選ばれし者
今、この屋敷には弔問客が沢山来ている弟子達がその対応に追われ、忙しい。
私もお手伝いにとお願いされたが、何故かそれどころじゃない気がしてお断りした。
「そうか。北嶋さんは運転しないんだもんね。疲れているよね。ごめんなさい。少し休んで」
梓がビックリして私を見たが、逆に気を遣わせてしまった。
そんなんじゃないのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった私は、逃げるように梓の前から立ち去る。
私の荷物は北嶋さんが持っていった為、北嶋さんの客間にある。
客間を訪れて荷物を受け取ろうとし、襖越しから声を掛けた。
「北嶋さん、私の荷物取りに来たんだけど」
しかし応答はない。
寝ているのか…
よく見ると、襖が10センチ程開いている。タマが開けた後だ。
襖を開けた。
「いないわね…」
遊び呆けている、と、いつもなら怒る筈の私が、この時全く怒りを覚えなかった。更に言うなら、北嶋さんが遊びに出掛けたとも思っていなかった。
そんなおかしな気持ちを持ちながらも、私は自分のトランクを持ち出した。
そして自分が休める客間を適当に探す。
一般の客間は遠くから来た弔問客に使う。
弟子達の部屋、例えば梓の部屋に泊まる事も考えたが、やめた。
何故かは解らない。
私が泊まるべき部屋は別にあると思ったのだ。
旅館の如き、大屋敷でも、私が休める部屋…
隈無く探す。
やがて私は一階の一室を見つけた。
「変ね…こんな客間あったかしら」
取り敢えず覗き込む。
「ああ、ここね」
その部屋は私に
なんの抵抗もなく、部屋に入る。
「壁に穴が開いている…こんなお部屋にお客様を泊まらせる訳にはいかないもんね」
穴を隠すようにトランクを置いた。
そして布団を敷き、テーブルを置く。
「もう直ぐで夕御飯なんだけど、とても食べる気がしないわ…」
着替えもせずに、布団にゴロンと横になる。
穴が開いていた壁に頭を向けて…
お布団に身を預けてからどれだけの時間が経ったのだろう。
いつしか眠りについた私は夢を見る。
それは私に蛇が絡まって身動きが取れなくなる夢…
蛇の夢は良く見る。
忌み嫌われる存在ながら、神格化している動物。
決して蛇の夢は不吉な事じゃない。
だけど、私に絡まっている蛇は少し変わっていた。
鎌首の所が広がっているのだ。動物園やテレビで見た事がある蛇だ。
そしてこの蛇は確実に私に敵意を持っている。
身体を縛られて苦しんている私を遠くから見ている視線を感じる。
必死にそちらに目を向ける。
金縛りにあったように身体が動かないものの、目だけでそちらを意識する。
──やっぱりお前さんかぇ…
遠くから私を見ている存在が話かける。
師匠!間違いない、師匠の声だ!
師匠はやはり遠くから話かけた。
──呪いは小僧が何とかしようが、死ぬか上がるかはお主次第じゃ…すまんな尚美…
遠くから申し訳なさそうに師匠が呟いた。
呪い!?死ぬ!?上がるって何!?
必死に師匠に呼び掛ける。
──いずれ解る。いずれな…その身を持って知るじゃろう…すまんな……
師匠!?何故謝るんです!?師匠!!師匠!!
「はっ!!」
私はそこで目が覚めた。
心臓が張り裂けんばかりに鼓動し、汗が尋常じゃない。
「呪い…上がる…」
呪文のように呟く。
呪いは何となく解る。北嶋さんにお願いした神の呪い…それにより死ぬ。
だが上がるとは何だろう…?
