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道中トラブルはあったものの、宿までの道を残りの六人とともに和やかに進んだ。
やがて、木々の間に赤い屋根が見えてくる。
「見えてきましたね。あれが本日のお宿です!」
「あら、素敵ねぇ」
「かわいいおうちー! ねえ、ママ!」
「そうね、絵本に出てくるおうちみたいね!」
老婦人と母娘が歓声を上げる。
女性陣の反応は上々だ。
素朴な木造りの大きなロッジは、赤い大屋根に大きなえんとつが特徴的な、まるで童話にでも出てきそうなたたずまいだ。
お気に入りのこの山荘にはアイナも何度か泊まったことがあって、気さくな主人と明るい奥さんとはずいぶん仲良くなっていた。
出迎えてくれた主人とあいさつを交わすと、ツアーの名簿を渡し、人数が変更になったことを伝える。
「おねーちゃん、本当に帰っちゃうの?」
寂しそうな女の子の前にしゃがみ込み、アイナは優しく頭を撫でた。
「うん、明日もお仕事なの。ごめんね」
アイナはアルバイトの身。
明日は学校だってある。
「もしよかったら、また来てね。それで、私のこと覚えてたら、またツアーに参加してね。待ってるね」
そう言うと、女の子は『うん!』と大きくうなずいた。
こういうところも、ツアーの醍醐味だと思う。
たくさんの人たちとの、小さな思い出の積み重ね。
膨大な数のそれを、一つずつ覚えておくのは難しいけれど。
でも、間違いなくアイナの胸に彩りを残していってくれるのだ。
「それでは皆さん、ごきげんよう。明日も良い旅を!」
そう言って、アイナは宿に入っていく客を見送り、手を振って別れた。
「アイナちゃん、ちょっと待って!」
出発しようとした時、山荘の玄関から宿の奥さんが駆けてきた。
ふくよかな体にエプロンをかけた優しそうな奥さんは、手に持った紙袋をアイナに向かって差し出した。
「今日は泊まれないんだって?」
「はい、明日学校なので」
「そう、残念。今から帰ったらお腹がすくでしょう。これ、夕飯にでも食べて」
渡された紙袋を開いてみれば、手作りのふっくら大きなパンに、たっぷりの野菜と大きなソーセージをはさんだホットドックが入っていた。
「うわあ、おいしそう! ありがとうございます!」
「いいのよ。帰り、気を付けてね」
「はいっ!」
手を振る奥さんに大きく手を振り返しながら、アイナは帰路についたのだった。
客のいない帰り道は気楽だ。
ギルドには決められた時間までにたどり着けばいい。
「どうしようかなあ。近道して帰ろうかな」
いろんなルートを探して何度も通い慣れた場所だ。
獣道すら熟知している。
いつもなら景色を見ながら帰るところだけれど、いかんせん今日はあの新婚カップルに神経を削られた。
寄り道する気力はなかった。
道ともいえない、消えてしまいそうな草の分け目を、アイナは迷いもせずに歩いていく。
その眼には、草や灌木に隠れた地形が、はっきりと見えていた。
アイナの特技はマッピングだ。
周りの地形も含めて正確に判別できるため、アイナの作った地図は精度が高いとツアーガイド部でも評価が高い。
加えて、一度覚えた道は絶対に忘れない。
アイナの頭の中にはその場所の地図が浮かび上がり、どのルートをなぞっているのかがはっきりとイメージできている。
だから、けもの道であっても、道のない山や草原に分け入っても、正確に目的地に着くことができるのだ。
これは、彼女が子供のころ、冒険者だった両親に連れられ、家族で旅をしていた時期に培われた能力だった。
「冒険者をやるにしても、そうでないにしても、マッピングは絶対に覚えておけ。もし冒険者にならずに町に住みつくことになっても、ガイドの口がある。マッピング能力のあるガイドって言うのはどこのギルドでも仕事があるからな。食いっぱぐれなくていいぞ!」
「冒険者をやるならなおのこと、一人の時でも、道に迷って行き倒れる確率が減るしね。出来て損はないのよ」
そう言って、道や地形の見方、方角の読み方、歩数で距離を計測できるように一定の歩幅で歩く方法、地図の描き方や護身術など、弟と二人、両親には散々鍛えられたものだ。
そのおかげでガイド資格を取得できたし、ツアーガイド部のアルバイトにも採用された。
おまけに、ガイド資格があるのでバイト料もいい。
今は、このまま就職して、ガイドを仕事にするのもいいかもしれないと思うようになっている。
そんなことを思い出しながら歩いていると、不意に前方の茂みががさりと音を立て、アイナは足を止めた。
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