倫理3 ミステリの構造による許容

 なぜミステリにおける人殺しは許容されるのか。前稿によって「人殺しは反社会的行為であるという前提の共有」について説明した。お次はミステリの構造の話となる。

 前稿においてフィクションが与える影響への対策として「注意書きを入れる」「その影響の結果起こりそうな問題を先回りして物語に取り込む」ということを上げた。そして前者を物語中ではなく社会上で行うのが「人殺しは反社会的行為であるという前提の共有」であると話した。お次は後者である。


 これも外枠からの話なのだが、戦争・戦闘を扱った映画は必ずと言っていいほど戦争の悲惨さをどこかで語る。散々敵兵を撃ち殺しておいて味方が一人死ぬとお通夜ムードになるという独善的なものも多いが、質はともかくとして悲惨さは語られる。

 どうしてこんなことをするのかというと、物語において否定的に語られないということは、肯定的に語られるのと同意義だからである(無論この否定的な語りには直接的なものと間接的なもの、すなわち行間を読む的なものがある)。戦争・戦闘映画は多くの場合、そのアクションのかっこよさが主題である。『エクスペンタブルズ』などが代表的だが、敵をバンバン撃ち殺しまくる画に一種のカタルシスを感じるのはある意味当然のことである。アメリカの特殊部隊の作戦行動を映画にした『ネイビー・シールズ』を見たことがあるが、訓練された兵士がスタイリッシュに任務を達成するのはかっこいい、そういうのをもっと見たいとも思う。しかしそのかっこよさにだけ陶酔していたら、「じゃあ俺も敵(大抵勝手に敵認定している一般人)を撃ち殺そう」となりかねない。そこまで極端にならなくとも、戦う敵も味方も生きている人間であり家族もいるという現実を無視して戦争に軍隊を送ることを肯定しかねない。なにせ映画のかっこいい軍隊たちはあんまり死なないから。

 強い兵士たち、火を噴く銃火器たち、訓練された行動はかっこよく、それに陶酔するのは仕方がない。しかしそのかっこよさを利用してファシズムを台頭させたのがナチスドイツであり大日本帝国であるという点は意識しなければならない。無論現代においてミリタリズムのかっこよさは別にナチスや皇国日本をよみがえらせる意図で演出されているわけではないだろう(と、あくまで至極肯定的に言っておく)が、そのかっこよさを利用したがる層もいることは留意しなければならない。かっこよさのカタルシスをあえて崩す様に戦いの悲惨さがフィクションに描かれるのは、そのかっこよさを利用されないための対策なのである。


 ようやく本題に戻るが、つまり重要なのは「フィクションにおいて否定的に扱わないということは肯定的に扱うことと同義である」という点だ。もし「人殺し」がミステリにおいて否定的に描かれていなければ、それは肯定的にに描いたことになってしまう。しかしミステリの構造上「人殺し」は否定的に描かざるを得ず、したがって肯定的にはならないというわけである。

 ミステリは主として「人殺し」にまつわる謎の解決を趣旨としている。そして謎の解決は事件の解決を意味し、事件が解決すればごく基本的な流れとして犯人は逮捕される。逮捕されなかったとしても自殺すればそれは罪に対する一種の罰であり、決して肯定的には見えない。すなわち、ミステリはその趣旨の関係上、勧善懲悪気味な結末を辿るのが簡便である。ゆえに「人殺し」を肯定的に描くのは難しい。

 加えてモリアーティや地獄の傀儡子など、ミステリには魅力的な悪役も多く登場する。しかしミステリである以上、それに対抗すべき探偵も外せない存在である。すなわち悪役の行為を否定する人間が多くの場合セットで登場するため、彼ら悪役の行為もまた肯定的に描かれにくい(それでもかっこいいというのが彼らの魅力でもあるし)。


 以上の、今までの稿で説明したことを統合すれば、ミステリにおける「人殺し」が許容される理由はおおよそ説明できたはずだ。すなわち反社会的行為であるという前提が共有され、物語中でも肯定的に描かれないことで現実の読者(そして現実そのもの)に対して与える悪影響を最小限に抑えているわけである。言うなればアルコールのようなもので、ただ自身がその悪さに酔うだけならばお咎めなしなのである。裏を返せば、酔っぱらって誰かを傷つければ当然それは糾弾されるし、他の飲酒者たちの肩身も狭くなるだろうことは意識しなければならない。

 

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