そして師匠の謝罪…
「頭が…痛い…」
ズキズキと頭が痛む。
手で頭を押さえながら台所へ向かう。お水を貰いに行くのだ。
襖を開けて部屋を出ようとしたその時。
ゾクゾクゾクゾク
背中に視線を感じ、背筋に寒気を覚えた。
咄嗟に振り向く。
私の視線は、私のトランクを捉えていた。
「私が持ってきた荷物じゃない……何を怯えているの?」
軽く頭を振る。
自分に疑問を抱きながら、私は部屋を出た。
弔問客でバタバタして、誰も休んでいないが、もうすっかり夜になっていた。
「尚美?どうした?真っ青だよ?」
台所で食べ物を作っている姉弟子に心配そうに顔を覗き込まれた。
「少し疲れが出ただけです。申し訳ありませんが、お水を一杯頂けますか?」
姉弟子はコップに水を入れて、私に差し出した。
ガシャン
姉弟子が受け取る前にコップを落とす。
「ど、どうなされました?」
姉弟子は震える腕で私の後ろを指差す。振り返ると、そこにはタマがいた。
──案ずるな。水を貰いに来ただけだ
タマがうんざりしたように返す。
私はお皿に水を入れてタマに差し出した。
──どいつもこいつも…妾に恐れて水も出さぬ!!つまらぬな水谷の弟子共は!!
タマは面白くなさそうに水を飲む。
「そりゃ、国を滅ぼした大妖だからね」
無理もない。白面金毛九尾狐は、それだけの力を持っているのだ。北嶋さんが居なければ、私も恐れていたに違いない。
その時、タマが鼻をヒクヒクさせた。
──生臭いな?んん?
いきなり辺りを嗅ぎ回るタマ。やがて私の前で匂いを嗅ぐような仕草を見せる。
「ど、どうしたの?」
──尚美…!!
タマは私を驚いたように見る。
やがて凄い真剣に私を見つめながら話す。
──水谷の弟子共は妾には関係はない。だが、尚美、お前だけは別だ。妾が必ずやお前を護る!!
「な、何があったの…?」
不安になり問い返す。
──お前自身も解らぬのか!?
驚いた表情をした。しかしそれも一瞬、直ぐ様踵を返し、私から離れる。
「ちょっとタマ!!」
──来てはならぬ!!今のお前では取り込まれてしまう故!!妾が元凶を喰い殺してやるから待っておれ!!
慌てて後を追おうとした私を凄い迫力で制した。
「な、何なのよ一体…」
取り残された私は、タマの姿が見えなくなるまで目で追っていた。
「な、尚美…九尾狐はもう行った?」
タマに怯えて隠れていた姉弟子がソーッと出て来る。
「え、ええ…」
一瞬姉弟子に意識を向け、タマに目を向けなおす。
しかしタマの姿は既に見えなくなってしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
元旦の朝っぱらから、けたたましく電話が鳴った。
「あ~…うっせぇなあ…」
昨日の大晦日、ソフィアと日本酒を浴びる程呑んで頭がガンガンに痛む。しかし、電話を取らなければならない。
俺が電話を取ろうとしたその時、ジジィが珍しく俺から奪うよう、受話器を取った。
「何だジジィ。早えぇじゃねーかよ」
欠伸を噛み殺してジジィに話し掛けるも、ジジィは我関せずと言った感じで話をしている。
「はい…はい…ああ、やはりのぅ…昨日呑まんで正解じゃったか…今から向かう事にする」
ガチャリと受話器を置いたジジィは俺に汚ねぇツラを向ける。
「ガキ、出掛けるぞぃ。支度せぇ」
「何だぁ?初詣か?鬼を使役する俺達が神社に拝みに行ってどうすんだジジィ?」
とは言え、ソフィアを日本文化に触れさせるのも悪くない。振袖も先月買った事だし。
俺の女は世界一綺麗だなぁ。
俺が妄想して鼻の下を伸ばしているのを無視し、ジジィが続けた。
「君代ちゃんが亡くなったんじゃ」
俺は妄想して浮かれていた事を恥じた。流石に不謹慎過ぎた。知らねえ事とは言え。
「水谷のババァも人だったか…」
着替えをバックに詰め込もうと、その場を離れようとした俺の腕を掴むジジィ。
「な、何だよジジィ?」
「喪服は用意するとして、後の着替えは動き易い服にするんじゃ」
ジジィが珍しく真剣なツラをした。
昨日、沢山呑んでいた最中、ソフィアに俺が密かに狙っていた事を真顔で言ったジジィ。
「いいかソフィア。日本にはな、姫始めと言うしきたりがあるんじゃ」
その時より真剣だ。当たり前だが。
因みにその後、ソフィアに姫始めの意味をしつこく聞かれて返答に困ったが。
「動き易い服って、喧嘩でもすんのかジジィ?」
笑いながら軽口を叩く。
「そうじゃ。場合によっては相打ちも覚悟せねばならん」
「ハッハッ!!んな訳ねぇか!!って何だと!?」
俺の耳がおかしくなったかと思った。相打ち覚悟で喧嘩だとは!!
