒心を露わにする。

――君達に荒らされるよりはマシだ。明日私の指示した通りの道を歩け。君達の予定時間くらいには辿り着けるよう配慮もしてやろう

 それも有り難い申し出だ。だが、あまり優位に立たれては交渉時に不利になる。

(好意に有り難く乗るぜ。北嶋がこのまま掘り進んでら明日中には辿り着きそうだがな)

 神に対してハッタリを咬ますが、北嶋にやらせれば、予定より一日以上早く着くのは本当だ。

――助かるねそれは。じゃあ明日再び

 そう言うと、死と再生の神は一方的に話をやめた。


 翌朝、北嶋に叩き起こされた形になる。

「おい葛西。朝飯できたぜ」

 ボーっとして朝飯とやらを見る。

「…ハムエッグかよ…よく卵を割らずに持ってこれたな…」

 北嶋は飯盒で炊いたご飯とインスタントの味噌汁、そしてハムエッグ、更にサラダまで作っていた。

「お前昨日の朝はカロリーメイトだったろう?仕方ないからお前の分も作ってやったぜ」

 得意気な北嶋。まぁ、有り難く頂く。

「…おい、醤油は?」

 ハムエッグにかける醤油が見当たらない。

「…忘れた…」

 リュックをひっくり返して中身を確認した北嶋はガクッと肩を落とした。

「卵は持って来たのに、醤油を忘れたってテメェ…まぁいいか、さっさと食って出発するぞ」

「おいお前!ちゃんといただきますと言え!北嶋さん、とても感謝しますと言え!」

「うるせぇ!!早く食えっつってんだ!!」

 北嶋が何かギャーギャー騒いでいるが、俺は気にせずに朝飯をかっ込んだ。

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