動機2 なぜ人は殺されるのか
コージー・ミステリ、すなわち日常の謎という、つまり殺人事件などの重大な事件を扱わないタイプのミステリがある。特に最近のライトミステリ、お仕事紹介系とでも言えばいいのか、探偵役が何らかの専門職についていて、その専門的知識で推理を行うタイプのミステリには殺人事件を扱わない場合も多い。ミステリ好きな私は「人が死んでなんぼ」くらいの感覚であるが、物語中であっても人が死ぬのが苦手という人間はいるのだろうか。とかく、殺人を扱わないライトミステリが受けているのも一面事実である。
しかし史上初のミステリ『モルグ街の殺人』がそうであったように、ミステリと殺人は決して不可分ではないが簡単に切り離せるものでもない。人の死とそこにまつわる不可思議な謎。それこそがミステリの王道であった。
そして人の命を奪うという行為は、たとえ物語の中であっても罪深い行為である。そこに読者を納得させる(あるいは驚愕させる)理由を求めるのは当然のことであろう。また、探偵が事件を推理する方式としては『ホワイダニット』、すなわち『なぜ殺したのか?』を問う方法が存在する。そこで本稿では「なぜ人は殺させるのか?」という題名通り、殺人者が殺害を犯す理由について簡単な考察をしたい。つまり前稿『動機1』がトリックを利用する理由を問うていたのに対し、より本来の動機論に近づくわけである。
しかし考察と言っても、今の私に厳密な結論があるわけではない。そこでカー式にバリエーションを羅列することで、まずは簡単なまとめとしよう。
殺人者が殺害を犯すとき、まず被害者と殺人者の関係性によって二つのパターンに分けなければならない。すなわちA『被害者は殺人者の本来の目標であった』場合とB『被害者は殺人者の本来の目標ではなかった』場合とである。以下、二つのパターンによって考えられる動機を列挙する。
A『被害者は殺人者の本来の目標であった』
一、愛憎
被害者への憎しみを晴らすための殺人。大抵の殺人はこのパターンである。また、可愛さ余って憎さ百倍という場合もある。愛しのあの人を他の誰かにとられるくらいならというのもこのケースに入れていい。
二、利益
すべての犯罪が何らかの(それが極めて個人的なものであっても)利益を得るために行われているといってもいい。そうでなければ犯罪という高リスクの行為に手を染める理由はない。しかしここでいう利益とはそういった全般的なものではなく、もっと俗物的なものである。すなわちここでいう利益とは金銭や地位という一般に理解されやすい利益であり、そのために殺人を犯す場合を言う。
三、快楽
強姦の果ての殺人、殺人そのものが快楽である場合、また「面白いトリックを思いついたから」など。あまり理解されない動機であり、動機そのものを物語中でよっぽど軽視しない限りは避けた方が無難なケースであるが、一応分類としては存在する。
四、保身
暴かれると非常に困る秘密を被害者が知っているため、口封じに殺すなど。『二、利益』に近しいものがあるが、このような状況に際し殺人者がどう行動するかは、秘密を知られた人間や秘密の内容そのものによって大きく異なると推測させるため別枠とした。また、人質を取られるなど脅迫されて殺人に及んだなど、自分自身以外の他者を守るためである場合もこのケースである。
五、信仰
自身の信じる宗教や思想に基づく殺人。これも『二、利益』に通じるものがあるが別枠とする。信仰に生きることが俗物的利益につながることはむしろ少ないだろうという配慮もある。自身の信じるものへの使命感などが動機となっていると言えよう。
B『被害者は殺人者の本来の目標ではなかった』
一、過失
殺人そのものがまったく、殺人者の意図せざるものだった場合。この場合、トリックそのものは簡易的なものになるか存在しなくなる。あるいは殺人者以外が殺人者は庇うための行為に出る可能性も考えられる。
二、人違い
殺人そのものは計画的だったが、その計画に瑕疵があったなどして殺害するべき対象を取り違えてしまう。そのため、トリック自体は練られたものだが探偵はなぜ被害者が殺害されたのか分からなくなるだろう。
三、偽装
本来の目標を隠すために行われる殺人。殺人そのものが別の目的を隠すために行われる場合もあるし、連続殺人の過程で動機を悟られないために無関係な者を殺害するケースもある。
四、誘爆
計画に従い殺害を行い、本来の目標を殺害する途中に発生した被害者。つまり巻き添え。具体的に誰が巻き込まれるか犯人が理解しているケースもあるし、誰が何人巻き込まれるか犯人も考えていないケースも考えられる。ある意味では計画通り本来の被害者ともいえるかもしれない。
以上がおそらく基本的な分類となるだろう。ただし、信仰という動機に関してだけは次稿に具体的な作品を用いて説明を加えておこうと思う。
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