「誰だよ相手は!!北嶋か!?」
ジジィはゆっくり首を横に振る。
「神の呪い、じゃ」
似合わねぇ神妙なツラで言った。
「その呪いが君代ちゃんに持ち込まれた時、君代ちゃんとワシ、更にはワシ等と同等の霊能者が束になって向かって行ったが、封印するのが精一杯じゃった…」
更に耳を疑った。
ジジィと水谷のババァ、それ以外の霊能者が束になって向かって行って、封印が限界だったとは!!
唖然とする俺を余所に、ジジィは話を進める。
「君代ちゃんが生涯を掛けて守っていた物…サン・ジェルマン伯爵から奪回した賢者の石と、神の呪い。賢者の石はガキ、お前も知っているように、北嶋のガキが伯爵をぶっ倒して所有者となった。が、あの呪いは未だに君代ちゃんが守っておる。屋敷に自らの力を溜めながら霊力を注ぐ結界を作ってな…」
さっきくたばったであろうババァが未だに守っている?
話が良く噛み合っていない気がするが…解った事が一つある。
「そんなヤベェモンが敵かよ…」
ヤベェなんてもんじゃねえ。そこまでして守らなきゃならねえって事だ…
「そうじゃ。じゃが此方には北欧の神殺し、フェンリルと北嶋のガキ、九尾狐がおる。勝機はある」
ジジィは言葉を詰まらせて笑った。
「いやいや、勝機を探すまでもないわ。ガキ、貴様何故笑っておるんじゃ?」
ジジィが俺の肩をポンと叩く。
そうだ…
ジジィや水谷のババァが封じるのが限界だった神の呪い…
そんな物騒なモンと戦えると想像しただけで、俺は自然と笑ってしまう男なんだ…!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
外に出た妾は、先程の結界のあった縁の下へ向かった。内に入り口なくば、外から、と思った訳だ。
──あった。が…
あの部屋の下であろう場所には、コンクリートで壁が作られていた。
──つまり地下があると言う訳か?
あの部屋と同じ広さのコンクリートの壁。地下から通ずる部屋があると確信するに充分だ。
妾は水谷の匂いを探す。
しかし、屋敷は水谷の匂いでいっぱいだ。
日記を探し出した時のように、つい最近水谷が訪れたであろう匂いを辿る。
何ヶ所か探したが、一番怪しいのは庭の外れにあった枯れ井戸だ。
──かような所に何用があったのだ水谷?
今は雪が積もっていて、確かかは解らぬが、手入れが行き届いていない場所。
水谷が訪れる理由は?
妾は枯れ井戸の蓋をこじ開ける。
──梯子が!
枯れ井戸には、梯子が備え付けられていた。
埃に小さな人間の足跡を確認した。
──ここに入って行ったのか水谷!!
妾は迷う事なく、枯れ井戸に飛び込んだ。
枯れ井戸の深さは約5メートル。そこから横に通路があった。
道なりに進む。緩やかな下り勾配となっておる通路を進んで行くと、やがて木製の扉が現れた。
迷う事無く扉を開ける。
──やはりここか!!
妾の推測通り、そこは結界のあった部屋の地下。
中心に置かれてある台座に鎮座しておる木箱…大きさは依代の妾より二回り程小さい。
──あれを封じておるのか
近寄り匂いを嗅ぐ。
水谷の匂い。埃の匂い。そして尚美から感じた生臭い匂い…!!
──これで間違いはない!!
