密室4 超純密室犯罪

※本文中、チェスタトン「見えない男」のネタバレがあります。ご留意ください。

 

 天城一「密室作法」については前稿の通りである。天城は密室殺人を厳密に定義し、それぞれ『不完全密室』『完全密室』『純密室』と分類した。この内、『純密室』は内訳として『時間差密室(+または-)』『逆密室(+または-)』そして『超純密室』に細分化されているという話であった。一応、今一度まとめたものを再掲しよう。


 密室の殺人とは、T=Sにおいて、監視、隔絶その他有効と〝みなされる〟手段によって、原点Oに、犯人の威力が及び得ないと〝みなされる〟状況にありながら、なお被害者が死に至る状況をいう。

※引用者注:なお、天城の分類には以下の文字が登場する

 原点O

 時間T

 殺人が犯された時刻R

 推定犯行時刻S

 被害者絶命時刻Q


A「不完全密室」(監視、隔絶の手段は有効でなかった)

 A1「抜け穴が存在する場合」(抜け穴からナイフや弾丸を通す)

 A2「機械密室」(室内に置いた機械による殺害)

B「完全密室」(監視、隔絶の手段は有効で、かつ犯人の威力は及び得ない)

 B1「事故または自殺」

 B2「内出血密室」(重傷を負った被害者が室内に逃走後、施錠し死亡)

C「純密室犯罪」(監視、隔絶の手段は有効だが、犯人の威力は及び得た)

 C1「時間差密室(+)R<S」

 C2「時間差密室(-)R>S」

 C3「逆密室(+)」(被害者を殺害後、密室へ死体を運び入れる)

 C4「逆密室(-)」(死体を密室外へ運び出す)

 C5「超純密室犯罪」


 天城が言うところの「超純密室犯罪」とは、天城の密室殺人の定義によるところのふたつの「〝みなされる〟」が完全な状態で、T=S内で犯人が原点Oに出入りして殺人を犯すという密室殺人である。「すなわち推定及び実犯行時刻に、完全に監視されている密室へ、犯人が大手を振って推参し、見とがめられずに退散する」という殺人方法である。言うなれば犯人が透明人間でもない限り実行不能に思える殺害方法だが、これを天城が分類したのは、つまり実際にそのような殺害方法が過去に実行されたからである。

 それが初めてなされたのはチェスタトン「見えない男」という短編である。かの有名なブラウン神父シリーズの一編であり、もっとも有名な一編であろう。東京創元社刊『ブラウン神父の童心』の中で確認できるが、他のブラウン神父シリーズを収めた短編集などでも確認できるかもしれない。

 「見えない男」はロボット製造業のスマイスが、恋敵のウェルキンに命を狙われるところから始まる。スマイスの友人アンガスは探偵フランボウたちを呼んでくる間、周囲にいた人間たちに見張りを頼んでいた。しかしアンガスが戻ると見張りをしていた男の前を通り抜けた足跡が、積もった雪の上に残されていた。ところが見張りの男は誰も通らなかったと証言する。果たして、部屋にいたはずのスマイスは消えており、その後死体となって屋外で発見されるのであった。

 見張りの男が嘘をついていたのだろうか? 偶然フランボウの元を訪れていたために事件に居合わせたブラウン神父は、犯人が見えない状態になっていたと指摘する。すなわち、犯人は郵便配達夫に化けて見張りの前を通り抜けたのである。そしてスマイスを殺害後、郵便物を入れる大きな袋にスマイスの死体を詰めて家を後にしたという。郵便配達夫は日常風景の一部となっているために見張りの男から『スマイスに危害を加えうる犯人ではない』として見逃されたのである。


 密室講義・密室分類は数多存在するが、この「見えない男」式とも言える「超純密室犯罪」は分類されない場合が多い。それは言うまでもなくそのトリックの非現実性にある。通常、いくら盲点となっていたとしても見張りの男が郵便配達夫に化けた犯人を見逃すはずはない。日常の風景に溶け込んだとしても、事件現場から出入りすればそれは無差別に指摘されるはずである。その点が従来の密室トリックに比べて非現実的なのである。

 しかし、その非現実性そのものこそが虚構であるということは指摘されなければならない。ここまで多くの密室講義が紹介してきた「超純密室犯罪」以外の密室トリックは、その多くが現実にも使用可能であるかのように思われるが、それはあくまで『思われる』というだけである。密室トリックに限らず、ミステリに用いられるすべてのトリックは多くが現実にも使用可能である――つまり現実的であるという印象を読者に与える。しかしそれは現実味があるというだけで、実際に現実において使用することはおそらく不可能だろう。読者がトリックを現実的であると思ったとき、それは作者によってトリックが説得力をもって書かれたからである。したがって実際に使用可能か否かというのはトリックの完成度を左右する本質的要素ではなく、原理的に説明したとき明らかに非現実的なものがあったとしても、それを理由にそのトリックを否定することはできないのである。

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