番外 反戦・断罪という陳腐なテーマ

 1クールにおよび『幼女戦記』のアニメを鑑賞した。原作小説があるため、アニメ単体で原作の持つイデオロギーごと評価するのは危険なので避けるとしよう。いろいろ思うところはあるがそれは本稿で語るべきテーマではない。

 重要なのは戦争を描く作品が当然取り入れてきた『反戦』というテーマなのである。『幼女戦記』という戦争を扱う作品を1クールに及び視聴していて、このことをまるで考えないわけにはいかない。

 『反戦』のテーマはある意味では、これほど陳腐でありきたりなものはない。とりあえずレンタルDVDショップにでも行って戦争関係の映画を借りれば、その借りた映画から反戦のテーマを読み取るのは難しくない。少なくとも戦争が招く悲劇についていくらかは触れている。それがゲーム感覚でバンバン相手方を撃ち殺しておいて、仲間が一人死ぬと滂沱の涙を流して復讐を誓うような独善的なものであったとしても。悲劇とそれに対し登場人物がどう向き合うかの質的・量的差はあっても、何かしらの悲劇には触れる。

 しかしこれが面白くない向きがあるようだ。以前『この世界の片隅に』について話題になったとき、『火垂るの墓』や『はだしのゲン』と比較して反戦メッセージが明確に打ち出されていないことを称賛する人間を見たことがある。私は当該映画を見ていないので何とも評価のしようがないが、戦争(しかも第二次大戦中~終戦期の日本)をテーマにしておいて反戦メッセージが明確に打ち出されないことを作品のプラス要素と捉える層がいるらしい。試みに『この世界の片隅に 反戦』と検索をかければその層は明確に現れる。

 確かに反戦テーマは陳腐かもしれない。戦争映画のたびにそれを見せられれば、反戦テーマがありきたりでつまらないものに映ることもあるだろう。しかしそう思う層は、ではなぜそんな陳腐なテーマが繰り返されるのかを考えなかったのだろうか。その答えは単純で、戦争が悲劇的なものであるということが明確な21世紀に至ってもいまだに戦争はなくならないからである。加えて、その前提が揺らぎついには前時代に殲滅すべきだった排他主義や自国優先主義が、軍靴の足音(あえて陳腐な表現を使わせてもらうが)を伴って復活の兆しを見せているからである。ゆえに陳腐であっても作品は常に反戦のメッセージを送るのである。

 無論これは、反戦テーマを扱う作品を無批判的に称揚せよ・否定するなという意味ではない。陳腐なものは陳腐である。面白さを追求するフィクションにその陳腐さは似合わない。しかしその陳腐さを解消する手段として逆張り的な戦争賛美を描くことは待たなければならない。反戦テーマを脱臭しミリタリー趣味が持つある種のかっこよさを無批判に受け入れる描写は、重苦しく『説教的な』反戦テーマを描かないだけ享受者の陶酔も甚だしいが、ゆえに明確な戦争賛美描写がなくとも戦争賛美と同等の表現であることを自覚しなければならない。

 あえて強く、表現の自由を侵害しかねない物言いをするならば、戦争における反戦テーマは既に『何を描くか(反戦テーマを描くか、それを脱臭し戦争賛美をするか)』の領域にはなく、『いかに描くか(反戦テーマをどう扱い陳腐さを消すか)』の領域である。無批判的な戦争賛美の表現は、エンターテイメントとしてただかっこよさを求めただけなのかもしれないが、その表現姿勢だけで非難されるべきものである。

 本稿は『人殺しの作法』なので当然この物言いは殺人の描写にも及ぶ。殺人者が最終的に断罪されるだろうミステリはある意味では、殺人者の扱いが陳腐だと言える。ミステリの様式を無視して「犯人が最後に必ず逮捕されるなんてつまらない!」と言ってのけることは可能である。ではその批判に対し、我々が取るべきは殺人者を逃がすことだろうか。殺人者のスタイリッシュな犯行風景や狂った動機に陶酔することだろうか。いや違う。

 『動機3 信仰による殺人』で述べたが、今や現実にとんでもない理由で殺人が犯される時代である。人々は変更困難な出生や宗教、先天的な疾患のみならず後天的な疾患によって殺される(あるいは殺すべきと公言される)時代である。相模原の福祉施設で起きた大量殺人や、長谷川豊というならず者が透析患者を殺せとのたまったのは決して過去の話ではない。このような時代に、ただ陳腐さを免れるためだけに殺人者を無批判的にかっこよく描くことは避けるべきである。ペンからにじみ出たインクが文字を書いた瞬間から、その文字には他者を変革し、あるいは肯定的に背中を押す力があることを自覚しなければならない。

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