尾を木箱に振るう。
しかし木箱に触れる前に尾が弾かれる。
──妖の妾には触れる事が叶わぬ訳か
悪しき者を封じ込めておる結界、それに殉ずるであろう木箱。九尾たる妾に触れる事が叶わぬのは道理だったか。
──しかし、それで良かったかもしれぬ
先程は慌てて尾を振るったが、その木箱から発する悪しき気は、妾も知らぬ程の巨大さだったのだ。
しかしこのまま手を拱いている訳にもいかぬ。
如何に巨大な悪意とは言え、このままでは確実に尚美の命が危ない。
水谷の封印が未だに生きている今、妾も手が出せぬが、悪意も表には出て来ておらぬ。かと言って、封印が解けるまでここに留まる訳にもいかぬ。
勇を連れてきて、木箱を取って貰う…
その時表に悪意が現れたなら、妾が相打ち覚悟で葬れば…
カタン
妾の耳に、枯れ井戸の梯子を用心深く歩いている音が聞こえた。
臭いを嗅ぐ…
人間だ。知らぬ臭いだが…
灯りがチラチラと見える。懐中電灯の灯りだ。
かような所に人間とは、水谷の弟子か?
妾は扉に意識を向ける。
ギギギィ
ゆっくり扉が開き、女が入ってきた。
──何用だ小娘!
妾は威嚇の為に牙を剥く。
「きゃあ!!」
女は尻餅を付く。そして妾をまじまじと見て、尻をパンパンと叩き、汚れを落としながら言った。
「ああ驚いた!師匠の封印の部屋に九尾狐がいるなんて!」
水谷の弟子らしき女は、妾を見ても恐れはしなかった。
骨のある輩もおるものだ。他の連中は妾を恐れ、腫れ物を触るが如くの接し方しか出来ぬと言うのに。
──何用かと聞いておる
威嚇しながら女の目的を聞く。
「いやね~、師匠の最後の置き土産を退治しに来たんでしょ?タマ、だっけ?よくここを見つけられたわね~。偉い偉い」
女はポケットから乾燥した肉を取り出し、妾に差し出す。ビーフジャーキーとか言ったか。
──いらぬ!!それより何故妾の名を知っておる!?
「師匠の弟子や仲間内なら皆知っているよ?北嶋 勇の事もね?」
女は乾燥した肉をそのまま捨てて、手をパンパンと叩いた。まるで汚れを叩き落とすように。
──勇を知っておるのは知らぬが、貴様ではあの悪意には太刀打ち出来ぬ!去ね!
威嚇する妾に動じる事なく、女は封印されている木箱に近付く。
「師匠は北嶋 勇に呪いを何とかするよう願ったようだけど、部外者のチンピラにそんな大役が勤まる訳ないでしょっての!!」
女は全く恐れもせずに、封印の木箱を蹴り倒した。
──貴様!!何をするか!!
妾は女に飛びかかり、のし掛かった。
「きゃあ!アンタこそ何すんのよ!」
──そんなに死にたくば、妾が貴様の喉笛を咬み千切ってくれるわ!!
妾は本気で女の首に牙を向けた。
その時、木箱が激しく震え、木っ端微塵に砕け散った。
──悪意が出てしまったか!!
それと言うのもこの女がふざけた真似をするからだ!!
木箱から
「チャーンス!!」
女は妾を押し退けて悪意に向かって呪を唱える。
──貴様では太刀打ち出来ぬと言っておろうが!!
木箱から立ち昇った冥き悪意は、案の定女の呪を全く物ともせずに、遂には天井を突き抜けてしまった。
「あ、あれ?」
──この馬鹿者がぁ!!
妾は女を弾き飛ばし、尚美の元へと駆け出した!
「ち、ちょっと待ってよっ!!」
女が砕け散った木箱の中から何かを取り出すと、妾の後を追って来た。
「ぁぁああああぁあっっっっ!!!」
枯れ井戸から出て庭に脚を付くと同時に、屋敷から絶叫が聞こえた。
その叫び声は尚美のもの!
妾は尚美がいるであろう場所に向かった。
「も、もしかしたら、既に誰かが呪いに?」
息を切らせて女が妾の後を追ってくる。
馬鹿者に構っている暇などない。尚美の匂いを辿った。
屋敷一階部分に人集りを発見する。
あの部屋は水谷の水晶の結界陣が隠してあった隣の部屋!!
──尚美!!
妾は人だかりを蹴散らし、尚美の傍に着く。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、な、尚美が呪いに…?」
馬鹿者も息も絶え絶えに到着した。
──貴様がいらぬ事をしたからだ!!
女に向かって牙を剥く。
「ひゃあ!!」「わあああ!!」
妾に恐れて人だかりが散る。その中に呆然としながら立っている勇がいた。
──勇………!!
