密室3 密室講義・乱歩と天城の場合
海外で行われた密室講義については前稿で概観した。それではついに、日本の密室講義へと視点を移そう。
日本でも密室講義は多く書かれたが、そのすべてを説明する気はない。興味がわいたならば各自調べてみると面白いだろう。二階堂黎人編『密室殺人大百科(下) 時の結ぶ密室』に所収されている小森健太朗「密室殺人の系譜」が適切な道先案内人になるはずだ。小森の評論でも多数の密室講義や密室分類が語られているが、その中で私は乱歩と天城について説明しよう。
江戸川乱歩は「類別トリック集成」を執筆し、それは雑誌『宝石』に掲載された。現在は光文社から出ている文庫の全集『江戸川乱歩全集第27巻 続・幻影城』などで確認することが可能だ。既に数度触れているが、乱歩はカーの密室講義に触発される形でトリックの分類を行った。乱歩らしい偏執的とも言える収集癖によって帰納法的に集められ整理されたトリックはしかし、当人曰く不完全な形で表に出ることとなった。トリック全般を記したものだが、ここから密室トリックだけを抜き出す。
密室トリックは集成においては「犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック」として大別されている。その総数は一〇六件だが、うち密室トリックに分類されたのは八三件と多数に上る。
その密室トリックは四種に分類されている。しかし、「④密室脱出トリック」は脱獄に関わるトリックであり我々が一般的に想定する密室トリックとは異なる。ゆえにこれだけは除外し、乱歩は密室トリックを三種に分類したと言っていい。その三種は以下の通りである。
①犯行時犯人が室内にいなかったもの
(イ)室内の機械仕掛け
(ロ)窓又は隙間を通しての室外からの殺人
(ハ)密室内において被害者自ら死に至らしめる
(ニ)密室における他殺を装う自殺
(ホ)密室における自殺を装う他殺
(ヘ)密室における人間以外の犯人
②犯行時犯人が室内にいたもの
(イ)ドアのメカニズム
(ロ)実際より後に犯行があったと見せかける
(ハ)実際より前に犯行があったと見せかける――早業殺人
(ニ)ドアの背後に隠れる簡単な方法
(ホ)列車密室
③犯行時被害者が室内にいなかったもの
こうして並べてみると、確かに不完全な感がある。①の(ニ)「密室における他殺を装う自殺」は犯人を被害者自身と考えるなら犯人は犯行時室内にいたことになる。①の(ホ)「密室における自殺を装う他殺」ならば、被害者を殺害しそのように見せかけたトリックにもよるところがあるが、犯行時犯人が室内にいるというケースも想定できる。②の(ホ)「列車密室」は列車内での密室殺人について乱歩が言及するのみである。列車全体を部屋と捉えるなら『動く密室』という表現はぴったりだが、これはどちらかというと密室というよりクローズドサークルの要件である。列車内の機関室や客室など、さらに内部で密室は発生し、その事例はまた個別のものであって犯行時犯人が室内にいたかどうかは不明である。
これら分類の瑕疵はおそらく演繹法的ではなく帰納法的に分類を行おうとした結果起こりうるものであろう。そこで参照したいのが天城一「密室作法」である。
天城一の名前を知らない人間は相応にいるだろう。その知名度は乱歩やその他多くの探偵小説作家に比べれば低いと言うほかない。出版状況にも恵まれないらしく、短編集やアンソロジーで彼の名前を見たことはないし、全集もようやく二〇〇〇年代になってできたという状態らしい。
そんな彼の密室分類である「密室作法」であるが、従来の密室講義がカーや乱歩のそれを踏襲する形で行われるために帰納法的なまとめ方をしていたのに対し、天城のそれは演繹法的である。まず、天城は以下のように密室殺人を定義した。
密室の殺人とは、T=Sにおいて、監視、隔絶その他有効と〝みなされる〟手段によって、原点Oに、犯人の威力が及び得ないと〝みなされる〟状況にありながら、なお被害者が死に至る状況をいう。
※引用者注:なお、天城の分類には以下の文字が登場する
原点O
時間T
殺人が犯された時刻R
推定犯行時刻S
被害者絶命時刻Q
注目するのは、二度登場する「〝みなされる〟」という語句である。つまり『監視、隔絶の手段は有効に機能している』ことと『原点O(現場)に犯人の威力(被害者を殺害するもの)が及び得ない』ことの真偽によって、分類は行われるのである。詳しくは以下の通り(以下、括弧内は引用者注)。
A「不完全密室」(監視、隔絶の手段は有効でなかった)
A1「抜け穴が存在する場合」(抜け穴からナイフや弾丸を通す)
A2「機械密室」(室内に置いた機械による殺害)
B「完全密室」(監視、隔絶の手段は有効で、かつ犯人の威力は及び得ない)
B1「事故または自殺」
B2「内出血密室」(重傷を負った被害者が室内に逃走後、施錠し死亡)
C「純密室犯罪」(監視、隔絶の手段は有効だが、犯人の威力は及び得た)
C1「時間差密室(+)R<S」
C2「時間差密室(-)R>S」
C3「逆密室(+)」(被害者を殺害後、密室へ死体を運び入れる)
C4「逆密室(-)」(死体を密室外へ運び出す)
C5「超純密室犯罪」
さて、「純密室犯罪」について補足しよう。「純密室犯罪」は「時間差密室」にしろ「逆密室」にしろ、基本的な考えは同じである。第一の「〝みなされる〟」、つまり『監視、隔絶の手段は有効に機能している』ことを満たすため、その前後に引っ付いてる定義の条文に注目するのである。すなわち「T=Sにおいて」と「原点Oに」という部分である。これを換言すれば『時間T=推定犯行時刻S外であれば原点O(現場)が密室でなくても問題はない』し、『たとえT=S内であっても原点O以外ならば犯人の威力が及んでもよい』ということである。
そこで「時間差密室」においてはT=S外において殺人を行う。たとえば原点Oが密室である間に被害者の悲鳴が聞こえ、そこでドアを破り室内に侵入したところ死亡している被害者を見つけたとしよう。このときの推定犯行時刻Sは被害者の悲鳴が聞こえたときであるが、実はその前に被害者を殺害していたというのが「時間差密室(+)」である。被害者の悲鳴はたとえば蓄音機で流したものなのである。一方「時間差密室(-)」はこの逆を想定してもらえればいい。ドアののぞき窓から密室内をうかがうと被害者が倒れている。ドアを破り室内に侵入して被害者に近づくと、被害者の胸にはナイフが刺さっていた。このときの推定犯行時刻Sは密室が構成されてから被害者が倒れているのを見つけるまでの間だが、実際の犯行は被害者が倒れているのを発見したのち、すなわち被害者に駆け寄った際に行われていたというわけである。いわゆる『早業殺人』がこの類である。
「逆密室」については特段の説明は不要であろう。そのネーミングは高木彬光の考案したトリックから取られているから、天城一は知らずとも「逆密室」のワード自体は聞き覚えのある人も多いだろう。
さて、最後の「超純密室犯罪」であるが、これについては煩雑になるのをさけるため次稿に譲るとしよう。
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