密室2 密室講義・博士と奇術師の場合

 「これから講義をしよう」博士は愛想よく、自信たっぷりに宣言した。「探偵小説で〝密室〟として知られる名高い状況の一般的な仕掛けと、発展形態について」

         ――ジョン・ディクスン・カー 加賀山卓朗訳 『三つの棺』

                          (2014年7月 早川書房)



 ディクスン・カー『三つの棺』の中で探偵役のギデオン・フェル博士は密室殺人についての簡単な講義を行った。それがあの有名な密室講義であり、以来、密室殺人事件に関わる多くの探偵たちの手によって密室講義は行われてきた。カーに近い年代ならばクレイトン・ロースン『帽子から飛び出した死』における奇術師メルリーニの講義がそれである。また日本では二階堂黎人『悪霊の館』において探偵役の二階堂蘭子が行った。密室講義は物語中の探偵が語る場合が多いが、乱歩の「類別トリック集成」がそうであったように評論の体裁を取る場合も無論ある。とかく、『三つの棺』以来多くの密室講義が行われたのは確かで、そのすべてを網羅するのは困難を極めるし、すべての講義が重要というわけでもないだろう。そこで本稿ではカー『三つの棺』とそれに付け足す形で行われたロースン『帽子から飛び出した死』の密室講義、そして日本からは評論形式で行われた乱歩と、それから天城一「密室作法」について概観しよう。しかし長くなってはいけないので日本の作家に関しては次の稿に譲る。


 フェル博士は密室の状況をA「確実に密閉された密室があり、殺人者は外に出てこなかった。なぜなら、殺人者はその部屋にいなかった」ものとB「ドアに細工して、内側から施錠されたと見せかける方法」の二つに大別する。なお、AとBという割り振りは後の便宜のためロースンの分類に従っており、『三つの棺』作中では割り振られていないことを指摘しておく。

 では、具体的にAとBへ分類される方法とは何か。フェル博士は作中ですべてを網羅しているわけではない(そもそもこの密室講義自体が中断を余儀なくされている)が、博士が取り上げたのは以下の通りである。

A「殺人者はその部屋にいなかった」

 一、殺人ではないが、偶然が重なって生じた事態が殺人のように見えるもの。

 二、殺人だが、被害者が事故や自殺に追い込まれるもの。

 三、殺人であり、部屋に隠された装置により殺害されるもの。

 四、自殺だが、殺人のように見せかけるもの。

 五、殺人で、なりすましと目くらましから謎を生むもの。

  (犯人が被害者になりすますことで殺害時刻を錯覚させるなど)

 六、殺人で、室外の犯人が殺害したのに室内の犯人が殺害したと思われるもの。

 七、殺人で、被害者は本来より前に殺害されたと思われる。

  (いわゆる早業殺人)

B「内側から施錠されたと見せかける方法」

 一、まだ錠の中に入っている鍵を細工する。

  (内側の鍵穴に刺さったままの鍵を糸などで回した後、鍵穴から外すなど)

 二、ドアの蝶番を外す。

 三、スライド錠に細工する。

 四、掛け金に細工する。

 五、錯覚を使い、外側からの施錠を内側から施錠と思わせる。

 見てもらった通り、フェル博士が取り上げた具体例はあくまでバリエーションであり、密室の原理そのものを理解する上ですべてを知る必要はない。かみ砕いて言えば、Aは「密室の外から殺害、または密室が構築される前後に殺害」ということであり、Bは物理的なトリックによる施錠であると理解してもらって構わない。

 ここに『帽子から飛び出した死』におけるメルリーニの講義を追加する。奇術師メルリーニはフェル博士の密室講義を引用しそれぞれAとBに大別。そこに加えてC「密閉されていた部屋の中で殺人が行われたが、犯人は部屋から逃げ出さなかったし、その場にも見られなかった。すなわち、彼は部屋のどこかに隠れていたという場合」を提示する。文言の通り、犯人は被害者の殺害後内側から部屋を施錠し、密室を構築、部屋の中に待機し死体が発見され騒ぎになった隙に脱出するというパターンである。


 『三つの棺』におけるフェル博士の密室講義は、密室講義の始まりとしてほとんど聖典視されていると言っていい。しかし、密室講義の聖典であることはフェル博士の密室講義が完全であることを意味しない。常に現在の作家はアップデートを繰り返し、新しい密室講義の構築に腐心している。

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