人殺しの作法
紅藍
序文
殺人の迷宮を築くには六九の方法があり、どれをとっても正しい。
――ジョン・ディクスン・カー 加賀山卓朗訳 『三つの棺』
(2014年7月 早川書房)
ギデオン・フェル博士の有名な密室講義は、江戸川乱歩にも影響を与えあの「類別トリック集成」を完成させるに至った。そして今やトリックの分類と講義は、本格ミステリにおいては「読者への挑戦状」と並ぶ様式美である。乱歩のような収集・整理癖を持っていなかったとしても、深遠な知識を持つ探偵による、不可思議な謎である殺人のトリックの分類講義は魅力的なものに思われる。
本稿では密室トリックに限らず、様々な殺人の様式についての分類と整理、そして講義を行う。これは私自身の創作メモとしてであり、またこの文章が、読んだ人間に何かしら資するものとなることを希望する。
ミステリを執筆する上で、何よりも重要なものは殺人の手法である。どんなに魅力的な名探偵が現れても、解決する謎が陳腐では狂言回しにもならない。しかし、いずれ本稿で叙述するはずだがただトリックとは弄すればいいというものではない。なぜなら殺人におけるトリックは、本来であれば存在しないはずのものだからである。現実においてトリックなど何の意味もなさない。警察が健全なのはミステリの中だけである。ひとつやふたつ程度の謎や不審事由など、無視するのが現実の警察だ。現場が密室だったところで何だというのだ。現に被害者が死んでいるのだから、容疑者がどうにかしたのだろう。それで終わらせる話だ。
トリックとはフィクションの産物である。いかにリアリティのあるトリックであっても、それは「現実味を帯びている」だけであり「現実的」ではない。これこそがトリックの、まず第一に肝要な点である。序文ゆえ詳述は避けるが、だからこそトリックを作り上げることは面白く、一方で細心の注意を払うべき作業なのだ。
さて、話をこの創作論全体に戻そう。基本的に本稿はどこから読んでも構わないように作ることとする。興味のある点のみつまみ食いしてもらえれば、それだけで幸いである。
また、極力既存作品のトリックをばらすようなことも控えたい。しかしトリックを語るのに具体例をまったく出さないというわけにもいかない。そこでざっくりとわけて、戦前の作品は場合によってトリックに触れることとする。戦後の作品はよっぽどの例外がない限りトリックを語らず、すべての場合においてトリックに触れる旨は序盤に記すとする。不意打ちでトリックを語ることだけはしないと誓おう。
やはりベストなのは、各稿において触れられている作品を一通り読んでからその稿を読むことである。しかし本格ミステリ氷河期のかつてならともかく、個人がネット上に挙げているものまで含めれば膨大な作品がある昨今、それも難しい。古典的作品の中には、読んだことはなくともトリックを知っているという作品も多いはずだ。古典的作品はトリックをあらかじめ知っていたとしても、読むことで教養となるだろうと私は考えている。どうせすべては読めないのだから、古典的作品くらいはネタバレをおそれなくてもいいのではないだろうか。そのあたりは各人のスタイルに任せるが、私のスタイルを一応表明するとそういうことになる。
さて、それでは次回から、気分に任せて各トリックについて語るとしよう。わずかにでも、この文章が誰かに資することを願って。
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