「神崎…お前が…」
妾の頭をポンと一つ叩き、勇がゆっくりと尚美に近付く。
「何?今の悲鳴!?尚美?あれ?何この部屋?結奈じゃない?懐かしいわね…って、九尾狐っ!!」
状況が飲み込めない騒がしい女が到着するも、勇は尚美の傍に行き、膝を付きながら尚美を見ていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
元旦の朝、師匠が亡くなったとの連絡があった。
師匠は高齢だ。ご病気とか仕事の失敗じゃない、老衰のようだった。
「参ったなぁ…新幹線の切符取らなきゃ」
タオルで髪を乾かしながら呟く。
なるべく早くに師匠のお宅に行かなければならない。
以前、師匠の友人の一人、
阿久津さんは師匠や松尾先生達と同じく、最強の退魔師として有名だった。
そんな師匠達に持ち込まれた案件…触れる者全てを呪う黄金の箱…
その黄金の箱の中には、神の呪いが込められていると言う。
黄金の箱は、古代インドの物らしく、その歴史的価値、美術的価値からか、所有者が度々変わっていた。
求む者は富豪や泥棒、コレクターなど様々だが、例外無く所有した者は一年も経たずに死亡していた。
その者達は、亡くなる寸前に、やはり例外無く「蛇が来る」と言っていたようだ。
死因は様々で、事故死、病死は勿論、発狂して死んだ者もいたらしい。
その呪いに立ち向かった師匠達。
高名な霊能者数名かがりでも滅する事は出来ず、封印が限界だった。
「また黄金の箱に戻すのが精一杯だとはね」
若い師匠が無念そうに呟いた。
「しかしこの状態じゃ、以前と変わらないのでは?」
若い阿久津さんの感想。新たに封印し直しただけに見えたのだろう。
「仕方ない、私が面倒見ようじゃないか。今は無理でも、数年後、力を付けた私達が滅する事が出来るよう、私が責任持って封印しておくよ」
師匠の提案に他の霊能者達も反対する理由も無い。
師匠は地下室を作り、木箱に入れて封印した。
しかし、呪いが木箱から漏れているのに気が付く。
「何て呪いだ…ちゃちな封印じゃ腹の足しにもならないのかい…」
正に戦慄した師匠は地下室の上に母屋を建て、その一室に自らの力を貯蔵する魔法陣を敷き、水晶の柱を立てて呪いを封じ込めた。
「太古の神の呪いがこれ程とはね…」
自らの力の無さを痛感した水谷他霊能者達は、若き力の育成をし、次世代に託す事にした。自分達はここが限界と感じたからだ。
無論、自らの力を高める努力も怠らなかった。
「数で攻めるってのは性に合わないが、私達や若い者が力を合わせれば、何とか…」
霊能者達は呪いの存在を常に心に置き、日々を過ごす事になった。
「何故私にそのようなお話をして下さるのですか?」
呪いの事は初耳だった。少なくとも同門以下の弟子は知らない事だろう。
「水谷さんの数いるお弟子さんの中で、君に一番才能を感じるからだよ。あの呪いを葬れるのは、君が一番可能性ある。私は弟子を取らない主義だが、君が水谷さんの弟子で何度惜しいと思ったか解らないからね」
嬉しかった。
世界最高峰と謳われる師匠と並ぶ人は数少ない。その内の一人に認められたのだから。
私はその日から、鍛えに鍛えた。
同門は愚か、先輩にも私より強い人はいなくなる程までに成長した。
「結奈、お主はこれから独り立ちをせぇ」
依頼は師匠が選んだ物だけこなす事を約束とし、私は水谷の一門で最年少で独立をした。
私の独立に大変喜んでくれた阿久津さんは、呪いの隠されている地下室への入り口を教えてくれた。
「私達の身に何かあったら、君が呪いを何とかするんだ。頼むよ」
その期待に応える事を約束し、依頼をこなしながらも鍛錬を怠らなかった。
それから間もなく、阿久津さんがご病気でこの世を去った事を師匠から聞いた。
ご病気なら呪いの仕業じゃない。呪いの仕業ならば師匠が動く筈。
私は気になりながらも、己を鍛え続けた。
私は強くなった。
水谷一門の中で、師匠を除けば私の右に出る者はいない。
呪いもサン・ジェルマン伯爵も私が倒すんだ。
そう心に決めていた。
だが、サン・ジェルマン伯爵は倒された。
尚美の仇、生乃の仇を倒した、ぽっと出の男によって!!
