10
白い石造りの建物は、遠くからでもよく見える。三階建ての建物は大きく重厚で、威圧感すら感じるほどだ。
建物の門の上には躍り上がる獅子の像が掲げられている。
「ギルドの総合受付と冒険者窓口は一階です。ツアーガイド部は二階になりますね」
アイナの案内で、二人は二階に上がった。左右に分かれる廊下を左に曲がり、カウンターに声をかける。
「ただ今戻りました!」
「アイナ、遅かったわね。今日は二人も強制送還されて来たし、何かあったかと心配してたのよ」
受付嬢のミーリスが立ち上がって駆け寄ってきた。
三歳年上の彼女は、ギルドの正職員だ。金色の髪を高く結い上げ、少したれ気味の紫色の瞳からは、けだるげな印象が漂う。年も近く、アイナが姉のように慕っている。
「ごめんなさい、心配かけて。帰りに道に迷った人を見つけたので、連れてきたんです」
アイナがリエトの方を見ると、彼は奥の方に視線を向けて何やら顔をしかめていた。不思議に思ってアイナもそちらを見るが、これといって変わったことはない。職員が二、三人と上司のミネルヴァがいるだけだ。
視線に気づいたか、ミネルヴァがこちらにひらりと手を振って見せた途端、リエトは鋭く舌打ちをする。どうしたのかと聞こうとして、袖をくいっと引かれて意識が逸れる。
「すっごいきれいな人ねぇ……!」
アイナの袖を引いたミーリスは、ぽうっと顔を赤らめてリエトに見とれていた。
無理もない、自分だって初めて見た時には同じような反応だった。こんな精巧な彫刻のような男、めったにお目にかかれない。
アイナはそんなミーリスに苦笑して、リエトを見上げた。
「リエトさん、私終了報告をしてきますので、少し待っててもらえますか?」
「ああ、……大丈夫だ、待たせてもらう」
我に返ったようにうなずいたリエトが待合の椅子に座ったのを確認し、アイナはカウンターの中に入っていった。奥の机に向かうと、そこに座って雑誌を読んでいたミネルヴァが顔を上げた。
「アイナです。ただ今戻りました」
「ん、ごくろうさん」
はっとする色気をまとった、銀髪の美女。年齢不詳だが、誰もそこに触れないのは、年の話は彼女の逆鱗に触れると皆が知っているからだった。
ツアーガイド部の部長を務める女傑、それが彼女、ミネルヴァだった。
雑誌から顔を上げた彼女は、アイナの肩の上の白い獣に気づくと、面白そうに眉を上げ、笑った。
「おや、かわいいのを連れているね」
「あ、はい。今日助けた人の……みたいなんですけど、街中を歩いて見失ったりしたら危ないと思ってお預かりしてます」
「ふうん、そう」
獣とリエトの関係を理解していないアイナが言いよどむのを、ミネルヴァも気づいたはずだ。けれど、特に突っ込むこともなく流されて、幾分ほっとする。
けれど、次にはもうミネルヴァの雰囲気は仕事のそれに代わっていた。ちらり、とアイナを見上げる視線は鋭い。
「強制送還一組出ちゃったかあ。アイナ、あんたもペナルティね」
「はい」
予想していたとはいえ、ミネルヴァの言葉にアイナは肩を落とした。
基本的に客の強制送還は、緊急時に限られる。今回のような場合は、ツアーの続行に支障があるとはいえ、客をコントロールできなかったとして、ガイドにも罰則が科せられるケースだった。
そこは、アイナも重々承知している。きっと年長者のほかのガイドだったら、ここまで舐められることもなかっただろう。
「アイナ、あんた一か月ツアーガイド禁止ね。手に負えないからって安易に客を追い返すもんじゃないのよ」
「はい、すみませんでした」
ミネルヴァは元冒険者で、凄腕だったと聞く。アイナの両親とも面識があり、ここでのアルバイトを許してもらっているのも彼女の存在があるからだ。
そんなフォルテックでの母のような彼女に叱られれば、さしものアイナもしょんぼりと肩を落とすしかない。
「次は気をつけなさいね。報告書は明日まとめて出しておいて」
「わかりました」
そうして、アイナは一通り報告を済ませ、カウンターに戻った。
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