17
「話だけですけど。魔獣の生息地で、危険地帯という事だけ」
その言葉に、リエトはうなずいた。
その場所は、元は風光明媚な地域だったらしいが、魔獣がうろつくようになってからはめったに人が近づかなくなってしまった。
おまけに、風光明媚だというだけで、ほかに目を引く観光名所もなく、特殊品が採取できるわけでもない。
そのため、ここにわざわざ近づこうとする人もいなくなり、すっかり忘れられた土地になってしまっているのだと、アイナは聞いている。
そんな彼女に、リエトは詳しく解説してくれた。
「ここにあったのは、アルトザルツ子爵家の元邸宅だ。魔獣の生息域が変わって、四十年前に放棄された。子爵は七十歳を超えるがまだ存命で、邸宅を放棄した後フォルテックに移住したんだ。その際、必要な物だけを持って命からがら逃げ延びたと聞いてる。本や美術品などはほとんど持ち出せなかったそうだ。だから、俺の欲しいものは邸宅に置き去られたままってわけだ。文献を譲ってもらう約束は、手紙で取り付けてある」
理由は不明だが、四、五十年前に、魔獣の生息域が変わるという現象が頻繁に起きていたことは、学校の授業でも習って知っていた。
いくつもの村が生息域に飲み込まれ、放棄されていき、使えなくなった街道や鉱山もいくつもある。
リエトの目的地も、そういう場所の一つだった。
ところが、アイナはその話に別の角度から食いついた。
「え!? リエトさん、貴族に手紙を取り次いでもらえるんですか!? どこの誰とも知れない冒険者に、手紙のやり取りだけでほいほい本くれるってありえるの!?」
「お前、いちいち微妙に失礼だな……」
驚いたアイナの直球な物言いに、リエトはため息をついて頭をがりがりとかく。
結構真面目な話をしていたはずなんだが、と不本意そうにつぶやいたリエトが、そっぽを向いた。
「……まあ、伝手とかいろいろあるんだよ」
「ええと、それは」
「聞くな」
「ですよねー」
興味本位で恐る恐る尋ねようとしたアイナは、じろりと睨まれてごまかし笑いを浮かべながら引き下がる。
もとから訳ありのようだし、そこは拒否されても仕方がない。
リエトは気を取り直したようにアイナに視線を向けた。
「で、この屋敷に、その文献を取りに行きたいんだ。だがこの辺はもう人が立ち入らなくなって久しい。屋敷までの道もほとんど消えていると聞いている。おまけに魔獣がうようよしている場所だ。つまり」
「魔獣から身を守れて、なおかつ屋敷までのマッピングと道案内が出来るガイドをご所望、ということですね」
「そういうことだ」
察しのいいアイナに、リエトは満足そうにうなずいた。
こういう依頼は、少ないけれどないわけではない。
だが、危険な仕事に対応できるようなガイドは、どこのギルドでも数が少ないのが実情だ。 要は、ガイドでありつつ腕も立つ人材でなければならない。
さすがにガイド審査に戦闘能力の項目はない。
そのせいで、一年中戦闘系のガイドを募集しているギルドもあるくらいだ。
フォルテックは比較的恵まれている方で、部長であるミネルヴァのほかに五人、条件を満たすガイドが所属している。
「ご希望のお日にちはありますか?」
「そうだな、なるべく早めに行きたいところだが、まず数回依頼をこなして、この周辺の地理に慣れてからに……って、一応だ、一応!」
できないことを言うなと言わんばかりのアイナの冷たい視線に弁解しつつ、リエトは彼女が差し出したもう一枚の依頼書を埋めていく。
「休養日を一日入れて、六日後ってところか。場所的には一日あれば済むと思う」
「わかりました、依頼日は六日後、ガイド期間は一日でお受けします。当日までにガイドを確保しておきますね」
「ああ。よろしく頼む」
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