北嶋 勇……!!
師匠に連絡をした時には、全く信じていなかったから、話半分で聞いていたけど…
なぜなら北嶋 勇の名はこの業界に知れ渡る事になったから。
石橋先生の宿敵を倒さずに還したり、松尾先生の秘蔵っ子を退けたり、あまつさえ、九尾狐をペットにしたと言うのだ。
「北嶋 勇…凄い男ですね」
あれは師匠が亡くなるひと月前の事、電話をかけて来た師匠に迂闊にも漏らしてしまった。意識なんかしていないと心掛けていたのに。
『そうじゃろ!これでワシの肩の荷が降りたってモンじゃわぃ!カッハッハ!』
肩の荷が降りたと言う言葉に引っ掛かった私は、直ぐに師匠に聞いてみる。
「まさか、神の呪いを北嶋 勇に託すと言いませんよね?」
師匠は少し黙り込む。
『阿久津か。いらぬ事を言いおってからに…結奈、忘れるんじゃ。決して手出しはならぬ。お主には荷が重過ぎじゃ』
「私は水谷一門で最強です!!」
自信があった私は、自分が一番強い事、阿久津さんに願われた事など、心に閉まって置いた事を全て話した。
『結奈、お主は最強じゃない。ただ、勝てる相手しか宛がわなかっただけよ。お主は恐れを知らぬ故、勘違いをしておるだけじゃ』
勝てる相手?
私にそんな気遣いを……?この私に!?
屈辱感でいっぱいになった。
「なら!!私の技量より大きな敵を下さい!!師匠ならば探す事が出来るでしょう!?」
師匠は再び黙り込む。
言えないのだ。
私の技量より大きな敵など存在しないから言えないのだ。
「何なら、北嶋 勇でもいいですよ?」
北嶋 勇より優れていると証明をするのには、直接戦った方が手っ取り早い。
『…馬鹿者が…慢心しおって…そんなに小僧とやり合いたくば、年明けまで待つがよい。その時に 自分の技量がどれ程のものか、理解出来よう』
師匠は少し怒ったように電話を切った。
師匠もお歳、耄碌なされたものだ。
私が直接北嶋 勇を倒して、最強を証明すれば師匠も目が覚めよう。
そう思い、年明けまで待っていたのだが……
亡くなった師匠の置き土産を片付けるべく、師匠のお宅に新幹線で出向く。
北嶋 勇がおかしな事をする前に、呪いを葬らねば…
新幹線の座席で、少し昔を思い出しながらも、私は奮い立つ。
水谷一門最強を証明する為に。
師匠宅に到着したのは、既に夜の事だった。
私は挨拶もせずに枯れ井戸に入る。
ここに師匠達が封じた神の呪いなる金の箱があるのだ。
木製の扉を開けると、九尾狐が封印を前にウロウロしていた。
私には荷が重い、帰れ、と妖に言われた。
だからと言って、はいそうですか、とは言えない。
私は木箱を蹴っ飛ばす。
木箱が砕け、金の箱がそこにあったのが見えた。
九尾狐が怒り、私に噛み付こうとしたその時、黒い蛇みたいな影が天井に向かって昇って行った。
私は術を使って縛り上げようとするも、蛇には通じなかった。
術が軽かったのか。そう思った私を無視して、九尾狐が地下室から飛び出した。
「ち、ちょっと待ってよっ!!」
私は木箱の中から金の箱を取り出すと、九尾狐の後を追う。
九尾狐は一階の客間に人集りを無視して突っ込んで行った。
その客間には尚美が倒れている…
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、な、尚美が呪いに…?」
私が最初、加減をしたから尚美に呪いが掛かった?
少し反省していたその時…
「神崎…お前が…」
九尾狐の頭をポンと撫で、ゆっくりと尚美に近付く男…
北嶋 勇……!!
私の視線は尚美から北嶋 勇に移った。
倒すべき相手として見据える為に……!!
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