7
念を押すアイナに少し不満そうにしても、美形は美形だ。
つい許してしまいそうになる。
(くそー、なんか調子狂うなあ)
ちょっと困りながらも、アイナは歩きだした。
心配なので、後ろのリエトを気にしながら、木々の間を進んでいく。
獣は、アイナの足元をちゃんとついてきていた。
(やっぱり、この子頭がいい)
さっきはアイナを見つけて、正確に道をたどり、リエトの元まで道案内をした。
今回は、アイナが道案内をしてくれるのだと理解しているんだろう。
邪魔にならないようについてくる。
それなのに、リエトは道に迷った。
獣の後をついていけば、どこかにはたどり着けたかもしれないのに、だ。
しかも。
(この子が疫病神…………?)
この国には、使役獣を従えている「獣使い」と呼ばれる人々がいる。
獣の特殊な力を使う者として、彼らは数の少ない貴重な存在だった。
この白い獣は愛玩用なんかではなく、間違いなく使役獣だろう。
リエトが獣を好きでないにしても、疫病神とまで言うほど嫌っているのは尋常ではない。
それが理解できなくてアイナは首をかしげる。
とはいえ、人の事情にあれこれ口を出す趣味はない。
「こんなにかわいいのに、ねえ?」
獣に向かってそうつぶやくと、小さく『キュイ』と鳴く獣はやはり愛らしかった。
その時不意に、後ろからするりと髪を撫でられた。
「ひゃ!? な、なに!?」
「いや…………」
驚いてひっくり返った悲鳴を上げ、思わず髪を押さえて振り向くと、リエトは難しい顔をして眉間にしわを寄せている。
「髪が、な」
「な、って」
「ふわふわしていてきれいなんだが、枝に絡まりそうなのがどうにも気になる」
「は、はあ!?」
ふわふわしてきれい、なんて。
面と向かって言われたことのないアイナは、口をパクパクさせつつも声が出ない。
「ああ、縛ってしまおうか」
「や、あの、ええ!?」
くすりと笑いながらの一言は、どういうわけかひどく艶っぽく聞こえて、アイナの頭は沸騰寸前だ。
彼はポケットからハンカチを取り出し、そのままアイナの肩に手を置いて、くるりと後ろを向かせてしまう。
硬い指先がうなじに触れ、そこがかあっと熱くなるような気がした。
びくっと肩を震わせたまま、アイナは固まってしまう。
「よし、できた」
手櫛を通され、わずかに引っ張られる感覚の後、満足そうに言ったリエトがアイナの顔を覗き込む。
近くから美形に見下ろされて一瞬息が止まった。
「うん、いいだろう。引っかかって切れたりしたらもったいないからな」
する、と後れ毛を指で後ろに直されて、アイナは真っ赤になって声も出ない。
(ななな、なんなのこの人!? タラシか!)
アイナは年ごろとはいえ、勉強とバイトで忙しい。
異性にこうして至近距離で触れられた経験などなかった。
しかも、相手はちょっとお目にかかれない美形ときている。
どきどきするなという方が無理だった。
固まっているアイナに焦れたのか、リエトがもう一度ひょいと顔を覗き込んできて、ばくりと心臓が跳ねた。
思わずのけぞって距離を取ると、リエトが不思議そうにまばたきをする。
「どうした?」
「ちっ、近いですよ!」
「そうか? それほど近いとは思わないが、……意識したのなら悪くないな」
叫ぶ彼女に、リエトは甘い笑みを浮かべた。
さっき会ったばかりの異性にしてもらうことではない、というアイナの価値観がぐらりと揺れる程度には、リエトの距離感は近すぎる、と思うのに。
(そんなのお構いなしか!)
「簡単に、女性の髪に触るなんて!」
「女性は髪を大事にするものだろう。ああ、ハンカチが汚れているかもしれないな。すまない」
「そういうことじゃなくて!」
理解したという顔で明後日の回答を言ってよこしたリエトに、アイナの内心は伝わらないだろう。
早々に諦めがついた。
「……もういいです! 行きますよ!」
「ああ、頼む」
鷹揚にうなずくリエトに小さくため息をついて、アイナは歩きだした。
「だから! どこ行くんですか! そっちじゃありません!」
『キュイ』
またどこかに分け入ろうとするリエトを目ざとく見つけると、アイナと同じ方向に向かうそぶりを見せた獣が同調するように鳴く。
けれど、リエトは悪びれる様子もなく、木々の間から空を見上げた。
そして、アイナを見て首をかしげる。
「あの雲の位置がさっきと違っているんだ。方向が間違っているんじゃないか? 俺はこっちだと思うんだが」
と、さっき分け入ろうとした茂みを指差す彼に、アイナはめまいを覚える。
「雲は動くでしょう!? 形も変わる! そんなもの目印にしたって目的地に着けません! そっちに行ったらまた迷うだけですよ! いいからついてきてってば、もう!」
「お、おう…………」
アイナの剣幕に気おされて、リエトが引き気味にうなずいた。
(なんなの、イケメンに見せといてキャラがわかんない!)
冒険者のくせに、こんな当たり前の事すら知らないのかと、呆れたアイナは足元の獣を見る。
白い生き物は顔を上げてアイナを見て、小さく首をかしげた。
その仕草が、まるでアイナを気遣っているように見えて、少しだけささくれた気持ちが落ち着いた。
「獣ちゃんの方が方向わかってるじゃないですか。リエトさんが好き勝手に動いたら、この子とはぐれちゃいますよ?」
途端に、リエトは顔をしかめた。
「それならそれで構わない。行くなら勝手に行けばいい。俺から離れてくれるなら願ったり叶ったりだ」
アイナの言葉に、リエトはへそを曲げた様に不機嫌そうにそっぽを向く。そのどこか子供っぽい反応に、アイナはまたため息をついたのだった。
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