5
もう一度がさがさっ、と茂みが動き、にわかに緊張する。
山中を行く以上、獣に会う可能性は常にある。
が、それがもし熊や狼だったら。
アイナはカバンから一度しまった小旗を取り出した。
腰を低く落とし、旗の先を前方に向かって構える。
小旗の細い棒には、猛獣対策用に簡易の催涙剤が仕込んであるのだ。
まずは落ち着いて、相手の正体を見極めてからだ。
焦りは禁物。
あわてると命取りになる。
両親に護身術を叩き込まれたとはいえ、アイナの戦闘能力が高いわけではない。
基本的に逃げの一手だ。
退路をシミュレーションしながら、緊張が高まる。
がさがさがさっ、とひときわ大きく茂みが音を立てて、そして。
『ピュイ?』
かわいらしい鳴き声を立てて現れたのは、一匹の白い獣。
「え?」
一瞬、息が止まる。
狐と猫がミックスしたような、イタチのような、不思議な顔立ち。
つんと尖った耳は長く、理知的な翡翠色の瞳は大きくくりっとしていて、首の周りにはふんわりした毛がまるで襟巻のように生えている。
体は猫と犬の中間の、およそそこらに生息しているものとは違う生き物だった。
が、とにもかくにも。
「かっ、かっわいいいい~~~~!!」
アイナの叫びに、一瞬びくっと跳ねた獣の毛が逆立った。
けれど、逃げる様子はないことに気をよくして、アイナはしゃがんでチチチっと舌を鳴らし、獣を呼んでみる。
けれど、獣はちょっと首をかしげてみせるものの、そこから近づいては来なかった。
諦めて、アイナは立ち上がり、まじまじと白い獣を見る。
「なんで獣がこんなところに……。はぐれたか、捨てられたかしたのかしら」
その愛嬌のある顔立ちに一瞬毒気を抜かれかけたが、小さくても獰猛な場合もある。
あわてて気を取り直し、アイナが再び警戒すると、獣はくるりと背を向けた。
(あ、行っちゃう)
すると、獣は数歩でアイナの方を振り返った。
そのまま見つめていると、再び歩きだし、アイナがついてこないと知るとまた立ち止まって振り返る。
「まさか、ついてこいってこと?」
獣の様子を見るに、とりあえず敵意はなさそうだ。
それに、アイナをどこかに案内しようとしているのならば。
(それだけの知能を持っているってことよね)
そうだとしたら、ただの愛玩用の獣ではないかもしれない。
何より、この獣の行先に興味がわいてきたのだ。
…………父の相棒の獣に、目が似ていたから。
一応警戒を続けながら、アイナは獣について歩き始めた。
アイナがついてくるのを確認するように何度も振り返り、足場の悪いところではアイナを待ってくれる獣に感心しながら、十分ほど進んで見えてきた水場のほとりに。
人が、倒れていた。
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