13


 そろそろ夕食の時間が近い町は、騒がしい。帰宅する人々や買い物をする人々が行きかい、表通りの店や屋台は盛んに呼び込みを行っていて活気がある。

 異国の言葉も飛びかい、交易の町ということを強く意識させる。リエトは、そんな街の様子を物珍しそうに眺めながら、ゆっくりと歩いていた。


「なんというか、極彩色だな」


 ぽつりとつぶやく。

 確かに、花や野菜は変わった色や形のものが多い。手織りのじゅうたんや旅行者への土産用の衣服、帽子やアクセサリーも、大振りで派手なものが多かった。


「もちろん、そうじゃない物もちゃんとありますよ。一応観光客や商人向けというか、わかりやすく外の人たちへのアピールです」

「そうだろうが、これはこれで悪くない」


 そう言って、リエトは鮮やかな町の色どりを眺めながら小さく笑った。

 人と同じで、町にも第一印象がある。いい街だと思えば長く滞在したくなるし、定住する者もいる。合わないと思えば、次に流れていくだけだ。アイナとの出会いで、リエトが少しでもこの街を好きになってくれればいいと、彼女は願った。

 宵闇が下りつつある町には、少し早い酔客の姿も見られる。アイナがすれ違おうとした男性がふらりとよろけ、彼女の肩にぶつかった。


「あっ、すみませ……」

「ふらふら歩いてんじゃねえよ、邪魔だなぁ!」


 いきなり大きな声を出され、アイナはびくりと固まった。酔っ払いが出るにはまだ早い時間なだけに、アイナは油断していたし、のっけから大声を出されるとも思っていなかった。無防備な横っ面を殴られたに近い不意打ちに、不快感がせり上がる。


「こんな大通りで、ぶつからないように歩くのがマナーだろぉがぁ! どこに目ぇ付けてんだよっ」


 赤い顔は、すでにかなりの酒を飲んでいることをうかがわせる。吐く息もかなり酒臭く、周囲に漂うほどだ。身なりはそれほど悪くないから、どこかの商隊の商人だろうか。

 通りを行きかう人々がちらちらと様子をうかがっているのがわかる。あまり騒ぎにはしたくないが、いきなり怒鳴られてはアイナだってむっとくる。


「そっちこそずいぶん酔ってるみたいですけど、まっすぐ歩けていないんじゃないですか? だいたい、こんな時間から……」

「やめとけ」


 リエトの静止に、アイナが続く言葉を飲み込んだのは、やはりこの場での騒ぎを恐れたためだ。だが、小娘に反論されると思っていなかったのか、相手の顔がさらに赤くなった。


「なんだとお!? お前がふらふらして俺にぶつかってきたんだろう! 俺はまっすぐ歩いてた! 言いがかりでも付ける気か、ああ!?」


 アイナの肩の上で、獣が警戒するように首周りの毛を逆立てる。ろれつの回らない口でまくし立てる男の前に、すっとリエトが割り込んだ。男性の平均身長を上回る長身に、そのガタイのよさもあって、男がひるむ。


「な、なんだぁ!?」

「大分飲んでるようだな。そっちも酔っているようだし、相手は子供だ。ここはひとつ穏便に収めてくれないか?」

「うるせえ!」


 ところが、下手に出たのが悪かったか、男はますますいきり立つ。ふらふらとおぼつかない足取りで、酒臭い息を吐き散らしながらリエトに迫った。


「お詫びってんなら、その娘をこっちによこせ! 子供には大人が世間の厳しさってやつを教えてやらんとなあ。まあ、子供にしちゃあかわいい顔してるし、一晩相手してくれたら許してやってもいいぜ? できないっていうなら出るとこ出てもいいんだからなぁ!」


 にやにやしながら下種な言葉を次々と放つ男に、不快感を隠しきれないアイナは顔をしかめた。それを見たリエトが、相手の視線をさえぎるように、アイナの手をぐいっと引いて、自分の背中に隠す。そして、ちらりと酔っ払いを見るとすっと目を細め、鼻で笑った。


「何を教える気なんだか。こんな酔っ払いに教わるような世間の厳しさなど、たかが知れている。女子供と見て高圧的に吹っかけてくるようなクズなど、まともに相手してられるか」

「な、なんだとお!?」

「しかも一晩相手をしろだと? いい年してそれしか興味がないのか。だいたいお前のようなくたびれたオヤジなど、頼まれてもつきあいたくない。若い娘が相手にしてくれないからと言って、この子に当たるのはやめてもらおうか」

「なっ、きさま、きさまっ、俺を誰だと……っ!」


 冷え冷えとした笑みを浮かべながら次々に飛び出す毒舌はとめどなく、リエトのきれいな顔から繰り出されるそれに、アイナは今の状況も忘れて固まっていた。相手の男など、怒りすぎて今にも血管が切れるんじゃないかと、逆に心配になってしまう。


「この子は俺のガイドだ。お前なんかにはもったいなくて渡せるわけがない」


 アイナがはらはらしながら見守る中、ダメ押しにそう言うなりリエトは相手の肩に親しげに手を回した。開いた片手が、腰のホルダーから何かを抜く。


「おい、なんだ!?」

「酔いすぎだ。……少し眠れ」


 リエトがすっと目を細めて、周りには聞こえない声量で言う。手にした道具を男の横腹に当てた瞬間、パシュ、と小さな音と同時に男が崩れ落ちた。

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